PIMCOの視点 アジア太平洋地域の銀行セクター調査:最も抵抗力のある国を求めて PIMCOのストレステストにおいて、日本、韓国、中国の銀行は、インド、オーストラリアの銀行に比べて、総じて良好な財務状態を維持するという結果となりました。
銀行セクターは、2008年の世界金融危機ではその震源地でしたが、2020年の新型コロナに端を発する危機では、解決を担う可能性のある立場へと転じています。PIMCOでは、新型コロナウイルスの銀行への影響は、アジア太平洋諸国のほとんどの国において穏やかなものであるとみています。これは、政府や金融機関の支援姿勢に加え、当初の経営状況が比較的良好だったためです。緩和的な政府の政策と寛容な規制が相まり、銀行には潜在的なショックに対応する時間が十分に与えられていました。そのような状況にもかかわらず、アジア太平洋地域の金融機関のスプレッドが米国の金融機関を上回っています。これは、主に需給要因によるものです。 本調査では、アジア太平洋地域の銀行について新型コロナによる影響を考察するとともに、PIMCOのストレステスト分析におけるパフォーマンスを評価しています。この分析に基づきPIMCOでは、超過リターンと抵抗力という観点から、日本、中国、韓国の銀行が魅力的な投資機会を提供できるという結論に至りました。一方、オーストラリアとインドの銀行については、構造問題や現下のパンデミックに関連した不良債権比率の上昇リスクを勘案し、慎重な姿勢を維持します。 詳細については、以下で説明いたします。 地域別の銀行ストレステスト PIMCOのストレステストでは、2008年~2009年の世界金融危機や1997年のアジア通貨危機のような、世界規模の重大な金融危機というシナリオ下において、金融機関の財務状態がどのような影響をうけるかを分析することで、各地域の銀行の現在の財務の強靭性を評価しました。前述のとおり、これまでのところ、アジアではこのような危機的なシナリオを回避できています。当社の分析によると、この金融危機シナリオにおいて、アジア太平洋地域の大手銀行は、普通株式等Tier1(CET1)の自己資本が、平均50~200ベーシス・ポイント(bps)毀損する結果となりました。CET1とは、銀行が予想外の損失を吸収するために保持することが義務づけられている、中核資本です。 特筆すべき点は、PIMCOのリスク・シナリオ下において、すべての地域で少なくとも1桁台後半のCET1比率を維持している点です。したがって、PIMCOでは、資本の減損リスクは低いと考えています。今回のストレステストでは、日本、韓国、中国の銀行への悪影響は、他より若干抑えられている一方で、オーストラリアとインドの銀行では、域内の他の金融機関よりも悪い結果となりました。これは、日本、韓国、中国が、新型コロナの影響を免れているからではなく、これらの地域では、返済猶予(返済額の減額)や利払い停止が広く活用され潜在的な損失の認識を先延ばしにすると想定しているからです。 銀行の純金利マージン(NIM)は圧迫されているものの、日本の銀行は何十年にもわたりこの状況を経験しており、収益源の分散によってその影響を相殺してきました。韓国の銀行も同様に収益源の多様化を進めており、上半期の業績は取り組みが順調に進んでいることを示しています。中国の銀行は、今年は減益となる見通しですが、比較的高い純金利マージンと自己資本利益率(ROE)を維持しており、不良債権の償却に伴う損失を吸収するのに、十分な緩衝材となる余力を有しています。 また、私たちは、オーストラリアとインドの銀行は、ストレス・シナリオ下において純収益がマイナスになる可能性がある一方、日本、韓国、中国の銀行では純利益への影響は相対的に小さいと予想しています。こうしたばらつきは、主に初期条件の違いによるものと考えられます。日本、中国、韓国の不良債権は過去最低水準にとどまっていますが、オーストラリア、インドの不良債権は、新型コロナ発生前でも増加していました。インドとオーストラリアの当局は、金利を引き下げ、債務返済猶予(モラトリアム)期間を延長し、財政刺激策を提供しています。しかしながらこれらの措置は、新型コロナが資産の質に与える悪影響と、既存の構造問題を相殺するには、十分ではありません。銀行が純収益の大幅なマイナスを計上した場合、資本分配制限が発動される可能性があるため、追加的tier1(AT1)の配当を見送るリスクが上昇すると予想されます。 各市場の主な注目点 オーストラリア オーストラリアの銀行は、新型コロナの影響に対する予防的な引当金を計上し始めています。これら銀行の経営陣は、マクロ経済の動向に基づき、100~200bpsの範囲での信用損失を想定しています(通常の信用損失は、年間約20bpsです)。PIMCOの分析では、これら経営陣の想定はかなり高い確率のV字回復を予想に織り込んでいることから、さらなる下方リスクがあるとみています。 オーストラリアでは、住宅セクターの景況感が弱く失業率が上昇していることから、銀行は今後、信用コストの上昇に直面するとみられます。オーストラリアの銀行の融資エクスポージャーの大半を占めるのが住宅ローンです。こうした住宅ローンを裏付けとする資産価値に対する負債比率の流通が、デフォルトによる損失の主因となる可能性が高く、またデフォルト率を押し上げる重要な要因でもあります(他のすべての条件が不変の場合、自己資本がマイナスの借り手が債務不履行に陥る可能性が高くなります)。銀行は、当初2020年3月から9月の半年間の債務免除を、最大で4カ月延長することができます。 PIMCOのストレステストでは、一般的なコンセンサス予想よりも、若干ネガティブなマクロ経済シナリオを想定しています。資本商品による元本割れは予想していませんが、PIMCOの分析では、ストレス・シナリオでCET1比率が8%に近づくため、銀行がAT1資本の配当を見送る可能性があることが示唆されています。 中国 2020年第1四半期の決算では、上場銀行が報告した不良債権比率と、上場企業全体に反映された潜在的な不良債権比率に大きな乖離が見られました。第1四半期末時点で、PIMCOが追跡している主要上場銀行10社の不良債権比率は、2019年末比でほぼ横ばいでした。しかしながら、企業ポートフォリオのサンプルに基づいて我々が計算した潜在的な第1四半期の不良債権比率は18%で、2017年~2019年の平均6.2%から急上昇しています。この乖離は、中国の銀行が国有企業の借り手に一般的に供与する「エバーグリーン信用」(利息分だけの返済で、元本返済なしに借り換えもできる融資)に加え、パンデミックの影響を受けた借り手に対する大規模な返済猶予を反映しています。第2四半期の業務再開を受けて、計上された不良債権比率と、潜在的な不良債権比率のギャップは縮まる可能性があります。 新型コロナの発生を受け、中国人民銀行(PBOC)と中国銀行保険規制委員会(CBIRC)は、銀行に対して、中国経済の活性化と企業セグメントへの利益の譲渡を求めています。銀行は、幅広い企業に対する寛大な信用政策を維持すると同時に、2020年第2四半期には、不良債権の償却率を高め、20%以上の減益とすることでこれらの政府からの要望を満たしています。中国の銀行は、2020年末ないし2021年上半期にかけて、相当額の不良債権の償却を続け、決算上の不良債権比率は安定的に推移すると予想されます。それに伴うコストは、資本ギャップの拡大になる見通しです、緩和的な信用政策によってリスク加重資産が増大する一方、利益の縮小は中核資本の積み上げを阻害すると見込まれます。とはいえ、中国人民銀行は、銀行が資本を増強するためのオンショアの債券発行による資金調達チャネルの確保に注力しています。 インド インドの金融セクターは、パンデミックの発生以前から企業資産の質の悪化とシャドーバンキングの危機に苦しんでいました。自己資本と引当金の水準は依然として低く、銀行の収益には引き続きかなりの下方リスクがあります。さらに、国有銀行は、政府からの定期的な資本注入を必要とします。新型コロナ関連の損失の引当金を計上し始めたのは、ごく一握りの保守的な銀行にとどまっています。一般の国有銀行は、いまだに十分な引き当てを計上していません。 インドの銀行は、インド準備銀行(中央銀行)の指導に従いすべての借り手に対し、2020年8月末まで当初6カ月の返済猶予と、それ以降の選択的な融資再構築のオプションを提供しました。 より堅固な銀行における優良リテールおよび企業向け長期貸付の申請率は約20%でした。小規模な金融機関や零細事業主、中小企業の借り手の場合の申請率はかなり高くなっています。PIMCOのストレステストのシナリオでは、モラトリアム下にある融資のかなりの割合が向こう数四半期で焦げ付くと予想しており、信用コストの増大につながる可能性があります。 日本 日本の銀行へのパンデミックの影響は比較的軽微にとどまっています。その背景として、初期条件(リコースローン、緩やかな融資の伸び、高水準の手元資金など)が比較的良好だったことと、政府の潤沢な流動性支援(GDP比で20%相当の総額108兆円の経済対策など)が挙げられます。これに加え、日本の銀行は諸外国の金融機関に比べてCET1のバッファにかなり余裕があります。なぜなら、12%前後のCET1比率を維持していることに加え、規制当局が銀行の「PoNV」トリガー(大手銀行の存続が不可能と規制当局が判断する水準)を、バーゼルⅢで規定された5.125%よりも低い、純資産がマイナスになった場合(CET1比率が0未満)に設定しているためです。 強力な外的支援と有利な規制を考慮すると、TLAC(総損失吸収力)債などの債券が、日本の銀行に投資する際の最も魅力的な手段になるとみています。一方で、PIMCOのストレステストのシナリオでは、日本の銀行の収益性はかなり長期にわたって低水準にとどまることから、銀行株への投資で超過リターンを確保するのは難しいとみています。 韓国 市場の流動性が潤沢だったことから、2020年上半期における信用コストの大幅な上昇は見られませんでした。韓国の銀行のリテール融資は、2020年上半期に40.7兆ウォン(340億ドル)増加し、2019年上半期の21.4兆ウォン(178億ドル)から倍増しました。この成長を牽引したのは、政府保証の裏付けのある救済融資です。同じ期間に、ノンバンクは融資額を4.4兆ウォン(36億ドル)削減しました。つまり、信用リスクは基本的に政府のバランスシートに移されていると考えられます。 PIMCOのリスクケース・シナリオでは、韓国の銀行のCET1比率は11%前後に低下すると予想していますが、これは安定的な財務状態であり、元本割れの懸念は非常に低いと考えます。日本と同様に、韓国の銀行のPoNVトリガーは純資産がマイナスに陥った場合と、低く設定されています。 投資への示唆 新型コロナウイルスが世界経済に未曾有の混乱をもたらす中、PIMCOでは慎重なアプローチを取っています。景気回復に対する不確実性は依然として高いことからも、慎重な銘柄選択に注力しています。全体として、日本、中国、韓国の銀行を前向きに評価しています。新型コロナの流行にもかかわらず、これらの国の銀行は良好な初期条件と政府の強力な支援を背景に、低水準の不良債権比率と債務不履行比率を維持しています。2020年3月をピークに、信用スプレッドは縮小していますが、これらの国では中央銀行による大規模な社債購入プログラムがない(もしくは小規模にとどまる)ことから、米国の金融機関に比べてバリュエーションが魅力的です。これらの銀行が発行する債券は、グローバル・インデックスとの相関性が低く、3月の市場の混乱期でも抵抗力を維持しました。これら諸国の銀行は、追加的な利回りとともに安定的なリターンを求める投資家にとって、魅力的な投資機会を提供すると考えられます。一方、オーストラリアやインドの銀行債については、信用ファンダメンタルズの悪化を踏まえ、スプレッドの大幅な縮小は期待していません。
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