寄稿文

マーケットアイ「米国債利回り情報、辛抱強く対応を」(寄稿文)

日経ヴェリタス/2017年1月22日付

マーケットアイ
トニー・クレセンツィ
ピムコ マーケット・ストラテジスト、ポートフォリオ・マネージャー

米国債利回りの急上昇、辛抱強い対応が必要

米大統領選以降、米国債の利回りが急激に上昇している。米国債、そして多くの債券市場は今後どんな展開を辿るのだろうか。

大統領選の結果が投資に及ぼす最大の影響は、おそらく市場の主役が中央銀行から財政政策にシフトするとみられることだ。別の言い方をすれば、米国の経済成長を促す役割が連邦準備制度理事会(FRB)から財政政策当局に多少なりとも移行することになる。それは経済成長、インフレ率、債券利回りを押し上げる要因となりそうだ。

だが、米国や他の国々では構造的要因が市場に大きな影響を与えているため、「トランポノミクス」だけでは利回りの著しい上昇を持続させる力はなさそうだ。

世界の動きは2020年頃まで利回りを圧迫する要因となる見通しで、日銀が10年物国債利回りを0%前後に抑える方針を表明していることや、日本と欧州におけるマイナス金利政策などがその役割を果たしそうだ。世界的な低金利は米国債利回りの上昇を抑える可能性があり、世界の投資家の間で株式、クレジット、不動産、そしてオルタナティブ資産など高リスク資産への投資を追求する動きが続いている。

それ以外に利回りを抑制する主な要因としては、強力かつ不可逆的な人口動態の動き、弱々しい世界のマネー創出力、消費者の慎重な行動、消費主導型経済への移行を目指す中国の動向などが挙げられる。最後に挙げた中国の動きは時間を要するもので、世界経済における新たな活力を圧迫しかねない。  重要なのは、米国経済は力強く循環的な回復に向かっている模様だが、それを持続させるには、生産性の伸びを妨げている根深い問題に取り組む必要があると点である。とりわけ問題なのは、人材やモノ―工場、設備機器、ソフトウェア、構造物、インフラ―に対する投資の伸びが低迷していることだ。これらは長期的な成長を促す重要な牽引役で、金利に影響を及ぼす主な要因でもある。

FRBのイエレン議長が昨年8月にワイオミング州で行ったスピーチの中で、米国の生産性の伸びが拡大すれば「金利の平均的な水準を引き上げる」と述べたことは注目に値する。そこには米金利の長期的な見通しを左右するカギが含まれている。イエレン議長は債券の投資家同様、生産性の伸びが高まれば所得の伸びも拡大し、全体の支出が押し上げられることを認識している。それはインフレ率や市場金利の上昇につながる可能性がある。

生産性の伸びを高めるには、米国が金融資源の活用方法を抜本的に変えることが必要だ。だが、米国では債務水準が高く、高齢化社会の進行に伴って債務が急速に拡大し、場合によっては権力者の政治生命の長期化につながる試みに国家資源を投入することが政治的に難しいことを踏まえれば、それは簡単なことではない。

結局のところ、成長率が今後も過去の水準を下回る状態が続く可能性はまだ排除されておらず、米国や他の先進国が世界経済の足を引っ張っている数多くの要因に対処するまでこうした状態が続きそうだ。

要するに、米国では政策の主役が中央銀行から財政当局に移ったため、金利サイクルが転換した。それはFRBに金融緩和の縮小を強いる要因となるだろうが、次の2つのことが起きるまでは変化が大きなものとはなりそうにない。一つは世界の政策金利見通しの変化で、簡単に実現するとは考えにくい。もう一つは教育や生産能力への投資といった長期的な成長の牽引役に目が向けられていないことなど、経済成長を妨げている多くの要因に米国が取り組むことである。

投資家はそれらを心に留め、債券の分散投資効果のタイミングを見図ることには慎重になるべきだ。そうした行為は自動車保険を一時的に解約するようなものだ。肝心なのは辛抱強く行動することである。長期的な視野を持ち、長期的に見ればリターンを押し上げる利回りの上昇を歓迎すべきだ。市場価格がファンダメンタルズからかい離している時には、市場のボラティリティを受け入れなくてはならない。

著者

Tony Crescenzi

マーケット・ストラテジスト

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