PIMCOの視点 オポチュニスティック・クレジット:信用力の低下と貸出状況の逼迫が魅力的なバリューの原動力に 金利が上昇し貸出状況が逼迫する環境において、大規模な流動性のギャップを埋めるための柔軟性の高い資金を有するオポチュニスティック・クレジット戦略のマネージャーにとっては、非常に魅力的な環境が醸成されています。
急激に上昇する金利、景気の減速、貸出状況の逼迫といった環境において、財務レバレッジの高い企業の多くは、債務の返済に苦慮しています。このレポートでは、ダン・アイバシン(グループ最高投資責任者)、クリスチャン・ストラック(クレジット・リサーチのグローバル統括責任者)、アダム・ガブナー(コーポレート・スペシャル・シチュエーションズのポートフォリオ・マネージャー)が、ニール・ライナー(オルタナティブ・クレジット・ストラテジスト)とともに、PIMCOが市場環境をどのように捉えているのかについてご説明します。パブリック/プライベート両方のクレジット市場が直面する課題と、伝統的なプライベート・エクイティと比べて、オポチュニスティック・クレジット戦略の方がバリュー及びリスクの特性が優れていると考える理由についてご説明します。 問:金利の急激な反転・上昇によって、企業クレジット市場では過去最長レベルの強気相場が終了しました。PIMCOでは足元の企業クレジット市場をどのように見ているのでしょうか。 アイバシン:10年あまり続いた低金利環境に後押しされるようにして、企業債務残高は米国を中心に大きく増加しました。米国では、企業債務残高の対GDP比率は2008年の世界金融危機前の水準を上回ります。 このような債務過剰の状況は、特に企業向けシニア・ローン市場において顕著に見受けられます。企業向けのシニア・ローンは変動金利型となっており、パブリック/プライベートのデット・ファンドが投資対象としています。この市場は、世界金融危機前の3倍に相当する3兆ドル規模となっています。 景気の減速によって収益性が圧迫される環境において、債務残高の増加を経験した企業の多くは、金利が急激に上昇する中で増加した債務返済コストへの対応に苦慮しています。 このため、PIMCOでは基本シナリオとして、パブリック/プライベート両市場にまたがるこれらのローンのデフォルト率(3年間累積)は、この先数年間に10~15%に達する可能性があると予想しています。潜在的なディストレスト投資の機会としては、少なくとも3,000億ドルに相当します。 問:過去の信用サイクルや混乱期と比べた場合、今回はどの分野にストレスや頑強性が確認されているのでしょうか。 アイバシン:過去のサイクルにおいては、格付けの低いハイイールド債や住宅ローンの証券化商品にストレスが発生しました。今回の場合、この10年間に、パブリックのレバレッジド・ローン市場(大企業向けのシンジケート型バンクローン)と新しいシニア・プライベート・レンディングの分野(投資ファンドによる中小企業向けのローン)において、前例のない規模のシニア・ローンが組成されたところに問題があります。両者を合計すると、実質的に過去7年間に組成された投資適格に満たない企業向けローンの総額に匹敵します(ネット・ベース)。 世界金融危機の発生を受けて、大手商業銀行は中小企業向け融資を縮小しました。その結果、プライベート市場は急速に拡大し、足元ではパブリックのローン市場の年間組成額に匹敵するようになりました。プライベート市場のローンは、ストレスの原因として今後大きくなるとみており、また投資機会になると考えています。この市場でのローンの借り手の多くは景気減速への耐性が低い傾向があります。その多くは事業戦略の領域が狭く、経営陣のリソースが不足し資産対比でレバレッジが高く、広範な資本市場へのアクセスが限定的な小規模な企業です。 シニア・ローンの信用リスクは、投資家保護の役割を果たすコベナンツ(財務制限条項)の脆弱性によって、さらに増幅されています。過去数年間の歴史的な低金利環境において、投資資金はパブリック/プライベート両方の市場に流れ込みました。その結果、貸し手側では競争が激化し、過去最高水準のレバレッジ(将来の大規模なコスト削減シナリオを前提に算出されるケースが多い)を伴うコベナンツの緩い案件が組成されるようになりました。 もっとも、企業クレジットのファンダメンタルズが総じて弱いというわけではなく、市場の一部の領域はそれなりに健全であるとPIMCOでは考えています。例として、ハイイールド債市場の多くの領域、特にサイクルを幾度か乗り越えてきたBB~B格の大規模な発行体が挙げられます。これらの発行体が投機的格付けであるのは、バランスシートの中身に照らすと妥当であるものの、高い強靱性を発揮する可能性があると見ています。また、最近数年間にわたってハイイールド債の純発行額が非常に低い水準で推移していることも、価格を下支えすると考えられます。 問:世界金融危機後に施行された金融規制の下で、銀行が中小企業に融資するインセンティブは低下していますが、足元で銀行は、民間の金融機関(プライベート・レンダー)向けの貸し出しを行っています。その結果、プライベート・レンダーにはどのようなストレスが生じているのでしょうか。 ガブナー:銀行が自らミドルマーケット・ローン(中小企業向けローン)を実行する代わりに、「ローン・オン・ローン」の仕組みにおいて、実際の貸し出しに紐付けされた資金を直接的な貸し手(ダイレクト・レンダー)に提供するのは、ある意味皮肉なことと言えるでしょう。 経済が活況を呈し、与信環境が改善傾向にある時期には、これらのローンのパフォーマンスは底堅さを発揮します。大方のプライベート・レンダーは、この仕組みのレバレッジを活用して、より高いリターンを投資家に提供します。一方、銀行が正常債権に紐付けする形でしかマネージャーに貸し出しを行わないことが、問題と言えるでしょう。ある正常債権の質が悪化し始めると、プライベート・レンディングのマネージャーには、銀行からの借り入れパッケージから該当するポジションを除外して、その分の返済を進める必要が生じます。 通常であれば問題になりません。利払いや元本の返済という形で、既存の融資から資金が流入します。プライベート・デットのファンド・マネージャー(ダイレクト・レンダー)は、その資金を用いてレバレッジを解消する(銀行に返済する)ことが可能です。しかしながら、金利が上昇した足元の環境においては、リファイナンスに伴う既存のローンの償還が大幅に減少するようになり、またそれと同時に、銀行の貸出基準の厳格化を受けて、マネージャーの流動性には制約が加わることになります。その結果、現在の純資産価格(NAV)よりも低い価格で、既存のポジションを売却することを検討せざるを得なくなるマネージャーが増えていくと、PIMCOでは予想しています。 問:現在のパブリック・ローン、プライベート・ローン、ハイイールド債の市場環境を、どのように評価しているのでしょうか。 ガブナー:伝統的なパブリック/プライベート・ローンの市場はおおむね機能停止の状態にあり、流動性は乏しい状況です。景気後退入りが近づくなかで、投資家は景気に左右されやすい資産に対するエクスポージャーの削減を急いでいます。一例を挙げると、中小のプライベート企業のデットに投資する、プライベートのクローズドエンド型ファンド((BDC(ビジネス・デベロップメント・カンパニー))の持ち分清算を進める投資家が増加しています。一部の(市場で取引されない)最大手BDCの場合、持ち分の清算要求が所定のリミットに達したため、マネージャーは投資家に対して流動性を制限せざるを得なくなっています。同じように、投資家が上場BDCの持ち分売却を進めた結果、価格が直近のNAVを大幅に下回るようになり、パブリック市場とプライベート市場においてバリュエーションに齟齬が生じています。 クレジットの質を改善しつつ、投資家に目標利回りを配当する一方で、長期にわたる煩雑な事業再編プロセスを避けるために、パフォーマンスの劣化したローンを額面より大幅に低い価格で売却しようと試みるプライベート・ファンドは、増加傾向にあります。銀行が貸出基準の厳格化を進めるなかで、プライベート・デット・ファンドがパフォーマンスの劣化に伴いレバレッジ・ファシリティから除外する必要の生じたポジションの売却を余儀なくされる過程で、この傾向は加速すると予想しています。このポジションをディスカウント価格で購入する機会や、柔軟なキャピタル・ソリューションの仕組みを用いて企業のリファイナンスを直接支援する機会は増加すると、PIMCOでは考えています。 また、投資銀行において、合併やレバレッジド・バイアウト(LBO)を目的とするデットのパブリック市場での売却が突如として不可能になるなど(売れ残ったデットは”ハング”ローン/債券と呼ばれます)、流動性を切望する声は広範なハイイールド市場全体にも広がっています。銀行は投資家に転売する前提で、この種の案件に対するファイナンスにコミットしていました。しかしながら、金利が急激に上昇し、利益が伸び悩み、リスク回避姿勢が強まる環境において、投資家の需要は大きく後退しています。その結果、銀行は与信を手控えるようになり、多くの当事者は過大なエクスポージャーを抱えています。 問:欧州の資本市場には、米国よりもはるかに強いストレスが生じています。米国対比でユニークな投資機会は存在するのでしょうか。 ストラック:欧州の資本市場には、異なる種類の投資機会が見受けられます。エネルギー危機とロシア・ウクライナ戦争の影響によって、欧州経済は他国より更に大きなストレスに見舞われています。 欧州では、米国と同じようにコアインフレ率が高い水準で推移していますが、金利水準は米国より低いため、欧州中央銀行(ECB)はマイナス金利政策からの脱却に際して、より急速に引き締めを進める必要に迫られています。欧州のクレジット市場では、急激な引き締めサイクルが今後も厳しい課題となるでしょう。投資家の需要は減退し、2022年はパブリック市場における債券発行額が70%以上も減少しています脚注1 。また、米国と同じように、投資意欲の後退を背景に、銀行は数十億ドル規模のハング状態(債務者にファイナンスをコミットする一方で、デット投資家が見つからない状態)の案件をバランスシート上に抱えています。 投資家と銀行が取引を手控え、スプレッドが拡大する環境において、流動性ギャップを埋めるための新規資金を有するPIMCOのような投資家には、投資機会が浮上しています。ただし、案件を厳選すること、そして、欧州の事業再編関連の法律の不確実性について留意する必要があります。裁判手続きや法廷外の諾成契約によって事業再編を成立させるためのリソースとネットワークを有する、実務能力の高い大規模で経験豊富な事業再編チームの関与が欠かせないと、PIMCOでは考えています。 問:オポチュニスティック・クレジットの分野における投資見通しについて説明してください。 アイバシン: 危機の時にはチャンスが到来します。伝統的な貸し手が取引を手控えるようになったため、新たな資金を有する新規参入者には、比較的ダウンサイド・リスクの緩和措置が手厚くレバレッジへの依存の低い、より適切な仕組みの案件をスプレッドを上乗せした上で要求する非常に魅力的な機会が生じています。利回りは魅力的な水準まで上昇し、リスク調整後リターンの特性はわずか9カ月前から大幅に改善しています。 ガブナー: プライベート・ダイレクト・レンダー、シンジケート型バンクローン市場、そして商業銀行が軒並み大きな制約を受ける環境において、債務者企業はプライベートなキャピタル・ソリューションをこれまで以上に求めるようになりました。このようなテーラーメイド型のワンストップ・ファイナンスでは、借り手企業(ボロワー) に対してカスタマイズされた契約条件とストラクチャーを提供することが可能です。カズタマイズとは、例えば、利息の支払い方法を現金払いと繰り延べ払い(PIK:利息を現金で支払わずローンの元本に組み入れる仕組み)脚注2 の組み合わせにする、ローンの実行手数料を設ける、エクイティ・ワラントをつける、あるいは企業がローンを返済する際にエグジット・フィーを設けるなどの方法があります。借り手企業(ボロワー)の流動性ニーズが一段と深刻化し、貸し出しの環境が厳しさを増すなかで、この先数年間にテーラーメイド型のキャピタル・ソリューションに対する需要が急増すると予想しています。 実際、PIMCOでは、運転資金への対応、買収目標の達成、既存債務のリファイナンスに際して課題に直面する企業に対して、ミドルマーケット市場から正常債権市場に至るまで幅広く、流動性を提供する機会を見出しています。2025~26年には満期を迎える債務が増加するなかで、予想以上に高い資金調達コストと減益の圧力を背景に流動性は逼迫する見通しであり、投資環境はさらに魅力的になると考えています。 また、プライベート・デット・ファンドと銀行は、ポートフォリオにおいて抱えるプライベート・ローンの売却を模索すると予想しています。プライベート・デット・ファンドは銀行から与信枠を削減されることになり、その結果、全体のクレジットの質を改善しつつ、信用力の低いポジションを売却する必要に迫られることになるでしょう。銀行サイドも同じように、バランスシート上で流動性の低いエクスポージャーを引き続き削減し、比較的流動性の高い資産にスイッチすると可能性が高いでしょう。 業界の広範なリサーチ・カバレッジ、潤沢な資金、迅速な行動力を備えるPIMCOは、このような資産の買い手として理想的な立場にあります。市場全体を評価したところ、このような投資機会を生かすためのプライベート・キャピタルの供給は、大幅に不足しているとみています。 業界筋によると、より個別性の高いプライベート・キャピタル・ソリューションに充当可能な資金は、年末時点で2,000億ドル程度に過ぎません。 したがって、このような仕組みに流動性を供給することができる、健全なバランスシートを有するマネージャーには、高いリターンを追求する機会があると予想しています。 問:足元でオポチュニスティック・クレジット戦略の魅力が改めて高まっていることは認識しました。絶対リターン戦略を追求する投資家にとってのリターンの見通しという観点から、オポチュニスティック・クレジットとプライベート・エクイティを比較してください。 ストラック:過去10年間において、プライベート・エクイティ市場では、レバレッジとレバレッジ・コストの低下がリターンの主な源泉となりました。金利の低下に加えて、企業利益の着実な伸びと株式市場の上昇が追い風となって、資産売却による出口戦略のバリュエーション倍率は、当初の投資倍率を一貫して上回りました。先行きを展望すると、ヘルスケアやテクノロジーなどの、プライベート・エクイティが近年選好してきた一部の高成長セクターにおいては特に、今後も利益は伸び悩む可能性が高いと考えています。最後のポイントとして、これまでのようなレバレッジの利用が難しくなり、また、レバレッジ・コストも大幅に上昇しているため、プライベート・エクイティのパフォーマンスが下押しされていることを指摘しておきます。 今後数年は、オポチュニスティック・クレジットのリターン(中央値)は、伝統的なプライベート・エクイティと同様の水準になると予想していますが、前者の方がボラティリティは低く、リスク特性も改善されることになるでしょう。 ディストレストの環境が長期化した場合、事業再編の専門性を備えたオポチュニスティック・クレジットのマネージャーであれば、額面を大幅に下回る価格で投資することが可能であり、非常に魅力的なリターンが期待されます。 ガブナー:より広範に見ると、伝統的なプライベート・エクイティにとっては、M&A(企業合併と買収)市場の停滞、バリュエーションの低迷、金利の上昇が、投下資金の活用と出口における魅力的な利益の実現という意味において、深刻な逆風になるとPIMCOでは考えています。PIMCOでは、プライベート・エクイティ・ファンドのリターンには大きなばらつきが存在しており、現在の組成案件のリターンは顕著に低下する可能性があると分析しています。 これに対して、オポチュニスティック・クレジットは担保資産から恩恵を享受し、評価倍率の改善や利益の伸びにはそれほど依存していません。リターンの大部分は利息や現金払いの形で実現すると想定され、資本稼働期間(加重平均)の短縮につながり得るという意味で、満期の到来も好材料になります。総じて言えば、足元の環境において保守的に投資するための手法と考えられます。
PIMCOの視点 今日のクレジット市場における投資方針:マーク・キーセルおよびジェイミー・ワインスタインとのQ&A クレジット市場を俯瞰すると、パブリック市場には利回りが魅力的で底堅さを備えた質の高い投資機会が存在し、プライベート市場では長期的な投資機会が増加しています。