フリカのタンザニアとケニアにまたがるマラ‐セレンゲティ生態系において、野生生物が一年に一度大移動する様子は、自然界で最も壮観な光景の 1 つです。その時期には、ヌーやシマウマ、エランド、ガゼルなどが、アフリカで名だたる肉食動物に追われながらも若草を求めて移動する姿が地平線を埋め尽くします。

昨年、このような自然界の壮観な光景を目にした私は、アジアのクレジット市場が長期的に変化する姿と非常に類似していることに気が付きました。セレンゲティの光景と同じように、アジアのクレジット市場は、多くの基本的なテーマは毎年変わらないものの、その年ごとに違った景色を見せてくれます。変化をもたらすのは主に企業の経営活動とコーポレート・ガバナンスのあり方(またはこれらの欠落)であり、その結果、クレジット・スプレッドは変動し、潜在的な投資機会が生じます。

PIMCOでは、投資家としてある企業への債券投資を検討する際に、「経営者は誰なのか」、「経営者は受託代理人として経営にあたっているのか、私利私欲に基づいて行動しているのか」、「経営者のインセンティブ制度はどうなっているのか」、「経営者はその会社のオーナーでもあるのか」といった重要なポイントについて検討します。アジア経済の二大大国の日本と中国における最近の企業経営の動向をみると、これらのポイントに対する答えの重要性が明らかになります。

アベノミクスに取り組む日本
日本の企業経営では、安倍首相が「アベノミクス」の名の下で導入した改革の影響を強く受けて、株主資本利益率(ROE)と株主還元率を高めることが重視されています。アベノミクスが導入される以前は、コスト削減とコア資産以外の資産売却を通じて財務レバレッジを引き下げる経営陣のインセンティブが、社債保有者にはプラスに作用していました。しかし、足元の円安に支えられた現在の脆弱な景気回復局面においては、企業は雇用と賃金を重視するとともに、設備投資とROEを引き上げることに注力しています。長期的にみると、債券投資家にとっては、売上を組織的に伸ばしている企業と、ROEを高める目的で財務レバレッジを拡大しようとする企業とを見分けることが重要になるでしょう。

銀行セクターに注目すると、1月に日本銀行がマイナス金利政策を導入し、銀行の超過準備に適用する金利を-0.1%としました。銀行は預金金利をマイナスにすることは難しいため、資金利鞘の縮小に伴い、収益性は悪化する見通しです。この影響は、特に大手銀行にとってはそれほど大きくないとみられるものの、銀行の経営陣は、預金者へのコストの部分的な転嫁、アセットアロケーションの調整(デュレーションの長期化や海外投資の増加など)、手数料ビジネスへの注力を通じて、影響の緩和を試みるものとPIMCOでは予想しています。住宅ローンなどの不動産関連融資が増加することは考えられるものの、銀行の与信スタンスが保守的であることや、国内の借り入れ需要が低迷していることを踏まえ、貸し出し全体はそれほど伸びないでしょう。

PIMCOでは、政府支援の恩恵を受け、個別でも信用力が高く利回りが魅力的な、メガバンクのTLAC債*を選好しています。

 
 

中国:リスクを理解する
中国では、経営に関して独特な投資機会とリスクが存在します。PIMCOの推計では、余剰設備を抱える鉄鋼、炭鉱、セメント、船舶、アルミニウム、ガラスなどのセクターを含めて、中国国内の固定資産全体のうち、約65%を国有企業が保有しています。これに対して現在の経済成長は、消費財、インターネット、テクノロジー、ヘルスケア、教育、サービスなどのニューエコノミーに分類されるセクターによって支えられており、これらのセクターでは、民間の起業家が株主に高いリターンを、そして債券保有者にもある程度のリターンを還元しています。

おそらく、中国固有のリスクを最も明確に示しているのは、コモディティのなかの金属・鉱業セクターでしょう。

中国経済が輸出主導型から国内消費主導型に転換する過程で、経済成長率は鈍化し、コモディティ市場は金属関連を中心に大きな打撃を受けました。図表2は、過去2年間中国による需要が鈍化したことを受けて、米国のハイイールド市場で金属・鉱業セクターがアンダーパフォームしたことを示しています。金属価格の急落、人民元の切り下げ、供給過剰、費用曲線の大きな変化を背景に、ここ数年、企業のバランスシートが悪化し、設備の余剰が拡大するとともに、企業は保有株や保有資産の売却を通じて規模縮小を図る必要性が生じてきました。2014年以降、コモディティ・セクターでは、金属・鉱業関連企業の債券保有者は、債務不履行という形で最大の損失を被っていますが、そのほとんどが企業の経営行動に起因するものです。中国では、資金調達の容易さと国からの支援を背景に、国有の鉱業会社が損失を発生させながらも過剰生産を続ける一方で、そのような支援が受けられない民間の鉱業会社やコモディティ取引業者は、中国だけでなく、インドネシア、インド、オーストラリアでも自転車操業を続けてきました。

 
 

2015年には、資本市場では資金調達コストが予想以上に増加したため、借り換えによってコスト削減をはかろうとした経営活動によって、複数のアジアの鉱業会社が流動性危機に追い込まれました。また、多くの経営陣が不十分な情報によりコモディティ価格の方向性を見誤った結果、ディストレストの債務交換や債務不履行に追い込まれたため、債券保有者は大きな損失を被りました。さらに、コモディティの取引モデルについて、その情報開示が不十分だったことが複数のコモディティ商社の経営を圧迫する一方、借り換えによる資金調達コストの削減や減配、手元資金を用いた債務の早期返済など、財務上好ましい行動をとった鉱業会社は、ごく一部にとどまりました。

PIMCOでは現在、世界の金属・鉱業セクターをアンダーウエイトとしていますが、これは、中国の金属需要をコンセンサス予想以下とした2012年の見通しに基づくものであり、それ以降、コストの割高な鉱業銘柄を概ね売却し、新規投資も控えてきました。2016年の見通しも決して楽観的ではなく、今後中国の現物需要の指標を継続的にモニタリングするとともに、投資にあたっては、信用力の向上につながる行動がとれる強力な経営陣を擁する企業を中心に検討していきます。

国家の役割を理解する
国家が資産の管理者と保有者という2つの役割を担う場合には、投資家にとってはジレンマとなりますが、この場合、経営陣のインセンティブはどう考えれば良いのでしょうか。企業としてのリターンよりも雇用、賃金、地方税収といった政府の目標が重視される可能性があります。

鉱業セクターなどのオールドエコノミーにおいて、余剰設備を縮小する動きが進んでいないことがその代表例と言えるでしょう。習近平国家主席による国有企業改革計画の下で一定の改善はみられるものの、反腐敗運動を背景に、企業が新規プロジェクトや資本の活用に取り組む動きは滞っています。PIMCOが債券投資家として国有企業への投資を検討する場合、国にとって不可欠で戦略的に重要であり、供給能力調整の恩恵を享受すると考えられる企業を、確実に選択するようにしています(図表3)。PIMCOでは現在、強力な投資適格級の格付けを持つ石油ガス、公益事業、消費財、インターネット関連の企業を選好しています。

 
 

一方ニューエコノミー・セクターに関しては、例えばインターネット・セクターでは創業者が支配する企業が3社ありますが、それぞれ拡大戦略が異なります。

3社とも企業合併と買収(M&A)に力を注いでいますが、1社は、シナジー効果を最大に発揮するには完全な統合と経営支配が必要という立場であるのに対して、他の2社は、少数持分とパートナーシップを通じて主要な事業の提携に注力しています。いずれの戦略も有効ですが、長期的には債券保有者に対する影響が異なる可能性もあるため、事業拡大の道筋を明確に示すことができる経営陣を評価しています。一般に、中国のインターネット企業は全債務を上回る手元資金を抱えていますが、新しい成長分野に対する戦略的な投資が資本コストを正当化するようなリターンを生まない場合には、クレジット・スプレッドは拡大する可能性があります。

中国の銀行セクターでは、大手国有銀行の官民共同所有への構造改革に大きな期待が寄せられています。重要なのは、(a)中国政府は銀行に対する持分をどの程度引き下げる方針なのか、(b)銀行の経営幹部を今後も政府が任命するのか、(c)官民共同所有への構造改革が行われた後にも、銀行は引き続き経済合理性の無い貸し出しを継続するのか、(d)経営陣の報酬体系と業績、株価の連動性は強まるのか、といった問題であり、答えはすぐに見つからないかもしれません。一方、金融規制当局が流動性と自己資本の規制を緩和したことは好ましい兆しであり、規制環境は銀行の株主と債券所有者、特に前者にとって追い風となっています。

最後に中国の不動産セクターは、債券保有者にとって債務不履行、投資家に負債を開示しないような悪しきコーポレート・ガバナンス、さらには経営陣や所有者の逮捕といった、特異なリスクの象徴的な存在でした。ほとんどの不動産開発業者は、2014年までの長期的な上昇相場の恩恵を享受してきたため、既存または新規のプロジェクトから(利鞘が縮小したとはいえ)利益を確保できる限りは、バランスシートのレバレッジを引き下げる意向を持っていません。同セクターの大半の企業は、これまで景気サイクルをほとんど経験したことがなく、「大きすぎてつぶせない(too big to fail)」という考え方が存在すると強く信じているため、時には事業拡大のために米ドル建ての海外資金調達により、規模拡大と成長に注力してきました。このため、不動産市場においては、中国の1級都市と上位の2級都市で確固たる経営実績を有し、分散された投資物件を手掛けた大手の開発業者に対象を絞るなど、厳選して投資すべきでしょう。なお、2015年は債券投資のリターンが極めて良好でしたが、2016年はマクロ政策が新規の住宅購入を後押ししてはいるものの、アウトパフォームの余地は限定的になるとPIMCOでは予想しています。

2016 年の見通しは良好
アフリカの非常に経験豊富なガイドであれば、一年に一度の野生動物の大移動について、しっかりとした説明で旅行客に有益なアドバイスを提供してくれるでしょう。同じように、複雑なアジアのクレジット市場の専門家であれば、投資家に有益なアドバイスを提供し、極端なクレジット・スプレッドの変動や、債務不履行に至るような隠れたリスクを回避しつつ、最善の投資機会を見つけ出す作業を手助けすることができるでしょう。PIMCOでは、アジアの現場で調査を行うリサーチ・チームが、リスクの特定と、アジア各国で進行中の構造改革の恩恵に浴する企業を見出すことに注力しています。

全般に、向こう1年間については、信用力の高い投資適格クレジットを前向きにみています。アジア地域が中国経済の減速や人民元の切り下げの影響に対応しようとするなかで、市場のボラティリティは高止まりすると予想していますが、市場に歪みが生じたり、ボラティリティが上昇したりする局面では、アジアのクレジットを積み増し、ニューエコノミー・セクターにおいて魅力的な投資機会を提供すると思われる新発債に投資する方針です。

本レポート作成に際しての PIMCO のアジア・クレジット・リサーチ・チームの協力に感謝いたします。

著者

Raja Mukherji

アジア・クレジット・リサーチの統括者

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