世界の中央銀行動向

幻の利上げでボラティリティが高まった2015年

FRBが利上げするとの予想は、市場ボラティリティの原因ではないものの、触媒となって、世界の金融市場全般できわめて重大なイベントを連鎖的に引き起こしています。FRBの幻の利上げの副次的影響がもっとも大きいのが中国で、この予想外の動きに、人民元レート切り下げと輸出部門のテコ入れが8月に行われ、世界の金融市場は動揺し、市場のボラティリティが大幅に高まりました。市場が危機対応の金融政策の(漸進的な)解除や、実効性の低下に慣れるまでの間、市場のボラティリティは高水準にとどまる可能性が高いと見られます。

場にとって、予想は現実と変わらないものです。

多くの投資家にとってお馴染みの格言に、投資を始めるにも止めるにも「誰もベルを鳴らしてくれるわけではない」というものがあります。もっとも、ベルが鳴る時もありますし、有名な科学者のイワン・パブロフならベルは鳴っていると主張するでしょう。パブロフが犬にベルの音を聞かせてから餌を与えることを繰り返したところ、犬はベルの音を聞いただけで唾液を出すようになりました。犬に唾液を出させるには、実際に餌を与える必要はなく、期待させるだけでいいことをパブロフは発見したのです。

市場も同じで、イベントがあるとの予想が、現実にイベントが起きた場合と同じ反応を引き起こします。結局、市場参加者は将来を割り引こうとするのです。

2015年に市場のボラティリティが高まった背景には、米連邦準備制度理事会(FRB)の幻の利上げがあり、年間を通して、2006年以来となる利上げは近いというベルを鳴らし続けています。利上げは実施されていませんが、FRBが典型的なパブロフの犬の反応を引き出したことで、市場は利上げ予想に脅え、世界の金融市場全般できわめて重大なイベントが連鎖的に発生しています。FRBが利上げするとの予想は、市場ボラティリティの原因ではないものの、触媒となっているのです。

米ドル高で市場が下落する仕組み
4月の本稿で指摘したように、イベントの連鎖は、2014年末のドル高から始まりました(図表1)。米国以外の各国、とりわけ先進国が新たな金融緩和策を取り続けるなかでFRBの利上げが予想されるため、各国中央銀行の政策にばらつきが出るとの見方が、ドル高の根拠になりました。これをきっかけにボールは転がり始めますが、実際に利上げが実施されたわけではありません。

ドル高が進行し、FRBの利上げに対する警戒感が世界中の投資家に広がったことをきっかけに、雪崩のごとくイベントが発生しましたが、それらはすべて密接に絡み合っています。イベントの1つがコモディティ価格の下落ですが(図表2)、コモディティ価格はドル高が進むと往々にして下落する傾向があります。コモディティ価格の下落は、エマージング諸国を中心とする資源国の市場を直撃しました。そして、コモディティ価格の下落とそれに伴うエマージング市場の軟化が、今年の市場を支配することになり、株式市場の下落、クレジット・スプレッドの拡大、金利の抑制を通して先進国市場に波及しています。

コモディティ価格のなかで、特に下落が顕著なのがエネルギー価格です(図表3)。下落の主因は世界的な需給バランスの大幅な不均衡ですが、ドル高も一因であり、多くの金融市場に混乱をもたらすと共に、エネルギー・セクターの設備投資を大幅に減退させています。

中国すら感じた幻の利上げ
FRBの幻の利上げの副次的影響がもっとも大きいのが中国です。中国は疑似的なドルペッグ制をとっていますが、ドル高の進行で、通貨・人民元は国内景気が減速している時にインフレ調整後ベースで値上がりすることになりました。これは通常とは逆の動きであり、利下げによって景気刺激をしようとしている中国の中央銀行にとっては望ましくない事態です。これに気づいた中国は、8月11日に人民元レートを切り下げ、輸出部門の下支えをしようとしました(図表4)。この予想外の動きに、世界の金融市場は動揺し、市場のボラティリティが大幅に高まり、世界の株価は急落しました。

中国関連のボラティリティが、世界市場に循環的な流れを生み、コモディティ価格とエマージング市場は一段と軟化し、世界の株式市場には下押し圧力が、クレジット・スプレッドには上昇圧力がかかり続けています。

これを受けて金融環境全般は引き締まっていますが、この状況が続けば、世界の景気見通しの脅威になります。FRBが、今回言及したこのような「国際情勢」により、9月17日の連邦公開市場委員会(FOMC)で実施される可能性の高かった利上げは延期されました。

金融危機以降、利上げに対する警戒感だけで大幅に引き締まる金融環境
金融環境が引き締まるのは、利上げに乗り出す中央銀行にとっては望ましい結果ですが、FRBはまだ利上げへの一歩を踏み出していません。利上げを実施するとすれば、以下の5つの経路を通じて緩和的な金融を修正していくこととなるでしょう。

  1. 株価
  2. 債券利回り
  3. クレジット・スプレッド
  4. 銀行貸出基準
  5. 米ドルの価値

4月号の本稿で指摘したとおり、今年最も注目を集めたのは5番目の米ドルの価値です。残りの4つの方が経済活動に及ぼす影響は、はるかに大きいにもかかわらずです。米ドルの価値以外の4つの経路が、5番目の米ドルの価値に影響されるようになった今、FRBは当然ながら景気見通しへのリスクを懸念しています。

FRBの利上げ予想で市場が大きく動いたことで、世界の金融システムの脆弱性が浮き彫りになりました。世界の金融システムはいまだに長きにわたるデレバレッジの時代から抜け出せていません(図表5)。それは、中央銀行がゼロ金利政策をはじめとする危機対応の金融政策を解除しようとする際の難しさを示しています。ニューポートビーチで四半期毎に開催されるPIMCOの経済予測会議でベン・バーナンキ前FRB議長が思い起こさせてくれたように、実は、第二次世界大戦後、ゼロ金利制約から首尾よく脱出した国はありません。

投資家にとって、今年重要だったのは、FRBが利上げするか否か、いつ利上げするかではなく、FRBが利上げの先陣を切るとの市場の認識が変わらないかどうか、でした。言い換えれば、今後も各国中央銀行のばらつきというテーマが変わらない限り、世界の金融市場で予想される反応も変わらないということになります。念のために言えば、欧州中央銀行(ECB)、日本銀行、中国人民銀行など、一部の主要中央銀行は、自国・自地域のために主導権を取り戻そうとするでしょう。しかしながら、他の中央銀行を含め、すべての中央銀行は、FRBが次に何をするのか、しないのかに、強く影響される状況は変わらないものとみられます。

今年の混乱から導かれる投資のインプリケーションと投資家への教訓
今年の世界の金融市場の混乱から導くことのできる投資のインプリケーションと投資家への教訓は、主に以下の5点が挙げられます。

  1. 金利は長期間、低水準にとどまる可能性が高い PIMCOが提唱する「ニュー・ニュートラル」のテーマに呼応するように、FRBはきわめて緩慢かつ慎重に金利正常化へのアプローチを取ろうとしています。政策金利は世界的に2010年代を通して低水準にとどまり、株式市場、クレジット市場および不動産市場を下支えすることになると見られます。
  2. 危機対応の金融政策の解除に伴い、ボラティリティは高まる可能性 特に財政出動による景気テコ入れが期待できないなか、市場は中央銀行の下支えに慣れ、更には依存するようになっています。危機対応の金融政策が解除されるとの警戒感だけで、市場は混乱する可能性があります。
  3. 資産価格の下支えには、流動性より経済成長が必要 FRBが米国の金融システムへの新たな流動性の供給を止め、米国内総生産(GDP)に対するFRBの資産比率が縮小するなか、投資家は投資判断をする際に、かつてないほど経済成長と企業のキャッシュフローを重視するものとみられます。
  4. 世界市場の連動性は、一般的な理解よりも高い 投資ポートフォリオの組成に際して、予想リターンを最適化するため、リスク要因を重視し、(ストレス・シナリオ等)様々なシナリオのもとで金融商品(株式や金利、為替等)がどのように相互に連動しているかを理解することが重要であると考えられます。
  5. 各国中央銀行の政策のばらつきは、多速度の世界経済の反映 今回の世界的な景気回復局面では、多くの国の回復経路は異なり、同じ経路でも回復速度にばらつきがあります。今年明らかになったように、こうした状況は、投資家にリスクと投資機会の両面で幅広い選択をもたらしており、低リターンの投資の世界でポートフォリオのリターンを最適化するには、ポートフォリオのアクティブ運用が求められます。

なんと、これらはすべて、ひとつの中央銀行が今年政策を動かさなかったことから来ています。パブロフにはよくわかっていたことでしょう。

今後の見通しとして、4月の本稿のメッセージをもう一度強調しておきたいと思います。FRB、そして米国以外の世界の中央銀行は、市場価格の掌握力を失いつつあり、市場が危機対応の金融政策の(漸進的な)解除や、実効性の低下に慣れるまでの間、市場のボラティリティは高水準にとどまる可能性が高いと見られます。中央銀行が掌握力を失っているため、市場価格は活発に変動するとみられます。警戒を怠らず、動きを敏感に捉えてください。

著者

Tony Crescenzi

マーケット・ストラテジスト

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