投資家を取り巻く環境に変化の兆しが数多く見られます。米国では、米連邦準備制度理事会(FRB)が短期金利の引き上げを進める一方で、2012年以来初めてインフレの政策目標が達成されました。数十年間にわたって続いた国際貿易の秩序が変わろうとしています。米国の景気拡大局面が10年目を迎える中で、いくつかの経済指標が過熱状態にあります(図表1)。投資家の間では深刻な結末を予想する見方とより楽観的な見方に分かれ、ボラティリティが上昇する中で、相対価値の投資機会が生じています。
今回の年央アップデートでは年初のPIMCOの見通し(詳細はAsset Allocation Outlook 2018「安打の積み重ね」をご覧ください)を見直した上で、景気サイクル後期における投資に関連する中長期的なテーマと、現在の市場の変化から生じる短期的な投資機会について議論いたします。
4つの主要なテーマ
インフレ
「インフレへの備え」において詳述したように、PIMCOではインフレの上昇リスクは高いとみています。そのため投資家は、インフレに対するポートフォリオの感応度、すなわち「インフレ・ベータ」を理解するべきだと考えています。過去を振り返ると、想定外のインフレ上昇に対して株式と債券がネガティブに反応するのに対して、実物資産は当然ながらポジティブに反応する傾向が見られます。投資家は、ポートフォリオのインフレ・ベータを確認した上で、納得できる水準に抑制すべきでしょう。PIMCOがみるところ、コモディティや物価連動債などの実物資産に対するエクスポージャーが小さい投資家が多く、このようなポジションが、過去数年間においては、好結果につながる傾向がありました。リスク資産に対するショックはデフレ懸念に伴うものであり、実物資産の分散効果がおおむね影を潜めていたことがその理由ですが、今後はこの状況が変わることも考えられます。
株式と債券の相関
インフレが平均的水準を上回ることが下回ることよりもリスク要因として注目されるようになると、株式を始めとするリスク資産に対する債券の安定的な分散効果は低減するようになります。しかしPIMCOでは、高格付け債券は、景気後退局面においてはパフォーマンスが最も高くなる公算が大きいため、引き続きポートフォリオのアロケーションにおいて重要な役割を担うと考えています。また前述のように、インフレが加速する前段階においては物価連動債は投資妙味があります。とはいえ、ポートフォリオにおけるリスク資産のボラティリティを抑制する効果について債券に多大な期待を寄せていた投資家にとっては、サプライズが生じる可能性もあります(図表3。株式と債券の関係に注目したPIMCOの最近のリサーチをご参照ください。詳細は「ショックに対する国債と株式の反応」をお読みください)。
リターンの格差拡大
最近数年間は、中央銀行が供給する流動性の絶大な影響力と長期金利の低下がバリュエーションを押し上げる中で、投資家はコモディティを除くほぼ全ての資産においてロングすることで、利益を上げることが可能でした。しかしながら、景気サイクルの現段階において、FRBが利上げとバランスシートの縮小を積極化する中でバリュエーションが割高になったことを受けて、セクター間、地域間、ファクター・スタイル間のリターンの格差はさらに拡大する見通しです。株式市場ではよく知られているように、景気サイクル後期においては、モメンタム・ファクターにはアンダーパフォームする傾向が、クオリティ・ファクターにはアウトパフォームする傾向が見られます。同じように、クレジット・スプレッドはリスク調整後ベースで株式をアンダーパフォームすることが多いのに対して、コモディティは需要が供給を上回るようになる結果、パフォーマンスが改善する傾向があります。こうした傾向が既に顕在化し始めています。今後の景気サイクル進行に伴う動きを正確に理解するために、投資家は資産クラス・レベルではなくファクター・レベルでポートフォリオにストレステストを適用するべきであるとPIMCOでは考えています。また、各セクターにおいて、リスクを管理しつつ魅力的な投資機会を特定する精緻なグローバル・リサーチ機能の重要性も増しています。資産、国、ファクターの間の相対価値をより的確に分析する能力が、大規模なベータ・リスクをとるよりも、一段と重要になっています。
ボラティリティ
市場では、多くの要因を背景にボラティリティが上昇しています。まず、景気サイクルの転換が全般的に不透明であることが挙げられます。また、インフレ・リスクが高まる中で、間接的なポートフォリオ・ヘッジ(債券のオーバレイなど)による動きを予測しにくくなる可能性があるため、多くの投資家が資産の売却とレバレッジの削減を通じてリスク量を減らしていることが挙げられます。さらに、FRBは政策の正常化を進めるとともに、おそらくは政策の「プット・オプション」を再設定しようとしてます(つまり、金融緩和や非伝統的な政策へのシフトを正当化するような景気下降の状況を改めて見直しています)。このような状況に、数十年間にわたって続いた国際貿易の枠組みの潜在的な変化という、新たな要因が加わろうとしています。これらの要因を踏まえると、より高い格付け資産への投資、レバレッジの削減、流動性の拡充、ダウンサイド・リスクのヘッジなどを通じて、直接的または間接的に、ポートフォリオのボラティリティを抑制すべきと考えられますが、多くの投資家は、利回りの低下や潜在的なリターンの断念につながるとして、このような対応を避けています。しかしPIMCOでは、多くの市場に存在する不確実性に照らして、これらの対応を慎重に取り入れる方が、向こう2年間の潜在的なリターンは改善する可能性が高いと考えています。
5つの投資機会
市場のダイナミクスが変化し、この先より大きな変化が想定される中で、投資家は最適なポートフォリオのポジション構成の決定を困難に感じるかもしれません。そこでPIMCOが考える5つの投資機会は以下の通りです。
短期年限の債券
単純化して考えると、景気サイクル後期において、FRBは予想以上のペースで利上げを進めるため、イールドカーブはフラット化する傾向があり、その後の景気後退局面では、FRBは利下げに転じるため、スティープ化する傾向があります。FRBの引き締めサイクルにおいて、イールドカーブは想定通りの動きを見せていますが、フラット化は行き過ぎであり、リスク・リターンのトレードオフによって修正が入ると予想する根拠が数多く存在します。
(景気サイクル後半のFRBによる利上げ以外に)フラット化の大きな3つの要因として、新規発行国債の平均年限の長期化を停止するという米財務省の決定、世界的な長期金利低下による下支え効果、年金拠出の税控除に適用される税率が2017年の39%から20%に早晩引き下げられることを踏まえた、米国企業による長期債購入意欲の向上が挙げられます。米国では、財政赤字拡大やFRBのバランスシート縮小を背景に大量の長期債が市場に供給され、欧州では、欧州中央銀行(ECB)が年末までに量的緩和プログラムを終了する見通しです。また日本では、日本銀行が10年国債金利の誘導目標(0%)の柔軟化を示唆しているため、足元の流れは反転する公算が大きいとPIMCOでは考えています。前述の米国の年金拠出の税控除に適用される税率は、9月に引き下げられます。
「米国の短期社債は近年魅力が高まっています。」
このような変化への簡単な対策として、FRBによる利上げ、LIBORやクレジットのスプレッド拡大を受けて近年魅力が高まっている米国の短期社債に投資することが考えられます。短期債は年限が短いために金利上昇に対する感応度が低く、また、景気減速や景気後退に際してディフェンシブな特性を発揮する可能性があります。
エマージング通貨のバスケット
今年に入ってエマージング市場の資産は、FRBの利上げ、関税および貿易摩擦に対する懸念、メキシコ、ブラジル、トルコ、アルゼンチンにおける政治情勢の不確実性が市場の重しとなり、好調だった2017年から一転して困難に直面しています。実際、エマージング市場は世界の経済成長と貿易に強く依存しており、また、政治的な変化に適切に対応できるほど諸制度が成熟していません。景気が想定以上に落ち込んだ場合には、パフォーマンスはさらに悪化することも考えられます。しかしPIMCOでは、現在のリスクを踏まえるとアンダーパフォーマンスは行き過ぎであり、精緻なリサーチとアクティブな運用アプローチによって捉えることが可能な価値が存在すると考えています。本稿内のコラムで詳述するように、エマージング通貨には説明がつかないリスク・プレミアムが存在しているように思われます。このため、長期的なアセットアロケーションにおいては、適切な規模のエマージング通貨への分散投資をするべきだと考えています。
金
金は価値の貯蔵の役割に加えて交換手段としての役割を有する実物資産であり、リスクオフの環境においてアウトパフォームする傾向があります。このため、インフレ期待と景気後退入りリスクがともに上昇する最近の局面では、アウトパフォームすると予想されるかもしれません。しかしながら、そのような期待に反し、過去の平均的なパフォーマンスを下回っています(図表6)。
金の金属および通貨としての特性の方が、価値の長期貯蔵手段としての特性よりも短期的に強く意識される結果、PIMCOでは貿易摩擦やドル高を背景に金の価格が下落しているとみています。その結果、割安なポートフォリオのリスク・オフヘッジが実行できる機会が生じていると考えています。
大型株 vs 小型株
小型株は好調な地合いが続き、年初来、S&P500株価指数を5%近くアウトパフォームしています。小型株の企業は国内指向性が高く、貿易摩擦や関税の影響を相対的に受けにくいことが、1つの要因と考えられます。この見方には一定の説得力があるものの、貿易戦争が現実のものとなった場合、相対的に質やバリューが低く、ボラティリティが高い小型株がアウトパフォームする可能性は低いとPIMCOでは考えています。景気サイクル後期においては質の高いものがアウトパフォームするという命題と、現状の魅力的なバリュエーションから、小型株に対して大型株のオーバーウエイトを選好しています。
オルタナティブ・リスク・プレミアム
株式、デュレーション、クレジットなどの伝統的なリスク・プレミアムのリスク調整後リターンは、ボラティリティの上昇とバリュエーションの割高化を受けて低下する見通しです。最近ではスマート・ベータ戦略が多く活用されていますが、株式市場が対象となるケースが一般的です。株式は学術的に研究し尽くされていますが、リスク・プレミアムや景気サイクルとの相関の低いアルファ戦略を見出すことは依然として可能だと考えています。
一方、債券市場とコモディティ市場には、オルタナティブ・リスク・プレミアムの恩恵を享受することを目指す分散されたポートフォリオを構築するために、株式や通貨と組み合わせることが可能な戦略が豊富に存在しています。分散効果だけでなく流動性もある戦略を取り入れることが重要です。プライベートエクイティやベンチャー投資などの「非流動性」プレミアムの獲得を目指す戦略には、株式市場と高いベータ(相関)が付随するケースがしばしば見られ、景気サイクルの現段階においては望ましくないとも考えられます。
「バリュエーションの割高化、高齢化の進行、国際貿易の枠組みの変化を背景に、投資環境は複雑化しています。」
バリュエーションの割高化、高齢化の進行、国際貿易の枠組みの変化を背景に、投資環境は複雑化しています。景気後退に関連する指標は、景気の下降局面が間近ゆえにデフェンシブな姿勢に転じるべきという「警告(赤信号)」こそ発していないものの、「注意信号(黄色信号)」は点滅しています。ボラティリティの上昇見通しを合わせて考えると、ポートフォリオを慎重に構築することと機動的な投資の重要性が浮き彫りになります。本稿では、ポートフォリオを構築する際に考慮すべき4つのテーマと、幅広い資産クラスの中から5つの機動的な投資機会を提示しました。これにより、この先の不透明な環境において魅力的なリスク調整後リターンを目指す態勢が整うと考えています。