寄稿文

「失われた20年」に終止符を

日本経済新聞夕刊 十字路(2020年10月6日付)

より生産性の高い事業へ資本や労働が移動してこそ、希望がもてる社会を目指した経済成長に資する

わが国の「失われた20年」の主因は何か。急速な高齢化は無論のこと、グローバル化やデジタル化の遅れ、それに伴って資本や労働が生産性の低い分野に固定化されたことがあげられる。

官僚機構の縦割り行政が規制改革を妨げてきたとも指摘されるが、国家と市民の関係である「社会契約」も見逃せない。それぞれの国には文化や歴史がもたらす社会契約があり、暗黙の規制や制度になっている。例えば新卒社員の一括採用や終身雇用など伝統的な制度は、高度成長期に確立された社会契約だ。コロナ禍は「働き方改革、待ったなし」と迫り、千載一遇の変革機会をもたらしている。

改革は短期的には痛みを伴いデフレ的で、民主主義のもとで進めるには痛みを癒やす景気浮揚策が欠かせない。小泉政権は「改革なくして成長なし」とのスローガンのもと改革を試みたが、その痛みに国民は耐えられず、改革は頓挫した。これを反面教師とした安倍政権では、金融・財政政策によるリフレ政策という「痛み止め」を先に打ったものの、主要な改革はついぞ実現しなかった。新政権ではどうか。金融政策は、単独での景気刺激効果が限界に達したが、財政拡大を低金利でファイナンスする政策協調を通じて景気下支えに一役買っている。
 
新政権は「デジタル化」を標ぼうしている。その方向性は正しいが、より生産性の高い事業へ資本・労働が移動してこそ経済成長に資する。その円滑な移動に市場機能が不可欠だ。日銀によるマイナス金利政策、社債や上場投資信託(ETF)の大規模買入れなど市場機能を封じ込める政策は、コロナ収束に伴って徐々に正常化すべきだ。

今度こそ「失われた20年」に終止符を打ち、将来世代が希望を持てる社会を実現したい。

著者

Tomoya Masanao

ピムコジャパンリミテッドの日本における代表者兼アジア太平洋共同運用統括責任者

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