世界の中央銀行動向

英国にとって真のリスクは、インフレのオーバーシュートかアンダーシュートか​​​​​​​

ングランド銀行は最新の四半期インフレ報告書で、適切な金融政策を今後立案する際に直面する課題について、興味深い見方を示しました。イングランド銀行は、目標の2%を上回っている足元のインフレ率と、中期的にインフレ率を目標水準で維持する難しさと、どちらのリスクが本物かを見極める必要があります。

多過ぎるのか、少な過ぎるのか
足元のインフレ率が目標を上回り、国内総生産(GDP)成長率が予想より高かったことを踏まえ、直近のインフレ報告書の主眼は、どの程度のインフレのオーバーシュートなら容認でき、いつ頃目標水準に戻るかでした。イングランド銀行は、消費者物価指数(CPI)が今年年末には3%近くに上昇し、その後、2018年から2019年にかけて2%に向けて緩やかに低下すると予想していますが、PIMCOも同じようにみています。また経済成長率については、英経済がEU離脱関連の不確実性を乗り越え、向こう2~3年、成長率は平均1.75%を維持すると予想し、これが需給ギャップの縮小につながり、ひいては中期的な賃金上昇と国内物価を支えるでしょう。

しかしながら、2~3年先を見通した場合も、インフレ・リスクは上方に傾いているのでしょうか。あるいは、英国も(他の多くの先進国と同様に)、インフレ率が目標を下回るリスクに直面するのでしょうか。PIMCOのティファニー・ウィルディングが最近のブログの投稿で指摘したように、雇用が改善を続け、失業率が過去最低水準にある米国経済ですら、物価の基調はインフレ目標を下回っているように見えます。米国以外の欧州各国や日本も同様で、失業率が歴史的な低水準にあるにもかかわらず、基調的なインフレ圧力はきわめて弱いのが現状です。

英国は、中期的にこうしたトレンドに逆らうことができるのでしょうか。それとも世界共通の要因に屈してしまうのでしょうか。そして英国の金融政策に、さらには資産価格全般にどのような影響があるのでしょうか。

イングランド銀行は現時点の見方として、足元のインフレ率の上昇は、昨年6月のEU離脱の決定後、10%の英ポンド安が進んだことによる輸入物価へのパス・スルー効果で説明できるとしています。これを確認するには、輸入物価と相関性の高いエネルギー以外の財の物価と、国内の物価圧力を反映しやすいサービス・セクターのインフレ率を切り離す方法があります(図表1)。



これを見ると一目瞭然で、過去6~9カ月、エネルギーを除いた財の物価は着実に上昇してきましたが、サービス・セクターの物価ははるかに落ち着いています。4月のイースター休暇の前後に見られた小幅な変動を除けば、サービス・セクターのインフレ率は2~3%の間にとどまっており、インフレ率を継続的に押し上げる二次的影響の兆しは見られないとする見解を裏付けています。実際に、サービス・セクターのインフレ率がある程度上昇しなければ、2、3年後にイングランド銀行はインフレ率が目標の2%を下回るリスクに直面することになるとの見方もあります。

賃金への重し
中期的に、内生的インフレを招く経路として最も可能性が高いのは労働市場だと考えられます。英国の失業率は2011年末の8.5%をピークに着実に低下し、足元では4.6%と、金融危機前の底の4.7%を下回り、なんと1975年以来の低水準にあります。しかしながら、金融危機前と異なり、今回は賃金の伸びが加速していません。この6、7年の賃金の伸び率(前年比)は平均2.4%で、上昇基調にはありません(図表2)。



専門家の間では賃金が伸び悩んでいる理由がいくつも挙げられています。賃金と失業率の関係が完全に崩壊している、賃金に上昇圧力をもたらす失業率は足元の4.6%よりもかなり低い、労働者は金融危機の後遺症を引きずっていて大胆な賃上げ要求ができない、労働市場が効率化した、あるいは単純に企業が賃金の大幅な引き上げを負担できない、などの説です。

これらのなかでは、賃金上昇が企業収益の圧迫要因になるという説よりも、労働市場に柔軟性があるため雇用者の交渉力は弱いとの説を裏付ける材料の方が多いとPIMCOではみています。たとえば英国のGDP統計によれば、雇用者報酬の前年比の伸び率は、過去20年の平均では4.45%ですが、直近の5年は3.0%に低下しています。反面、(グロスの営業余剰で見た)企業収益の伸びは、過去20年の平均では3.1%ですが、直近5年では3.5%に高まっています。今後2、3年こうしたパターンが続き、トレンドを上回るペースで景気が拡大した場合、潜在労働力の縮小が進み、雇用者は賃上げ要求に積極的になり始め、賃金の伸びが加速し始めるとみられます。もちろん、同じ議論は何年も前にもできた点には注意が必要です。

救いは生産性?
だとすれば、今後数年のうちに賃金と国内物価が緩やかに上昇基調を辿るとの予想に対して、何がリスクになるのでしょうか。特に注目される分野が生産性の伸びですが、過去5年はほとんど動いていない状況です(図表3)。資源が希少になれば生産性は上昇するとの考えに基づけば、生産性は短期的には上昇する可能性はありますが、長期的に2%の成長軌道に戻る可能性は低いでしょう。生産性の上昇は、今後の賃金の決定要因としてあきらかに好材料であり、インフレに上昇圧力がかからなければ、経済全体にとっても好ましい展開です。

円滑なEU離脱?
国内のリスク要因として、好ましくないのが英国のEU離脱交渉をめぐる問題ですが、現時点では、交渉であ る種の妥協が成立する可能性が高いとPIMCOではみています。この前提として、英国側に「悪い合意」ならしないとの明確な意図があること、それによりある程度の交渉上の優位性を手にすること(英国は必ずしも「価格受容者」なわけではありません)、さらに「ブレグジット・ビル(離脱請求書)」(EU離脱に伴い英 国がEUに負う負債金の支払い)があります。論理的に考えれば、EU離脱後の英国が加盟時と同じ特権は持たないことを示すことができれば、ユーロ圏の景気見通しが改善している時に、EUの政策当局がそれを損なうリスクを冒したいとは思わないと考えられます。



とはいえ、政治は常に論理どおりにいくわけではありません。交渉が円滑に進まず、英国が世界貿易機関(WTO)型の貿易協定に戻ると企業が想定し始めるリスクは残ります。それが自己実現的に経済に混乱をもたらす決裂につながり、交渉の決裂とその後の景気減速は英国の雇用者の交渉力にプラスにならず、長期 のインフレ予想がアンダーシュートに偏る可能性があります。これはPIMCOの基本シナリオではありませんが、重大なリスクだと言えます。

主要な結論
では、様々な可能性のなかで、PIMCOの基本シナリオはどのようなもので、市場全般の見通しと比較してどうなのでしょうか。PIMCOでは、EU離脱交渉が英国経済に壊滅的な打撃を与えることにはならず、景気の勢いが持続して、労働需給が引き締まることを前提に、今後2、3年で賃金は緩やかに上昇し、内生的インフレにつながると予想しています。

このシナリオどおりになるとすれば、英国債の利回り曲線の傾き―いわゆる「ターム・プレミアム」―は低いとするカーニー総裁の見方には同意できます。10年物英国債の足元の利回りは1.07%であり、市場が織り込んでいる利上げ開始時期の2019年半ばは、EU離脱交渉の期限と一致しています。足元のインフレ率が目標を上回り、政策金利が0.25%と既にゼロ金利下限に近い中で、英国債の利回り曲線がフラットな状態は少々異常だと言えます。米国の中期債の金利は1.15%も高く、英国債よりも米国債市場のほうが効果的なインフレ・ヘッジのように見えます。

最初の問いに戻りましょう。イングランド銀行は、インフレの短期のオーバーシュートと、長期のアンダーシュートにどう対応するのでしょうか。そして、どちらがより大きなリスクなのでしょうか。PIMCOでは、イングランド銀行は足元で目標を上回っているインフレ率の先行きを適切に見通しており、国内の物価は落ち着き、賃金は低水準で安定していることから、二次的な影響の兆候は見られないとみています。中期のインフレ・リスクの方向については依然不透明ですが、イングランド銀行はより明確になるまで待つことが適切だと考えています。

著者

Mike Amey

ポンド建てポートフォリオおよびESG戦略統括

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