来春に任期満了となる黒田東彦日銀総裁の後任人事が、今年後半にかけ注目される。再任も含め複数の候補者が既に噂されるが、物価安定目標の達成が見通せないなか、人選の前に議論すべきことがある。 まず、2%の物価安定目標はわが国にとって適切なのか。黒田総裁下での異次元金融緩和は、2%目標を初めて明記した2013年1月の政府・日銀間アコード(政策協定)に依拠する。本来いかなる経済政策も国民の厚生水準向上を目的とすべきだが、「国際標準」とされた2%インフレは超高齢化社会において果たして適切か。インフレは貯蓄取り崩し世帯である引退世代の購買力を毀損する。現役世代も多くは未経験の2%の物価上昇が自らの厚生を高めるとは思えないであろう。 更には、仮に物価目標水準が適切だとして、果たしてこれが金融政策で達成可能なのか。日銀法は、物価安定の責任は日銀が負うと規定するが、そもそも日銀は2%目標達成への手段を持っているのであろうか。 日銀は昨年9月に行った政策検証において、わが国では人々のインフレ予想が合理的なものではなく、過去を含む実績の物価水準に適合的に決まると結論した。実感と符合するが、この意味合いは大きい。20世紀後半に確立された現代マクロ経済学では「合理的期待」を前提としており、人々の「期待に働きかける」異次元緩和は正にこれに基づく。すなわち、新しい経済理論の登場なしに日銀が単独では法的責任を負えないのではないかとさえ思える。 日銀総裁人事の前に、政府は真に国民の厚生水準を高める経済政策目標を再設定し、日銀の限界を理解した上で、現行アコードひいては日銀法の建設的な改正をも議論すべきだ。適切なマンデートなしに適任者は決めようがないし、2%目標が日銀の自己目的化してはならない。 (ピムコ アジア太平洋共同運用統括責任者 正直 知哉)
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