PIMCOの視点

前例のない米ドルサイクル

緩和的な金融政策とまだら模様の景気回復で、米ドルの価値は下落しましたが、今般の特異な世界情勢により、下値は抑えられる可能性があります。

ほぼ10年にわたる米ドル高サイクルは、新型コロナウイルスのパンデミックによって反転したと一般的にはみられています。しかし、先進国(G10)通貨やエマージング(EM)通貨に対するここ数か月のさまざまなドルの動きからもわかるように、今後の見通しは明らかにもっと複雑で、国や地域により異なるとPIMCOでは考えています。

ドルはここから先、試練をむかえることになるでしょう。パンデミックの初期段階では、究極の安全な通貨としての歴史的な役割を果たすべく、ドルは上昇しました1。しかし、かつてない規模の財政支援、過去のインフレ目標未達の埋め合わせに対する米連邦準備制度理事会(FRB)のコミットメント期待、さらにまだら模様の米国の景気回復を考えると、最も極端な景気循環シナリオを除き、ほぼすべての状況においてドル安バイアスに傾く可能性が高いとPIMCOでは考えています。

ドルの金利と価値を低下させた金融緩和政策

FRBの積極的な金融政策対応により、数年にわたる利上げサイクルで築かれたドル金利の優位性は崩れました。PIMCOでは、この優位性がすぐに回復することはないと考えています。インフレを「平均で」目標達成に導くまで、FRBの政策は緩和的であり続けるでしょう。2024年半ばまで完全雇用には戻らないというPIMCOの予想を加味すれば、FRBによる今後数年の超低金利政策と資産購入プログラムは既定路線と言えます。

世界経済に新たな負のショックが発生した場合、債券利回りの低さから、長年にわたる安全資産としての米ドルの地位は弱まる可能性があります。また同時に、主要な中央銀行とのドル・スワップラインによるドル調達プレッシャーの緩和を望むFRBの姿勢が明らかになり、市場ストレス時のドル買いの勢いが、今後はある程度抑えられることになるでしょう。

ドルのダウンサイドは限定的ながらも波乱含み

一方、ドルがどれくらいの速さでどの程度下落するかについては、引き続き今回のパンデミック・ショックの特異性がそれを左右する要因になると考えています。前回のドル下落サイクルでは、ドルの実質実効為替レートは、現在のレベルと比較して15〜20%低下しました。

その時でさえ、PIMCOの推定では、ドルはまだ限界的に過小評価されているにすぎませんでした。歴史的にみると、ドルの下落速度は深刻な不況時に最も急速で、年間8〜10%の下落は、2003年から2018年の間で5回発生しています。

それでも、以前の最安値まで行くことはないとみられますが、今回のサイクルを取り巻く独特の状況により、下落の道のりは波乱含みになるでしょう。

過去のパンデミックの事例を分析すると、効果的な医療的介入の利用が可能になるまで、新型コロナウイルスがどのように拡散するかの予測は非常に難しいことが予想されます。ウイルスについての不確実性が存在する限り、それが世界の経済成長の足かせとなり、米ドル下落の規模と範囲は限られたものになるでしょう。ドルの実効為替レートの約半分のウエイトを占めるEM通貨においては、危機の爪痕が顕著でその後も尾を引くと思われる一部の通貨に関しては、特にそう言えます。

代替通貨に対するドルの下落速度と規模

ドルの代替通貨の相対的な強さは、多くの経済変数に依存する可能性があります。

ユーロ: ドルが広範囲にわたり下落すれば、世界第二の通貨圏であるユーロが上昇する可能性は非常に高くなります。「EU復興基金」に関する最近の欧州理事会による合意は、欧州中央銀行の強力な「パンデミック緊急購入プログラム」と相まって、ユーロのドル代替通貨としての魅力を高めると考えています。過去数年間、投資家によるユーロ圏の崩壊リスクに対する懸念上昇に伴い、市場は繰り返し欧州債券市場においてストレスを感じてきました。「EU復興基金」はEU各国共通の大きな債務プールとなり、国によって非対称的なショックに直面した場合でも崩壊リスクを引き下げ、EU域内の財政移転を可能にすることが期待されます。

円: 日本円はもう一つのドル代替通貨の候補です。日本は世界最大の対外債権国の地位にあるため、世界が好景気でリスク選好が高まる時に円は弱まる傾向があります。しかし、他の通貨に比べ、円は米国との相対的な実質利回りの変化にも極めて敏感です。現在、史上最低を記録する米国の実質利回り低下により、リスクオンの際における円の動きの特徴が抑え込まれ、幅広いドル売りの流れの一端を担う形となっています。FRBが十分に長く低金利を維持し、ある程度のインフレのオーバーシュートにコミットすれば、このような傾向は続くと考えています。

その他の先進国: オーストラリア、カナダ、ノルウェーなどの先進国通貨もドル安の恩恵を受ける可能性があります。これまでのところ、これらの国は新型コロナウイルス拡散抑制には比較的成功しています。またコモディティに対する需要改善を通じて、その輸出により世界の景気回復の恩恵を受ける国です。

これらの国の中央銀行は政策金利を積極的に引き下げてきましたが、マイナスの領域にまで引き下げることは控えています。さらに、これらの国はすべて、財政政策を拡張し自国経済の成長を刺激できる、非常に良好な条件を備えています。

エマージング市場: エマージング諸国については、新型コロナウイルスによる課題や困難がそれぞれの国で異なることから、国の選別がより重要になるでしょう。効果的なウイルスの封じ込め(および、それにより国境が再開できるまでのスピード)と、財政能力向上のために著しく緩和的な金融政策に頼る必要性が、勝者と敗者を決定する上で重要な変動要因となります。

中国人民元と韓国ウォンを中心とする北アジアの通貨は、パンデミック封じ込めの成功を受けて、景気回復と堅調なハイテク産業の輸出サイクル回復の恩恵を受けることが予想されます。

人民元の実効為替レートは、継続中の米中貿易摩擦に対するリスクプレミアムが多少なりとも織り込まれつつあり、2005 年の変動相場制移行以来、ほぼ最安値の水準にあります。

また、すべての経済がFRBの緩和的な政策のメリットを享受していますが、ラテンアメリカ、欧州、アフリカの高ベータのエマージング市場通貨は、ウイルス感染管理の甘さ、財政政策の限られた余力、すでに劣位にあった初期条件を考慮すれば、広範囲なドル安の流れに本格的に参加するには時間がかかることが予想されます。一部の高ベータEM通貨は、最終的にはその流れに加わると期待していますが、それは世界的に景気回復が広がり、おそらくワクチン開発が成功した後の話になるでしょう。

ワクチンが万能薬になる可能性は低い

結論として、PIMCOではドルはさらに下落傾向にあるとみています。ドルが最高のパフォーマンスを見せるという極端な可能性は残ってはいるものの、世界各国の積極的な財政および金融政策の対応により、その発生確率は低くなったと言えます。

ワクチン開発成功とその普及のスピードは、今後のドルの低下速度にも影響を与えるでしょう。基本的にワクチン普及は早ければ早いほど、世界の経済成長にもドルにとっても望ましいと考えています。しかし一方で、それはドルのさらなる信用低下を促すかもしれません。

市場のボラティリティと経済および投資家にとっての意味合いについての最新情報はこちらをご覧ください。(2020年8月27日 現在)



1「安全な」通貨とは、発行政府の安定性と基盤となる経済の強さに基づき、低リスクとみなされる通貨です。全ての投資にはリスクが伴い、価値は下落する場合があります。
著者

Gene Frieda

グローバル・ストラテジスト

Sachin Gupta

グローバル・ポートフォリオ・マネージャー

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寄稿文

コロナで加速する5つの潮流

日経ヴェリタス Market Eye(2020年7月26日付)

大きなマクロ経済イベントは以前から存在するトレンドを加速させるケースが多い。コロナ危機で加速する可能性がある5つの潮流とは何かトレンドとは?

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