マクロ経済

マネーの余剰:今後も拡大、引き続き有効

米連邦準備制度理事会(FRB)が12月にゼロ金利政策を解除するとしても、利上げ幅は過去最小になるものとみられます。一方、欧州中央銀行(ECB)や日本銀行、中国人民銀行などの主要中央銀行は、FRBとは対照的に追加緩和を見据えています。金融政策が資産市場を下支えし、ひいては景気を浮揚する効果について疑問視する市場参加者が増えています。このテーマについては真剣に検討すべきですが、効果が落ちているとする主張に対しては大いに反論の余地があります。過去に比べて、量的緩和策の「支払いに見合うだけの対価」は落ちていくと見込まれるものの、依然としてプラスの効果が期待できます。

月の本欄では、人口動態やエマージング諸国の景気減速を主な背景に世界的な貯蓄の余剰は縮小するどころか拡大する可能性が高いと論じましたが、読者の反応をみると、相変わらず賛否が分かれているようです。だからこそトレードが成立するのですから、これは素晴らしいことだと言えます。貯蓄余剰はまもなく過去のものになると考える方々は、今後、実質金利が大幅に上昇し、リスク資産が長期にわたって毀損されることを前提にポジションを取るはずです。一方、私は、PIMCOが提唱する「ニュー・ニュートラル」のテーマに沿って、金利が比較的低水準にとどまり、(先進国市場の)リスク資産は下支えされることを前提にポジションを取ることになります。

貯蓄余剰について議論を深めたい気持ちがないわけではありませんが、今日はこれ以上、貯蓄余剰について論じるつもりはありません。代わりに、「3つの余剰」で取り上げたもう1つの余剰――世界的なマネーの余剰に焦点をあてたいと思います。2008年から2009年の金融危機以来、各国の中央銀行は、ゼロ金利政策(ZIRP)やマイナス金利政策(NIRP)、量的緩和政策(QE)などの政策を動員しながら、景気低迷と世界的な貯蓄余剰に起因する低インフレという長期的な逆風に果敢に立ち向かってきました。そのため、マネーの余剰について、目新しいことがあるわけではありません。とはいえ、今この時期に注目するのは、それなりの理由が2つあるからです。

  • 第1に、世界の4つの主要中央銀行が、それぞれの金融政策運営方針を年内に調整する可能性が高まっています。米連邦準備制度理事会(FRB)は、この12月にほぼ9年ぶりの利上げに踏み切るものと見られる一方、欧州中央銀行(ECB)、日本銀行、中国人民銀行(PBOC)は追加緩和を実施すると見込まれます。このように金融政策の方向がばらつくのは異例のことであり、議論が必要です。
  • 第2に、より重要な点として、金融政策が資産価格を下支えし、ひいては景気を浮揚する効果を疑問視する市場参加者が増えており、金融緩和の効果はプラス幅が縮小するにとどまらずマイナスに転じる局面に入ったのではないかとの懸念が浮上しているためです。こうした「金融緩和の機能不全説」は支持を集めていますが、これまでの中央銀行の政策行動がなければ世界経済は大恐慌に匹敵するほど深刻な不況に陥っていたはずであり、財政政策や構造的政策がほとんど機能しないなか、多くの国々でこれまでと同等かそれ以上の刺激を必要としていると考える私のような者は、この説にひどく当惑せざるをえません。確かに、この議論には真剣に受け止めるべき点はありますが、大いに反論の余地もあります。少なくとも、ジャネット・イエレンFRB議長、マリオ・ドラギECB総裁、黒田東彦・日銀総裁はじめ、(世界の)中央銀行首脳が必要なことは何でもやるとの姿勢を維持している限り、これらの中央銀行に対抗しようとする者は資金を失う、との私の見方は変わりません。

中央銀行による異例の政策の小史 まずは一歩下がって、2008年に訪れた「ミンスキー・モーメント」以降の金融政策の多大な寄与について簡単に振り返っておきましょう(ちなみにPIMCOでチーフ・エコノミストを務めたポール・マカリー氏は、このミンスキー・モーメントを、透視するがごとく正確に予見していました)。ごく単純化すれば、金融政策の寄与は、図表1のようにまとめることができます。すなわち、米国、ユーロ圏、日本、英国、カナダの5つの中央銀行は(当然ながら他の中央銀行と共に)、さまざまな形の非伝統的な金融緩和策を大規模に実施することで、なんとか景気と資産市場を下支えするのに必要なマネーを経済全体に潤沢に供給し続けてきました。前述の5つの地域では、金融危機以降、民間部門で大規模なデレバレッジが続いているにもかかわらず、名目国内総生産(GDP)に対するM1(現金通貨と預金通貨の合計)の比率が長期トレンドとして上昇を続けています。言い換えれば、中央銀行は(マネタリーベースを極端に拡大することで)、流通するマネーを名目GDPの成長以上のペースで増やし、それによって資産市場を支え、それがひいては実体経済を支えてきました。

次にこれを、エマージング諸国の主要四カ国――中国、ロシア、インド、ブラジルの過剰流動性と対比してみます。金融危機の最中から直後にかけて、エマージング諸国の過剰流動性は、先進国以上に拡大しました。その背景として、先進国のゼロ金利政策や量的緩和策を受けてエマージング諸国に資本が流入したこと、エマージング諸国の中央銀行が自国通貨の過度の上昇を防ぐために金融を緩和したことが挙げられます。しかしながら、急増した流動性がエマージング諸国のインフレ率を押し上げ、景気が回復するに至って、2010年から2011年にかけてエマージング諸国の中央銀行は金融を引き締めました。これをきっかけに過剰流動性は長期にわたり低下を続けることになり、こうした状態が今年初めまで続きました。資産市場は過剰流動性の影響を受けるとする説を信じるなら、ここ数年、エマージング諸国の資産のパフォーマンスが先進国の資産のそれを下回っているのは意外ではありません。

つまり、FRBをはじめとする中央銀行は、バランスシート不況に起因する大きな逆風を抑えて経済を円滑に運営している点、そして、大恐慌の再来を防いだ点で、喝采を受けてしかるべきなのです。もちろん、財政政策や構造改革などの政策がもっと支えになるのが望ましかったのは言うまでもありません。そうであれば、バブルを発生させ、バランスシートを膨らませ、財政政策のみに左右されることになるかもしれないリスクをここまで冒す必要はなかったでしょう。しかしながら、多くの主要国の困難な政治状況を踏まえると、そうした選択肢はありえませんでした。

残念ながら、現時点で金融政策の出番はまだ終わっていません。米国、欧州、日本の財政政策については、景気の足枷にはなっていない(少なくとも、かつてほど足を引っ張っていない)、と言うのが関の山です。また、多くのエマージング諸国では、財政政策および一般的な経済政策は、安定ではなくむしろ不確実性とボラティリティを高める要因となっています。

近い将来の金融政策
多くのエマージング諸国の景気低迷が世界経済の重石になりつつあり、為替レートとコモディティの経路を通じてデフレ圧力の要因となるなかで、すべての注目が再び世界の中央銀行の動向に集まっています。主要中央銀行は、これに応えるのでしょうか。

私は応えると思います。ただし、FRBが年内にゼロ金利制約からの脱出を強く望んでいるように見えることが状況を複雑にしています。とはいえ、絶望する必要はありません。FRBは9月に利上げを見送ったことで、国際情勢に目を瞑っているわけではないことを認めました。輸出の減速(最近特に停滞しています!)、エネルギー・セクターの設備投資の減退、ドル高の進行とリスク資産の低迷を背景とした金融状況の引き締まりを通して、国際情勢は米国の景気とインフレ見通しに跳ね返ります。そして、たとえFRBが金融緩和を続け、12月にゼロ金利を解除するにしても(これが現時点でのPIMCOの基本シナリオですが)、おそらく、利上げ幅は過去最小になり、利上げの経路もごくごく緩慢なものになることは確実でしょう。

対照的に、FRB以外の主要中央銀行――ECB、日銀、中国人民銀行は、今四半期の追加緩和を見据えています。おそらく中国人民銀行がいち早く追加利下げを実施し、あわせて銀行の預金準備率も引き下げるものとみられます。とはいえ、日銀とECBのどちらかが10月の金融政策決定会合で意表を突いて追加緩和に踏み切る可能性も排除できません。いずれも、量的緩和の規模の拡大または延長と、預金金利の引き下げ(ECBの場合はマイナス幅の拡大、日銀の場合はゼロ金利へ)の可能性も十分あります。その意図は明白です。エマージング諸国を震源とする世界的なデフレ圧力を背景に、これまでのところインフレ率は目標を大幅に下回っていますが、今後はインフレ期待を押し上げ、願わくば、実際のインフレ率を目標水準に近づけようというのです。

金融緩和は効力を発揮し続けられるか
中央銀行が今後取れる政策の議論はここまでとしましょう。それらは今後数カ月の間に相次いで実施されるものとみられます。しかしながら、その効果はあるのでしょうか。前述のとおり、最早、金融緩和は効かなくなったとする見方、あるいは懸念する声が増えています。ですが、前述のとおり、こうした見方はおおいに戸惑いを覚えるものであり、真剣に吟味する必要があります。

金融緩和策は最早効力を失った、とする議論は、主に三通りに分けられます。第1は、ここ数カ月リスク資産のパフォーマンスが低迷し、市場が織り込むインフレ率が再び低下している現状が、金融緩和の神通力が薄れた証拠だとする見方です。第2は、中央銀行が様々な量的緩和策に踏み出した時に比べて、株式やクレジットなどのリスク資産が「割安」でなくなったことで、資産価格をこれ以上押し上げるのは難しく、金融緩和策の「支払に見合うだけの対価」がなくなったとする議論です。第3は、特に同僚のチー・ワンが唱えている説ですが、米国や英国などの経常赤字国(「消費国」)の金融緩和とは異なり、ユーロ圏や中国などの経常黒字国(「生産国」)の金融緩和は世界的なデフレ圧力をもたらすとの見方です。

第1の議論に関して、ここ数カ月のリスク市場の低迷とインフレ期待の低下は、緩和的な金融政策の有効性や不足性とはあまり関係がないと考えます。むしろ、これは(1)中国の景気見通しが不透明で、同国の為替レートに関する政策当局の意図が見えないこと、(2)FRBの最初の利上げの時期が不透明で、利上げに伴う市場の混乱に対する警戒感が高まった結果ではないかとみています。トニー・クレセンツィが直近のGlobal Central Bank Focusで論じたように、FRBの「幻の利上げ」は、今年1年を通して金融資産の価格に連鎖的な反応を引き起こしてきました。つまり、市場に与える影響という点で、金融政策の効果は依然として大きいように思えます。FRBの利上げに対する警戒感から資産価格が抑えられるとすれば、逆に追加緩和は資産価格を押し上げるはずだ、と言えるのではないでしょうか。

第2の議論――資産価格は割安でなくなったのだから、金融政策を通して価格を押し上げるのは難しくなった、との議論は直感的に正しいように思えます。資産市場の経路を通じた量的緩和の効果が低下しているとの議論には、私も同意します。しかしながら、株式もクレジットも最近、大幅に「割安になった」点に留意する必要があります。また、ECBや日銀がそれぞれの緩和策を大幅に拡大すると発表したとして、それで資産価格が下がるとは到底思えません。

残るは第3の議論――「消費国」の量的緩和はインフレ圧力をもたらす一方、「生産国」の量的緩和はデフレ圧力をもたらす、とする説です。これは興味深い議論で、よくよく検討する必要があり、本欄の残りのスペースで論じ切れるものではありません。現時点での私の考えを取り急ぎ申し上げましょう。確かに、他の条件が一切変わらないとすれば、消費と輸入が大きい国の量的緩和の方が、消費が小さく輸出が大きい国の量的緩和に比べて、(当該国への輸出の増加という形で)世界に恩恵をもたらします。しかしながら、これを相殺する要因もあり、差し引きで世界に与える影響がどうなるかを事前に見極めることは難しいと言わざるをえません。たとえば、ユーロ圏など生産国の中央銀行が金融を緩和すれば、一般的に通貨ユーロは下落します。その結果、米国などの消費国の通貨が上昇すれば、輸入価格デフレが一段と進むことになり、消費者が享受するメリットは不均等に拡大します。さらに、米国のインフレ率が低下すれば、FRBは緩和的(あるいは引き締めではない)金融政策を一段と推し進められることになり、そうなれば米国、ひいては世界の景気を押し上げる可能性があります。しかし、この議論については、繰り返しになりますがもう少し検討する必要があります。

結論として、エマージング諸国とコモディティ市場を震源とする世界的な低インフレ圧力を考慮すれば、中央銀行が増幅させたマネーの余剰は、年内にさらに拡大すると見込まれます。FRBが過去最小幅の利上げを実施する可能性はありますが、ECB、日銀、中国人民銀行の金融緩和の影響がこれを上回るとみられるためです。したがって、少なくとも先進国では、潤沢に供給された流動性が増大するサイクルが続くものとみられます。過去の量的緩和に比べて、各中央銀行の量的緩和の効果が下がることも十分考えられますが、それでも引き続きプラスの効果が期待できます。効果が薄れてきたという議論は、緩和を減らすのではなく、増やすための議論なのです。

著者

Joachim Fels

グローバル 経済アドバイザー

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