マクロ経済

3つの過剰

世界的に低成長、低インフレ、低金利が広がった背景には、長期的には世界的な貯蓄過剰があるとみられますが、原油の過剰もマネーの過剰も、短期的には現在の低水準から需要の拡大を促し、インフレ率を高め、ひいては金利を押し上げるはずです。

クロ経済に関するレポート執筆には、常に情熱をもって取り組んできましたので、長く感じられた中断を経て、こうして再び執筆の機会が与えられたことを嬉しく思います。前職で(マイナス金利をテーマに)ウィークリーレポートを執筆したのは、約半年前になります。以来、PIMCOに入社するまでの「ガーデニング休暇(同業他社へ転職することによる機密漏洩を防ぐため、規定に基づいて取得する休暇)」中は、もっぱら読書と旅行にいそしみ、ロンドンからカリフォルニアへの引っ越し準備にあてました。ここ“黄金の州(カリフォルニア州の俗称)”のPIMCOで存分に働く準備が整った今、再びレポートを執筆、発表してもいい時期なのではないかと考えます。なぜそうするのか。書くことは、自分の考えを整理し、(理想としては)自分の主張の欠点を見極めるのに役立ちます。また書いたものを公表することで、読者の考えや議論にふれ、今後に生かすことができます。ただし、それは、私の考えにいつでも自由に反論していただいてこそ成り立つものです。ですので、どうか遠慮なくご意見をお聞かせください。この「Macro Perspectives」は、毎月初めに発表する予定です。また、もう少し短いコラムをPIMCOのブログ欄で頻繁に書いていくつもりです。みなさんのご意見をお待ちしています。

PIMCOでのレポートはこれが初めてであり、読者の多くは私の前職についてご存知ないか、沈黙していた過去半年の間に忘れられたと思われますので、まずはマクロ経済見通しに関する私の考えの枠組みと、PIMCOの運用方針と考え方との関係についてご説明させていただきます。最初に考え方の枠組みについて一般的なポイントを3つ挙げ、それらがグローバル経済および市場の現時点の見通しにどうリンクするかを具体的に述べていきます。

マクロ経済の考え方:3つの基本的要素
第1に、マクロ経済を論じるにあたっては、時に単純化し過ぎるリスクがあったとしても、できるだけシンプルにすることを心がけています。単純さは美しいものです。私が単純さに惹かれるのは、数十年前の計量経済学の授業で学んだ時に遡ります。計量経済学では、常に簡素なモデル―できるだけ少ない説明変数で最もシンプルかつ説得力のあるモデル―を構築することを目指すべきだとされます。また、ドイツの牧師で作家のティキ・キュステンマッハーが唱えて一世を風靡したスローガン「すべては『単純に!』でうまくいく(simplify yourlife)」に影響を受けていることも認めなければなりません。原稿執筆の最中には、自分自身に「マクロ経済の見方を単純に」と言い聞かせ、世界の現状や自分の見方を端的に表現するシンプルなキャッチフレーズを常に探しています。

実のところ、これは以前からPIMCOが実践してきたことでもあります。シンプルでエレガントかつ力強い「ニュー・ノーマル」という用語を思い浮かべていただければいいでしょう。この概念は、2009年のPIMCOの長期経済予測会議で、金融危機後のマクロ経済環境を見通す概念として提唱されました。今では、政策担当者、評論家、市場関係者の間でも一般的な言葉となっています。同じことは、最近の「ニュー・ニュートラル」についてもあてはまります。「ニュー・ニュートラル」とは、中立的な政策金利が過去のサイクルに比べて著しく低く、結果として、中央銀行が(定着した)超低金利から脱出することを決めても、最終的な到達水準が低く、利上げの上昇経路が浅いものになるとの考え方を表したものです。PIMCOでは2014年の長期経済予測会議を受けて、「ニュー・ニュートラル」は「ニュー・ノーマル」から自然に進化した概念だと説明していますが、市場や論者から概ね賛同を得ています。

第2に、マクロ経済のトレンドを説明するうえで重要な要素は、グローバル要因がローカルを凌駕するということです。貿易、資本、人、アイデア、情報がグローバル化するということは、国内経済を動かす要因として、移動が制限されていたかつての時代よりもグローバル要因の重要性が大幅に高まることを意味します。

  • たとえば現状では、ほぼすべての先進国および多くのエマージング諸国で、インフレ率がきわめて低水準にとどまっていますが、これは国内要因だけでは説明がつきません。もちろん、各国中央銀行や政府が現状を変えようと本腰を入れれば、今でも高インフレやデフレをつくり出すことはできないわけではありませんが、全体としては、低インフレがグローバルに広がっただけでなく、グローバル要因が大きな影響を与えていると言えます。
  • 同じことは、特に期間の長い債券の利回りにもあてはまります。たとえば、米国あるいは欧州の10年物国債の低水準の利回り、急激な変動、あるいは利回りに織り込まれたターム・プレミアム(期間中に予想される短期金利の経路では説明できない要素)は、グローバル要因を考慮に入れなければ説明がつきません。

第3に、経済や市場を理解し、予想するうえで、「長期的要因」と「短期的要因」の区別と、その相互作用が重要だと常々考えています。アナリストして、また投資家としては、(1)長期的な到達地点、長期的トレンド、そしてその要因と、(2)長期的な到達地点に向かうまでによく見られる変動、トレンドのサイクル、その短期的要因とを見極め、区別する必要があります。それと同時に、長期的トレンドと短期的トレンド、長期的要因と短期的要因との間に相互作用がはたらき、フィードバック・ループが存在することに気づくことが重要です。

  • たとえば、長期にわたって需要が低迷している時に、短期的に成長率が低下すると、投資の減退、失業者の技能の低下、労働参加率の低下、アニマル・スピリッツの後退を通じて、長期的な潜在成長率が低下します。(「長期的停滞」の議論を想起されたのではないでしょうか。)
  • 逆に、デレバレッジや人口の伸び、生産性の低下といった長期的に強力なマイナス要因は、短期的な回復力の重石となり、経済はショックに脆くなります。このため私は、金融危機に起因する逆風を考慮し、2009年に始まった現在の世界的な景気拡大を「BBBの景気拡大」と名づけました。BBBとは、振れ幅が大きく(bumpy)、長期水準を下回り(below-par)、足元のおぼつかない(brittle)成長を指します。この形容は、世界的な景気拡大が7年目に入った現在の状況にもあてはまります。BBBの景気拡大と「ニュー・ノーマル」、「ニュー・ニュートラル」の関連については、容易にご理解いただけるものと思います。

言うまでもありませんが、PIMCOには以前から、こうした長期および短期の考え方の枠組みを取り入れる仕組みがあります。具体的には、毎年5月の長期経済予測会議で、長期トレンドや長期的要因に関する見方を形成し、3月、9月、12月の年3回の短期経済予測会議で、短期から中期に予想される経済および市場動向について議論し、合意を形成しています(一般に、長期は3年から5年、短期は半年から1年を指します)。重要なのは、2つは独立したものではなく、長期トレンドは往々にして短期トレンドに影響を与え、逆に短期トレンドが長期トレンドに影響を与えることもあるとみている点です。別の言い方をすれば、長期は短期の積み重ねではあるものの、長期的要因が短期的経路を変えることもある、ということです。

マクロ経済に枠組みを適用すると:3つの過剰
以上の一般的な枠組みを念頭に、当面のグローバルのマクロ経済見通しに関する私の考えをご説明しましょう。グローバルなマクロ経済を動かしている要因に、貯蓄の過剰、原油の過剰、マネーの過剰という「3つの過剰」の相互作用があると考えられます。世界的に低成長、低インフレ、低金利が広がった背景には、長期的には世界的な貯蓄過剰があるとみられますが、原油の過剰もマネーの過剰も、短期的には現在の低水準から需要の拡大を促し、インフレ率を高め、ひいては金利を押し上げるはずです。そこで3つの過剰を、1つずつ順を追ってみていきましょう。

「世界的な貯蓄過剰」は、単純化された言い回しであるのは言うまでもありません。世界的に望ましい投資水準を上回る貯蓄が、長期金利を低水準に抑えている状況を説明する用語として、ベン・バーナンキ米連邦準備制度理事会(FRB)前議長が10年前に使い始めました。10年が経過し、貯蓄/投資の事前的な不均衡はますます拡大し、世界の均衡実質金利はさらに低下したと言えます。思い出していただきたいのですが、均衡(中立)金利とは、貯蓄と投資をバランスさせる金利であり、事後的な世界の貯蓄は、常に事後的な世界の投資と等しくならなければなりません(資本が地球から火星に流出したり、火星から流入したりしない限りは)。誰もが貯蓄を増やしたがる一方で、投資したがる人が誰もいないのはなぜなのでしょうか。

いくつもの理由がありますが、特に重要だと思われるものは以下のとおりです。

  • 歴史:金融危機が、消費、貯蓄、投資行動に大きな影を落としています。
  • 人口動態:寿命の延びにあわせて退職年齢が上がっているわけではないため、退職後の期間の長期化に備え、貯蓄を増やしたい、あるいは増やす必要に迫られています。
  • 格差:格差が拡大しており、富裕層が貧困層よりも貯蓄を増やしています。
  • テクノロジー:新しい産業は多くの資本を必要としません。一方、旧い産業では技術が次々と変わるため、投資家は資本を長期間コミットすることに消極的です。
  • 必要性:2013年にFRBが債券プログラム終了を示唆して市場の大波乱を引き起こした、いわゆる「テーパリング癇癪」を受けて、多くのエマージング諸国が資本輸入の削減と投資支出の抑制に取り組んでいます。

こうした要因を背景に、グローバル経済は投資と消費の両面で需要不足に苦しんでいます。そして、既に述べたように、需要の低迷が長期間続くと、一時的失業は(「ヒステリシス(履歴効果)」を介して)簡単に慢性的失業となり、投資の弱さから資本ストックが伸び悩むため、潜在成長率は低下します。これは、世界の実質均衡(中立)金利がおそらくマイナスであることを示唆しています。そして、政府が財政刺激で需給ギャップを埋められず、中央銀行が(名目金利がゼロを下回れないことと低インフレで)実質金利を大幅なマイナスに下げられないのであれば、景気は低迷したままで、さらに悪い事態を回避するため、中央銀行は金融市場においてバブルを誘発せざるをえません。読者の皆様はおそらくお気づきだと思いますが、これはローレンス・サマーズ元財務長官が論じた「長期的停滞」論の核心です。この議論は(まったく同じでないにせよ)、ベン・バーナンキFRB前議長が唱えた「貯蓄の過剰」の議論に非常によく似ています。

読者の皆様が落ち込まれる前に、原油の過剰について述べましょう。原油の過剰は昨年後半に明白になり、今年春先に原油価格が一時的に反発したものの、最近再び顕在化しています。貯蓄性向の高い原油生産者から所得の大半を支出に回す消費者に所得を移転することになるため、原油の過剰は、貯蓄過剰が消費需要に与える悪影響を緩和するのに役立ちます。過去数四半期の米国のように、消費者がガソリン価格の低下による恩恵を支出に回すには時間がかかるため、当初は原油業界における投資への悪影響が、消費への好影響を上回ります。しかしながら、米国のような原油の純輸入国の場合、原油価格低下が総需要に与える影響は、半年から1年の期間でみるとプラスのはずであり、事実、第1四半期には冴えなかった個人消費は、第2四半期になって盛り返しています。足元での原油価格の一段の下落は、まだガソリン価格の低下につながっていませんが、いったんガソリン価格が下がり始めれば、消費者は反応を示すものとみられます。

第3の過剰、マネーの過剰に移りましょう。マネーの過剰は、貯蓄および原油の過剰が中央銀行の政策に与える影響によって増幅されてきました。貯蓄過剰を背景に、中央銀行は実質金利を引き下げ、マイナスの実質均衡金利を下回る水準を目指して誘導せざるをえませんでした。主な手段として、ゼロないしマイナスへの政策金利の誘導、フォワード・ガイダンス、量的緩和が活用されました。そして原油の過剰は、一時的には総合インフレ率を抑え、予想インフレ率を押し下げるため、中央銀行は一層の努力をしなければなりませんでした。事実、年明け以降、世界各国の中央銀行が次々と追加緩和策を打ち出しています。ECB(欧州中央銀行)や日銀による未曾有の資産購入プログラムにより、過剰なマネーは既に増えていますが、中国や多くの資源国で一段の金融緩和が予想されるため、世界的なマネーの過剰はさらに拡大するものとみられます。

3つの過剰が世界に与える影響
結論として、3つの過剰の総合的な影響はどのようなものになるのでしょうか。第1に、世界的な貯蓄過剰の影響から、長期的には世界の成長率、インフレ率、金利は、過去のサイクルと比べて大幅に低くなると予想されます。これは、PIMCOが提唱する「ニュー・ニュートラル」の核心でもあります。第2に、原油の過剰とマネーの過剰の効果から、短期的には世界的な景気の回復とインフレ率の上昇が見込まれます。第3に、短期的に景気が回復すること、年内にはFRBが2%前後の「ニュー・ニュートラル」の水準に向けて、長くも浅い利上げサイクルに入るとみられることから、債券利回りは現在の水準から緩やかに上昇するものとみられます。

著者

Joachim Fels

グローバル 経済アドバイザー

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