いにこの時が来ました。米連邦準備制度理事会(FRB)が物価指標として重視する米個人消費支出(PCE)総合指数は、目標の2%を57カ月間下回っていましたが、この2月に前年同月比で2.1%に加速しました。実は、2012年1月に当時のベン・バーナンキFRB議長がこの目標を導入して以来、目標の2%を超えるのは今回で4回目に過ぎません。しかも、あとの3回は2012年の出来事です。

ということは、この指標が発表された時、コンスティテューション通りにあるFRBのエクルズ・ビルで、お祝いのシャンパンが開けられたのでしょうか。

おそらく、そんなことはなかったでしょう。理由は3つあります。第1に、対称的なインフレ目標を掲げるジャネット・イエレン議長らは、目標を下回った期間57カ月に対して上回った期間が4カ月しかないようでは、経済動向のバランスがとれているとは言えないことを認識しているはずです。第2に、中期的なトレンドの指標として総合指数に勝るPCEコア指数は、1.8%に上昇したものの依然として目標を下回っています(図表1)。第3に、原油価格が2016年2月以降と同様の速いペースで上昇しない限り、総合指数は今後数カ月のうちに2%を下回る水準に逆戻りすると予想されます。事実、ユーロ圏の3月の消費者物価指数(HICP)の「速報値」は1.5%で2月の2.0%から低下しましたが、これは原油価格のベース効果が一因であり、4月14日発表予定の米国の消費者物価指数にも同様の影響があるものとみられます。

インフレ・ターゲティングの様々な違い
1年前、私は、インフレに関してFRBは物価水準目標にシフトすることによって、失地を回復すべきだと論じました。これまで累積されたインフレ目標の未達分を、今後数年間、同じだけオーバーシュートを目指すことによって穴埋めしようというものです。そうすれば、長期インフレ期待をアンカリングし直すことができる、と論じました。長期インフレ期待は、目標を下回る状態が続いており、2016年11月の米大統領選以降やや上昇したとはいえ、なお目標に達していません。しかしながら、FRB高官は、物価水準を目標にすることを繰り返し否定しています。直近では3月27日、ハト派のシカゴ連銀総裁チャールズ・エバンス氏がマドリードで、FRBは過去の目標からの乖離を埋め合わせようとすべきでない、と述べました。しかも同総裁は、FRBのインフレ目標はフォワード・ルッキングで対称性があると念を押し、インフレ目標が「対称的」であるとする但し書きを追加した3月の米連邦公開市場委員会(FOMC)後の声明を踏襲しました。

「対称性」という言葉は、コミットメントとして物価水準目標よりも弱い点は留意しておくべきです。というのは、上下どちらでも一定の幅は許容できるということであり、2%は上限でも下限でもないことになります。つまり、インフレが目標から乖離した時に、それを修正するという約束ではないのです。物価水準目標とは異なり、対称的なインフレ目標は過去を振り返らず、過ぎ去ったことはあくまで過ぎ去ったこととします。

物価水準目標を採用するにしろ、過去を顧みない対称的なインフレ目標を採用するにしろ、中立金利が比較的低い水準にある時、中央銀行は政策金利をある程度の期間――景気後退期とその後の期間――事実上の下限(ほぼゼロ)で推移させることになる点を考慮しておく必要があります。政策金利は下限よりも引き下げることはできないため、中央銀行はインフレ率を目標水準に戻すのに苦戦することになります。つまり、平均2%のインフレ目標を一定の長期間において達成しようとするのであれば、中央銀行は政策金利が事実上の下限に達していない「平常時」には一時的に2%を超えるインフレを目指す必要があると言えます。

目標を超える水準を目指す―その程度と期間
この論理を受け入れるとすれば、(金利が下限に達していない)「平常時」にFRBは2%をどの程度上回る水準を目指すかが問題になります。答えは、2つの予想に依存します。政策金利が下限で推移する予想継続期間、その期間中に予想されるインフレ目標からの乖離幅です。たとえば、金利が下限に貼りついている期間が向こう10年のうち5年を占め、この間の平均インフレ率を1.5%と予想すれば、向こう10年で平均2%のインフレ目標を達成するには、金利制約のない5年間は、平均2.5%のインフレ率を目指す必要があります。

言うまでもありませんが、将来、フェデラル・ファンド(FF)金利がどのくらいの期間、下限に貼りついているか、この間、インフレ率が目標をどれだけ下回っているかは、かなり不確実です。FRBの2人のエコノミスト、マイケル・T・カイリーとジョン・M・ロバーツは、実質中立金利が1%の場合、期間にして3分の1から5分の2の間、金利は下限に貼りつくと推計しています。2人は、この期間のインフレ・シミュレーションを基に、平均2%のインフレ目標を達成するには、金利制約がない期間に3%近いインフレ率を目指さねばならないと結論づけています。この論文はFEDウォッチャーや市場でちょっとした騒ぎになりました。FRBの他のリサーチャーによる過去の論文では、継続期間についても、金利制約がない時期に必要なインフレ率の上乗せ幅もそこまでではなかったからです。

論文の推計には不確実性が高いものの、FRBが市場に対して、3月にインフレ目標の対称性を想起させるのが適切だと判断した理由が見えてきます。FRBが平均2%の目標達成に本気であり、かつ将来、FF金利を下限に戻さざるをえなくなると考えているとすれば、「平常時」のオーバーシュートを容認することが必要なのです。

複雑な問題
では、以上の点を踏まえると、FF金利が下限にない限り、FRBは2%を上回るインフレを目指すと想定しても大丈夫なのでしょうか。早計は禁物です。

第1に、過去の実績やその他の要因を考慮すれば、FRBがたとえそれを望んだとしても、確実に大幅なオーバーシュートに持っていけるかどうかは定かではありません。経済のスラックに対して、賃金は敏感に反応するわけではなく、インフレ率はそれ以上に反応が鈍いのが現状です。実は、過去20年間にグローバル・バリュー・チェーンが延伸したことで、一国のインフレ率は国内要因よりも海外要因に敏感に反応しやすくなっています。(詳細は、国際決済銀行(BIS)の最近のワーキングペーパーを参照)。FRBがインフレのオーバーシュートを目指すうえで、世界的に大きく景気が拡大したり、トランプ政権の保護主義的な政策の誤りでグローバル・バリュー・チェーンが突如、短縮化するという形の「援軍」が現れると考えられるでしょうか。現時点でどちらの可能性も見えていません。

第2に、現時点で、FRBはむしろ「機動的な引き締め」モードにあると見られます。3カ月で2度の利上げが実施されたにもかかわらず、金融状況は依然として緩和的であるばかりか、一段と緩和が進んだ状態にあります。PCEコア指数は尚、目標を下回っていますが、景気が好調ななか、FRBとしては実質FF金利をできるだけ下限から遠ざけるという意欲の方が、足元でインフレをオーバーシュートさせる意欲に勝っていると考えられます。

第3に、同じくらい重要な点として、今後1年あまりで、議長をはじめFRBの理事会や連邦公開市場委員会(FOMC)のメンバーが様変わりすることを踏まえれば、将来の金融政策立案者が「対称的」な解釈に同意し、不調時のアンダーシュートの緩衝材にするため、好調時にインフレのオーバーシュートを目指すかどうかは見極める必要があります。

要約しましょう。インフレ総合指数が目標を上回った事実についても、FF金利がゼロ下限にない時期にFRBは3%前後のインフレを目指すべきとする最近のカイリー/ロバーツ論文にも興奮し過ぎてはなりません。現実はこうです。インフレ目標が導入されて以降、61カ月中57カ月、インフレ率が目標を下回っているにもかかわらず、そして、PCEコア指数はなお目標を下回っているにもかかわらず、FRBは現在、機動的な引き締めモードに入っているように見えます。現在のFRBがインフレのオーバーシュートを目指したとしても、実際に実現できるかどうかは定かではありませんし、将来のFRBがそれを望むかどうかすら不透明なのです。

著者

Joachim Fels

グローバル 経済アドバイザー

プロフィールを見る

Latest Insights

関連コンテンツ

ご留意事項

ピムコジャパンリミテッド
105-0001
東京都港区虎ノ門4-1-28
虎ノ門タワーズオフィス18階

金融商品取引業者 関東財務局長(金商) 第382号
加入協会: 一般社団法人 日本投資顧問業協会、 一般社団法人 投資信託協会


ピムコジャパンリミテッドが提供する投資信託商品やサービスは、日本の居住者であり、かつ法律による制約のない方に対して提供するものであり、かかる商品やサービスが許可されていない国・地域の方に提供するものではありません。

本資料には、本資料作成時点でのPIMCOの見解が含まれていますが、その見解は、予告なしに変更される場合があります。本資料は情報提供を目的として配布されるものであり、投資助言や特定の証券、戦略、もしくは投資商品の推奨を目的としたものではありません。本資料に記載されている情報は、信頼に足ると判断した情報源から得たものですが、その信頼性について保証するものではありません。

運用を行う資産の評価額は、組入有価証券等の価格、デリバティブ取引等の価値、金融市場の相場や金利等の変動、及び組入有価証券の発行体の財務状況や信用力等の影響を受けて変動します。また、外貨建資産に投資する場合は為替変動による影響も受けます。したがって投資元本や一定の運用成果が保証されているものではなく、損失をこうむることがあります。運用によって生じた損益は、全て投資家の皆様に帰属します。弊社が行う金融商品取引業に関してお客様にご負担頂く手数料等には、弊社に対する報酬及び有価証券等の売買手数料や保管費用等の諸費用がありますが、それらの報酬及び諸費用の種類ごと及び合計の金額・上限額・計算方法は、投資戦略や運用の状況、期間、残高等により異なるため表示することができません。