マクロ経済

日本銀行:イールドカーブ・コントロール(YCC)緩和に向けた地ならし

*明示されていない限り、本レポートで示した見解はPIMCOの公式見解を示すものではありません。

1月18日の金融政策会合では、日銀は「動かない」ことで市場を驚かせました。日銀は昨年12月に開催された前回の会合で、10年物日本国債利回りの変動幅目標の拡大を決めましたが、このサプライズ以降、メディア報道や市場動向は、導入から7年が経過したイールドカーブ・コントロール(YCC)の枠組みが修正ないし完全に撤廃される可能性があり、1月の会合で決定される可能性があることを示唆していました。これを受けて、10年物日本国債は政策決定会合を前に強い売り圧力に押され、利回りが0.53%に上昇、-0.5%から+0.5%という日銀の(拡大後の)目標レンジの上限を小幅上回りました。

しかしながら、日銀は先週、YCC継続を決定しただけでなく、ターム物貸出ファシリティ・オペレーション(日銀の用語では「共通担保資金供給オペ」)の満期を延長し、YCCを強化したように見えます。実際、この動きは日銀が狙った効果を発揮しました。日本国債への売り圧力は速やかに収まり、10年物国債の利回りは約0.1%低下し0.4%を付け、(本稿執筆時点で)引き続きこの水準で取引されています。と同時に、2022年の年初以降日本国債に比べ拡大を続けてきた円建て金利スワップのスプレッドは、0.15%前後縮小し、0.3%強を付けました。

YCCの10年物国債の変動幅拡大について、日銀の黒田東彦総裁は以前、政策引き締めに相当すると述べていました。その変動幅拡大をターム物貸出オペの強化を通じて10年物金利の安定性を補強するという日銀のサプライズは、日本だけでなく世界の債券市場の変動を最小限に抑えるステップを踏みつつ、YCCのさらなる緩和に向けた地ならしを開始したと見ることもできます。これにはいくつか理由があります。

第1に、議論するまでもなく最も重要な点として、日銀が1月に公表したインフレ予想は依然として比較的落ち着いていますが、日本のインフレは加速しています。2022年の世界的なエネルギー価格の上昇と大幅な円安の進行で、日本のインフレ指標は押し上げられています。PIMCOが独自に作成した「粘着性のある物価」指標で日本のインフレ率を見ても、数十年ぶりに年率3%弱に加速しています。一方、年に1度の春闘の賃金交渉を前に伝えられる事例によれば、大企業では大幅な賃上げの可能性が高まっているようです。日本のある大手ファストファッション・メーカーは約20%の賃上げを表明し、大々的に報道されました。一方、日本労働組合総連合会(連合)は3%の賃上げを目指していると報じられています。無論、日本の雇用の過半を占めるのは中小企業ですので、こうした中小企業を含む幅広い企業で賃金の上昇率が、日銀の緩やかな目標の3%に達するかどうかはまだわかりませんが、楽観的になれる理由はあります。

第2に、岸田文雄首相がアベノミクスから距離を置こうとする中、YCCをめぐる政治は難しさを増しています。YCCが初めて導入された2016年当時、これは、より拡張的な財政政策の実施に向けて望むだけ国債を発行してかまわないという、黒田総裁から日本政府高官への「招待状」だとも受け止められました。その狙いは、最終的にはこれが持続的な国内の貸出の伸びと物価の上昇につながり、日銀預金のマイナス金利と相対的にフラットな金利曲線との共存を強いられてきた銀行セクターを含む、日銀の緩和プログラムの代償の一部を相殺することにありました。確かに、日本政府は諸外国と同様に拡張的な財政措置を講じ、様々な新型コロナ支援策を実施してきました。一方で、消費税率引き上げやその他の緊縮的な財政措置に重きを置き続けてきた事実に基づけば、政府は日銀の「招待状」を完全には受け入れなかったと考えられます。さらに、量的緩和(QE)と低金利による所得や富の二極化への副作用が常に政治の注目を集めています。最近では、世界的に金利が上昇する中、昨年の急激な円安の原因として、YCCも槍玉にあげられました。

第3に、黒田日銀総裁は4月に退任する予定ですが、後任には岸田首相の政治路線に沿った人物が充てられるのではないかと報じられています。最近、有力候補に浮上したのが、白川方明前総裁の下で副総裁を務めた山口廣秀氏ですが、同氏は12月の日銀の声明発表前の2022年のインタビューで既により柔軟な政策の枠組みとYCCのターゲット幅の拡大を示唆していました。

YCCの緩和実施には様々な動機がありますが、これを混乱がなく、持続不可能なほどの日本国債買い入れを必要としない形で実現するには、日銀にはやるべき事が山積しています。この点で、ターム物貸出ファシリティを強化するとの発表は、洗練された解決法だと言えるかもしれません。貸出ファシリティは2016年にYCCの枠組みと合わせて導入されました。日銀は先週の修正により、日銀が望む水準で銀行が日本国債を買い入れる、強力なインセンティブを提供するために貸出ファシリティを積極的に活用できるという強力なシグナルを送ったと言えます。たとえば、日銀が仮に、銀行が10年まで0%で借りられるよう金利を設定すれば、銀行はゼロ金利に若干上乗せしたスプレッドで日本国債を買うでしょう(ただし、この取引を行うことで規制上の資本費用が追加的に発生しますので、これを十分に吸収できるスプレッド水準である必要があります)。原理上、これがアンカー(重し)の役割を果たし、日銀は銀行から国債買い入れの支援を受けながら、YCCの緩和に向けて柔軟性を持てることになります。

確かに、市場のボラティリティを抑えながらYCCを解除することは前例がありません。固定金利や固定為替相場制からの離脱を望む政策当局に対して、市場は寛大ではないことは歴史が示唆しています。それでも、ターム物貸出ファシリティがうまくいけば、日銀はYCCに対する信認を取り戻せるかも知れません。次期総裁にとっては、YCCを段階的に緩和して信認を維持するメリットの方が、突如、廃止する動機を上回るとみています。

今後のレポートも同様ですが、本レポートは、PIMCOにおける膨大なデータ分析を集約したものです。

著者

Tiffany Wilding

エコノミスト

Tomoya Masanao

ピムコジャパンリミテッド共同代表者 兼アジア太平洋共同運用統括責任者

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