マクロ経済

財政の足枷の終焉

主要先進国で相次いだ緊縮財政は、何年にもわたり世界的な貯蓄過剰を加速させ、需要の伸びを抑制してきましたが、米国、ユーロ圏、日本(G3)の財政支出および税制は、今後は(緩やかながら)景気刺激的なものになるものとみられます。財政政策が景気に対しマイナス要因からプラス要因に転換する兆候として、米国の連邦財政支出増加に関する法案の成立、ユーロ圏における「緊縮疲れ」と「移民流入」、そして日本における財政刺激策に関する議論が挙げられます。現時点で予想される来年の財政政策で、景気、物価、金利の針が大きく動く訳ではありませんが、世界経済が三重苦にあえぎ、インフレ率が目標を下回るなか、たとえわずかであっても財政出動は重要な意味を持ちます。

のところ、世界経済のポリシー・ミックスに興味深い変化がみられます。(9月号の本欄で「終わりなき貯蓄過剰」を論じたように)、世界的に望ましい貯蓄が望ましい投資を上回る貯蓄余剰が、総需要と物価を押し下げる状況に対して、長期にわたって金融政策だけで対抗してきた時代はついに終わろうとしています。新たな盟友、財政政策の出番です!主要先進国で相次いだ緊縮財政は、何年にもわたり世界的な貯蓄過剰を加速させ、需要の伸びを抑制してきましたが、米国、ユーロ圏、日本(G3)の財政支出および税制は、今後は(緩やかながら)景気刺激的なものになるものとみられます。

金融危機後の政策:平坦でなかった道のり
G3の財政政策が景気の足枷から追い風に変わるとみられることがいかに重要かを理解するには、ここ数年のポリシー・ミックスのどこが悪かったのか、それはなぜなのかを簡単に要約しておくことが有益だと思われます。

  • 2007年から2008年に世界的な金融危機が発生し、その余波で2008年から2009年にかけて世界経済が大不況に陥った際、大恐慌の再来を防ぐため、主要先進国の金融・財政当局は足並みを揃え、それが効果をあげました。金融・財政政策を総動員して国内および国際的に協調した景気刺激策がとられたことで、景気は2009年半ばに底を打ちました。
  • しかしながら、2010年から2011年にかけて景気が回復し、財政赤字が大幅に膨らむと(それ自体は適切だったと私は考えますが)、米国および欧州の財政政策はほどなく反転し、景気抑制的なものになりました。
  • 欧州における財政政策の転換は、ギリシャに端を発し、緩慢で不十分な政策対応ゆえにユーロ圏周縁国に広がった、いわゆる欧州債務危機の結果だと言えます。市場圧力と財政緊縮を要件とする救済プログラムにより、危機に陥った国々は財政引き締めを余儀なくされ、その穴はドイツをはじめとする主要国の追加緩和で埋めることはできませんでした。さらに他の主要国では、緊縮政策が信認を高め、ひいては景気を刺激するとの誤った信念のもとで、自ら財政政策を引き締めていきました。
  • 結果として、ユーロ圏の経済全般が再び後退し、(ついに)欧州中央銀行(ECB)が政策を転換するに至りました。2011年半ばに2度の利上げを実施するという明らかな政策ミスを犯したECBは、さまざまな形の金融緩和策をとるようになりました。2012年には、マリオ・ドラギECB総裁が「あらゆる手段を動員する」と約束し、2014年にはマイナス金利を、2015年初めには大規模な資産購入プログラム(いわゆる量的緩和、QE)を導入しました。
  • 米国における財政引き締めは、共和党と民主党の対立によって議会が膠着状態に陥ったことによるものでした。当初は、過去の給与税減税や富裕層に対するブッシュ減税の終了といった予算上の妥協という形で、その後は歳出凍結の形で表れました(いわゆる予算執行差止)。
  • さらに、債務の上限や政府機関の一時閉鎖をめぐる何度かの攻防で、政治的な不透明感が高まり、米経済に対する財政の逆風は強まりました(財政政策がいかに金融政策を複雑にし、FRB頼みになったのかについての詳細は、出版されたばかりのベン・バーナンキ前FRB議長の金融危機とその影響についての回顧録『行動する勇気(The Courage to Act)』をご参照ください)。
  • 日本の財政引き締めは、欧米に比べて時期は遅かったものの、瞬く間に起こりました。安倍政権が2014年4月に消費税率引き上げに踏み切ったことで景気は再び悪化し、日銀は2014年10月、量的・質的緩和(QQE)の延長を決定しました。

要約すると、ここ数年のG3(さらに英国など)ではいずれも、財政政策が景気と物価の大きな足枷となってきたため、中央銀行が孤立無援状態で不振にあえぐ景気を刺激せざるを得なかったのです。超緩和的で非伝統的な金融政策も、経済成長、雇用、物価の面で期待した結果を出していないとする論者は、往々にしてこの点を忘れています。各中央銀行は、金融危機後に民間部門で進んだデレバレッジという強力な逆風に対抗すると同時に、財政政策のマイナスも穴埋めせざるを得なかったのです。

明確になる今後の財政政策
しかしながら、それは過去のことです。最近の兆候を正しく読めているとすれば、G3の財政政策は路線を転換し、来年以降、(緩やかながら)景気を後押しする要因になるものとみられます。その理由と経路について、以下でご説明します。

まず米国では、予算協議が予想外に順調に進み、2017年3月まで債務上限を棚上げし、連邦財政支出を今後2年間で800億ドル以上増やす法案が合意・成立しましたが、これによってデフォルトリスクに対する不確実性は低下し、国内総生産(GDP)に対する財政刺激の規模は、2016年は0.25%、2017年は0.15%に達する見通しです。成果としては比較的小さいのは確かですが、実質成長率がわずか1.75%前後の経済にとって、0.25%の刺激は大きな意味を持ちます。

さらに、来年は大統領選の前にも、海外利益の本国還流を促す税制やインフラ関連投資の増額という形で財政が緩和される可能性もあります。とはいえ、期待し過ぎてはいけません。大規模な財政協議に関しては、選挙後まで待つ必要があるかもしれません。

ユーロ圏では、「緊縮疲れ」と「移民流入」という2つの要因を背景に、来年の財政政策は小幅ながら景気刺激的なものになるとみられます。何年も財政引き締めが続いた結果、「緊縮疲れ」はユーロ圏のほぼ全域でみられ、イタリア、フランス両政府は、2016年の一段の緊縮を求める欧州委員会に反発しています。

ドイツやオーストリアをはじめとする欧州主要国に大量の難民が押し寄せていますが、その大半は当初は働くことができないか、許されていないため、住居や食料、医療サービス、教育・訓練を提供する必要があります。ドイツでは今年、移民が総人口の1.5%に達すると見込まれ、2016年は移民関連支出やその他の(無関係な)財政措置の合計が、対GDPで1%に達する見通しです。

日本では、景気と物価見通しが下方修正されたにもかかわらず、10月下旬の日銀政策決定会合での追加緩和は見送られましたが、補正予算による財政刺激が取り沙汰されており、今月半ばにも発表される可能性があります。内閣官房参与の本田悦朗氏や浜田宏一氏をはじめ、政権に影響力のある複数の人物が、最近、金融政策ではなく財政政策の拡大を訴えているのは興味深い現象です。消費税率の再引き上げが2017年4月に予定されているものの(まだ中止ないし先送りされる可能性があります)、現時点で予想される来年の日本の財政運営は景気刺激的になるものとみられます。

マクロ経済における財政政策転換の重要性
財政政策が景気に対しマイナス要因からプラス要因に転換することのインプリケーションとしては、以下の3点が挙げられます。

  1. 依然として変動が大きく、潜在成長率を下回り、不安定である三重苦の世界経済にとって、G3の財政政策が追い風に転じることが、金融緩和によるリターンが縮小する中でも、リスク資産を下支えする要因になります。
  2. 財政政策が需要を押し上げる要因となることで、中央銀行に対して際限なく非伝統的な金融緩和策を求める圧力は、一掃されないまでも、低下することになるとみられます。
  3. 強さと継続性によりますが、財政刺激策は、世界的な貯蓄過剰が均衡利子率を押し下げる効果を相殺し、長期にわたり最低水準に貼りついていた実質および名目金利を押し上げる可能性があります。

確かに、現時点で予想される来年の財政政策で、景気、物価、金利の針が大きく動く訳ではありません。しかしながら、世界経済が三重苦にあえぎ、インフレ率が目標を下回るなか、たとえわずかであっても財政出動は重要な意味を持ちます。財政政策が景気の足枷から追い風になりつつあるトレンドは間違いなく歓迎すべきことであり、G3が共同歩調をとり、時を追うごとに勢いを増すのかは注目に値します。幸運を祈りましょう。

著者

Joachim Fels

グローバル 経済アドバイザー

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