界各国の中央銀行はマイナス金利政策の実験的な導入へ傾斜を強めていますが、その効果は不透明で、現状では金融市場を動揺させているように見えます。

当初、政策効果が不透明であり、担保価値を損なう恐れがあるとしてマイナス金利政策には否定的でしたが、2014年には欧州中央銀行(ECB)が、先月には日本銀行がマイナス金利を導入し、デンマーク、スウェーデン、スイスの中央銀行の仲間入りをしました。今では、米連邦準備制度理事会(FRB)まで、政策の可能性を探る段階を超えて、マイナス金利導入に備えているように見えます。(一例を挙げると、1月末に公表されたFRBが想定する2016年の銀行のストレステストには、「最悪のシナリオ」として、米国債の短期物の利回りが-0.5%にまで低下するシナリオが含まれていました。)

いまや多くの中央銀行がマイナス金利政策を実行する能力と意思を持っていることは明白ですが、この政策の景気刺激とインフレ押し上げ効果は甚だ不透明です。むしろ、政策立案者は、この政策の経済的リスクを著しく過小評価している可能性があります。

ニュー・アブノーマル
中央銀行は、マイナス金利政策があくまで伝統的な金融政策の延長線上にあることを印象づけようとしているように見えます。「ノーマル」な金利サイクルでは、中央銀行は名目金利と(インフレ調整後の)実質金利を押し下げるために政策金利を引き下げます。最終的な狙いは、債務者の負担を軽減し、投資のハードル・レート(最低収益率)を引き下げることにあります。そこには、金利が低下することは(マイナス金利ですら)常に景気刺激的であり、金利が上昇することは常に景気を抑制する要因になるとの考えがあります。しかしながら、金利が低下し、その状態が長期化すると、リスクが急激に高まる恐れもあります。

史上初の事態であるため、事実に基づいて反証するのは困難ですが、景気刺激とインフレ率の押し上げ、あるいは将来の成長率やインフレ率の期待の押し上げという点で、これまでのところマイナス金利政策の目立った効果はないように見えます。むしろ金融市場では、こうした実験的な動きは苦肉の策以外の何物でもなく、金融・経済の安定性を損ないかねないとの見方が増えているように見えます。

金融市場を動揺させかねないマイナス金利政策の負の外部性とは、どのようなものなのでしょうか。

市場
少なくとも、ここ数ヵ月の金融市場の不安定化の一因はマイナス金利政策にあると言えます。そして、中央銀行の現在のドグマに反し、マイナス金利政策は、むしろ世界的な金融状況の引き締めにつながる可能性があります。マイナス金利政策によって国債の利回りが低下するのは間違いなく、これ単独では金融状況の緩和を示しますが、金融状況全般については逆の影響を引き起こしている可能性があります。具体的には、クレジット・プレミアム、株式のリスク・プレミアムが拡大し、ボラティリティが高まり、ストレスの高まった銀行システムからの信用が受けにくくなっている可能性があります。

さらにマイナス金利政策は、目標インフレ率に対するリターンの期待を高めるどころか、金融資産に織り込まれているインフレ期待を低下させる方向に作用する可能性があります。そもそも名目の国債利回りは、予想されるインフレ調整後の「実質」利回りと、期待インフレ率の2つの要素に分解することができますが、2つの正確な比率は科学的に決められているわけではなく、個々の投資家が自身で判断することになります。政策立案者は、利回りの低下分がすべて実質利回りの低下を示すものであり、インフレ期待を反映した名目利回りの低下を示すものではないことを願っているのです。

しかしながら、これは現実的だとはいえません。政策金利をマイナスにした結果、名目の利回りが低下する場合、その一部は実質利回りの低下から期待インフレ率の低下へ波及すると考えられます。中央銀行がこれをコントロールすることはできません。このプロセスは、そもそも正確なものではないのです。マイナス金利政策と名目の利回りの低下は、結果的に中期から長期のインフレ期待を抑えてしまう可能性があり、これは、インフレとインフレ期待を目標に近づけるという、中央銀行の政策目標と真っ向から対立するものです。

加えて、マイナス金利政策は、ポートフォリオの投資判断を通じて金融システム全体のリスク回避傾向と不確実性を高める可能性があります。金利がゼロないしマイナス圏に突入することで、実は「最も安全」な資産であるはずの国債や高格付け債のリスクが高まっているのです!利回りがマイナスに押し下げられたため、これらの債券を仮に満期まで保有し続けた場合、損をするのは確実になります。これは要するに、無リスクとみられる国債や高格付け債が金融システムから除外され、よりリスクが高い、期待リターンがマイナスの資産に取って代わられていることになるのです。こうした状況を受けて、インカムの損失を穴埋めするため、一部の投資家はより多くのリスクを取る可能性もありますが、それ以外の投資家は確実にリスクの引き下げを迫られるでしょう。

マクロ経済への影響
マイナス金利政策は、いわゆる通貨戦争を再燃させており、通貨の水準とボラティリティに多大な影響を与えています。競争力を確保するため自国通貨の上昇を抑える近隣窮乏化政策は、保護主義と国家主義的な政策への回帰を加速させる恐れがあり、これは世界経済成長のマイナス要因になります。

またマイナス金利政策には、金融システムに与える悪影響もあります。銀行の利ざやが縮小し、その収益性の低下から債務と株式のスプレッドが拡大するので、資本コストが上昇します。銀行はこうしたコストを消費者や企業に転嫁しようとします。その結果、信用を引き締め、貸出金利を引き上げることになり、それが経済成長の重石となります。保険会社や年金基金も、ポートフォリオの将来の利回り低下で、保険契約者や年金受給者へ約束した利回りを実現することが難しくなるため、ストレスにさらされます。

最後に、マイナス金利は課税と同様の効果もあり、貯蓄者や投資家は低い利回りで将来に備えることを余儀なくされます。そうなれば貯蓄率が引き上げられ、当面の景気をさらに悪化させる恐れがあります。

マイナス金利政策に代わるもの
以上を要約すると、中央銀行の政策手段としてのマイナス金利は、景気の刺激とインフレ率の押し上げという点で効果を失いつつあり、一般に認識されている以上に金融システムのリスクになる可能性があります。よりノーマルな政策金利への回帰で、よりノーマルな経済とノーマルなインフレ期待への回帰を促す方が望ましいと言えるでしょう。

すぐにはそうならないとしても、(例えば、クレジットと株式を対象にした資産買い入れや、インフレ目標の引き上げなど)クレジットと株式のリスク・プレミアムを直接引き下げることにより、金融状況の緩和に重点を置いた金融政策の方が、コストとリスクが未知数で、これまでのところプラスよりマイナスの影響が大きいゼロ金利政策よりもはるかに効果的だと言えるでしょう。

著者

Scott A. Mather

米国コア戦略担当最高投資責任者(CIO)

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