当レポートは原文「The New Neutral Yield Curve: A New Framework for the Bank of Japan」を元に翻訳されたものです。

銀は岐路に立たされています。非伝統的な政策手段を使った未曾有の実験を3年半にわたって続けてきましたが、デフレとの戦いにはいまだ勝利していません。一方で、日銀は現行の政策の限界を認識しているか、或いは少なくとも副作用があることを認めています。では、どうするのか。低成長と低いインフレの世界で、グローバルな投資家にとってこの点が重要な注目点になります。

2013年3月に黒田東彦氏が総裁に就任して以来、20年来の根強いデフレに対し、日銀が容赦のない戦いを進めてきたことは評価できます。黒田総裁の指揮のもと、2014年10月には量的・質的金融緩和(QQE)の規模を拡大しました。今年初めには、サプライズとなったマイナス金利政策を導入し、(黒田総裁によれば)QQEを「強化」しました。日銀は民間金融機関が保有する日銀当座預金の一部に0.1%のマイナス金利を適用します。マネタリーベースと日銀が保有する日本国債はそれぞれ400兆円近くに膨らみ、名目国内総生産(名目GDP)の80%に達しています。今後も年間 80兆円のペースで増加する見通しで、具体的な限度は設けられていません。

それでもデフレ・リスクは払拭されていません。7月の全国の消費者物価指数(CPI)の総合指数 (生鮮食品を除く)は、前年同月比0.5%減となり、デフレ基調に逆戻りしています。確かに、総合CPIが低下した原因の大半は原油価格の大幅な下落に求めることができますが、エネルギーを除いても日本の「基調的」なインフレ率は依然として低く、原油価格低迷時には諸外国より大きく落ち込みました。

では、なぜ日銀は目的を達成できていないのでしょうか。中央銀行や学界関係者が一同に会したジャクソン・ホールでの最近の講演で黒田総裁は、日本のインフレ動態が外的ショックに対して脆弱なのは、インフレ予想の低さで説明できるとの仮説を展開しました。ほとんどの諸外国と違って、日本の家計や企業の長期インフレ予想は、日銀が掲げる2%の物価目標に十分に「アンカー」されていないと総裁は主張します。長期インフレ予想は正確に観察できるものではなく、インフレの弱基調をどの程度まで原油価格の下落に帰すべきかは議論の余地がありますが、インフレ予想が極めて低い水準にとどまったままであるという固有の課題に日銀が直面していることには、恐らく議論の余地はないものとみられます。金融政策は(名目金利からインフレ予想を差し引いた)実質金利を通じて効果を発揮しますが、名目金利が既にかなり低い現状では特に、インフレ予想の低さが金融緩和の効果を減殺することになります。

日銀にとってもうひとつの根本的課題は、「中立金利」――景気にとって拡張的でも収縮的でもない実質均衡金利――がきわめて低い水準(一貫してマイナス)である、ということです。2014年、PIMCOでは長期テーマとして、「ニュー・ニュートラル 」を掲げました。リーマン・ショック後の経済では、以前に比べて中立金利が大幅に低下していることから、各国中央銀行は大幅に緩和的なスタンスを維持し、政策の正常化には慎重であるべきだと主張しました。実は、「ニュー・ニュートラル」はほとんどの国にとっては「新しい」ことでしたが、日本にとってはそうではありませんでした。日本の場合、生産年齢人口の急激な減少など日本固有の長期的な動向を背景に、世界的金融危機が起こる前から中立金利は抑えられていたのです。たとえば日本経済研究センターは、中立金利が1997年以降、マイナスになっていると推計しています。さらに、高齢化のさらなる進行を踏まえれば、なんらかのポジティブなショックで大幅に押し上げられることがない限り、中立金利は今後も抑えられるとみられます。

日銀が物価の安定という使命を達成するうえで、インフレ予想がアンカーされていないこと、中立金利が低い(マイナスである)ことは、どんな意味を持つのでしょうか。デフレとの戦いは長期戦になり、黒田総裁の任期が終わる2018年4月以降も続く可能性が高いとみられます。日銀はこれに備える必要があります。日銀は少なくとも数年は超緩和的なスタンスを維持すると共に、公的部門ないし民間部門(あるいは両者の共同)による供給サイドの改善で、将来どこかの時点で中立金利が大幅に上昇する可能性を粘り強く待たねばなりません。日銀が金融緩和を維持するなかで、原油価格の上昇などの外的なインフレ・ショックがインフレ予想をリアンカリングするうえで援軍になる可能性があります。

限界に達する

ここで疑問が湧いてきます。日銀は現行の枠組みのなかで、現在の緩和手段を維持することができるのでしょうか。あるいは、さらに拡大することができるのでしょうか。日銀は、可能だと言っています。しかも量(国債の購入額)、質(買い入れ対象のリスク資産の種類)、マイナス金利という3次元すべてにおいて可能だと主張しています。しかしPIMCOではそう考えていません。日銀は限界に達した(あるいは、少なくとも限界に達しつつある)ように見えます。したがって、緩和手段の寿命を延ばすために、なんらかの手段の調整が必要だと考えられます。

第1に、日銀が今後、買い入れられる国債の量については、実務的な限界があります。年間80兆円の純増と いう現在のペースでは、1年後には国債残高の48%を日銀が保有する ことになります。残りの52%を日銀が買い入れることができると主張する人がいるかもしれませんが、この主張は重要なポイントを見逃しています。市中銀行は担保としていくらか国債を保有する必要があります。また、保険会社も負債に対するデュレーションのミスマッチを軽減するため、30年超の長期国債を保有する必要があります。国際通貨基金(IMF)スタッフが2015年8月に発表した論文では、国内の「安全資産」に対する金融機関のこうしたニーズを勘案すると、日銀による国債買い入れは「2017年か2018年のどこかの時点」で限界に達すると推計しています。

第2に、景気の追い風どころか足枷となってしまうことを避けるという観点から、イールドカーブのフラット化には限界があります。日銀が予想外のマイナス金利政策を導入した1月末以降、日本国債のイールドカーブは大幅にフラット化しました。日銀は超過準備に対する金利を0.2%引き下げたに過ぎませんが、40年物国債の利回りは1.0%近く低下し、7月上旬には0.06%をつけました。もちろん理論上は、長期ゾーンの金利低下は景気を刺激する材料になります。しかしながら、超低金利が(既存債務の借り換えではなく)、新たに生産的な投資をどの程度刺激したかは甚だ疑問です。また、実務的にいえば、超低金利とイールドカーブのフラット化が続くと、金融仲介機能は低下します。再投資利回りの低下と負債の時価増加は、銀行や保険会社、年金基金にとって負担であり、リスク選好の減退につながります。黒田総裁は、直近の講演で、こうした現行の政策の副作用をようやく認めました。

ニューニュートラルのイールドカーブ

日銀が直面している課題は複雑です。国債買い入れ額の実務的な限界と、イールドカーブの長期ゾーンの事実上の下限を考慮しながら、超緩和的な政策を何年も維持できるように(必要な時には、追加緩和できるように)政策手段を最適化する必要があるのです。この難問をどう解けばいいのでしょうか。

中立金利については先ほど述べましたが、この金利は通常中央銀行の政策金利を指しています。たとえばFRB(米連邦準備制度理事会)など、量的緩和プログラム(QE)を終了し、政策金利のレジームで運営している中央銀行にとっては、政策金利の 観点から中立金利を議論することが適切です。ただ日銀のように、(政策金利を通して間接的にではなく)、 イールドカーブに直接働きかけようとしている中央銀行にとっては、中立金利の概念をイールドカーブの文脈のなかで議論する方が適切だと考えられます。理論上、中立的なイールドカーブとは、景気に拡張的でも収縮的でもない実質イールドカーブになります。中央銀行が政策手段を使って、実際の(実質)イールドカーブを、理論上の中立的イールドカーブを下回る水準で維持することができれば、景気を刺激することができます。(ただし、ある水準を越えれば、イールドカーブ全体の低下はかえってマイナスの効果となります)。

ニュー・ニュートラルのイールドカーブ を適用する

中立的なイールドカーブの推定は、イールドカーブのどの部分がどの程度景気刺激に有効かを見極めるうえで役立ちます。日銀スタッフのレポートによれば、日本経済は、イールド カーブの短期から中期部分を引き下げることで刺激され、10年超の部分では効果が減退し始めるとされています。日本では、長期的な経済見通しが不透明であるためか、企業部門が主としてイールドカーブの短期から中期部分で借り入れています。日銀スタッフの推定は、イールドカーブのフラット化が行き過ぎると、日本経済にもたらすプラス効果が減退する可能性が高いことを示唆しています。

さらに、日銀のモデルには取り込まれていませんが、イールドカーブの低下とフラット化が金融機関に及ぼす副作用を考慮すれば、日本の中立的なイールドカーブは、考慮しない場合に比べてスティープ化するはずだと考えられます。繰り返しになりま すが、過度な利回りの低下と、イールドカーブのフラット化は、金融仲介機能の低下を通じて経済に悪影響を及ぼすとみられます。

実務的に国債買い入れの限界に直面している日銀にとって、これは朗報と言えるかもしれません。日銀は、現実のイールドカーブの長期部分(特に30年超)を引き下げ過ぎる必要はなく、そうすべきでないとすら言えるのです。つまり日銀は景気を阻害することなく、長期国債の買い入れを安全に減らすことができるのです。

日銀はデフレとの戦いの長期化に備える必要があります。その革新的な政策の枠組みが限界に達すると、なんらかの調整が必要になります。ここで重要な役割を果たすのが、「ニュー・ ニュートラルなイールドカーブ」の概念だとPIMCOでは考えています。日銀は、現行の政策のもとでイールドカーブ全体を引き下げようとしていますが、日本の「ニュー・ニュートラルなイールドカーブ」は、日銀の想定よりもスティープなのではないかとみられます。日銀は、景気に打撃を与えることなく、長期債を中心に国債の買い入れ額を減らすことができます。とすれば、長期化するデフレとの戦いで、弾薬が温存されることになり ます。一方で、イールドカーブの短期部分を引き下げるうえでは、マイナス金利幅を小幅拡大することは引き 続き1つの選択肢となります。白川方明・前総裁がかつて指摘していたように、日銀は常に非伝統的政策のフロント・ランナーでした。「ニュー・ニュートラルなイールドカーブ」に対して、実際のイールドカーブをコントロールすることが、日銀そして世界の中央銀行にとって新たな段階となるかもしれません。

著者

Tomoya Masanao

アジア太平洋共同運用統括責任者

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