詳細分析

世界の債務とニュー・ニュートラル

世界経済の債務残高は非常に大きくなっており、金利の動きに敏感になっています。

PIMCOは2014年に、長期的な金利のフレームワークとして、「ニュー・ニュートラル」の概念を提唱しました。金融危機後の世界経済は、着実な成長トレンドとインフレ目標達成のために必要な均衡政策金利(またはニュートラル政策金利あるいは自然政策金利)が過去の水準に比べて非常に低い、新たな時代に入りました。具体的に米国の場合、実質中立政策金利はほぼ0%で、名目金利は2%に止まるだろうと主張しています(詳細は、「ニュー・ニュートラルの世界を乗り切る」をご覧ください)。以前と比べて非常に低い均衡金利というこの概念が、近年のマクロ環境をよく表しています。市場は次第に緩慢な金利上昇経路を織り込むようになり、政策金利のピークの見通しも低くなっています。

ここ数年堅調な世界経済の成長率と、緩やかな上昇を続けるインフレ率に、多くの投資家が金融政策の適切な水準や方向性、目標について疑問を投げかけています。たとえば米国において、名目4%で成長を続ける経済が、2%前後の名目均衡政策金利を果たして正当化できるのでしょうか。

この疑問については、5月のPIMCO長期経済予測会議(セキュラー・フォーラム)において深く議論されましたが、ニュー・ニュートラルの概念は、中期的には金利の見通しのベースとして依然有効だと考えています。低い均衡金利を支持する主な要因(人口動態のトレンドと高レバレッジの世界経済など)は、以下の通り大きくは変わっていません。

  • 世界の人口動態 人口動態出生率の低下と平均余命の長期化により、人口全体の高齢化と労働力人口の成長率低下が予想されます。このような人口動態の変化は、複数の経路を通して中立金利を引き下げます。人口増加率の低下が労働力の成長を弱め、結果的に潜在成長率の低下につながる、人口減少は経済全体の資本投資を低下させ、潜在成長率を引き下げる、平均余命の伸びが人々の事前の貯蓄に対する欲求を引き上げる、などが考えられます。 これに対し、予想される世界の依存人口比率(非生産年齢人口の生産年齢人口に対する割合)の下落により貯蓄率は低下しますが、これは長期ではなく超長期の人口動態の変化と言えるでしょう。
  • 公的部門と民間部門の高い債務残高 高水準の債務残高は、債務削減を考える経済主体の事前の貯蓄欲求を増加させることによって、金融政策と特に金利上昇に対する経済の感度を引き揚げることによって、また、債務残高の持続可能性を考慮することが中央銀行の金融政策の手を縛ることによって、中立金利を引き下げます。

本稿では、最近のグローバルなトレンドを検証するため、第二の要因である「高い債務残高」に焦点をあて、PIMCOのニュー・ニュートラルの概念と広く投資の見方にどのような影響を与えるのかを考えます。

拡大を続ける世界の債務残高

世界の債務残高の実態を掴むために、国際決済銀行(BIS)のデータで確認してみましょう。BISでは、国ごとの債務残高の計測方法の一貫性を維持しながら、40以上の国や地域で四半期ごとのデータをまとめています。

そのなかでPIMCOが注目したのが、非金融セクター全体(家計、非金融企業、政府)の債務と、非金融の民間(家計と非金融企業)債務であり、どちらもGDPに対する割合で計測されています。 債務計上の対象となる金融手段は、銀行借り入れと証券債務(政府債務の場合は貨幣と預金を加える)です。各国のそのようなデータを検証すると、以下のようなトレンドが浮かび上がります。

  • 非金融総債務は近年世界中で上昇しています(図表1と2)。2008年以前はGDPの200%をやや上回る程度だったものが、最近は240%にまで膨らんでいます。 債務は先進国とエマージング諸国どちらも上昇していますが、特にエマージング諸国の増加が著しく、2008年にはDGPの120%だったものが、最近は190%に達しています。 エマージング諸国の中でも最も増加している国が中国で、2008年のGDP比150%から直近260%と、110%もの上昇をみせています。先進国でもほとんどの主要経済圏(欧州、日本、英国)で上昇しており、米国も高水準で高止まりしています。
  • 非金融民間債務は金融政策浸透のために重要な指標で、2008年の140%から直近160%と、全世界で緩やかに上昇しています(図表3と4)。エマージング諸国では、(中国を筆頭に)民間債務は急増しています。先進国では、米国と英国では減少し、欧州圏や日本では高水準でほぼ高止まりしています。

全体的には、金融危機前からの過剰債務の残滓がまだ処理されずに残っているだけでなく、さらに悪化しているとも言えます。しかし、改善した面が無いというわけではありません。米国の家計セクターではデレバレッジ(債務削減)がかなり進み、英国や欧州圏の一部では民間の非金融セクターのデレバレッジも進行しています。しかし、全体的な債務は(総債務、民間債務ともに)世界的に上昇を続け、特にエマージング諸国での上昇に著しいものがあります。

低下する債務返済比率:部分的で偶発的な安心材料

明るい材料として評価できるのは、債務返済比率(BISの定義では、収入に占める支払金利と減価償却費の割合)が、先進国で近年全般に低下しつつあることです。 返済比率の低下は、異例の金融緩和政策と、クレジット・スプレッド全般の縮小が一因と考えられます。

このような債務返済比率の低下は世界経済の健全性に寄与するものですが、2つの理由から、単に部分的で偶発的な安心材料にすぎません(図表5参照)。第一に、エマージング諸国の状況は大きく異なり、民間の債務返済比率(これもBISによる計算)は、特に重要な中国をはじめとして数ヵ国で上昇しています。第二に、低い債務返済比率が続くには金利が低止まりしていることが必要です。これはPIMCOのニュー・ニュートラルの見方の有効性を再確認するもので、「オールド・ノーマル」の金利水準への回帰が非常に困難であることを示しています。

エマージング諸国に集中するバブル破裂のリスク

債務残高が高止まりし、それが低金利に依存している状態を考えると、世界を新たな金融危機に再び陥れるような脆弱性が生まれつつあるのではないか、と問い直してみる価値はあるかもしれません。

金融システムの脆弱性を評価する方法の一つは、近年のトレンドと比較して、債務がどのように積み上がってきたのかを振り返ることです。債務が比較的低水準でも、短期間で急増すれば問題となり得ることから、バブルの可能性をモニターするにはこの方法が有効です。同様に、債務残高が多くても、長期にわたって高水準が続いていれば、必ずしもそれがバブルのサインとなるわけではありません。

この分析にも(やはり)BISのデータが有効です。BISは金融セクターのリスクモニターのために、クレジット/GDPギャップという指標を創りました。 これは、一国の家計と非金融企業の債務の対GDP比率と、その最近のトレンドとの乖離を表したもので、トレンドはホドリック=プレスコット・フィルターの統計手法を使用して計算されています。

これらのデータによると(図表6と7参照)、クレジット/GDPギャップは、フランス、カナダ、日本、スイスを除いてほとんどの先進国ではゼロかマイナスです。一方、エマージング諸国の場合は大きく異なり、中国、香港、インドネシア、シンガポール、メキシコ、マレーシア、トルコ、タイなど、多くの国でプラス(しかも概して大きなプラス)となっています。

世界経済に与える影響を考えると、ギャップがGDPの16%を超える中国が特に懸念されます。但し、中国の非金融企業の債務増加のかなりの部分を国営企業(SOE)が占め、それらの企業は、財政資金を潤沢に持つ国家が後ろ盾となっている可能性が強い点に留意する必要があります。

全体的なデータを見ると、先進国ではバブルがはじけるリスクの芽は見えませんが、エマージン諸国には注視すべきホットスポットが散見されます。

政府債務残高を維持するための金利を算出

前述のとおり、債務残高が均衡政策金利に影響を与える一つのケースは、中央銀行が金融政策を策定する際に債務の持続可能性を考慮することです。

この見方を裏付けるために、政府債務残高の対GDP比率を現在の水準で将来も安定させるために必要な金利を、計算により導き出すことができます。以下の単純な債務/GDPの動的な方程式を使用しました。

Δ debt = ( i − g ) x debt − pb

debt(債務)は、政府債務残高/GDP(Δはこの値の変化を表す)、iは債務に対して支払われる平均名目金利、gは名目GDP成長率、pbはGDPに対する政府のプライマリーバランス(利払いを除く予算残高)です。

この計算を行うにあたって、プライマリーバランスは2017年の水準(直近の値)から今後も変わらず、実質GDPの成長率とインフレ率はトレンド(PIMCOによる推定)に沿った動きをし、現在の「債務」の水準を出発点とする前提条件で、Δdebtがゼロとなるようなiの水準を算出しました(詳細は図表8参照)。

次に、債務残高の平均加重残存期間(たとえば米国では6年)と同様の現在の国債利回りと現在の政策金利の差を使用して、債務に支払われる金利を政策金利に引き直します。これは、実質的にイールドカーブの形は今後変わらないことを想定していることになります(現在、大いに縮小している期間プレミアムが今後拡大すれば、債務を安定させるための政策金利の水準はさらに低くなる点にご留意ください)。

まず、安定した政府債務残高/GDPの比率を維持するための平均名目借入金利は、米国が1.7%、英国2.3%、日本−0.7%、ドイツ5.5%、フランス1.7%、イタリア3.2%、スペイン2.2%ということがわかりました(これらは既存債務の満期分の平均の金利を表します。図表8参照)。さらにこれらの数値から、政府債務残高の安定のための中央銀行の名目政策金利は、米国、英国で1%前後、日本−0.5%、ドイツ5%、フランス0.5%、イタリア1.5%、スペイン1%となりました(欧州の場合、欧州中央銀行(ECB)が決める政策金利は1つなので、本分析において最も低いものが妥当と考えるべきでしょう)。総じて本分析では、既に十分に高くなっている政府債務残高/GDP比率がこれ以上上昇しないためには、政策金利が低水準に止まる必要があることを示しています。

米国に注目すると、債務安定のための名目政策金利は1%前後で、実質ベースでは−1%となります(PIMCOのニュー・ノーマルの推定値の名目2%、実質0%を下回ります)。

興味深いことに、ショックシナリオとして、マクロの前提を楽観的なものに変えた(経済成長のトレンド1.0%追加、インフレのトレンド0.5%追加、プライマリーバランス1.0%追加−図表9参照)計算でも、米国の債務安定のための政策金利は、名目3%前後、実質1%と、非常に低い水準に止まっています。他の国の結果も同様で、楽観的なシナリオでも、政府債務残高安定のためには低金利状態が続くことが必要です。

債務が均衡金利に影響を与える(政府債務残高の持続可能性)という側面を捉えただけで、将来の債務の増加を許容する可能性も考慮していないため、この分析は全体像の一部にすぎませんが、金利を低水準に抑制する必要性の背後にある重要な要因を浮き彫りにしています。

結論と投資へのインプリケーション

世界経済の債務残高は非常に大きくなっており、金利の動きに敏感になっています。持続可能な債務残高を維持するには低い債務返済比率が条件で、継続的な低金利に依存している状態です。これが、中央銀行による金利正常化を阻害するとみられ、引き続きPIMCOのニュー・ニュートラルの見方を支持するもとのとなるでしょう。

ニュー・ニュートラルの継続は投資上重要な意味を持ちます。米国債とドイツ国債の利回りは、景気サイクルの中で変動はするものの、ニュー・ニュートラルの世界では、金利ポジションとしての地位はそれほど大きくは変わらないでしょう。 これは、米国債利回りの現水準からの上昇余地は、今後も限られていることを意味します。

また、リスク資産に対してニュー・ニュートラルが与える主な影響は、キャッシュフローに対する長期の割引率の低下により、純資産価値が上昇することです。これは、バリュエーションが見かけほど割高ではないことを意味します。この点で、先進国市場での金融バブル崩壊のリスクが、短期的には比較的低いことは安心材料です。しかしながら、エマージング市場での高レバレッジのホットスポットについては、引き続き注意深く観察し続ける必要があります。

2018年のグローバル経済の成長見通し、インフレや政策についてのてさらに詳しい見解は、PIMCOの短期経済予測をご覧ください。

「成長のピークへ」を読む

ニコラ・マイは欧州ソブリン・クレジット・リサーチを担当するポートフォリオ・マネージャーであり、同域におけるマクロ戦略を統括。グローバル・マクロ戦略や全社的な投資戦略の形成にも貢献しています。

著者

Nicola Mai

ソブリン・クレジット・アナリスト

プロフィールを見る

Latest Insights

関連コンテンツ

短期経済予測

終わりの始まり?

世界経済は需要主導の成長のピークに近づきつつあるのでしょうか。それとも供給主導の新たな時代の初期段階にあるのでしょうか。本稿ではPIMCOの考え方とポートフォリオのポジションについてお伝えします。

ご留意事項

全ての投資にはリスクが伴い、価値は下落する場合があります。債券市場への投資は市場、金利、発行体、信用、インフレ、流動性などに関するリスクを伴うことがあります。ほぼ全ての債券及び債券戦略の価値は金利変動の影響を受けます。デュレーションの長い債券及び債券戦略は、より短い債券及び債券戦略と比べて金利感応度と価格変動性が高い傾向にあります。一般に債券価格は金利が上昇すると下落し、現在のような低金利環境ではリスクが高まります。債券取引におけるカウンターパーティーの取引能力の低下が市場流動性の低下や価格変動制の上昇をもたらす可能性があります。債券への投資では換金時に当初元本を上回ることも下回ることもあります。投資判断にあたっては、必要に応じて投資の専門家にご相談ください。

本資料には、本資料作成時点でのPIMCOの見解が含まれていますが、その見解は、予告なしに変更される場合があります。本資料は情報提供を目的として配布されるものであり、投資助言や特定の証券、戦略、もしくは投資商品の推奨を目的としたものではありません。本資料に記載されている情報は、信頼に足ると判断した情報源から得たものですが、その信頼性について保証するものではありません。