世界の中央銀行動向

FRBのバランスシートとまだ起きていないテーパリング癇癪

FRBは年内にバランスシートの正常化に乗り出す可能性が高くなっています。なぜ、このニュースに債券市場は動揺していないのでしょうか。

近、米連邦準備制度理事会(FRB)は、バランスシートの縮小(正常化)を年内に開始するとのメッセージを発信しています。これに対する米国債市場の反応は鈍く、集団あくびの様相を呈しています。なぜなのでしょうか。これが変化することはあるのでしょうか。

今回とは対照的に、4年前の2013年5月22日、当時のベン・バーナンキFRB議長が上下両院合同経済委員会で議会証言を行った際には、債券市場は大混乱に陥りました。この証言でバーナンキ議長は、2012年9月に導入した資産購入(QE)プログラム第3弾をどこかの時点で見直す可能性に言及しました。月間の買い入れ額は米国債450億ドル、モーゲージ債(以下、MBS)400億ドルにのぼっていましたが、将来のどこかの時点でこのペースを落とすことを示唆したのです。議長は次のように発言しました。「(労働市場の見通しに)継続的な改善が見られ、将来も持続すると確信できた場合、今後2、3回の会合で、買い入れペースを段階的に落とすことができる」。そして、次のように念を押しました。これは「データ次第であり……回復がもたつき、インフレ率がさらに低下し、現在の金融緩和水準が引き続き適切だと判断すれば、このプロセスを遅らせる」。

しかしながら、大方の投資家の注目点ははっきりしていました。バーナンキ議長の議会証言を受けた市場の反応は迅速かつ鋭いもので、経済紙はこれを「テーパリング癇癪」と命名しました。2013年5月の証言前日には1.94%だった10年物米国債の利回り(図表1参照)は、12月のFOMC(米連邦公開市場委員会)後、実際に量的緩和縮小プログラムが発表されてから2週間後の2013年12月末には3.04%に上昇しました。債券売りは米国にとどまらず、世界各国の債券利回りは、米国債市場に歩調を合わせて上昇しました。

時と共に情勢は変わるものです。市場を揺るがしたバーナンキ議長の議会証言からほぼ4年後の2017年5月24日、FRBは2017年5月のFOMCの議事録を公開しました。議事録では、今年後半のどこかの時点でFRBのバランスシートの縮小プロセスを開始すること、満期落ちや期限前償還で再投資しない国債やMBSの毎月の上限額を決定し、予告することにほぼ全員が同意していたことが明らかになりました。数週間後の6月13~14日の会合直後に発表された「政策正常化の原則と計画に関する補則」では、バランスシートの正常化プロセスを年内に開始したい意向が再確認されました。この補則では、前述の再投資しない月間の上限額を当初、MBS40億ドル、米国債60億ドルに設定し、その後12カ月でMBSは200億ドル、米国債は300億ドルに段階的に引き上げる計画であることが明らかになりました。

金融政策に関するこの重大ニュースに、市場はどう反応したのでしょうか。癇癪が起こるどころか、債券利回りは低下したのです。図表2をご参照ください。6月下旬には債券利回りは上昇したものの、5月のFOMC議事録の公開前のレベルには至らず、2017年3月の 最上値を大幅に下回るレベルにとどまっています。

このことで、多くのお客様やテレビ番組の司会者から問い合わせをいただいています。2017年にテーパリング癇癪が見られないのかはなぜか、と。2013年にはFRBがバランスシートの拡大ペースを減速させると示唆しただけでテーパリング癇癪が起きたのに対し、今回はFRBが年内にバランスシートの縮小を開始することを示唆し、その詳細まで明らかにしたにもからわらず癇癪は起きていないのです。

金融市場や経済に関する興味深い疑問というのは、常に1つの答えでは説明できません。ただし、「まだ起きていないテーパリング癇癪」のケースでは、大規模な量的緩和(QE)のUターンに対して、市場の反応が落ち着いている重要な理由が2つあると考えられます(本来、これらの理由はもっと注目されてしかるべきです)。

・2013年と違って、FRBも市場参加者も、米国の金融政策の「ニュー・ニュートラル」を受け入れています。

・FRBは、バランスシートの正常化プロセスを開始した後も少なくとも1年間は買い入れを続ける計画で、デュレーションとコンベクシティ・リスクは抑制されます。

それぞれの要因を順に分析していきましょう。

2013年のテーパリング癇癪は、オールド・ニュートラルの思考を反映

ベン・バーナンキ議長の証言を控えた2013年5月、OIS(翌日物金利スワップ)のフォワード・カーブに織り込まれた、2019年の年末時点の予想FF金利は約2.5%でした。ところが、図表3に示したとおり、その後の数カ月、同じフォワード・カーブに織り込まれた2019年年末時点のFF金利は4%を上回る水準に達しました。テーパリング癇癪の期間中に見直されたFF金利の予想引き上げ幅は、期間中の米国債10年物の利回りの上昇幅を上回っていました。

その後、FF金利が4回引き上げられ、バランスシートの正常化プロセス開始が間近に迫る中、現時点で市場に織り込まれた2019年12月の予想FF金利は、2%か若干下回る水準で推移しています。つまり、2013年と違って2017年に「テーパリング癇癪が起きていない」背景には、中立のFF金利はオールド・ニュートラルの4%ではなく2%にかなり近いとする金融政策の「ニュー・ニュートラル(PIMCOが2014年にいち早く提唱しました)」を市場が受け入れ、FRBが遅まきながら裏付けている、という事実があります。バランスシートの縮小がそれを変えることはないでしょう。

FRBのバランスシート縮小に対する「デザート2個」のアプローチ

「テーパリング癇癪を起していない」2つめの理由は、正常化の枠組みの細部に隠れています。これは、毎食後のデザートを3個から2個に減らしてダイエットに励むのに似ています。補則で示された計画では、FRBは満期落ちや期限前償還を容認する米国債やMBSの毎月の上限額を事前に予告するとしています。これら上限額は当初の9カ月から12カ月に適用される見通しです。つまり、バランシートが縮小していくとしても、FRBは少なくとも9カ月から12カ月は多額のMBSと米国債を買い続けるということであり(図表4、5を参照)、それはデュレーションとコンベクシティ・リスクの一部を市場から取り除くことになります。PIMCOでは、正常化プロセス開始から1年後にはMBSの上限額が外れ、FRBは実際にMBSの買い入れを停止すると予想しています。しかしながら2020年代に入り、再投資しない米国債の上限が月間300億ドルに引き上げられた後でも、米国債市場ではFRBが引き続き存在感を示すとみています。

順調に進むのか、それともバランスシート正常化が市場を動揺させるのか?

FRBがFF金利のニュー・ニュートラルを容認していることを伝え、バランスシート正常化の計画を予測できる形で公表し、MBSについては当初1年間、米国債についてはその後も多額の買い入れを続けると明らかにすることで、これまでのところテーパリング癇癪の再来を回避してきました。これで先行きの障害はなくなったのでしょうか。そうとは言えません。前述の2つの要因のどちらが反転すれば――市場が再びオールド・ニュートラルのFF金利を織り込むようになるか、FRBのバランスシート正常化の枠組みが市場に非友好的に変化すれば、テーパリング癇癪の再来はありえます。

さらに、米国債の利回りに大きな影響を与える要因が他にも存在します。とりわけ世界各国の金融政策のスタンスが重要です。特に注目されるのが、ユーロ圏および日本の量的緩和(QE)プログラムとマイナス金利政策、またイングランド銀行やカナダ銀行が今後数カ月のうちに利上げに傾く可能性です。最近、市場は世界の金融政策が転換点を迎え、よりタカ派的なスタンスに傾く確率を織り込み始めました。実際に転換すれば、テーパリング癇癪の再来もありえます。ただし、引き金を引くのがFRBではなく、米国以外の中央銀行になるでしょう。ご注目ください!

米国および世界経済を動かす金融政策およびその他の要因に関するPIMCOのより詳しい見方については、最近の長期経済予測「転換点」をご参照ください。

著者

Richard Clarida

元グローバル戦略アドバイザー、2006~2018年

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