初の市場の動きを踏まえれば、3月の連邦公開市場委員会(FOMC)で米連邦準備制度理事会(FRB)が「何を」するかについては、「何もしない」ことに疑問の余地はありませんでしたが、金利据え置きの決定を「いかに」伝えるかについては、大いに関心を集め、広く意見が分かれました。注目されたのは、主に3つのコミュニケーションです。

  • 「ドット・プロット」- FOMCメンバーが考える将来の適切な政策金利の見通し
  • リスク・バランスの評価
  • インフレ率、失業率、インフレを加速させない失業率(NAIRU)等に関する経済見通し(SEP: Summary of Economic Projections)

3月の会合で最も意外だったのは、ドットの中央値から示唆される年内の追加利上げの回数が、昨年12月の会合時の4回から2回に半減したことです。これでFRBのドット・プロットが示す2016年から2017年にかけての利上げ経路は、市場が織り込む経路に近づきましたが、それでもなお市場の予想経路はFRBのそれをかなり下回っています。

リスク・バランスについては、FRBは1月時点で国際経済の動向を「注視し」、その影響を「評価」しているとしていましたが、3月の声明ではこの評価を終えたようで、「国際経済と金融市場の動向が引き続きリスクをもたらしている」と結論づけています。

SEPでは、前回12月の見通しに比べて、2016年のインフレ率が若干引き下げられ、2017年についても小幅に引き下げられました。またNAIRUの予想の中央値は0.1%低下して4.8%となっています(図表1)。注目度はやや低いものの目を引くのは、NAIRUが下方修正されたにもかかわらず、失業率を年内にNAIRUを下回る水準に引き下げ、少なくとも2018年中はその水準を維持するべく、「緩やか」なペースでFF金利を「新たな均衡」水準に引き上げる政策を継続するとFRBが予測している点です。言い換えれば、FRBは少なくとも景気をやや過熱気味に誘導し、失業率がNAIRUを下回る状態を、通常の利上げサイクルよりも長めに維持する意向を持っているといえます。

労働市場を過熱気味に
ジャネット・イエレン議長が2014年2月の就任と同時に引き継いだ当初の状態や、議長をはじめFOMCの主要メンバーが労働市場の指標として注目するフィリップス曲線を鑑みれば、労働市場の「過熱」を容認するような利上げ経路の設定は、理解できる選択です(フィリップス曲線とは、失業率とインフレ率の相関性を示した図)。FRBがインフレ指標として重視する個人消費支出(PCE)は、2%の目標水準を導入した2012年1月以降、一貫して目標を下回った状態で推移しています(図表2)。FRBのモデルでは、予想インフレ率が一定だとすると、インフレ率を目標の2%を上回る水準に押し上げるには、NAIRUを下回る水準に失業率を引き下げるしかありません。

FRBが労働市場の過熱を容認するもう1つの理由として、従来は「一定」で推移する傾向にあった主要な予想インフレ指標の一部が低下していることへの懸念があると考えられます。例えば、ミシガン大学の調査による家計の予想インフレ率と、米物価連動国債(TIPS)市場から算出されるブレークイーブン・インフレ率は、いずれも2014年に過去の平均を下回り、それ以降も平均を下回った状態が続いています。FRBは、2016年から2017年末近くまで、ベースラインのFF金利上昇経路が予想インフレ率を下回る水準になると予測することで、インフレ期待が高まることを願っているのです。こうした緩慢なペースの利上げシナリオでは、利回り曲線の短期部分の実質金利は、少なくとも2年はマイナスで推移するものと見込まれます。

「ハト派」的な利上げサイクルを演出しようとするFRBにとって課題となるのは、投資家、家計、企業が過去の経験に囚われ、FRBの利上げサイクルを、インフレ率を下げるか、(1994年と2004年のように)インフレ率が2%を上回るのを阻止するためだと連想することです。イエレン議長自身も、3月16日の記者会見で、「私は慎重であり、(たとえば)コア・インフレ率が大幅な上昇基調にあると結論づけるには至っていない。…(しかしながら、)労働市場が改善を続ける中、いずれ物価に上方圧力がかかると考えている」と発言して、コア・インフレ率の上昇基調について懐疑的な見方を示しています。(3月29日のニューヨークでの講演でも、この見方を繰り返しています。)

国民所得に占める労働分配率の上昇
遡って2014年8月、私は「分配は公平に」と題するレポートで、米国では過去の景気循環において、国民所得における労働分配率が景気循環に合わせて変動してきたことが正しく評価されていない点を指摘しました。当時、次のように書いています。

「米国の国民所得のうち雇用者に分配される割合が明確な趨勢的低下傾向を示している(またそれに伴い資本への所得分配は趨勢的上昇傾向を示している)ことについてさまざまな解説がなされ、社会的な関心が集まっています。…これまでの景気拡張期と同様、現在の拡大局面で労働分配率が歴史的平均まで回復するかどうかを予測するのは時期尚早ですが、失業率の継続的な低下に伴って賃金が加速する兆候が現れ始めています。国民所得における労働分配率と賃金が上昇し、失業率が低下し続けた場合、インフレ率にどのような影響があり、ひいては連邦準備制度理事会(FRB)にどのような影響を与えるのでしょうか。」

私がこの原稿を執筆した2014年夏以降、失業率の低下は広く論じられていますが、それと並んで、国民所得における労働分配率も目立って上昇しています。2015年第4四半期時点で67%強であり、(上昇基調にあっては)2006年12月以来の水準に達しています。図表3をご覧ください。

このように、景気循環の半ばで国民所得における労働分配率が高まるのは、米国の過去の景気回復期によく見られたパターンです。ポール・ボルカー元FRB議長がインフレ封じ込めに成功して以降、四半世紀にわたる「大いなる安定」期での3回の景気拡張において、労働分配率は景気回復当初は低下し、その後ビジネスサイクルの拡張局面では反発しています。重要な点は、労働分配率が景気のピークよりも前に(多くはかなり前に)上昇し始め、景気が後退を始めてからも上昇し続けている点です。景気後退期に労働分配率が上昇する現象はよく知られていますが、その理由は、売上が低下し始めても当初は企業が労働力を「保蔵」し、持続的な需要の減退が明らかになるまで解雇を控えるからだと考えられています。しかし、労働分配率が労働保蔵とは関係なく、景気がピークをつけるかなり前から上昇する現象はそれほど評価されていません。

投資家やフェド・ウォッチャーにとって重要なポイント
時間はかかりましたが、2007年から2009年の「大不況」からの回復がようやく過去のサイクルのパターンに戻り、労働分配率は上昇し始め、当然ながら資本分配率は低下し始めているように見えます。

今後、金融関連のニュースで、キャスターが企業収益の伸び悩みを嘆く姿を目にする時には、こうした事実を思い出すことが重要です。とりわけ生産性の伸びが低い社会において、労働分配率の上昇は、少なくともある程度は、収益の伸びによってもたらされるのですから。ただ、どの程度そうなるかは、労働費用の上昇分がどれだけを価格に転嫁されるかにかかっています。

FRBは現在の水準より高いインフレ率を望んでおり、インフレを抑制することになる「タカ派」的な政策運営に傾くことはないとみられます。また一方で、FRBは常に「2%は目標であり、天井ではない」と繰り返し述べ、平均インフレ率を2%未満で維持する政策は望んでいないとしています。FRBのベースラインのSEPの見通しでは、目標の2%を超えるインフレは予想されていません。これがFRBのストーリーであり、それに拘っています。しかしながら、FOMCの有力メンバーのうち少なくとも数人は、インフレ率がたとえば2.25%に上昇し、目標の2%を小幅に上回る状態が1年から2年続いたとしても――とりわけ労働分配率が歴史的平均に回復した結果だとすれば――それを容認できると考えているのではないでしょうか。

著者

Richard Clarida

元グローバル戦略アドバイザー、2006~2018年

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