2021年に入り、リスク市場は史上最高値を更新し、流動性によるミニバブル感もある今日では、昨年3月のパンデミック恐怖による金融市場の機能停止の記憶は遠のきつつあります。しかし、米国金融安定監視委員会(FSOC)など、金融市場の安定化に憂慮する関係当事者は、著しい流動性逼迫の事態を引き起こした昨年3月の経済イベント――そして、その経験から得られた重要な教訓――について、強い関心を寄せています。 PIMCOは、個人および機関投資家両者の資産を預かるアクティブ運用大手の市場参加者として、金融市場の安定性と機能の健全性について強い関心を持っています。他の市場参加者同様、PIMCOも2020年3月の市場の混乱に直面しましたが、米国の政策当事者によるその後の継続的な分析により、首尾よく機能した点と改善すべき他の手段があったと思われる点について、重要なポイントがいくつか明らかになっています。 2020年3月に債券市場で何が起こったのか 2020年3月、債券市場は混乱の嵐に飲み込まれ、機能停止状態に陥りました。その中心的な要因は、前例のない経済活動の急激な落ち込みと、その後のウィルス感染と経済の見通し双方に関する不透明感で、(実際にも感覚的にも)支払能力に関する懸念が拡大し、債券の価値は急落しました。ヘッジファンドや不動産投資信託(REIT)など、レバレッジを利用している多くの市場参加者は、マージンコール(追加担保の差し入れ要求)に応じるため、証券の売却を余儀なくされ、売れるものは何でも売らざるを得ない状況が、債券価格と枯渇した流動性に追い打ちを掛けました(詳細は、国際決済銀行(BIS)の2020年4月の報告書をご参照ください)。資産価格の下落により、レバレッジを使用しない投資家も資産のリバランスを迫られ、その資産運用会社は市場環境に関係なく取引をせざるを得なくなり、価格の引き下げ圧力は一層高まりました。 これらすべての要因が積み重なり、(通常流動性が最も高い)米国債市場から、急速に他のセクターにも波及し、セクター全般が無差別な流動性苦境に陥りました。 具体的にどのような要因により流動性危機が助長されたのか 2020年3月の暴落はウィルス拡散防止のための経済活動停止が発端ですが、流動性危機への突入を助長した要因は、他にもいくつかあります。 ほとんどのトレーダーが、事実上一夜にして在宅勤務となり、既に実務上十分に複雑なトレーディングが一層困難になった結果、金融機関のリスク回避志向を一層強める結果となりました。 世界金融危機後に制定されたドッド・フランク法(米金融規制改革法)による規制強化で、金融機関の耐性は一層強固になりましたが、ボラティリティが上昇すればバランスシートの許容水準が低下し、マーケットメイキングやレポ取引の実行も困難になりました。 債券は依然として大半が投資銀行を仲介してトレードされますが、その市場構造により、3月の混乱時、投資銀行(ディーラー)がマーケットメイクできない、もしくはマーケットメイクを渋る時には、たとえ最も流動性の高い市場であっても、資産運用会社や投資家が取引を行うことは極めて難しくなりました。 プライムMMF、そのうち特に信用リスクをとるMMFは、大きく値下がりすることなく素早く換金が可能との認識が広まっていました。2016年MMF規制改革によって、結果的に意図せずその副作用となったこの認識により、投資家が流動性を望めば望むほど、プライムMMFのポジションが一層棄損するという悪循環が生まれました。 何が機能したのか 改善点について詳しく述べる前に、大きな試練に翻弄されたにも係わらず、金融システムが概して維持されている点を認識しておくことは重要です。米国における一般的な投資信託であるミューチュアル・ファンドを例にあげれば、厳しい市場環境にも関わらず、米国債券ファンドは100%解約に応じることができています(米投資信託協会(ICI)による)。 債券については、以下のようにいくつか重要な動きがあげられます。 中央銀行による介入: 世界の中央銀行による包括的でタイムリーな協調介入は、市場の機能と自信の回復に奏功しました。米連邦準備制度理事会(FRB)は、財務省と二人三脚で、債券の直接購入からアルファベットの頭文字が並ぶ緊急プログラムまで、貴重な流動性を供給し、金融市場の機能を支えるために積極的に動きました。最近では、流動性とリスク選好が概ね回復し、そのような制度は一時的なもので、緊急事態にのみ使用されることが最も望ましいと考えているため、PIMCOでは、FRBによるそれらの緊急プログラムの使用が縮小されてきたことも評価しています。 最近の流動性改革を含めたミューチュアル・ファンド規制: ミューチュアル・ファンドは、2020年3月においても資金フローの確実な管理において、流動性管理とリスク管理が効果的に機能しました。過大な資金フローにも着実に対処し、波及効果あるいはシステミックな影響が出なかった点が重要で、その理由の一端は、1940年投資法に基づくミューチュアル・ファンドが満たすべき、レバレッジや過集中やカウンターパーティーに関する厳格な規制によると言えます。さらに、米証券取引委員会(SEC)による流動性ルール(すべてのミューチュアル・ファンドは流動性リスク管理プログラムと高流動性投資の最低保有基準を取り入れるよう要請)などの昨今のミューチュアル・ファンドを巡る改革が、業界全体で功を奏しました。また最後にPIMCOでは、以前より検討されていた解約一時停止や解約手数料の設定は、2020年3月の混乱期の市場流動性の問題解決には寄与せず、むしろ問題を助長した可能性があるとみている点を強調したいと思います。 デリバティブ: アクティブ運用会社にとって、レバレッジのないデリバティブは流動性管理の重要なツールで、効果的かつ効率的なリスク移転実現に優れていることを2020年3月の状況が見事に示し、その有効性が改めて明らかになったと考えています。実際に、市場が混乱を極めた時には、現物債と同様の特性を持ったデリバティブの方が、現物の債券よりも流動性が何倍も高い事例も見られました。その間、10年以上に及ぶドッド・フランク法下の改革に触発された一部のデリバティブ市場の集中決済の動きも、価格発見に貢献しました。 狙いを絞った規制緩和:FRBが、 投資銀行のバランスシートに余力(すなわち市場流動性)を拡大させるため、狙いを絞って限定的に行った規制緩和は極めて効果的でした。最も重要な変更は、的確にも補完的レバレッジ比率(SLR)1の計算から、準備預金と米国債を除いた点です。この修正は、投資銀行の安定性を犠牲にしたわけではなく、最も苦しい時に市場に必要な流動性を供給する結果となり、ほぼ間違いなくFRBの流動性プログラムの有効性を高める結果につながったと考えています。 何を改善できるか 金融システム全体としては概ね持ちこたえることができましたが、2020年3月に見られた急激な流動性欠如の回避に役立つ改善策もあるとPIMCOでは考えています。 米国債と政府系モーゲージ債(MBS)の買取プログラムに参加可能なFRBのカウンターパーティー拡大:米国の連邦準備制度下では、FRBの買い取り入札での国債買い取りオファーや、金融システムへの流動性供給、FRBの金融政策の幅広い伝播を、プライマリー・ディーラー(現在は全て投資銀行)に依存しています。FRBの債券買取プログラムの主要な供給源は、資産運用会社が保有する米国債であるにもかかわらず、PIMCOのような資産運用会社は、現状ではそのようなFRBのオペレーションに直接参加して取引することはできません。代わりに資産運用会社は、実際にはディーラーにとって低リスクの取引に、仲介費用を支払って売却せざるを得ません。昨年3月のように市場ボラティリティが高まった時には、拡大したビッド・アスク・スプレッドの形で嵩んだ取引費用は、ディーラーに思いがけない大きな収益をもたらす一方で、運用会社(つまりはその顧客)にとってもFRBにとっても、非常に高いものになります。PIMCOでは、FRBのオペレーションに運用会社が直接参加できるようになれば、FRBはより魅力的なオークション価格の提示を受けることができると考えています。FRBのオペレーションは流動性に関する主要なイベントであり、それが改善すれば、市場全体の流動性も改善する点を考慮することも重要です。FRBオペレーションにおいて競争が高まれば、市場のストレス上昇時の国債オークションの価格譲歩の削減も含めて、広く一般的に市場の機能が高まるかもしれません。 金融機関規制の適度な緩和:2020年3月の市場混乱時に、強固なバランスシートと質の高い資本、豊富な流動性をもった投資銀行が事実上ほとんど痛手を追わなかったことからも明らかなように、ドッド・フランク法による金融システム改革の効果は明らかです。しかし同時に、それに伴う規制要件によって、投資銀行のバランスシート上の規制があまりに多く、リスクが最も低い短期資産においても、マーケットメイクすることができませんでした。最終的にはFRBが介入し、規制の一時的な緩和を行ったことでバランスシート上の許容量は拡大しましたが、既にボラティリティのピークは去った後でした。このような結果から、政策担当者は、市場における機能と投資銀行の安定性・健全性のバランス改善を目指して、現状のドッド・フランク法の要件を見直すべきだとPIMCOでは考えています。最低でも、FRBが昨年4月に施行し、今年の第1四半期末での終了が予定されている、一時的な補完的レバレッジ比率(SLR)に関する変更(具体的には米国債と準備預金を計算から除外する)を恒久化することを提案したいと思います。このような変更によって、銀行システムの安定性と健全性が低下することはなく、特に緊急時において、金融機関に大切な柔軟性を与えることになると考えています。 レポのマージンに関する透明性の改善:昨年3月は、レバレッジを使用した市場参加者に売却を強いることによってボラティリティが増幅したことから、特に米国債のレポ取引のマージンに関する透明性の改善が改めて必要なことが明らかになったと考えています。米財務省金融調査局はレポ取引に関するデータを収集していますが、必ずしもレポ市場のなかでレバレッジを使用する市場参加者の借入状況がわかるほど、頻繁にデータを収集しているわけではありません。このような透明性の欠如により、政策当事者には3月に市場が直面していた問題の重要性に対する理解が及ばず、タイムリーに反応することができませんでした。リアルタイムでの透明性の向上により、規制当局はより深く明確に状況を把握することができるようになり、特に緊急時においては、政策当事者がより詳細な情報に基づいて対応することが可能になります。 「オール・ツー・オール」( “all-to-all” )トレーディングに向けた進展:昨年3月の市場の混乱は、現在の債券市場の限界の一部を浮き彫りにしました。つまり、市場参加者が債券市場で取引するには、依然としてほぼ投資銀行(ディーラー)を通じてトレードを行うという事実です。このトレードプロセスでは、市場ストレスにより投資銀行がマーケットメイクから手を引いた場合には、大きな問題が生じます。このような仕組みを改善する方法のひとつが、「オール・ツー・オール」トレードのプラットフォーム導入の推進で、それにより、資産運用会社や投資家は(現状のように)ディーラーとトレードするだけではなく、お互いに取引ができるようになります。PIMCOでは、このような種類の取引によって流動性の供給源が追加的に広がり、限られた数の投資銀行への依存が低下し、コストも低下すると考えています。一方、最後の流動性提供者である、FRBに対する市場の依存度も軽減するでしょう。今後の実現に向けた道筋を確立し、合意を得るため、政策立案者が異なる立場の当事者をテーブルに着かせる集客力を発揮すれば、そのようなプラットフォームの受け入れを加速させることができるでしょう。 規制対象のプライムMMFの流動性規定再評価:米国では2008~2009年の金融危機を受け、プライムMMFの強靭性を高めるための規制を強化しました。改定された規制のひとつが、流動資産が週次でファンドの総資産価値の30%を下回った場合には、一時的な解約停止の判断をプライムMMFのボードに求めるものです。この規制の意図は十分理解できるものの、図らずも透明性の高い日々の流動性レポートが、ファンドの流動資産比率が30%に近づく状況が公表されて懸念を抱く投資家を、ファンド解約に走らせる動機を高める結果につながっています。この流動性の規定が、それらのファンドが通常保有するコマーシャルペーパーも含め、ディーラー自らのバランスシートのリスク保持能力の限界と相まって、実質的に昨年3月の短期クレジット市場のフリーズを招きました。この経験から、プライムMMFの流動性規定の改善の必要性と、日次の報告義務の予想外の悪影響が明らかになったと考えています。 結論:市場の脆弱性で明らかになった政策修正の必要性 金融市場は、さまざまな要因による嵐を概ね持ちこたえることができたといえますが、昨年3月の混乱は一部の市場の脆弱性を露見させ、現在の規制の再評価や、実情に合わせた新たな規制の再検討の必要性が明らかになりました。また、PIMCOでは、3月の市場により、流動性の供給源拡大と債券取引へのアクセス拡大の重要性が改めて浮き彫りになったと考えています。マーケットメーカーによる反循環的なリスクテイクを許容するような規制の改正と、「オール・ツー・オール」トレーディングのプラットフォームへの足場固めの可能性を考慮することによって、政策担当者は将来の危機に向けて中央銀行への依存を減らすことができると考えられます。 とはいうものの、政策当事者には今後の改革について、既に実施している政策の有効性と妥当性を軽視することなく、焦点を明確に絞り、将来の市場ストレス時の流動性問題を増幅しかねない規制を新たに加えることのないような対応を望んでいます。 本稿作成にあたり、スーディ・マリアッパとジェローム・シュナイダーよりデータと知見の提供を受けました。
PIMCOの視点 財政の等式と世界のインフレ見通し 現在の高インフレの主因は債務による財政政策ですが、パンデミック期に実施された施策が失効するにつれて、中央銀行は物価水準の管理という本来の重要な役割に戻っていくでしょう。