パンデミックによって、商業用不動産市場には歪みが生じ、悪化していますが、投資家にとっては投資機会が生まれており、グローバル経済が力強く反発した場合には投資機会が拡大する可能性があります。本稿では、PIMCOのグローバル・プライベート商業用不動産運用チームの統括責任者、ジョン・マーレーと、商業用不動産運用戦略を統括するデビン・チェンに、オルタナティブ部門のプロダクト・ストラテジスト、キャリー・ピーターソンーブラウンが話を聞き、商業用不動産市場の現状と、どのアセットに投資機会を見い出しているかについて論じます。 問:現在の商業用不動産市場の状況について簡単に教えてください。 チェン: 米国の商業用不動産市場はきわめてボラティリティが高い状況にあり、物件所有者、貸主、貸借人は引き続き新型コロナの影響を乗り切ろうとしています。リート(不動産投資信託)や商業用不動産ローン担保証券(CMBS)を含めた公開市場は、春以降、パンデミックの最安値を大きく上回っていますが、不透明感は解消されていません。これは相対取引件数に表れており、2020年第1四半期末以降、40%減少しFootnote[i]、潜在的な買い手と売り手のビッド・アスク・スプレッドが拡大しています。全体の商業用不動産の価値は、平均で10%~15%下落したと推計しています。しかしながら、事業のファンダメンタルズ、バリュエーションの両面で、資産タイプによって大きなばらつきがあります。ほとんどのセクターでは、今回の景気後退で打撃を受けていますが、一部は持ちこたえ、上昇しているセクターすらあります。 小売と宿泊サービス・セクターは明らかに負け組です。小売は長年、電子商取引の拡大に伴う逆風にさらされてきました。こうしたファンダメンタルズ面での圧力は特に米国で高まっています。この背景として、米国は単純に小売が過剰で、1人当たり売り場面積が、英国、日本、フランスなど他の先進国の5倍から6倍にのぼる点が挙げられます。今回のパンデミックは、この下方トレンドを加速しました。対照的にホテルはいずれ回復すると予想しており、ドライブ観光などの一部のセグメントは、他のセグメントよりも早く回復する可能性があるとみています。 勝者は、マルチファミリー(集合住宅)と産業用建物です。産業用建物は、小売用物件を減少させたのと同じ電子商取引のトレンドの追い風を受けており、倉庫アセットに対するテナントと投資家の需要は引き続き堅調だとみています。マルチファミリーは、供給量の多い都市部を除いて、比較的底堅く推移しています。政府の刺激策と、消費支出全体の抑制が、同セクターの追い風になっています。 オフィス・セクターは、不確実ながら重要性が高い分野です。米国内のオフィスビルの現在の稼働率は地域ごとに大きなばらつきがあります。ダラスなどの一部の都市では稼働率が50%前後ですが、Footnote[ii] サンフランシスコやニューヨークなど供給量の多い市場では、稼働率が10%台前半にとどまっています。私達がオフィスに戻った後の長期的な見通しについて、大方の見方はリモートワークがある程度続くという見方で一致していますが、一部は従業員1人当たりの面積を増やす必要のあるテナントによって相殺されるでしょう。今後数年のオフィスのパフォーマンスは、市場やアセットの質に基づいて大きくばらつくと見込まれます。ただ一般論として、規模の小さいテナントに対応しているビルほど、大きな逆風にさらされるとみられます。小規模なテナントは賃貸費用に敏感であり、リモートでも生産性をさほど犠牲にすることなく働けると認識すれば、必要なスペースを見直す傾向が強いためです。 問:公開不動産市場のどこに投資機会を見ているのか教えてください。 マーレー:公開市場では、2020年夏、リート・セクターとCMBSの両方にディストレスト投資機会がありました。2020年春には、投資適格級のCMBSですら、20%以上下落し安値をつけました。実は私共は夏には積極的な姿勢に転じ、こうした混乱を活かして、ディストレストのリートとCMBSのポジションを取得しました。 公開市場は大幅に回復していますが、長期的に留意しておく点が2つあります。第一に、リートでは、セクター別のパフォーマンスのばらつきが大きくなっています。第二に、CMBSの分野では、低金利と政府主導の資本注入が、シニア・トランシェや投資適格トランシェの追い風になってきました。しかしながら、資本構成の下位(株式価値に近いトランシェ)では、根強い流動性圧力から、クレジット・カーブがスティープ化しています。 つまり、リートとCMBSのベータは昨夏ほど魅力的ではありませんが、リートの銘柄間のばらつきとCMBSのクレジット・カーブのスティープ化は、公開市場でアルファ獲得の機会があることを示唆しています。CMBSには300億ドル近い融資の焦げ付きがありFootnote[iii]、今後、その一部がディストレスト投資機会として顕在化する可能性がある点も留意しています。 問:公開市場の変調がほぼ収束した今、投資機会はプライベート市場にシフトしているのでしょうか。 マーレー:基本的に、公開市場では大規模な流動性主導の歪みが出尽くしつつありましたが、プライベート市場は猶予を求めました。具体的には、営業休止を余儀なくされた一般的な小売のテナントが、物件所有者に賃料支払いの猶予を求め、それを受けて物件所有者が資金の貸し手に返済猶予を求めるといったことが挙げられます。同じことはホテル・セクターでも起こりました。問題は、貸し手が他の予備資金、おそらくは融資枠に手をつけて営業収益の穴埋めをしたことです。残念ながら、これでは6カ月程度しかもたず、現在は予備資金が枯渇して猶予期間が終了するケースが多発しています。 昨秋、投資機会は第二段階に入りました。これは流動性不足の段階で、資本注入とバランスシートの「整理」が行われることになります。資本注入を最も必要とする顕著な例がホテル・セクターです。同セクターのアセットは一般に、債務返済前でもキャッシュフローがマイナスです。多くの場合、借り手は既存の投資家から新たに資本を調達することができません。代わりに債務再編が必要とならざるをえず、おそらく新たな資本注入が必要になるでしょう。こうした状況は、優先株、新規債、既存債務の一部の払い戻しと引き換えのハイブリット債の形で、プライベート市場の投資家に債務再編に関与し、救済資金を提供する投資機会をもたらします。 ホテル・セクターに救済資金が必要なのは明らかですが、資金を必要とするのはホテルだけにとどまりません。公開モーゲージ・リートにせよ、借入は短期の時価ベースながら長期融資の返済義務を負う私募のプラットフォームにせよ、レバレッジ融資でも同じ力学が見受けられます。 問:バランスシートの整理に関して、不良債権の波を予想しておくべきでしょうか。 マーレー:米銀のバランスシート上の住宅関連のディストレスを合わせても、世界的金融危機時ほどの不良債権が発生するとはみていません。今回は貸し手が問題に先手を打ち、必ずしも不良債権化していなくても、要注意債権については、格下げリスクや融資ファシリティで時価評価の見直しやマージンコールが発生する前に、売却を模索しています。 欧州では、不良債権取引に引き続き健全なフローが見られ、世界的金融危機から持ち越した分と、規制によって拍車がかかっている部分があります。2014年から2015年にかけては規制の後押しもあり、欧州の銀行は世界的金融危機からの持ち越しも含めて、不良債権の整理に乗り出しました。この傾向は続くものの、今回の危機によって、欧州のバランスシート上に1兆ドルの不良債権が上乗せされたとみています。これは過去6年に売却された不良債権残高にほぼ匹敵します。つまり実質的に欧州では、今回の経営危機によって過去5年から6年分の不良債権の売却、すなわちデレバレッジ(債務削減)が吹き飛んだ格好です。同時に、現在予想信用損失(CECL)などの規制の改正により、銀行は実務上まだ債務不履行になっていない融資でも予想損失の計上を余儀なくされており、これにより融資の処分が加速することになるでしょう。 こうした銀行の圧力から生じる投資機会については、銀行と不良債権の買い手の資本のズレにかかるコストが、取引のペースを鈍化させている点を認識することが重要です。しかしながらPIMCOでは、複雑な組成を通して、CMBSに似た別個のストラクチャーを作ることにより、こうした資本のズレのコストの繋ぎ融資に成功しています。銀行がこのストラクチャーに融資し、PIMCOはこれを運用管理します。PIMCOは元本の増額に寄与すると共に、ストラクチャー内のトランシェの持ち分について高い利率を課すことになります。 2020年夏に見られたバランスシート整理の別の投資機会は、社債にありました。危機が広がるにつれ、100億ドルを超える企業関連取引が実行されました。小売業者やクルーズ船運航会社など、苦境に陥った企業が、有担保の融資やリースバック付き売却などを通じて、自社が保有する不動産の一部を活用した資金調達を模索しました。 チェン:米国市場では、商業用不動産のローンの売却が増加しています。PIMCOでは最近、大手の国際的銀行が売却した8億ドルのローンプールの一部として、要注意債権(サブパフォーミングローン)を額面を下回る価格で取得しました。購入の一環として、付加的な売り手の資金調達を交渉しました。現在までに販売済みのローンの大半は、優良債権、要注意債権を含んでいます。Footnote[iv]. ジョンが述べた通り、不良資産やディストレスト債の売却はそこまで多くありません。貸し手は、現在の環境での損失確定をできるだけ回避しようとしています。ディストレスト債の売却が増加し始めるには、いくつかの状況変化が必要です。第一に、借り手と貸し手が、裏付けとなる資産を保有し続ける余裕がないほど、流動性が枯渇すること。第二に、価格発見機能の向上に注目し続ける必要があります。価値の透明性が向上すれば、売却の決定は容易になるでしょう。 問:本格的にディストレスが出尽くすまでに、どの位かかると見ていますか。 マーレー:投資機会の第三段階と最終段階が始まるのは2022年になるだろうとみています。世界的金融危機でみたように、苦境が深いほど時間がかかります。一般的にカタリストとなるのは、長期リースのロールオーバー、ローンの満期到来、新たな規制で、これらが商業用不動産セクターに歪みをもたらすのは間違いないでしょう。今回は人口動態や電子商取引のトレンドなど長期的な圧力もあるとみています。 米国では今後3年間で満期が到来する融資が2兆ドル以上ありFootnote[v]、CMBSのリテール・ローンだけで400億ドル以上になります。過去3年間は毎年、リースアップ計画のあるオフィスビルなど経過資産や、リテール開発のポジショニングの見直しなどの融資の実行額が1,000億ドルを超えています。これらは、短期的なキャッシュフローの不足に直面しており、安定させるためには、ブリッジローンとも呼ばれる短期融資が必要です。これらの融資の多くは3年の変動金利型で、契約条件に事業計画が組み込まれています。多くの借り手は当初の事業計画の収益目標に届かず、満期到来時には追加的な圧力がかかると予想しています。 オフィスの分野でも、今後2~3年は動きが活発になるとみています。リースの期限が到来すること、一部の企業は以前ほど床面積を必要としなくなることがその理由です。小売りセクターでは、電子商取引の増加や小売りスペースの緩やかな劣化を通して、こうした動きが既に起きています。 問:つまり、経過資産のローンの分野は、市場サイクルに関係なく、融資実行の機会が絶えずあるということですね。今回のパンデミックで、この市場における投資機会は変わったのでしょうか。 チェン:新型コロナウイルスは、三つの点で大きな影響を与えています。第一に、資本の需給バランスの不均衡を生み出しています。市場とクレジットをめぐる不確実性と流動性懸念から、多くの貸し手、とりわけノンバンクの貸し手は、流動性の維持を重視しており、新規融資の提供に積極的ではありません。年間4000億ドル以上Footnote[vi]という商業用不動産ローンの満期の大きな波に直面しているにもかかわらず、こうした状況になっています。 第二に、パンデミックによってテナントの需要と資産のキャッシュフローは崩れました。これにより、柔軟な資本を必要とする経過資産プロファイルが大幅に増加しています。最後に、CREで価値が下落する中、物件所有者の多くは、軟調な市場で物件を売却するよりも、資金の借り換えを望んでいます。(i)資本の需給の不均衡、(ⅱ)経過資産の増加、(ⅲ)現在の環境において売却損を回避したい物件所有者の意向、を総合的に勘案すると、現時点で経過資産に対してクレジットを延長し流動性を供給できる投資家は、価格決定力を持つことになると言えるでしょう。そして、ほとんど場合、貸し手は新型コロナウイルス以前の水準を大幅に下回る、限界費用ベースで投資することになります。 問:投資家は不動産タイプに基づいて投資を検討していますが、考慮すべき点を教えてください。 チェン:あるセクターの見通しについて論じる際、大雑把に捉え過ぎないことが重要です。パンデミックの最中はパフォーマンスが悪いセクターでも、投資機会としては魅力的かもしれません。宿泊サービス・セクターは、他の不動産セクターより間違いなくパンデミックの打撃が大きく、ほとんどのホテルでは販売可能客室1室あたりの売上高(RevPAR)が50%以上下落しました。ただ、小売りセクターと違ってホテルには構造的問題は見当たらず、これら資産はいずれ回復するとみています。全体として、RevPARが2019年の水準に戻るのは、2023年~2024年になると予想しています。価格が下落していることから、ホテル・セクターは、プライベート・エクイティと社債の両方で魅力的な投資機会を提供できるでしょう。 マーレー:産業用建物セクターは、コインの裏側です。特に今回のパンデミックの最中は商業用不動産の寵児となりましたが、いくつか注意すべき点があります。第一に、すべての産業用建物が同じように作られているわけではありません。確かに収容力が大きく、アマゾン向け長期リース資産には高い需要があります。ただ、いわゆるラストマイル産業を含めた多くの産業用物件は、収容力が小さく、古い建物が多いのが実情です。規模の小さい建物は、テナントの規模も小さく、レストランやホテル・サプライヤーなど、信用力が低く、パンデミックの影響を受けやすい傾向があります。昨夏、多くの企業が資本調達を模索する中、自社が保有する商業用不動産を担保として差し入れるケースが見受けられました。多くのケースで、意外なほど大量の倉庫スペースが含まれていました。この種のスペースは、事実上、小売業者も含めて、経営難に陥った企業が所有し、社内利用としているため、仲介業者の産業用建物セクターの空室レポートには表れません。 問:最後に、リスクと投資機会についてどう考えるべきかお聞かせください。 チェン:一連の投資機会は確固としたものがありますが、非常に複雑になる場合があります。より高度なストラクチャー・ソリューションを必要とする欧州の不良債権融資であれ、ディストレストなCMBSのポジションや銀行の売却、伝統的な株式取引の複雑な再編であっても同様です。現在の異例のディストレス・サイクルにおいては、投資機会が銀行やレバレッジ・レンディング・プラットフォーム、CMBSなど複数の源泉から発生することから、様々な債権および株式に投資できる総合的な資産運用プラットフォームが、収益の源泉の面でも取引実行の面でも恩恵を享受できる可能性があります。 PIMCOでは、公募、私募の両市場における債券、株式に幅広く投資する資産運用プラットフォームを揃え、独自分析と強力な負債管理プラットフォーム、マクロ経済に関する知見、テナントのプロファイルに関する知見を提供できる60名以上のクレジット・アナリストを擁する専門グループというインフラのメリットを有しています。 ジョン・マーレーとデビン・チェンは、商業用不動産を担当するポートフォリオ・マネージャー。