寄稿文

十字路「中立金利と投資」(寄稿文)

日本経済新聞夕刊/2018年7月13日付

一般には馴染みが薄いが投資における重要な概念として、中立金利がある。その趨勢的な変化は、長期金利のみならず、株式などリスク資産にも大きく影響する。中立金利は、景気を刺激も抑制もしない中立的な実質金利を指す。中央銀行は中立金利水準を参照して、実質政策金利を上下に誘導し、金融引締め及び緩和を行う。

金融危機以降、先進各国の中立金利は大きく低下したとされる。中立金利の研究で著名なウイリアムズ・ニューヨーク連銀総裁はかつて2%水準にあった米国の中立金利は危機後に低下、最近でも0.5%程度と推計している。筆者の所属するピムコも同様の見解を2014年に示した。

中立金利の低下は、趨勢的な貯蓄増加や投資減少が背景だ。高齢化とそれに伴う年金制度への不安が現役世代の予備的な貯蓄需要を高めた。また、技術進歩の停滞が資本収益率を低下させ、企業の投資需要を減退させた。危機以降の規制強化などによる金融仲介機能の低下も、投資需要に影響した可能性がある。

先行きはどうか。先進各国では今後も高齢化が進み、中立金利は低位に抑えられよう。注目すべきは、人工知能(AI)に代表されるIT(情報技術)活用の拡大だ。日本でも、人材不足に対応した省力化やIT投資が活発化しており、国内総生産(GDP)対比の設備投資水準はバブル期に匹敵する勢いだ。投資需要の増加に加え、生産性が向上する可能性がある。

投資家は当面、中立金利の低位安定とこれに基づく慎重な金融政策の継続を基本路線とすべきだ。一方、長期的には中立金利が上昇する可能性にも留意したい。金利上昇は、割引率を介して全てのリスク資産のバリュエーションを低下させる。価格がすでに高く押し上げられたリスク資産は慎重でいたい。


(ピムコ アジア太平洋共同運用統括責任者 正直知哉)

著者

Tomoya Masanao

ピムコジャパンリミテッド共同代表者 兼アジア太平洋共同運用統括責任者

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