本稿は2017年1月26日付けのフィナンシャル・タイムズ紙に掲載されたものです。

ナルド・トランプ大統領の選挙公約「米国を再び偉大に」が、これほど人口に膾炙(かいしゃ)したことは理解に苦しみます。確かに、このところ、テロの脅威や格差の拡大、AIの進化による雇用喪失等が不安のタネになっています。しかしながら、ほとんどの指標で米経済は好調であり、確実に欧州を上回っているのです。

米国の実質世帯所得の中央値は、まだ1990年代後半のピークを下回っていますが、過去4年間、着実に上昇を続け、まもなく過去最高を更新する見通しです。アメリカ人はいまでも大きな家に住み、大きな車に乗り、分厚いステーキを食べています。1人あたり国内総生産(GDP)で見た米国の生活水準は、(ルクセンブルク、ノルウェー、スイスといった特殊な例を除けば)世界有数の水準にあり、欧州や日本のそれを50%も上回っているのです。米国発の技術、映画、音楽は、世界中の人々の日常生活を形作っています。米国の金融産業は経営基盤と収益性を高め、住宅産業・サービス産業は活況を呈しています。そして、一流大学は圧倒的な競争力を誇っています。(トランプ大統領が就任演説で述べた)「死屍累々(carnage)」とは程遠い状況です。

世界の主要経済で再び偉大になる必要があるとすれば、それは欧州経済です。統一通貨ユーロの誕生から世界的金融危機が起こるまではそこそこ順調でしたが、これ以降、その足取りは心もとなく、失われた10年となっています。欧州連合(EU)加盟国の景気は2008年以降、足踏みが続いており、失業率は依然として米国の2倍にのぼっています。ユーロ危機を受けて、銀行セクターは分割され、金融市場は分断されています。「統合深化」への動きは停滞し、分離主義と新たなナショナリズムが台頭しています。英国のEU離脱(ブレグジット)は、隔絶した特異な現象ではなく、今後を暗示しているようにも見えます。

しかしながら、なんとも皮肉なことですが、米国第一、というトランプ大統領の公約は、かえって欧州を再び偉大にするのを助ける可能性があります。

第1に、米新政権は輸入を減らし、国内生産の拡大を狙っていますが、欧州の輸出企業はしばらくの間、米国での市場シェアを拡大し続けるものと見られます。その理由の1つは、米大統領選以降、ドル高・ユーロ安が進み、欧州の輸出企業の競争力が向上していることです。米連邦公開市場委員会(FOMC)自身が予測しているとおり、米連邦準備理事会(FRB)が年内に3回の利上げを実施する一方、欧州中央銀行(ECB)が今後もバランスシートを拡大し、超過準備へのマイナス金利適用を続けるなら、ドル高がさらに進む可能性すらあります。

さらに米国では、消費マインド、企業景況感の上昇、株価の上昇を背景に、国内産か外国産かを問わず、国内需要の盛り上がりが予想されています。外国産から国内産への需要の転換はいずれうまくいくかもしれませんが、短期的には、質・量の両面で、米国の製造業に外国産を穴埋めする能力はありません。大統領就任式でトランプ支持者が誇らしげにかぶっていた「米国を再び偉大に」と書かれた帽子のほとんどは中国産かベトナム産です。また、米国の富裕層がBMW、メルセデスベンツ、レクサス、レンジローバーではなく、シボレー、リンカーン、クライスラーを好むようになるには、時間がかかり、相対価格が大きく変化する必要があります。

第2に、米政権が保護主義を強めるという見通しは、欧州域内にはびこるポピュリズム(大衆迎合主義)の圧力と相俟って、域内需要を喚起し、潜在成長力を押し上げる政策を欧州各国に促す可能性があります。ドイツの輸出主導の成長モデルへの外的脅威はいまや明らかであり、メルケル独首相にとって、拡張的な財政政策に対する与党内の反発を抑える材料になりえます。また、ギリシャに対する厳格な姿勢が大きく変わるとは思えませんが、成長率の押し上げに寄与する財政政策は容認する傾向がユーロ圏全般で見られる可能性があります。

第3に、孤立主義的傾向を強める米国の外交・防衛政策が、新たに欧州共通の防衛政策を促す可能性があります。現実的あるいは潜在的な外的脅威に対して、共通の防衛予算を策定し、共同債でファイナンスすることは、他の形での財政統合よりはるかにやりやすいと言えるでしょう

以上の議論を総合すると、現時点では米国に対する楽観論と欧州に対する悲観論が市場に織り込まれていますが、欧州は予想を上回る潜在力を持ち始めているように見えます。

トランプ大統領は既に偉大な米国をさらに偉大にしてもおかしくない、との声が聞こえてきますが、4年後あるいは8年後に「ありがとう、トランプ大統領!」と御礼を言っているのは、米国よりも欧州の人々なのかもしれません。

著者

Joachim Fels

グローバル 経済アドバイザー

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