各地域の主要な商業用不動産セクターにおいて、短期的、長期的なトレンドがどのような展開になっていくのかを見ていきます。
住宅セクター
集合住宅は、都市化の進展、世帯形成の増加、住宅所有費用の上昇などの長期的トレンドの恩恵を享受すると予想しています。学生寮については、米国、英国、オーストラリアなどの国では、入学者数の増加が追い風になる可能性があります。供給が従来を下回る水準で推移していることから、価格の下落は限定的で、賃料は着実に伸びると予想しています。
銀行が様子見の姿勢に転じているため、開発プロジェクトや付加価値の高いプロジェクトを対象とする、魅力的なデット投資の機会が存在しています。一方、エクイティ投資の分野では、都市部のゲートウェイ市場の一部において、比較的新しい物件に割安な価格で投資する潜在的な魅力が見受けられます。
また、コア型(インカム・ゲイン主体)やコアプラス型(インカム・ゲイン+キャピタル・ゲイン)の案件や、主要大学周辺のプロジェクトなどの分野に分散を図ることが、投資家の利益につながる可能性があります。他のセクターと同じように、オフィスや小売セクターからの投資資金が、集合住宅や学生寮に恩恵をもたらす可能性が高いでしょう。
物流セクター
物流セクターのようにパンデミックの恩恵を享受しているセクターは、ほとんどありません。電子商取引の普及によって、産業用の貯蔵施設や流通関連資産に対する需要は、今後も継続的に増加するでしょう。都市部においては、迅速な配達へのニーズが需要を牽引しています。特に欧州注3 では、炭素排出量の少ない近代的な新しい施設を求める傾向が、テナントの間で強まっています。近隣地域への外部委託が新しい地域や港近くで需要を促進している一方で、規制により土地の供給が制限されています。
成熟した市場では、物流施設の価格は既に幅広く下落しています。目立ったところでは、米国では10%程度、欧州では20%程度の下落が確認されています。供給が限定的であり、賃料が大幅に伸びていることから、物流セクターのキャップレート(収益還元率)はいち早く低下する可能性があります。市場価格がサイクルの底値近辺に達した場合、投資家は成長見通しを念頭に、ネガティブ・レバレッジ(借り入れコストが純利益を低下させる状況)での投資さえも検討するかもしれません。
データセンター
データセンターの容量に対する需要の伸びは、グローバル経済において最も強力で実体のある長期的なトレンドの1つと言えるでしょう。容量の点では欧州は米国に大きく遅れをとっていますが、レイテンシ(通信遅延時間)やデジタル主権の観点から、施設の現地化が求められています。
しかしながら、不動産開発のノウハウと、データセンターの開発やリース、運営に必要な技術的専門性および経験を確実に結び付けることができるプラットフォームは、ほとんど存在していません。このように参入障壁が高いため、最も成長性の高い当市場では、膨大な量のデータを保存・処理できる施設に対する需要に応えるための、特別な機会が生じています。
ホテルセクター
ホテルセクターはパンデミックに起因する打撃を乗り越え、経済環境が悪化し営業費用が増加するなかでも底堅さを維持しています。出張増の動きは減速する可能性があるものの、日本や中国などからの観光が、需要を引き続き喚起すると予想しています。また、サステナビリティに対する関心が、エネルギー効率が高く環境に優しい営業を促進すると考えられます。
ホテルセクターは業務の特性から、伝統的に資金調達を商業用不動産ローン担保証券(CMBS)や地方銀行に強く依存してきました。これらの資金源が縮小する結果、複雑性の高い不動産関連資産の審査能力を備える貸し手には、魅力的な運用の機会が到来する可能性があると考えています。
小売りセクター
近年、小売セクターでは、電子商取引の拡大が賃料とバリュエーションに下押し圧力を加えています。米国では、景気後退入りに伴い個人消費が抑制される見通しです。非必需品を提供する企業は、さらなる下落に対して特に脆弱だとみられます。一方で、クラスA物件については、大幅な追加的価格調整は想定していません。
PIMCOでは、投資家は一等地に所在するマルチ・テナント型の物件に注目すべきだと考えています。そのような物件は底堅さが証明済みであり、賃料は伸び悩む見通しですが、投資家は戻りつつあります。米国では、伝統的な一等地にある食料品店や小売店を主体とするショッピングセンターへのエクイティ投資が、魅力的にみえます。他方、欧州では、同じ資産でもデット投資の方が望ましいかもしれません。
オフィスセクター
不動産セクターの中で、オフィスビルほど大きな打撃を受けたセクターはありません。パンデミックのもとで定着した在宅勤務は、米国市場に長期的な影響を及ぼすと予想しています。これに対して欧州では、労働環境が優れた近代的なオフィスで働く従業員を中心に、職場復帰の動きが全般に進んでいます。この違いは価格にも反映されています。足元でオフィス物件の取引価格は、米国では2021年の水準から25%程度、場合によって40%以上も下落しているのに対して、稼働率の高い欧州とアジア太平洋地域では、15~20%の下落にとどまっています。このような環境において、欧州とアジアの市場では売却の動きが選別的かつ限定的になるのに対し、米国市場ではディストレストの水準での売却が増加すると予想しています。
この先、オフィスセクターは3極化すると予想しています。炭素排出量が少なく、設備と立地が魅力的な稼働率の高いオフィスビルのように、最高品質の物件は難局を乗り越える公算が大きいでしょう。また、とりわけ欧州やアジア太平洋地域の一等地においては、「ブラウンからグリーン」に分類されるクラスB+やクラスA-の物件にも、投資機会が見られます。しかし、中程度の品質の建造物については、生き残りを図るための改修が必要になるでしょう。また、最低品質の資産は時代遅れとなり、所有者は大規模な損失に直面することが予想されます。
- 総じて言えば、流動性の低下、ファンダメンタルズに対する下押し圧力、地政学的な緊張関係を背景に、短期的、中期的に値崩れが生じる可能性があります。米国では、急激な金利上昇が、デフォルトの増加や地銀セクターにおける経営難を生み、貸出基準の厳格化の要因になりました。欧州では、エネルギー危機とロシア・ウクライナ戦争に関連する不確実性が、アジア太平洋地域では地政学的な緊張関係が懸念されています。また、この先数年間に世界中で総額約2.4兆ドル注1 の不動産担保ローンが返済期限を迎える見通しであり、最終的な解決策が求められています。
- PIMCOでは、トランジショナル・ローンを含む、ローンの新規組成市場とセカンダリー市場を選好しています。投資家は、デット投資においては幅広く、エクイティ投資では狭く深く取り組むべきでしょう。また、値崩れを起こし、喫緊の流動性ニーズに直面しているストレス資産を対象とした、確信度の高い戦術的な投資にも注力するべきでしょう。全体としてPIMCOでは、短期的にディストレスト状態に陥った資産と、長期的なテーマが追い風となる資産を組み合わせることを選好しています。
- プライベート・クレジットとスペシャル・シチュエーションズの分野が脚光を浴びる見通しです。ディストレストの銀行セクターでは、ノンバンクの金融機関から市場シェアを獲得する機会が提供されます。PIMCOでは、商業用不動産ローン、ローン・ポートフォリオの売却、不良債権、レスキュー・ファイナンスの分野において、潜在的な投資機会を見出しています。LTV比率(資産価値に対する借り入れ比率)が低くスプレッドに妙味のある質の高い資産は、投資家に恩恵をもたらす可能性があります。また、ネガティブな評価を受けるCMBSに、額面を大幅に下回る価格で投資することによって、高い利回りが期待できる場合もあります。
- 市場のボラティリティの上昇を受けて、パブリック/プライベート両方のデット市場とエクイティ市場において、相対価値の投資機会が浮上する見通しです。機動的に投資を行ない、パブリック市場とプライベート市場の間の価格差を投資機会として捉えるためには、グローバルな投資体制が適していると言えるでしょう。
- PIMCOでは、米国、欧州、アジア太平洋地域の住宅用不動産、物流、データセンターの各セクターに、大きな投資機会を見出しています。もっとも、これらのセクターは地域ごとに多様な形で変化していくと予想されます。
足元のマクロ経済環境は困難であり、柔軟性、忍耐力、長期的な視点が求められます。投資家は不動産市場では、短期的には潤沢なデットの投資機会に注力しつつ、エクイティの分野では戦略的で忍耐強いアプローチを維持するべきであると、PIMCOでは考えています。長期投資を検討されている投資家にとっては、人口動態、デジタル化、脱炭素化などの長期的なトレンドから恩恵を受ける資産に焦点を当てたエクイティ戦略が、足元の景気サイクルにおいて付加価値の創出につながると考えています。
1 JLL, モルガン・スタンレー, CBRE コンテンツ↩に戻る
2 PIMCO, 2023年3月31日現在 コンテンツ↩に戻る
3 グリーンストリート, 2023年4月及び5月 コンテンツ↩に戻る