寄稿文

マーケットアイ「FRBウォッチングの変化」(寄稿文)

日経ヴェリタス/2017年9月3日付

マーケットアイ
トニー・クレセンツィ氏
ピムコ マーケット・ストラテジスト、ポートフォリオ・マネージャー

世界の投資家は数十年にわたり、連邦準備理事会(FRB)の次の一手を予想しては一喜一憂してきた。特に注目の対象だったのは政策金利の動向だが、グローバル金融危機後は、中央銀行のバランスシートが俄然注目されるようになった。FRB、日銀、英国銀行、欧州中央銀行(ECB)が量的緩和(QE)政策の下で大量の債券を買い入れたからだ。

FRBが2015年12月に利上げに転じ、4回の利上げを通じてFF金利を1.25%まで引き上げたことから、最近再び金利が注目されるようになったものの、危機直後の数年間は、資産価格の押し上げと米経済の浮揚を狙った数兆ドル規模の国債買い入れで投資家はうけに入っていた。FRBの国債購入に、市場の乱高下の抑制、予想長期金利の押し下げ、リスク資産への一層の資金移動という3つの効果を投資家は期待したが、これは正しかったと言える。

株も債券も力強く値上がりしたことからわかるように、投資家がこれらの効果を実感するのにさほど時間はかからなかった。しかしFRBが従来の政策を逆転させて政策金利の引き上げに踏み切ると決めたときに、投資家が金利動向に関して冷静でいられるようになるまでには、何年もかかった。2013年のいわゆる「テーパー・タントラム(緩和縮小を巡る市場の混乱)」は、このことを雄弁に物語る。当時のベン・バーナンキFRB議長が債券購入の打ち止めを示唆しただけで、債券価格が下落したのである。FRBはゼロ近傍に張り付いた政策金利を4年間で4%まで引き上げるつもりだと、投資家が誤った予想をしたためだった。翻って今日の債券市場は、FRBがうまく利上げの舵取りをするだろうと見ている。現在の価格動向からすると、政策金利が今後10年間で2.5%を上回ることはないと見込まれているようだ。

このように冷静なのはなぜだろうか。おそらく投資家は、筆者らと同じく、世界の政策金利がニュー・ニュートラルの時代に入ったと判断しているのだろう。ニュー・ニュートラルとは、政策金利が従来の景気循環より低い水準に抑えられる状況を意味する。人口高齢化、信用の伸びの低迷、高い債務比率、投資に比して過剰な貯蓄、消費者の買い控え、伸び悩む生産性といったさまざまな長期的要因により、中央銀行が利上げをしにくくなっているためだ。

投資家は、中央銀行に経済成長を促す能力があるとはもはや考えていない。それも当然である。中央銀行は長期的には経済成長を生み出せないのであり、マネタリズムで名高い経済学者のミルトン・フリードマンは、1968年の論争の際も含め、そのことを繰り返し述べている。フリードマンによれば、金融政策にできるのは、貨幣自体が混乱を引き起こすことを防ぐ、他の要因による混乱を沈静化する、円滑な経済活動を維持する、の3つだけである。

投資家は、過去の平均成長率(オールド・ノーマル)にこだわらなくなるのと共に、FRBの利上げも恐れなくなった。それでもフリードマンが指摘するように、貨幣はそれ自体が混乱の原因となりうる。従って投資家は、FRBの量的引き締め(QT)、すなわちバランスシートの縮小に注意しなければならない。現時点ではQTは10月に始まると予想されており、そうなればFRBによる国債購入の3つの効果の一部を逆転させることになろう。

ニュー・ニュートラルの世界では、政策金利が長期にわたって低水準で推移するため、QTのインパクトは弱まるだろう。それでも、市場の変動性は長期にわたって増大しかねない。従って利上げを完全に織り込み済みの楽観的な今日の市場状況では、投資家はリスクテークにより慎重になり、QT開始後に生じる機会を逃さないよう、ある程度の手元資金を確保しておくべきだ。

著者

Tony Crescenzi

マーケット・ストラテジスト

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