寄稿文

移民流入 米物価目標の実現を複雑に

日経ヴェリタス Market Eye寄稿文(2023年12月3日付)

米連邦準備理事会(FRB)の直近9月のマクロ経済予測では、供給サイドの伸びがあれば、失業率が大幅に上昇することなく、米国のインフレ率は目標値に向かって緩やかに低下すると示唆されていた。この伸びのけん引役は、予想されている生産性の加速だとPIMCOでは解釈していた。だが、11月初めの記者会見でのパウエル議長の発言は、移民もまた米経済が軟着陸するとのFRBの見通しに大きく寄与する可能性を示している。

今年、米国への移民は急増しており、2024年も高水準で推移する可能性がある。だが、大量の移民は経済の需要・供給両面に影響を及ぼすことから、差し引きでのインフレへの影響は複雑かつ不透明だ。労働供給や生産性に寄与しない移民の増加は、インフレ要因になりうる。

増加する米国への移民

パンデミック後の回復局面において、米国の旺盛な労働需要の充足に移民が果たした役割は大きい。第1に、パンデミックに伴い2020年、2021年に低迷していたビザ発給のペースが正常化している。議会で定められる年間のビザ発給枠は、ほとんどの主要分野で概ねパンデミック前の水準に戻っている。第2に、難民等の申請件数は、パンデミック前のトレンドを大幅に上回っており、今後も増え続ける可能性がある。政府の難民認定件数は、この2年で大幅に増加したが、急増する申請のペースに追い付いていない。

外国生まれの労働者は過去2年、米国全体の合法就労者を年間約100万人増やしたが、今後も確実な労働力の供給源であり続けると見込まれる。

景気への意味合い:成長とインフレへの影響

米国に大量に流入する移民は、潜在的な供給と循環的な実需の両方を押し上げている。これは経済成長にとってどんな意味をもつのか。2022年の労働生産性と、パンデミック前5年平均と比較した2023年の外国生まれの就労者の増加分を使って単純な試算をすると、こうした労働投入の伸び率拡大は、米国の国内総生産(GDP)を0.5%~1.0%押し上げたとみられる。FRBの長期予想の潜在成長率の中央値は1.8%であるが、PIMCOの試算では直近の潜在成長率が年率2.3%~2.8%になる計算だ。だが、この試算には大きな注意点が2つある。

第1に、追加的な移民の平均生産性が、既存の米国の労働者の平均並みだと暗黙に想定をしている。だが、求人が依然高水準にあるにもかかわらず、最近、失業者数が増加しているのは、移民のスキルが有効求人に必要なスキルとは異なることを示唆している。

第2に、パンデミック後の回復局面では労働需要がきわめて旺盛だった。移民が引き続き高水準で流入するとして、今後、これほどの雇用の伸びが実現するのは難しいかもしれない。

インフレへの影響はさらに複雑だ。大まかに言えば、移民の増加がインフレ緩和に寄与するには、需要サイドではなく供給サイドの増分が大きくなければならない。多くの移民は等式の両サイドにいるが、労働ビザ受給者の配偶者や子供など、法制度上、需要サイドに限定される移民も少なくない。

こうした複雑さから、移民の増加がインフレに及ぼす影響はセクターごとにばらつきがあり、移民のスキルと労働需要のマッチングや、新たな移民による需要の増加に応えられる供給力に左右されることになるだろう。

結論:インフレへの影響は不透明

外国生まれの労働者は、引き続き米国の労働力を強力に支え、2024年の実質GDPの伸びに寄与するだろう。だが、移民は経済の需給両面を押し上げることから、インフレへの影響は不透明である。PIMCOでは、成長はピークを迎え、インフレもまたピークを越えたとみている。移民の増加は米経済を下支えするだろうが、インフレ低下に大きく寄与するとの見方は疑問である。2%のインフレ目標への軌道をいっそう複雑にしかねない。12月中旬の次回FOMCを慎重に見守るつもりだ。

著者

Tiffany Wilding

エコノミスト

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