大統領選以来、私は、いわゆる「トランプノミクス」が、経済成長率を上昇させ、インフレ率を押し上げ、自然利子率を高めるという「ニュー・パラダイム」の始まりを告げ、ひいてはピムコが提唱する「ニュー・ノーマル」や「ニュー・ニュートラル」、あるいはラリー・サマーズの「長期停滞」、ベン・バーナンキの「世界的貯蓄過剰」といった、この1、2年で金融市場に(十二分に)織り込まれコンセンサスとなったテーマを終わらせることになるのかどうかを見極めようとしてきました。この件については、いまだに決めかねており、12月のPIMCO短期経済予測会議(シクリカル・フォーラム)で確実に議論されることになりますが、市場が既にニュー・パラダイムに好意を寄せ始めていることを踏まえて、本稿では現段階での暫定的な私の考えを述べさせていただきたいと思います。

考え方の枠組み、フレームワークが何より重要ですので、1年あまり前に本欄の「終わりなき貯蓄過剰」のなかで述べたフレームワークを振り返ってみましょう。私は「貯蓄過剰」という言葉を、(事前的な)貯蓄意欲が投資意欲を世界的に上回る状況を端的に表したものとして使いました。世界的に過剰な貯蓄が需要を抑制し、インフレ率を抑え、自然利子率(事後的に貯蓄と投資が等しくなる理論的な金利水準)を抑えてきました。人口動態(寿命が延びたことで老後に備えて貯えを増やす)、格差の拡大(富裕層は貧困層よりも貯蓄率が高い)、エマージング諸国の巨額の経常黒字(国内の安全資産の欠如と輸出主導モデルを複合的に反映)を主な背景に、事前的な貯蓄は高くなっています。一方、テクノロジーの進化と経済に占めるサービス比率の上昇から、資本財の必要性と需要が減ったことを背景に、事前的な投資、すなわち貯蓄に対する需要は低くなっています。

同じレポートでは、イングランド銀行の2人のエコノミストによる重要な研究結果も取り上げました。貯蓄意欲や投資意欲などの要因が、世界的な実質金利の低下にどの程度寄与したかを定量的に分析した結果です。貯蓄意欲と投資意欲を直接確認することはできず、きわめて不確かな推計しかできないため、この分析は容易ではありません。要約すると、1980年代以降、約450ベーシスポイント低下した世界の実質金利のうち、約100ベーシスポイントが潜在成長率の低下で、約300ベーシスポイントが貯蓄意欲と投資意欲の変化で説明でき、残りの50ベーシスポイントが説明不可能だと著者らは推計しています。各要因の相対的な重要性については、詳しくまとめた図表1をご参照ください。

 

では、低金利を促すこうした長期要因に、トランプノミクスはどう影響するのでしょうか。トランプノミクスの特徴として、個人および企業の減税、インフラ投資の拡大、移民の制限、保護主義的な通商政策が挙げられます。これらを考えるうえで、貯蓄過剰の要因はグローバルなものであり、世界のGDPに占める米国の割合は25%に過ぎない点を踏まえておく必要があります。

金利を小幅に引き下げる可能性のある政策
実は、トランプ次期大統領が掲げている政策は、多くの面で、自然利子率あるいは均衡利子率を押し上げるどころか押し下げる方向にはたらく可能性があります。

個人および企業の減税、相続税の廃止、金融やエネルギー・セクターの規制の一部緩和が検討されていると言われますが、これらの政策は、所得および資産格差を拡大させる傾向があります。富裕層は貧困層に比べて貯蓄を増やすことが可能で、実際そうするため、過剰な貯蓄を減らすのではなく増やすことになるのです。

また、移民の制限や不法就労者の強制送還は、米国の労働人口の伸びを抑えることになるため、潜在的な成長率を一段と押し下げる方向にはたらきます。もちろん母国に送還される人々や米国に移民できない人々が米国以外のどこかで就労することで、世界の潜在成長率を押し上げる可能性はあります。しかしながら、現移民および潜在的な移民の母国は、米国よりも生産性水準が低い場合がほとんどで、世界経済の潜在成長率へのネットの影響はマイナスになると考えられます。

主な要因が変化する可能性は低い
トランプノミクスが正確にどのようなものになるにせよ、世界的な貯蓄過剰をもたらしているその他の長期要因のいくつかについては、影響を与えることはできないとみられます。

主因の1つである世界の人口動態は、所与の条件です。さらに米国内の人口動態に関して言えば、移民を制限するというトランプ次期大統領の計画は、確実なトレンドとなっている人口の高齢化と、高所得・高貯蓄の65歳以上の労働参加率の上昇とあわせて、貯蓄過剰を減らすよりも増やす方向にはたらきます(マット・トレイシーと私が共同で執筆したPIMCO In Depthレポート「70 Is the New 65(英語版のみ)」をご参照ください)。

さらに、世界的な貯蓄過剰のもう1つの要因であるエマージング諸国や日本、ドイツの巨額の経常黒字については、二国間の新たな貿易交渉で減らそうとしても、実現する可能性は低いと考えられます。これらの国の経常黒字は、国内投資に対する貯蓄の過剰を反映したものです。たとえ米国が関税や付加価値税のような仕向地での企業所得税適用により、輸入を割高にし、輸出の競争力を高めることができたとしても、根底にある米国以外の世界の貯蓄・投資パターンは変わらないため、単純にドル高が進むことで、税金や関税による競争力の向上を相殺することになります。したがって、米国の経常赤字も諸外国の経常黒字も変化することはないでしょう。確かに、通商政策や税制を通じて、一部のセクターや二国間の黒字や赤字に影響を与えることは可能ですが、経常収支全体を変化させようとすることは、ドン・キホーテが風車に戦いを挑むように虚しい努力と言わざるをえません。

同様に、世界的に投資意欲を引き下げている要因の一部も、トランプノミクスによって反転させることができるとは思えません。スマートテクノロジーによって従来型の設備投資の多くは陳腐化しています。仮にトランプノミクスの通商政策などで製造業の雇用を米国に取り戻し(それも大いに疑問ですが)、それらのセクターにおける国内の設備投資が盛り上がったとしても、米国以外の国の同セクターの投資が減退することで帳消しになってしまうのです。

金利の長期トレンドの変わり目?
トランプノミクスが、自然利子率を引き下げる方向ではたらいてきた要因を反転させることができるとすれば、それはどの分野であり、どのような経路を辿るのでしょうか。また反転はどの程度の大きさになるのでしょうか。1つは米国の潜在成長率を押し上げる経路であり、もう1つが減税やインフラ投資の拡大、あるいは防衛費の増大によって米国の財政赤字が大幅に膨らむ経路です。これらによって、エマージング諸国や日本、ドイツの経常収支の黒字をはじめ民間セクターの事前的な貯蓄過剰の一部が吸収される可能性があります。

米国の潜在成長率の押し上げに関しては、前述のように、2つの決定要因のうちの1つ、労働力人口の伸びは、トランプノミクスの移民政策で鈍化する可能性が高いとみられます。もう1つの要因の労働生産性の伸びは、トランプノミクスがプラスに作用する可能性のある分野です。労働生産性の伸びは、資本深化の鈍化、すなわち設備投資の低迷によって抑制されることが多くの研究で示唆されています。だとすれば、企業減税や、エネルギーなど資本集約セクターの規制緩和、資本集約的な製造業セクターを支援する保護主義的措置が設備投資を喚起し、向こう数年間の生産性を押し上げる可能性はあります。しかしながら、その成果が表れるには時間がかかるでしょうし、企業減税がもっぱら合併や買収、自社株買い、配当引き上げに使われないかどうかを見極めなければなりません。また、米国の製造業の設備投資の拡大は、世界のどこかの国の設備投資と引き換えであることも念頭に置いてく必要があります。

では、インフラ投資や財政赤字拡大が、世界の過剰貯蓄を吸収する効果については、どう考えればいいのでしょうか。トランプ陣営の経済アドバイザーによるインフラ計画を見てみると、支出の増分の大半は、政府の借入の増加ではなく、(おそらく富裕な)民間投資家の税額控除によって賄われるものとみられます。だとすれば、投資プロジェクトの多くは追加的なものではなく、いずれにしても実行されるプロジェクトに過ぎず、他の民間投資をクラウドアウトする可能性もあります。さらに、財政赤字に批判的な米議会のタカ派が、赤字予算の大幅な拡大に同意するかどうかは不透明です。

ニュー・パラダイム? 時期尚早
要約しましょう。冒頭で「ニュー・パラダイム」がテーマとなるかどうか決めかねていると申し上げましたが、こうして書くことによって思考が明確になっていきます。現時点での暫定的な私の結論としては、世界的な成長率、インフレ率、金利を抑制している長期要因は依然として強力であり、政府債務を原資とするインフラ投資が大幅に拡大しない限り、トランプノミクスがそれらを大きく変える可能性は低いと考えています。

しかしながら、だからといって、このところの世界的な金利上昇が非合理だというわけではありません。その理由は2つあります。

第1に、大統領選の数週間前にPIMCOのブログで指摘したとおり、世界中の投資家のほとんどは、「長期停滞」教の信者であり、実際、市場金利はPIMCOが「ニュー・ニュートラル」なFF金利として考える2%を下回ってきました。この根拠なき失望が、現在修正されつつあります。

第2に、長期トレンドに関する前述の私の議論は、トランプノミクスの大きな影響は受けないと考えています。ただし、長期にわたる緩やかな動きの周辺で短期的な変動が増幅される可能性はあります。以前の同僚のジェラルド・ミナックが最近指摘していますが(ミナック・アドバイザーズ 「Downunder Daily : Setbacks Amidst Secular Stagnation」, 2016年11月22日)、長期停滞のトレンドの中で、日本の国債利回りは2003年に倍になり、3年間で4倍になった後、反落し、最近まで10年以上低下してきました。そして私が大統領選後に書いたように、トランプ陣営の経済政策の多くは、インフレ率の短期的な上昇を支えるものとみられます。

新(?)パラダイム、新大統領、長期トレンドと短期的なトレンドのグローバルな綱引き。PIMCOの来るべき投資フォーラムで議論する材料は山ほどあります。これまで同様、この12月のシクリカル・フォーラムを受けて、来年の世界経済に対するPIMCOの見通しを皆さんにお伝えしたいと考えています。

著者

Joachim Fels

グローバル 経済アドバイザー

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