投資家も政策立案者も等しく、向こう5年のマクロ経済環境の大きな変化に対応する必要があります。世界金融危機以降、パンデミック前までの「ニュー・ノーマル」と称した十数年は、平均以下ながら安定した成長、目標以下のインフレ、抑制されたボラティリティ、魅力的なアセット・リターンで特徴づけられましたが、そうした特性は急速に失われつつあります。今後は不確実性が高まり、成長やインフレがばらつく環境となり、政策立案者には多くの落とし穴が待ち受けることになるでしょう。創造的破壊、分断、乖離が進む中、資本市場全般でリターンが低下し、変動が激しくなるものとみられます。しかしながら、困難な領域を乗り越えていけるアクティブ運用を行う投資家には、魅力的な超過収益獲得の投資機会が見つかるはずです。
長期経済見通しの出発点:初期状況
今年の長期経済展望のテーマは、2020年の展望で強調したテーマ「加速する創造的破壊」を発展させたものになっています。昨年時点では、パンデミックが触媒の役割を果たし、米中の対立、ポピュリズム、テクノロジー、気候変動という四つの長期的な創造的破壊要因が加速し、増幅されるだろうと論じました。
この1年の動きは、こうした予想を裏付けるものでした。米中の緊張関係は、継続するどころか、バイデン政権下で激しさを増しています。多くの国でポピュリズムが高まり二極化が進んでおり、ロックダウンや新型コロナウイルスのワクチンをめぐる政治的な対立がこれに拍車をかけています。デジタル化と自動化は、今回のパンデミックを機に一段と加速しています。また、世界各地で頻発する異常気象は、人的・経済的に甚大な損失をもたらし、エネルギー市場を大きく変動させる要因になっています。長期経済予測会議の議論では、こうした長期的な創造的破壊要因はどれも、当面収まることはないだろうとの結論に達しました。
長期経済予測を立てる際に理解しておくべきもう一つの重要な点として、パンデミックに伴う景気後退とその政策対応によって引き起こされた、公的・民間両セクターの債務の急増が挙げられます。確かに、借入コストは過去最低かそれに近い水準にあるため、過去最高の債務水準が直ちに懸念材料になるわけではありません。しかしながら、レバレッジ比率の上昇は、マイナス成長や金利上昇のショックに対して、官民のバランスシートの脆弱性を高めることを意味し、ひいてはソブリンや民間の借り手に対する不安定な取り付けリスクを高めることになります。さらに債務水準が高く、資産・所得比率で見て高度に金融化した経済では、経済に深刻な痛みを引き起こさずに中央銀行が積極的に利上げを行うことは難しくなっています。金融市場の支配というテーマについては、後でもう一度取り上げます。
最後に重要な点として、今回のパンデミックをきっかけに、多くの人がライフスタイルやワークライフバランスの見直しを迫られたり、自ら積極的に変えている点が挙げられます。人々の嗜好が変化するのか、どう変化するのか、変化がどこまで持続するのかを判断するのは、まだ時期尚早です。しかし、「仕事と余暇」、「在宅勤務かオフィス勤務か」、「特定の分野や場所で働くか否か」といった嗜好が大きく変化する可能性は十分にあります。また、パンデミックが終息した後も、多くの人が旅行や大勢の集まりに参加することに抵抗を感じて、消費パターンが恒久的に変化する可能性も考えられます。これは、長期の経済見通しを立てる際にこれまで以上に慎重さが求められることを意味し、今後数年はマクロ経済の不確実性が高まるという、前述の主張を補強するものだと言えるでしょう。
長期的変動要因
長期経済予測会議の議論では、世界経済と市場に大きな変革をもたらす可能性のある三つの大きなトレンドを特定しました。
ブラウン(化石燃料)からグリーン(再生可能エネルギー)への移行 :世界の多くの地域で有権者や消費者の関心が高まる中、政府、規制当局、企業セクターは、2050年までに脱炭素化とネットゼロ・エミッション(実質排出ゼロ)を達成すべく対策を強化しています。これは、再生可能エネルギーへの官民の投資が、長期見通しの対象期間中、つまり今後数年にわたって活性化することを意味します。民間セクターは重い腰を上げなければなりませんが、米国の超党派のインフラ法案やEUの「次世代EU」復興基金が、今後5年、「グリーン」インフラに多額の支出を行い、ブラウンからグリーンへの移行を後押しすることになります。
もちろん、クリーンエネルギーへの民間および公的支出の増加は、石炭や石油などのブラウンエネルギー部門への投資の減少や資本減耗によって、完全とは言わないまでも部分的に相殺されることになるでしょう。最近の中国や欧州の動向が示すように、移行期には、供給の混乱やエネルギー価格の高騰によって成長が阻害されたり、インフレが亢進したりする可能性があります。さらに、この過程では勝者と敗者が生まれるため、ブラウン産業における雇用の喪失、炭素税や価格の上昇、あるいは輸入品を割高にする炭素国境調整メカニズムなどに対して、政治的な反発が生じる可能性があります。目的地である脱炭素社会は、経済的理由を含めて多くの点から望ましいものですが、目的を達成するための道のりは決して平坦なものではありません。
新技術の迅速な導入 :昨年の見通しでは、パンデミックによってデジタル化と自動化が加速すると予想していました。この点は、これまでに入手したデータでも裏付けられており、企業のテクノロジー投資が大幅に増加していることを示しています。1990年代の米国など、同様のテクノロジー投資が盛り上がった過去の例では、生産性の向上の加速を伴っていました。過去1年の動きを見ると、循環的な回復も明らかに寄与しているものの、生産性が大幅に向上しており、同様の状況が再現された可能性があります。最近のテクノロジー投資と生産性の向上が一過性のものなのか、より強力なトレンドの始まりなのかはまだ不明ですが、これまでのデータは、パンデミックが新技術の導入を加速させる触媒の役割を果たしたとの考え方を裏付けています。
デジタル化と自動化は、新たな雇用を生み出し、既存の雇用者の生産性を高めることで、全体として経済的な成果の向上につながります。しかしながら、仕事がなくなり、適切なスキルがないため他で仕事を見つけることができない人々にとっては破壊的な要因になります。グローバリゼーションと同様に、デジタル化と自動化の負の側面として格差が拡大し、政治的に両極端なポピュリスト政策に支持が集まることが挙げられます。
成長の恩恵を幅広く分配 :現在進行中の変革の第三のトレンドとして、政策立案者と社会全体が所得と富の格差拡大に対処し、成長をより包摂的なものにすることに一段と力を入れていることが挙げられます。最近の例では、中国指導部が「共同富裕」を新たなスローガンに、個人の富と所得の格差縮小を目指しています。本稿の執筆時点では、もうひとつの例として、米国の民主党が提案している3.5兆ドル規模の「ソフトインフラ」投資法案があります。この法案では、主に社会的なセーフティネットのプログラムに焦点を絞り、メディケアをはじめ、勤労世帯に対する児童税額控除、全世帯対象の就学前教育、無料のコミュニティカレッジの拡充などに力を入れています。議会を通過するには法案の規模はかなり縮小されるとみられますが、この変更でこうした政策が今後数年にわたって「定着」することになるとみられます。
一方、ESG(環境・社会・ガバナンス)への関心を強める投資家からの圧力や自己満足から、多くの企業が労働条件や給与体系の改善、職場の多様性の向上に注力しています。個別の事例を見ると、多くの企業で雇用主と被雇用者の関係におけるパワーバランスが雇用主から被雇用者へと傾き始め、労働者の交渉力が向上していることがうかがえます。このトレンドが続くのか、それとも企業がテクノロジーの恩恵を受けた在宅勤務の活用にとどまらず、よりコストの低い国内外の拠点に多くの雇用の移管を進めて交渉力を維持ないし高めることができるのか、今後の動向が注目されます。
マクロ経済への意味合い
創造的破壊のトレンドと介入主義的な政策を特徴とする「変革の時代」では、経済サイクルの期間は短く、振れ幅が大きく、国によって大きなばらつきが出てくる可能性があります。労働集約的なグリーン投資の加速や、耐性を高めるためのサプライチェーンの分散や再配置で投資ブームが煽られた後、拡張と抑制を繰り返すストップ・ゴー方式の財政政策やエネルギー価格ショック、あるいは過度に野心的で唐突な規制改正によって、ブームが破裂することは想像に難くありません。
また、短期的に地域や国同士の乖離が大きくなる可能性があります。様々な変革が異なるスピードで進むこと、国ごとに異なる選挙サイクルに左右されがちな財政政策が、需要を牽引する支配的な要因となることがその理由です。さらに、中国が自給自足体制を強化しつつあり、人口動態、債務削減、脱炭素化などから、長期的に成長がさらに減速する可能性が高いことからも、多くのエマージング諸国や先進国の輸出の伸びを牽引してきた大きな共通要因は、その重要性を失っていくことになるとみられます。
経済成長と同様に、「変革の時代」のインフレは、国内ではより不安定になり、地域間のばらつきが大きくなる可能性があります。PIMCOでは、インフレのテールが肥大化しているとの見方を継続しており、インフレ率がかなり高い時期とかなり低い時期が訪れる可能性が高まっているとみています。アップサイド・リスクの要因として、ネットゼロへの移行とその炭素価格への影響、脱グローバリゼーション、積極財政主義、中央銀行の「終わりの見えない」展開が挙げられます。ダウンサイド・リスクの要因としては、技術進歩によって企業がより少ない労力で生産を増やすことが挙げられます。さらに、過去最高水準の債務とレバレッジは、マイナスの成長ショックが起きた場合に、債務デフレのリスクを高めます。
これらを総合すると、相対的に低水準ながら安定した成長、目標以下のインフレ、抑制されたボラティリティ、魅力的なアセット・リターンで特徴づけられた「ニュー・ノーマル」と呼ばれるパンデミック前の十数年は、急速に遠のきつつあると言えます。今後の「変革の時代」には、不確実性が高まり、成長やインフレがばらつく環境になり、政策立案者には多くの落とし穴が待ち受けることになるでしょう。