マクロ経済

相次ぐ金融危機、r*、貯蓄余剰

​過去20年あまりの中立実質金利あるいはr*の趨勢的な低下と、エスカレートするバブルと金融危機には密接な関連があります。両トレンドの共通の原因は、望ましい貯蓄が望ましい投資を上回る、世界的な貯蓄余剰であるといえます。望ましい貯蓄が望ましい投資を大幅に上回っている限り、バブルと危機を回避することはきわめて難しいと言わざるをえません。そしてその貯蓄余剰を近い将来に無くすことはとても難しいでしょう。

くの市場関係者にとって、2011年から2012年にかけての欧州ソブリン債務危機、2008年の世界的な金融危機、さらにそれに先立つ多くの小規模な金融危機は、バックミラーの中で遠ざかりつつありますが、学術研究者にとっては、金融危機そのものが重要な研究テーマであることは変わらず、それは当然のことだと言えます。実は、資産バブルの後に局地的ないし世界的な金融危機が繰り返されてきたことがここ数十年の特徴であり、こうした危機は時を追うごとに深刻化しているように見えます。

ドイツ人の有名なサッカー指導者ゼップ・ヘルベルガーはかつて、「試合の後は、試合の前でもある」と言ったことがありますが、金融市場にも同じことが言えます。「危機の後は、危機の前でもある」のです。もちろん、サッカー選手は次の試合のキックオフがいつなのかを正確に知っているのに対して、金融市場関係者には次の危機がいつ起こるかわからないという点に難しさがあります。結局、わかっているのは、次の危機は必ず起こる、ということだけなのです。

幸運にも私は先月、カリフォルニア大学バークレー校で開かれた世界の経済問題に関するクラウゼン・センター会議で、同校のクリスティーナ・ローマー、デビッド・ローマー両教授、国際通貨基金(IMF)のチーフエコノミスト、モーリス・オブストフェルド氏と共に、「金融危機とその影響の変質(または普遍性)」と題するパネルディスカッションのパネラーを務める機会を得ました。この会議の講演で、サンフランシスコ連銀のジョン・ウィリアム総裁は、自然(または中立ないし均衡)実質金利、いわゆるr*に焦点をあてました。10月の連邦公開市場委員会(FOMC)の議事録が公開され、時によって異なるr*の現行水準を推定するモデルや、予想されるr*の推移、さらにはそれが金融政策に与える影響などが広く議論されたことが明らかになって以来、r*は注目の的になっています。

ジョン・ウィリアムズ氏とトーマス・ローバック氏が提唱した先駆的なモデルをはじめ、事実上すべてのモデルでr*は長期的に低下しており、2008年の金融危機の最中とその直後はマイナスになり、最近になってゼロ近辺までわずかに上昇したことが示唆されています。PIMCOの計量ポートフォリオ管理グループのジョシュ・デイビスの指揮の下、ローバック―ウィリアムズ・モデルを独自に改良したモデルでも、同様の結果が確認されています。実は、同僚のリチャード・クラリダが11月のGlobal Central Bank Focus欄の「r*=ニュー・ニュートラル」で強調したように、ほぼゼロの中立実質金利は、2014年5月の長期経済予測会議以来、PIMCOの中心テーマとなっています。

では、r*と金融危機にはどのような関係があるのでしょうか。先のセミナーで私は、過去20年あまりのr*の趨勢的な低下と、エスカレートするバブルと金融危機には密接な関連があると発言しました。私が打ち出したのは、r*の趨勢的な低下と相次いで発生するバブルと危機には共通の原因があり、それは世界的な貯蓄余剰である、という説です。

r*の低下の背景には、望ましい貯蓄が望ましい投資を上回る貯蓄余剰があるとする議論は目新しいものではありません。ベン・バーナンキ前FRB議長やラリー・サマーズ元財務長官はかなり前から論点にしていますし、サンフランシスコ連銀のジョン・ウィリアムズ総裁はバークレーの講演で、またジャネット・イエレンFRB議長は米下院の合同経済委員会の議会証言で、(中立)金利が低い理由として世界的な貯蓄余剰に言及しています。

望ましい貯蓄が望ましい投資を上回る世界的な貯蓄余剰が長期にわたりr*を低下させる仕組みについては、9月号の本欄でご説明しました。望ましい貯蓄が高水準となる背景には、人口動態や貧富の格差、エマージング諸国における自発的ないし強制的な貯蓄超過があります。その一方で、技術進歩や経済のサービス化の進展で望ましい投資は減っているため、貯蓄の需要も減っているという現実があるのです。そして、(予定される)貯蓄の供給が(予定される)投資を上回る状態で、高水準の雇用を維持しながら貯蓄と投資を均衡させるには、金利が低下せざるをえなかったのです。

膨らむ資産バブル
世界的な貯蓄余剰が、過去数十年に発生した金融バブルとその後の危機の説明に役立つ、という点は、おそらくそれほど明白ではないでしょう。本欄で金融危機の歴史全体を振り返ることはできませんが、過去四半世紀に起きた金融危機に関して、いくつかの事実を検証しておくことは有意義だと考えられます。

クリスティーナとデビッドのローマー夫妻がバークレーの会議で発表した共同論文、“New Evidenceonthe Impactof Financial Crisesin Advanced Countries”(先進国における金融危機の影響に関する新事実)は、議論の出発点として示唆に富んだものです。ローマー夫妻は、精度を高めた金融ストレスの新指標を提示すると共に、先進国(経済協力開発機構(OECD)の加盟国)で第2次大戦後発生した金融危機を時系列で正確に記述しています。論文によれば、1970年代から1980年代の大半は、金融不況を示すエピソードは見当たらず、大きな危機は起きていません。こうした状況が変化したのが1980年代末以降、特に1990年代で、広範な金融危機がみられました。先進国の金融危機の具体例としては、米国の貯蓄金融機関(S&L)の危機、日本の金融不況、スウェーデン、フィンランド、ノルウェーの銀行危機が挙げられます。また(ローマーの論文では取り上げられていませんが)、エマージング諸国では言うまでもなく1990年代後半にアジアの金融危機、ロシアの危機がありました。

(アジアの危機は明らかに例外ですが、)1990年代の危機では、諸外国への伝播がほとんどあるいはまったくみられなかったのに対して、過去15年の金融危機は様変わりしています。米国および欧州における2008年の危機が世界に与えた影響は重大で、過去100年で最悪の危機となりました。さらに、2011年から2012年にかけての欧州ソブリン債務危機と銀行危機も世界に波及し、危機の深刻さからユーロの存続が危ぶまれる事態に陥りました。要約すると、過去四半世紀、明らかな趨勢として金融危機は深刻化すると共に伝染力が強まっており、成長率とインフレ率には恒常的に下押し圧力がかかっていることが伺えます。

私が考えるところでは、こうした事実を説明するうえで、世界的な貯蓄余剰が重要な役割を果たしています。どのように、でしょうか。貯蓄余剰はr*や実際の金利を押し下げるだけでなく、資産価格を押し上げ、株式、エマージング、住宅、クレジット、欧州の周縁国国債、コモディティの各市場で、次々と資産バブルを引き起こしてきたのです。そして、バブルが弾けると常に、金融不況と危機が誘発されました。

加えて、金融危機と貯蓄余剰の間にはフィードバック・ループが存在します。つまり、金融危機とそれに伴う富の破壊によって望ましい貯蓄水準がさらに高まる(あるいはデレバレッジが進む)一方、危機の影響で成長率が押し下げられることによって投資が抑制され、ひいては貯蓄需要が減ることになるのです。

さらに、貯蓄余剰がr*を押し下げ、それに伴う意図せざる金融の引き締まり状況を回避するために中央銀行が政策金利引き下げを続けざるをえなくなると、金利は果てしなく下限に近づき、伝統的な政策手段で金融危機に対抗することが一段と難しくなります。そして、ほぼすべての地域で、量的緩和など多くの非伝統的な政策手段が尽き始めた現在、次の危機に中央銀行が効果的に対処できないという重大なリスクが存在しているのです。

長期的な貯蓄余剰の長期的なリスク
r*の低下と相次ぐ資産バブルと金融危機は、世界的な貯蓄余剰が主因であるとする私の説が正しいとすれば、その意味するところはきわめて陰鬱です。金融システムをより安全なものにし、危機への耐性を高める努力はみられるものの、望ましい貯蓄が望ましい投資を大幅に上回っている限り、バブルと危機を回避することはきわめて難しいと言わざるをえません。そしてその貯蓄余剰を近い将来に無くすことはとても難しいでしょう。というのは、望ましい貯蓄を膨らませている主因が人口動態や貧富の格差、エマージング諸国での安全な資産への需要などであり、これらに働きかけるのは容易でないからです。過剰な貯蓄を吸収し、r*を引き上げるために実現可能性のある手段としては、主要国が足並みを揃えてインフラや教育などへの財政投資を増やすこと以外に見当たりません。ただ、残念ながらこうした政策を阻む政治的な壁はとてつもなく巨大に思えます。

したがって、長期的な考え方は以下のようにまとめられます。貯蓄余剰がもたらす「ニュー・ニュートラル」に慣れること、そして、いつ、どこで始まるかはまだ見えないとしても、次のバブルと危機に備えることです。

著者

Joachim Fels

グローバル 経済アドバイザー

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