界の商業用不動産(CRE)市場は新たな局面を迎えています。金利の急激な上昇に伴い、負債コストはキャップレート(投資利回り) を超える水準に上昇しているため(図表1参照)、変動金利で借り入れを行なう資産保有者や、売却・借り換えの機会をうかがう資産保有者は、流動性の問題に直面しています。このような状況下で、不動産価格は下落傾向にあり、銀行、商業用不動産ローン担保証券(CMBS)のオリジネーター、モーゲージREIT(不動産投資信託)などの伝統的な資金供給者は様子見に転じています。

図表1は、米国の商業用不動産ローン金利、キャップレート、10年物米国債利回り、10年物米物価連動国債(TIPS)利回りの、2004年から2022年末までの推移を表わした折れ線グラフです(いずれも%表示)。この期間でみると、商業用不動産ローン金利は2009年に7%を超える水準でピークに達し、2022年末には6.4%まで低下しています。また、キャップレートは2009~10年に8%をわずかに超える水準でピークに達し、2022年末には6.5%と商業用不動産ローン金利を小幅に上回る水準となっています。米国債とTIPSの利回りは上下動を繰り返し、パンデミック発生直後の数年間にボトムに達した後、急激な上昇に転じ、2022年末にはそれぞれ3.6%、1.3%に達しています。出所:MSCIリアル・キャピタル・アナリティクス、リフィニティブ。

プライベート市場の取引高(総売買金額)は2022年下期に大きく減少し、前年同期比22%減となりました。プライベート市場では、金利の上昇と取引の減少を受けて、多くの不動産関連資産の価格水準が見極めにくくなり、その結果、急落を経験したパブリック市場の価格との間でミスマッチが生じています(図表2参照)。足元でREITは、保有資産の評価額を大幅に下回るインプライド価格で取引されるようになり、キャップレートはプライベート市場が織り込む水準よりも著しく高い様子が見てとれます。

資産売却の動きは足元で停滞しているものの、投資資金の流入、バランスシートの調整圧力、資金繰りの問題、さらなる価格下落に備えて売却する動きなどを背景に、年内には加速するとPIMCOでは予想しています。また、不動産をめぐる現在の新しい市場環境下ですでに投資機会を見出していますが、環境の変化に合わせてさらに増加すると予想しています。

図表2は、REIT(パブリック)と商業用不動産取引(プライベート)の価格指数の、2015年12月から2023年初旬までの推移を表わした折れ線グラフです(いずれも初期値を100に設定)。この期間でみると、プライベート市場における価格は緩やかに上昇して2019年までに110に達し、パンデミックの期間中に小幅に低下した後に、2022年6月には130近辺でピークに達し、その後下落に転じて2022年末には123となっています。一方、REITの方が値動きは激しく、パンデミック発生直後に84でボトムをつけた後に、2021年末には143でピークに達し、その後は全般に下方トレンドをたどって2023年2月には110となっています。出所: NCREIF(米国不動産投資受託者協会)、NAREIT(全米不動産投資信託協会)。

2023年の3つの主要な投資機会

デット

資金調達コストの上昇と資産価格の下落は、不動産担保ローンの流通市場を圧迫しています。米国市場では過去10年間のほとんどの期間において、LTV比率(資産価値に対する借り入れ比率)は低下傾向にありましたが、金利の大幅な上昇を受けて、借り手の返済能力は狭まっています。実際、元利金返済カバー率(DSCR)の低下は、不動産担保ローンの貸し手にとって深刻な問題になりつつあります(図表3)。

図表3は、米国の不動産関連のデータの2004年から2022年までの推移を表した、2つの折れ線グラフから構成されています。この期間でみると、商業用不動産ローンの借り手のDSCRは、2008年の世界金融危機の直前に1.3まで低下した後に、2020年には2.0を超える水準でピークに達し、2022年には1.7近辺まで低下しています。一方、共同住宅向けローンに関しては、DSCRの変動はやや小幅であり、2022年末には1.5をわずかに下回る水準となっています。商業用不動産ローンのLTV比率は、2004年には70%近辺でしたが、世界金融危機の期間中に70%から52%の間で何度か大幅に変動し、その後は比較的緩やかに上昇して2014年には66%近辺となりました。以降、緩やかな低下傾向が続きましたが、2022年に入って急速に低下して、52%となりました。一方、共同住宅向けローンに関しては、LTV比率の変動はそれほど急激ではなく、2022年末には58%近辺で期間中のボトムに達しています。出所:MSCIリアル・キャピタル・アナリティクス。

米国市場における新規ローンの組成額は2022年5月以降に急減し、同年5~9月の5カ月間に前年同期比62%減に落ち込んでいます 。欧州市場では、商業用不動産関連の債務残高(1.5兆ユーロ、約220兆円)の約95%を提供する銀行 が商業用不動産担保の融資額を圧縮するようになり(LTVベース)、なかでも、コアプラス・ファイナンス、ラージ・ローン(LL)、コモディティ化したオフィスが低調です。

銀行が与信を絞り込むなかで、投資の制約条件が少なく、(すべて込みの)オールイン・クーポン上昇の追い風を受けるデット・ファンドなどの従来とは異なる、新興の貸し手にとっては、極めて魅力的な投資機会が生じています。投資機会の中には、足元で多くの銀行が慎重な姿勢を強めているか、すでに過大なエクスポージャーを有している、LTV比率の高い案件向けのファイナンスも含まれます。さらに、ラージ・ローン(LL)の分野にも組成機会が見受けられます。銀行にとって、大型のローンをシンジケート・ローンや証券化取引の対象にすることは難しく、適切な規模と迅速な実行力を備えた新興の貸し手が優位に立つ可能性があります。

スペシャル・シチュエーションズ

商業用不動産市場では急速なディストレスト化の進行に伴い、魅力的な投資機会が浮上

米国の商業用不動産ローン市場では、2023年から2027年にかけて約2.4兆ドルが満期を迎える見通しであり、そのうち1兆ドル以上の満期が今年と来年に予定されています(図表4)。米国のオフィス所有者は、2018~20年に借り入れたローン残高の約20%(推計500億ドル超 )に相当する、借り換え時の資金不足に直面しています。

図表4は、米国商業用不動産ローンの2015年から2025年まで(予測を含む)の年間満期返済額の推移を表した棒グラフです。各年の数字は、銀行、保険会社、CMBSなどのセクターごとに内訳が示されています。満期返済額が最も大きいのは2023年(5,120億ドル)と2024年(5,360億ドル)であり、その大部分を銀行とCMBSが占めています。これに対して、2015年の満期返済額は2,230億ドルでした。出所:Newmark、資本市場レポート。

ローンの満期到来に加えて、投資家が運用期限に上限を設けないエバーグリーン型の不動産ファンドを解約する動きや、資産保有者が景気のさらなる悪化に備えてバランスシートの強化を図る動きを受けて、売り圧力はさらに強まるとPIMCOでは予想しています。

引き続き伝統的な流動性確保の選択肢が狭まるなかで、テーラーメイドな解決策を提供する柔軟性、経験、創造的な組成能力を備えた投資家に、資産保有者が向かう展開も想定されます。

多くの場合、新興の貸し手は伝統的な資金供給者よりも迅速に、解決策を提供することが可能です。ディストレスト状態に陥った際には、ジュニア・デットや複合型のデットという形で、10%台半ば以上のリターンを生み出すレスキュー・キャピタル(救済資金)が登場します。解決策の選択肢としては、不動産保有者が満期を迎えるローンを借り換えるための利回りの高いつなぎ資金や、プライベート市場の不動産担保ローンの貸し手のバランスシート管理に寄与する、テーラーメイドなストラクチャード投資などが挙げられます。こうしたオポチュニスティック型の資本が向かう先は、主に魅力的なリスク調整後リターンが期待される、資本構成上中位になると予想しています。清算時において、伝統的な銀行のシニア債権には劣後するものの、株式よりは優先されることになります。

その一方で、一段と厳格化する規制要件を充足するために、銀行がプライベート市場を通じて(債務不履行を起こしたかその懸念のある)不動産担保ローンのエクスポージャー削減を模索しており、それに伴うリスク移転の解決策に対する需要が高まりつつあります。欧州市場では、債務不履行の懸念がある「ステージ2」の融資が対象になります。足元で「ステージ2」の融資残高は1.4兆ユーロ程度と、融資全体の残高の9.5%に相当します。このうち、商業用不動産関連は15%程度(2,000億ユーロ) を占めると推計されています。新興の貸し手は、金融機関に対してローンの買い取りや、より複雑な解決策を含むさまざまなリスク移転の解決策を提供することによって、大幅に値下がりした案件を投資機会として捉えることが可能です。

コア債券

コアのプライム資産に対するテナント・投資家からの需要は健在

プライベート市場では取引が全般に停滞しているものの、価格の居所を探る足元の動きのなかで、資本価値の調整が進むにつれて、そのような停滞は解消に向かい、コア資産を魅力的な水準で取得する潜在的な機会が到来する可能性があると、PIMCOでは考えています(図表5)。伝統的な貸し手が様子見に転じるなかで、長期的な投資の時間軸において質の高い資産を求める(レバレッジを利用しない)不動産の買い手にとっては、足元の環境は特に魅力的であると考えられます。物流や集合住宅を始めとする継続的な需要が見込まれるセクターにおいて、特に魅力的な投資機会が浮上すると予想しています。

図表5は、米国、欧州中東アフリカ地域、アジア太平洋地域における、2019年から2022年までの商業用不動産向けの投資額を表した、3つの棒グラフから構成されています。それぞれ、オフィス、産業用、小売り、集合住宅、ホテルという5つのセクターに分かれています。ほぼすべての地域・セクターにおいて、2021年から2022年にかけて投資額が減少しています。例として、米国の集合住宅は17%減少して約3,000億ドルに、欧州中東アフリカ地域の集合住宅は48%減少して約600億ドルに(米ドル換算)、アジア太平洋地域の小売りは38%減少して約300億ドルになっています(米ドル換算)。出所:MSCIリアル・キャピタル・アナリティクス。

供給サイドでは、建設コストと資金調達コストの増加を背景に、不動産開発業者は業務を縮小しています。最近の推計によると、米国の集合住宅の供給の伸びは、2023~24年の年2.3%から2025年には年1.4%に低下する見通しです 。供給の減少は賃料を長期的に下支えすると、PIMCOでは考えています。

しかし短期的に見ると、テナントは事業の拡大計画を保留しています。実質可処分所得が減少するなかで、消費の伸び悩みの影響は物流セクターや小売りセクターにも及んでいます。オフィス・セクターでは、2022年第4四半期のリース契約金額(グローバル・ベース)は前年同期比19%減に落ち込んだものの、通年で見ると上期が好調だったため、前年比9%増となりました

継続的な入居需要が見込まれる分野の1つは、大都市の質の高いオフィスでしょう。テナントである企業は、人材確保における競争優位性の観点から、オフィスのアップグレードに注力しているからです。また、優秀な従業員の職場復帰を促す目的に加えて、炭素排出量ネットゼロへの取り組みに対する信頼性を高めるために、質の高いオフィスに注目しています。ESG(環境、社会、ガバナンス)格付けが高く立地条件が優れた物件には、より質の低いセカンド・グレードの物件と比べて、賃料で11%、資本価値で20%ものプレミアムが上乗せされる場合もあります 。そのような物件には、テナントと投資家いずれもが積極的にアクセスしようとしています。

また、海外投資家にとっては、特定のターゲット市場における最近の通貨安を好機として捉えることができるかもしれません。なかでも米ドルは、2022年に他の通貨バスケット対比で8%上昇していることから 、米ドル建て資金へのアクセスがある海外投資家にとっては好機と言えるかもしれません。

PIMCOは商業用不動産のグローバル・カバレッジとクレジットの専門性を武器に競争優位性の提供を目指す

PIMCOは世界最大級の規模の不動産運用体制を備え、グローバルなデット/エクイティ市場のリスクの異なるさまざまな分野において、確固たる地位を確立しています。世界各地のデータや専門知識へのアクセスを強みに、明確で長期的なマクロ経済のテーマを策定し、投資機会に対して資金調達とローン組成に取り組み、実践的な資産運用を通じて価値を創出しています。近年では比較的リスクの抑制に努めてきたこともあり、深刻な流動性逼迫の問題に直面する不動産市場で投資機会を見出すための、充実したリソースと実績に裏打ちされた投資経験を真の意味で兼ね備えた、グローバルな運用体制が確立されていると考えています。

(英語版2023年4月18日発行)

広範な不動産市場における投資の詳細については、不動産投資のページをご参照ください。


1 キャップレートは、不動産物件のその時点における価格に対する営業純収益の比率として計算されています。レバレッジを利用しない(借り入れを行なわない)不動産投資においては、キャップレートは投資家の年間収益を表わします。

2 Newmark、資本市場レポート(Capital Markets Report):「不動産市場のトレンドと全物件タイプの分析(Real Estate Trends and Analysis for All Property Types)」2022年第3四半期。

3 欧州銀行監督機構「欧州銀行システムのリスク評価 ー 2022年12月(Risk Assessment of the European Banking System”, December 2022)」。

4 CBRE、「オフィス・セクターにおけるデット/資金調達ギャップ - 2022年12月(The Office Sector Debt-Funding Gap, December 2022)」。

5 欧州銀行監督機構「欧州銀行システムのリスク評価 ー 2022年12月(Risk Assessment of the European Banking System”, December 2022)」。

6 Green Street、2023年1月/2月。

7 Green Street、2023年2月。

8 JLL、「サステナビリティとバリュー - 2023年1月(Sustainability and Value, January 2023)」。

9 国際決済銀行、2023年1月。

著者

Megan Walters

PIMCO Prime Real Estate (旧アリアンツ・リアルエステート) 調査部門 グローバル統括責任者

John Murray

ポートフォリオ・マネージャーおよびグローバル・プライベート不動産統括責任者

François Trausch

PIMCO Prime Real Estate (旧アリアンツ・リアルエステート) 最高経営責任者(CEO)兼 最高投資責任者(CIO)

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