ングランド銀行(BOE)の金融政策委員会(MPC)は8月4日、幅広い手段を通じた大胆な金融緩和策を発表し、大きな反響を呼びました。この発表を受けて市場が大きく反応したことは、市場参加者の多くがこれほど包括的な政策手段の動員を予想していなかったことを示しています。BOEはまた、英経済がほぼゼロ成長にまで減速する一方、インフレ率は目標の2%を(小幅に)上回る水準に上昇すると予想しています。

BOEのマーク・カーニー総裁は発表後の記者会見で、緩和策の構成内容には拡大余地があると滲ませながらも、今回の政策対応が大規模で断固たるものであることを鮮明にしました。

金融政策に遅効性があり、BOE自身が2年以内に成長率が年率2%に戻ると予想しているにもかかわらず、BOEはなぜこうした大胆な金融緩和に乗り出したのでしょうか。そして、既に金利がかなり低い現状で、この政策に効果はあるのでしょうか。

こうした疑問に答え、市場へのインプリケーションを吟味する前に、MPCが最近発表した包括的な緩和策の内容をおさらいしておきましょう。

  •  政策金利を0.25%引き下げ、年0.25%とする。MPCは追加利下げを見込んでいるものの、プラスの水準を維持する(その時点で追加利下げを打ち切る)と見られる。
  • 量的緩和策(QE)を再開し、向こう6カ月、英国債の購入枠を600億ポンド増額する。PIMCOの試算では、名目総発行額の120%に相当。
  • 政策金利に近い金利で、民間銀行に4年間資金を供給するターム・ファンディング・スキーム (TFS)により期間貸出を再開する。
  • 社債購入プログラムを開始し、英ポンド建て社債を流通市場で最大100億ポンド買い入れる(BOEによると、買い入れ対象は1,500億ポンドの投資適格債)。
  • BOEの金融安定委員会と連携して、英国の金融機関と住宅金融組合の資本要件を緩和する。

政策決定の背景

発表内容を掘り下げ、政策決定の背景となった考え方を探る方法として、初期条件を踏まえてBOEが採りえた様々な戦略と、考えられうるそれらの効果、関連するリスクに注目する方法が挙げられます。結局のところ、欧州連合(EU)離脱決定後の景気減速がどの程度なのかを計測した確実なデータはほとんどないことから、MPCの議論の多くは、データが揃うのを待つべきか、現時点でどの程度動くべきなのかを軸に行われたのではないかと見られます。そして、明らかに見方が分かれました。MPCの9人の委員のうち、社債購入には1人(クリスティン・フォーブス委員)、QEの拡大には3人(クリスティン・フォーブス、イアン・マカファーティ、マーティン・ウェイル各委員)が反対票を投じているのです。

MPCの決定に先立ってPIMCOが入手できたのも同じごく少数のデータですが、それに基づけば、MPCが大胆な政策対応を採ったのは賢明だったと考えられます。

まず、初期条件と英経済に対するBOEの中心予想を確認しましょう。欧州連合(EU離脱)の是非を問う6月の歴史的な国民投票を控え、実質GDP成長率は潜在成長率を小幅上回る2%の水準にありました(図表1)。一方、インフレ率は、消費者物価指数(CPI)の総合指数で見ても(図表2)、コア指数で見ても、目標の2%を依然として下回っていました。

国民投票を控えて、英国の金融政策は概ね様子見状態にあったと言えます。トレンドを上回る成長により、CPIはいずれ目標水準に達すると見込まれましたが、MPCは物価上昇圧力が明確に確認されるまで利上げを待っても支障はないと考えていました。ところが、国民投票でのEU離脱決定を受け、マインドが急激に悪化し、広く参照されている購買部協会指数(PMI)は2009年以来の水準に低下しました。

政策当局は難しい判断を迫られました。PMIの低下が実際の景気の悪化につながるまで様子を見るのか、迅速な対応で将来の景気悪化の芽を摘んでおくのか。前者の論拠としては、政策スタンスは既に緩和的であり、国民投票前の成長率がトレンドを上回っていることに示されている、というものです。一方、後者の論拠としては、インフレ率は現時点でも目標を下回っており、景気が大幅に減速すれば、インフレ率が一段と低下し、中期のインフレ期待に下方圧力がかかり、現状でも難しいインフレ(およびインフレ期待)の引き上げがさらに困難になる、というものです。MPCが潜在的なリスクと利得を勘案した上で、後者を選択したのは適切だったとPIMCOでは見ています。金利が既にほぼ0%で、インフレ率が目標を下回っている現状では、物価下方圧力が予想以上に強かった場合に物価を押し上げる難しさに比べれば、物価が多少オーバーシュートしたとしても、そのコストには対処しやすいと考えられます。

迅速に動くことには、さらにプラス面があります。英国の景気が予想以上に良かった場合、MPCはある程度自らの功績を主張できますし、たとえ景気が悪化したとしても、何もしなかったと後悔しなくて済みます  。事実上、MPCは優位に立ったと言えるのです!

起こりうる効果:金融および財政

今回の政策が意図したとおりの効果をあげる可能性は、どのくらいあるのでしょうか。まず、今回の金融政策対応は、年後半に財政政策によって下支えされるとみています。新たに就任したフィリップ・ハモンド財務相は、財政政策の見直しを目指しています。財政赤字がGDP比で4%前後の現状で、(景気がさらに悪化するのでなければ)赤字を拡大する余地がそれほどあるわけではありませんが、今後4年で赤字を対GDP比年1%ずつ縮小するとの緊縮策を破棄する余地はまだあります(出所:英予算責任局)。

また、なんらかのインフラ整備計画を導入する余地もあると考えられます。この政策には短期的な景気押し上げ効果はそれほどありませんが、必要とされている中期的な生産性の向上に寄与すると共に、短期的にも中期的にも企業心理を下支えする効果があると見られます。

先月のブログ「英国のEU離脱の影響:英国の見通し」に書いたとおり、向こう12カ月、成長率はほぼゼロにまで低下し、その後、国民投票前の1.5%~2.0%の水準に向けて回復するとPIMCOでは予想しています。この見通しの前提として、EU離脱を巡る一連の交渉の長期化、個人消費の小幅減速、企業投資の大幅な減速を見込んでいます。また、金融政策対応があると予想し(予想通りとなりました)、財政政策による対応も予想していますが、これらの想定や予想を変更する理由は見当たりません。

政策:次のステップと投資へのインプリケーション

だからといって、MPCが向こう数カ月から数四半期、手を拱いているわけではありません。実体経済の行方についてはかなりの不透明感が残っているのは確かであり、景気が予想どおりに推移すれば、政策金利をマイナスにはしないまでもゼロ近辺まで引き下げる可能性があることをMPCは既に示唆しています。私の見立てでは、政策金利は最終的に0.1%まで引き下げられ、少なくとも短期的(6カ月から12カ月)には据え置かれると見られます。現行のQEは向こう6カ月継続される見通しです。さらに今後18カ月にわたってBOEが社債を買い入れるという事実は、必要とあれば、QEがさらに延長される可能性を示唆しています。現段階で、QEが延長されるかどうかを推測することは難しいものの、投資の観点から言えば、向こう6カ月から12カ月の間は超緩和策が継続されると言えるでしょう。その結果、現状でもかなり低水準にある英国債の利回りは、引き続き極めて低い水準にとどまるとみられ、QEによる新規需要を勘案すれば、長期債の利回りはさらに低下する可能性があります。また、英ポンドについては、BOEの超緩和的なスタンスにより、引き続き弱含むとみられます。

こうした超緩和策が銀行業界に及ぼす影響があるとすれば、どのようなものになるのかを確認しておくことも重要です。金利の低下とイールドカーブのフラット化は、確実に銀行の収益を押し下げる要因になります。しかしながら、その他の政策手段――TFSや資本要件の緩和は、収益性の低下の緩衝材となることを意図したものです。PIMCOの金融担当のクレジットアナリストは、英商業銀行の基礎的な収益性は依然として高く、新たな金融政策手段は銀行システムの機能に深刻な打撃を与えるものではないとも指摘しています。

要約すると、8月の政策決定会合でのMPCの政策対応は称賛に値します。英経済が直面している幅広いリスクを勘案すれば、現時点で確たるデータが揃っていないとしても、景気の減速に歯止めをかけようとする強力な政策対応は適切だと言えます。今年6月30日の講演でのBOEのチーフエコノミスト、アンディ・ハルデインの発言を繰り返せば、「小型のハンマーでトンネルを掘って脱獄するよりも、大型ハンマーを使って木の実を割るリスクを冒した方がまし」なのです。大型ハンマーと言える今回の政策が、結局、木の実を割ることになるのかどうかはまだわかりませんが、少なくともわれわれは、できる限りの対策が採られたと納得できるのです。

 

 
 

 

 
 
著者

Mike Amey

ポンド建てポートフォリオおよびESG戦略統括

プロフィールを見る

Latest Insights

PIMCOの視点

国連の持続可能な開発目標:影響度によるパフォーマンスの測定

PIMCOのESG(環境・社会・ガバナンス)への取り組みの重要な目的の一つは、国連の持続可能な開発目標(SDGs)を対話に取り入れることです。PIMCOがESGへの取り組みを進めていく際、どこに重点を置き、どう説明責任を果たすのか、そして最終的には影響度合いを測る際の枠組みの一つになりうるからです。

関連コンテンツ

ご留意事項

ピムコジャパンリミテッド
105-0001
東京都港区虎ノ門4-1-28
虎ノ門タワーズオフィス18階
金融商品取引業者 関東財務局長(金商) 第382号
加入協会/ 一般社団法人日本投資顧問業協会、一般社団法人投資信託協会

ピムコジャパンリミテッドが提供する投資信託商品やサービスは、日本の居住者であり、かつ法律による制約のない方に対して提供するものであり、かかる商品やサービスが許可されていない国・地域の方に提供するものではありません。

過去の実績は将来の運用成果を保証または示唆するものではありません。本資料には、本資料作成時点での著者の見解が含まれていますが、これは必ずしもPIMCOグループの見解ではありません。著者の見解は、予告なしに変更される場合があります。本資料は情報提供を目的として配布されるものであり、投資助言や特定の証券、戦略、もしくは投資商品の推奨を目的としたものではありません。本資料に記載されている情報は、信頼に足ると判断した情報源から得たものですが、その信頼性について保証するものではありません。

運用を行う資産の評価額は、組入有価証券等の価格、デリバティブ取引等の価値、金融市場の相場や金利等の変動、及び組入有価証券の発行体の財務状況や信用力等の影響を受けて変動します。また、外貨建資産に投資する場合は為替変動による影響も受けます。したがって投資元本や一定の運用成果が保証されているものではなく、損失をこうむることがあります。運用によって生じた損益は、全て投資家の皆様に帰属します。弊社が行う金融商品取引業に関してお客様にご負担頂く手数料等には、弊社に対する報酬及び有価証券等の売買手数料や保管費用等の諸費用がありますが、それらの報酬及び諸費用の種類ごと及び合計の金額・上限額・計算方法は、投資戦略や運用の状況、期間、残高等により異なるため表示することができません。

本資料には、本資料作成時点でのPIMCOの見解が含まれていますが、その見解は予告なしに変更される場合があります。本資料は情報提供を目的として配布されるものであり、投資助言や特定の証券、戦略、もしくは投資商品の推奨を目的としたものではありません。本資料に記載されている情報は、信頼に足ると判断した情報源から得たものですが、その信頼性について保証するものではありません。

運用を行う資産の評価額は、組入有価証券等の価格、デリバティブ取引等の価値、金融市場の相場や金利等の変動、及び組入有価証券の発行体の財務状況や信用力等の影響を受けて変動します。また、外貨建資産に投資する場合は為替変動による影響も受けます。したがって投資元本や一定の運用成果が保証されているものではなく、損失をこうむることがあります。運用によって生じた損益は、全て投資家の皆様に帰属します。弊社が行う金融商品取引業に関してお客様にご負担頂く手数料等には、弊社に対する報酬及び有価証券等の売買手数料や保管費用等の諸費用がありますが、それらの報酬及び諸費用の種類ごと及び合計の金額・上限額・計算方法は、投資戦略や運用の状況、期間、残高等により異なるため表示することができません。

PIMCOは、アリアンツ・アセット・マネジメント・オブ・アメリカ・エル・ピーの米国およびその他の国における商標です。THE NEW NEUTRALは、パシフィック・インベストメント・マネジメント・カンパニー・エルエルシーの米国およびその他の国における商標です。

本資料の一部、もしくは全部を書面による許可なくして転載、引用することを禁じます。本資料の著作権はPIMCOに帰属します。 2016年

(注)PIMCO はパシフィック・インベストメント・マネジメント・カンパニー・エルエルシーを意味し、その関係会社を含むグループ総称として用いられることがあります。