マクロ経済

終わりなき貯蓄過剰

世界的な貯蓄過剰は、先進国におけるマイナスの「時間選好」と、エマージング諸国における「マクロ経済調整」を理由に今後、拡大する可能性が高いと考えています。寿命が伸び続けている豊かな先進国社会では、多くの人々がきわめて「辛抱強い」ようで、退職後の娯楽や、医療費や介護費の備えとして貯蓄に励んでいます。エマージング諸国の景気減速(中国)あるいは景気後退(ロシア、ブラジル)およびで通貨安の進行が経常黒字の拡大に寄与します。

資家にとって、躁鬱気質の友人ともいえるマーケットは、先月はまさに絶望状態にあり、もはやこれまでのように穏やかな8月とは言えなくなりました。市場、経済、政策上の出来事については、その時々にPIMCOのブログで同僚と共に頻繁にコメントしていますので、月に1度の本レポートでは繰り返すことは控え、考え方の枠組みと大きな構図に引き続き焦点を当てたいと思います。実は、先月のレポートで「3つの過剰」の枠組みをご説明しましたが、読者の反応をみると、(10年前にベン・バーナンキ前米連邦準備制度理事会(FRB)議長が最初に提唱した)その議論、すなわち低水準の長期金利の背景には長期にわたる世界的な貯蓄過剰があるとする説は、いまだ賛否が分かれており、さらに掘り下げる必要があるように思えます。

「貯蓄過剰」とは、要約すると、世界的に貯蓄意欲が投資意欲を上回っている状況を端的に表した用語です。貯蓄過剰は自然利子率を押し下げ、それによって乖離している貯蓄意欲と投資意欲を均衡させることになります。事前的に貯蓄が投資を上回る潜在的要因はいくつもありますが、特に重要だとみられる要因5つを改めて挙げておきます。

  1. 歴史(金融危機の長引く影響)
  2. 人口動態(寿命は延びていますが、必ずしも退職年齢が上がっているわけではありません。)
  3. 格差(貧困層よりも富裕層が貯蓄しています。)
  4. テクノロジー(資本が安価になると共に、その必要量が低下しています。)
  5. 必要性(資本が先進国市場に還流するにしたがい、エマージング諸国は節約をしていく必要があります。)

世界的な貯蓄過剰による影響の定量化
これらの要因およびその他の潜在的要因の影響を定量化することが可能かどうか、一部の読者から問い合わせをいただきました。残念ながら、世界的な長期均衡実質金利を動かす要因を定量化するのはほぼ不可能であり、近似値を推計することすら難しいと言わざるをえません。最大の理由は、均衡実質金利あるいは自然利子率を直接確認することができないためです。事前的な貯蓄意欲および投資意欲についても同じことが言えます。我々の主張に基づくと、事前的には貯蓄意欲が投資意欲を上回っています(S>I)が、データで確認できるのは、事後的な貯蓄と投資だけで、単純な会計原則に基づけば、資本が火星から流入するか火星に流出でもしないかぎり、貯蓄は投資と等しくなる(S=I)はずです。

このように定量化はほぼ不可能に思える難題ですが、最近、イングランド銀行の2人の研究員が、1980年代以降約450ベーシスポイント低下した世界の実質長期金利に、さまざまな長期要因がどの程度寄与したかを計測するという興味深いレポートを出しました(イングランド銀行スタッフのブログ「Bank Underground」に掲載された、ルーカス・レイチェルとトーマス・スミスによる2つの投稿を参照)。分析の手法や詳細の確認は読者にお任せするとして、ここでは主要な結論に注目します。端的に言えば、過去30年にわたる実質長期金利の低下幅の300ベーシスポイント(3分の2)が貯蓄意欲および投資意欲の長期的トレンドで説明できるとしています。さらに100ベーシスポイントは予想潜在成長率の低下によるものであり、説明がつかないのは50ベーシスポイントに過ぎないとしています。

さらに細かくみていくと、実質金利の低下に寄与した世界的な貯蓄過剰のうち、300ベーシスポイントの半分強(160ベーシスポイント)が貯蓄意欲の高まりによるものであり、その内訳は人口動態が90ベーシスポイント、格差が45ベーシスポイント、エマージング諸国の経常黒字が25ベーシスポイントとなっています。また300ベーシスポイントの半分弱(140ベーシスポイント)は投資需要の減退によるものであり、内訳は資本財の相対価格の低下が50ベーシスポイント、公共投資の減少が20ベーシスポイント、リスク・フリー・レートと資本利益率のスプレッド拡大が70ベーシスポイントとなっています。筆者の但し書きにもあるとおり、これらの推計値はきわめて不確かなものですが、実質長期金利の低下の大半を、低下そのものからは独立したデータを使って、なんとか説明することに成功しています。そして、この結果を額面通りに受け取れば、長期の均衡実質金利の低下の背景に世界的な貯蓄過剰があるとする主張を支持するものだと言えます。

貯蓄過剰は縮小するよりむしろ拡大する可能性が高いのはなぜか
この先を考えると、世界的な貯蓄過剰は今後、縮小するよりむしろ拡大する可能性が高いと考えています。その主な理由は2つあり、先進国におけるマイナスの「時間選好」と、エマージング諸国における「マクロ経済調整」です。

第1に、先進国では、退職後の期間の長期化に備えて資産形成を望む人が増えることから、しばらくは人口動態が貯蓄意欲を高める要因になると考えられます。誰もが長生きを望み、(少なくとも平均の)寿命は延びると予想できますが、寿命の延びに平均退職年齢が追いついていないのが実情です。豊かな社会では、多くの人々の時間選好が既にマイナスになっている、という興味深い可能性すらあります。平易な言葉で言えば、人々は現在の消費より将来の退職後の消費に高い価値を置いている可能性があるのです。

多くのエコノミストにとって、マイナスの時間選好という概念は異端の考えに思えます。実際に、足元の超低金利をもたらした要因をめぐって、100人以上のドイツ人エコノミスト(大半は学者)が電子メールで激しい論争を繰り広げていますが、そのテーマの1つがマイナスの時間選好であり、私も週末に時折これに参加したことがあります。論争の口火を切ったのはマサチューセッツ工科大学(MIT)で学んだドイツ人経済学者のカール・クリスティアン・フォン・ワイツゼッカーで、ローレンス・サマーズ元財務長官が「長期停滞論」で取り上げて注目されるよりもかなり前に、マイナスの均衡金利という概念を提唱した人物です。マイナスの時間選好という概念に抵抗を感じるエコノミストが多いのは、(オイゲン・フォン・ベーム=バヴェルクやカール・メンガーら)19世紀のオーストリアの経済学者や、(アーヴィング・フィッシャーら)20世紀初頭のアメリカの経済学者がこのテーマについて考察した論文を発表した際に、人々は辛抱強くないもので、明日の消費より今日の消費を優先する、との前提が標準になったからです。言い換えれば、彼らは時間選好がプラスであることを示したのです。また、新古典派のオーストリア学派の資本理論でも、金利がプラスでなければならない理由を正当化するものの1つとして、プラスの時間選好が挙げられています。人々は、貯蓄を通して現在の消費の一部を将来に先送りする見返り(利子)を要求するのです。

相対的に貧しい社会では、多くの国民の所得が生存に必要な水準を大幅に上回っているわけではなく、寿命が比較的短いため、時間選好がプラスとなる理由は容易に理解できます。この概念を提唱したオーストリアの経済学者が生きた19世紀の社会は、まさにそうでした。実際、そうした社会では、人々は「せっかち」で、明日より今日をはるかに重んじると想定して差し支えありません。しかしながら、寿命が延び続けている豊かな先進国社会では、多くの人々がきわめて「辛抱強い」ようで、(長期のクルーズ旅行などの)退職後の娯楽や、最晩年にきわめて重い負担になりうる医療費や介護費の備えとして貯蓄に励んでいます。興味深いのは、マイナスの時間選好の理論を認めれば、理論的にマイナス金利を説明できる点です。時間選好が金利に影響を与える唯一の要因だとすれば(もちろん、そうではありませんが)、実はマイナスの金利が自然だということになるのです。

世界的な貯蓄過剰が縮小するよりむしろ拡大するとみられる第2の理由は、エマージング諸国にあります。思い出していただきたいのですが、ベン・バーナンキ前FRB議長が10年前に初めて貯蓄過剰論を唱えた時、特に重視したのは、中国をはじめとするエマージング諸国の高水準でかつ拡大しつつあった経常黒字と、それに関連したこれら諸国の資本輸出の影響でした。最近では、ユーロ圏(とりわけドイツ)の高水準の経常黒字をより重視しています(バーナンキ前FRB議長のブログの4月1日付け投稿を参照)。前FRB議長は、中国が内需主導の成長に移行しつつあり、ユーロ圏は不況から回復途上にあって内需拡大から輸入が増加しているため、世界的な貯蓄過剰は徐々に縮小する可能性があるとも結論付けています。

しかしながら、ここ数カ月、多くの主要エマージング諸国の苦境が顕在化するなか、当面は、エマージング諸国の世界的な貯蓄過剰に対する寄与がむしろ大きくなるものとみられます。理由の1つは、景気減速(中国)、さらには景気後退(ロシア、ブラジル)で輸入の伸びが抑えられ、経常黒字が拡大するからです。もう1つの理由は、中国をはじめ多くのエマージング諸国からの資本逃避が増加しているからです。最近、人民元がもはや割安ではないことから、中国の外貨準備は減少に転じましたが、貯蓄過剰への寄与という点では、民間部門の資本流出がこうした公的部門の寄与に取って代わるでしょう。この資本流出の重要な背景には、過去の一人っ子政策に伴う人口動態の高齢化が挙げられますが、これは構造的に貯蓄率を高めることになります。国内の投資が次第に減速を余儀なくされるなかで、中国は資本の大幅な純輸出国であり続けるものとみられます。また今年はエマージング諸国全般で大幅な通貨安が進んでいますが、中国も最近、この路線に踏み出しました。自国の通貨安は、先進国に対するコスト競争力を改善し、エマージング諸国の経常黒字の拡大ないし経常赤字の縮小につながるはずです。

以上を総合すると、当面は世界的な貯蓄過剰は定着、どちらかといえばむしろ拡大するとみられます。原油の過剰とマネーの過剰という、貯蓄以外の2つの世界的な過剰により増幅された短期的な要因が、著しく低い足元の金利を押し上げる可能性はありますが、この貯蓄過剰によって金利の上昇幅は抑えられるものと予想されます。とはいえ、こうした見方は、読者のみなさんにとって意外ではないはずです。PIMCOではかなり以前から、これを「ニュー・ニュートラル」という概念としてまとめ、お伝えしてきたからです。短期的な要因については、これまでどおり、今月開催される短期経済予測会議で議論したうえで、最新の見通しを発表する予定です。引き続きご注目ください。

著者

Joachim Fels

グローバル 経済アドバイザー

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