2019年に入り世界経済が減速する中で、世界のリスク資産市場の強さのばらつきは、多くの投資家を混乱させています。今夏、市場ボラティリティが高まり、企業収益は低下し、世界的に投資需要が低迷しているにもかかわらず、株式、クレジット・スプレッド、金利は総じて好調で、資産のバリュエーションは年初来で最も高い水準に上昇しています。経済成長の減速と企業収益の伸び悩みは、通常リスク資産にとって良い材料ではありませんが、成長の減速が速やかに世界の中央銀行の政策転換を促し、これが割引率の低下と新たな量的緩和に対する期待を通じて資産価格を押し上げた格好となっています。日米欧の主要3地域について利上げを予想していた市場は利下げ予想に転じ、実際に多くの市場で利下げが実施されました。インフレ調整後の金利の指標である実質金利は、事実上崩壊しています。
重要な点として留意すべきは、総合的な資産全体のリターンの指標には、世界経済の成長の背景がほとんど反映されていませんが、個別に見ると、ファクター、地域、セクターごとに顕著なばらつきがあり、それらが広範な市場の熱狂によって覆い隠されている点です。サービスおよび製造業セクターのマクロのばらつきは株式全体に広がっており、ディフェンシブ株が景気循環株を、クオリティ株がバリュー株をアウトパフォームしています1。これは、信用力を重視し、保守的なポートフォリオのポジショニングを推奨した、年初のPIMCOの見方に沿っていると言えます(PIMCOの年間の展望「景気サイクルの『後期』と『終点』における投資」をご参照ください)。
緩和が市場に十分織り込まれ、将来の成長が引き続き不透明な現在、投資家が問うべきは、減速しつつも拡大を続ける経済を緩和政策が補えるかどうかです。向こう3年~5年の世界経済に対するPIMCOの基本シナリオでは、概して冴えない経済成長が続き、低インフレが継続、中央銀行は政策金利をニュー・ニュートラルの水準以下に維持すると予想しています(現在、市場はこれらを大幅に下回る金利水準を織り込んでいます)。ただし、世界経済を混乱させる可能性のある長期トレンドが少なくとも5つ存在しています(これらの要因は、PIMCOの長期経済予測『創造的破壊』で詳述しています)。
以下のセクションでは、資産クラス全体のPIMCOの見解をご説明し、さらに2つの専門的なトピックについても掘り下げます。1つは、PIMCOのマクロ経済分析を補完するアセットアロケーションの戦術的モデルについて、もう1つは、財務分析にスタイル・ファクターと収益サイクルの知見を合わせた株式投資アプローチについてです。これら2つのトピックを深く掘り下げることが、成長環境が軟化する中でもリスク資産が好調な現在の二極化した状況を説明する際に役立つよう願っています。
(特定のセクターや市場の変動要因など)表面下では多くの動きがありますが、アセットアロケーションの概要についてのPIMCOの見解は、年初からほとんど変わっていません。すなわち、保守的なポジションで、信用力の高い債券を小幅オーバーウエイト、リスク資産をアンダーウエイトとしています。景気サイクルの現状を鑑み、株式市場および債券市場全般で、信用力が高くディフェンシブなセクターの重視を継続し、米国を他の先進国に比べて選好しています。中央銀行のハト派的な政策スタンスが続くとの予想から、実物資産と、エマージング債券およびエマージング通貨の一部をオーバーウエイトとします。流動性の低下と「フラッシュ・クラッシュ(瞬間的暴落)」の頻度が増していることからも明らかなように、金融市場構造にストレスがかかっているとの長期的な見方を踏まえ、健全な流動性バッファーの維持を目指しています。
マクロモデリングによるアセットアロケーション
景気サイクルや金融環境に関する指標のノイズや矛盾した情報のなかからシグナルを抽出するための一助として、PIMCOでは、定評のあるマクロ経済分析に基づく裁量的アプローチに加え、確固とした体系的なフレームワークを使った戦術的なアセットアロケーションを補完的に採用しています。
通常PIMCOのアセットアロケーション・モデルでは、質とキャリーを加味し、バリュエーションを中心とした一連の戦略的見解を重視します。ただし、資産価格は場合によってはかなりの期間にわたりファンダメンタルズから逸脱し、バリュエーションの平均回帰を遅らせることがあります。そのためPIMCOでは、景気サイクル全般を通じた資産のリスクプレミアムの体系的な変動に基づき、戦術的に傾斜をつけることによって、戦略的アセットアロケーションの決定を強化します。
この戦術的アセットアロケーションの体系的なフレームワークは、マクロ経済状況が漸進的で秩序立って変化する傾向がある、という経験的な観察に基づくものです。しかしながら資産市場は、(重要なデータの発表に伴う一時的な過剰な動きは別として)、マクロ経済のファンダメンタルズのこうした継続性に対し、短期的には十分に反応しない傾向があります。そのため、市場がマクロ経済トレンドを完全に織り込むことを見越して、マクロ経済の現状に基づいて戦術的に傾斜をつけたアセットアロケーションが有益であることを、しばしば目のあたりにしてきました。
この戦術を成功させるには、投資家は、世界の景気サイクルの健全性を測る適切な指標を特定することにより、経済の現状を解明する精緻なアプローチを取る必要があります。このアプローチはまさに、過去40年以上にわたって幅広いマクロ経済指標の分析をベースにしてきた、PIMCOの投資プロセスに適合していると言えます。
PIMCOの戦術的アセットアロケーション・モデルでは、マクロ変数を4つのカテゴリーに分けて検証します。
それぞれのカテゴリーでは、全体を総合すると地域全体のマクロ経済の現状が包括的に理解できる厳選した変数が網羅されています。次に、こうした各変数に対するショックが様々な市場に与える影響について、体系的な見方を組み合わせます。例えば、雇用環境に対するポジティブ・サプライズは、(株式やクレジット・スプレッドなど)リスク・オン・ファクターに好影響を与える一方、信用力の高い債券のようなリスク・オフ・ファクターにはマイナスの影響を与える傾向があるとの見方です。これは、バリュー重視の戦略的アセットアロケーションを強力に補完する戦術的アプローチだと考えています。
PIMCOの戦術的モデルの最近の動きはどうなっているのでしょうか?
2018年第4四半期は、PIMCOの戦術的アセットアロケーション・モデルにおけるグローバル株式とクレジットのマクロ・スコアが一貫して悪化しましたが、これは景気サイクル状況の悪化が主な背景です。その後、2019年初めにマクロ・スコアは上昇しましたが、最近ではばらつきが大きくなっています(例えば、図1の米国のリスク資産のモデルスコアを参照)。
また、4つのマクロのカテゴリーは、時間に伴う変化を視覚的に図示した4点クラスター(「クモの巣」)のグラフに統合できます。図2をご参照ください。2018年末以降、実体経済と労働市場の指標が軟化し、景気サイクル状況が悪化しているにもかかわらず、マクロ状況は改善しています。緩和政策を支持することになったインフレ指標の軟化や、センチメントの改善、そして金融環境の緩和を示す指標によって相殺されています。
指標の4点クラスタ―の情報を組み合わせて総合的に判断した結果、戦術的アセットアロケーション・モデルでは、先進国市場では債券を小幅オーバーウエイト、株式とクレジット・スプレッドをアンダーウエイトとしています。通貨について、モデルは米ドルのアンダーウエイトを示唆しています。
体系的なモデルの結果とマクロ経済および相対的価値分析に基づいた裁量的なポジショニングを組合せた現在のポジショニングについては、各資産クラスの見通しで詳しくご説明します。
株式市場分析:質の特定とシグナルの監視
昨年はほぼ一年を通じて、保守的で信用力の高い銘柄を重視したポートフォリオを提唱しました。PIMCOの保守的なポジションは、「成長しつつも減速している」環境で何が有効かを実証的に分析した直接的な結果であり、2019年に利益成長サイクルが減速するとの予測を反映したものでした。現時点の分析も引き続き保守的なスタンスを支持していますが、他の資産クラスもそうであるように、精緻さが決定的に重要になります。かすかなシグナルが、アルファの投資機会を特定する助けになるとともに、投資に対するPIMCOの見通し変更のきっかけとなりうる市場変化の可能性とタイミングを見極めるのに役立ちます。
このセクションでは、ポジショニングの指針となる3つの視点を活用して、株式市場を分析します。
利益の兆候
米国の株式を見ると、利益の伸びはPIMCOのモデル予測に沿う形で鈍化しています(図3を参照)。この予測では現時点で、弱い成長が来年初めまで続くことが示めされています。
経験的に、利益成長サイクルは、株式ポートフォリオのポジショニングを決定し、勝者と敗者を識別するうえで重要なインプットであることが実証されています。利益の成長率が高く(5%以上)かつ加速している場合、投資家はその対価を支払う必要がなく、結果的に循環的なバリュー(「割安」株)を選好します。しかしながら成長が鈍化すると、投資家の選好は成長の確実性に移り、収益性を重視する傾向があり、多くの投資家はそうした特性をもつ銘柄に積極的にプレミアムを支払います。
S&P500の利益成長率の実績値を、(減速、収縮、回復、拡大)の4つの局面に分け、実際のリターンを評価すると、時間軸で明確で一貫したパターンが見えてきます。利益が伸び悩む環境では、株式市場の絶対収益率はプラスであることが多いものの、収益率は低下し、不安定になります。歴史的にみると、成長が鈍化する期間には、投資家が自身のポートフォリオをベータ値の高い、循環的なセクターから切り離そうとすることから、ディフェンシブな銘柄に資金が流入する一貫したパターンが見受けられます。
スタイルマッピング
PIMCOでは、株式スタイル全般で過去のリターンを検証することにより、利益サイクルの一定の領域で成果を上げる見込みが経験的に最も高いセクターとスタイルを特定することを目指しています(前項目参照)。利益の伸び率が低下している期間中は、通常、ディフェンシブなグループに比べて循環的なグループのリスク調整後リターンがマイナスになります。さらに、利益の伸び率が低下している期間中に最も高いパフォーマンスを記録するのは、通常、(収益性が高いなど)高いクオリティ特性を持ち、モメンタム・ファクターにさらされている企業です。経験的にみると、バリュー、サイズ、循環的ファクターのグループは通常、利益の伸び率がプラスに転じるまで、ボラティリティ調整後のリターンが魅力的にはなりません。
もちろん、これは今後選別的な投資機会がないことを意味するわけではなく、過去が完全に未来にあてはまることを保証するものでもありませんが、こうした分析は、株式ポートフォリオを構築する際のロードマップとして役立ちます。
自国を知る
望ましい市場スタイルおよびセクターの分析は、株式の地理的な配分を決定するうえで重要です。セクターの構成と企業の質は、地域によって大きく異なります。
例えば、PIMCOの株式定量スコアリング手法に従って主要地域の株式市場を評価すると(図4を参照)、米国の株式はクオリティに対して高く、低リスクについては低く、モメンタムについては高く、バリューに対してはマイナスとなる点で際立っています。成長が減速する環境で何が有効かを考慮すると(前述の項目参照)、現在の米国株式市場のアウトパフォーマンスが理解しやすくなります。
世界経済が製造業および貿易主導で減速に陥る場合、米国以外の株式市場は、一般に循環的なエクスポージャーを多く抱えていることから、影響が大きくなる傾向があります。
多くの投資家は、欧州、日本、あるいはエマージング市場と比較すると、米国市場は割高だと考えがちです。しかしながら、バリュエーションに基づく評価を行う際は、収益性、成長、ボラティリティについて地域的な差異を考慮することが重要です。確かに、予想株価収益率(PER)に基づくと、米国市場は通常、平均を若干上回る絶対的なバリュエーション水準で取引されています。ただし、自己資本利益率(ROE)も平均を上回っており、世界の他の地域と比べて30%~50%高くなっています。一方、米国の利益の伸び率は同等で、かつボラティリティは低くなっています。
もちろん、成長のモメンタムが底をうち、利益の伸びが目立つにつれて、株式ポートフォリオの構成を、循環株、バリュー株、非米国株のエクスポージャーを増やす方向に変える必要に迫られる可能性があります。株式市場で高ボラティリティが常態化する可能性もあります。ベータ値の高い株式ポートフォリオへ完全に切り替えるのは早計だと思いますが、株式で積極的なロングポジションのスタンスを取る前に、成長のモメンタムが反転する可能性を一層注視していきます。
著者一同、ムクンダン・デヴァラジャンとビル・スミスが体系的なアセットアロケーションと株式市場分析でそれぞれ大きく貢献してくれたことに感謝します。