「中立的な金利に向けて動き始めるのを待ち過ぎれば、将来、過度のインフレ、もしくは金融不安、あるいはこの両方という予想外に過酷な状況に陥るリスクがある」
(ジャネット・イエレン米連邦準備理事会(FRB)議長、2017年1月18日)

券市場にインフレ懸念が存在する時には、当局が取り締まる必要があります。そうでなければ、投資家は自ら解決にあたります。FRBが適切に取り締まらないのであれば、インフレが加速するリスク、ひいてはFRBが予想以上の利上げを迫られるリスクに対する補償として、債券投資家はより高い利回りを求め始めるのが一般的です。

足元で債券利回りが上昇している一因は、ここにあります。最近、イエレンFRB議長が述べたように、失業率が4.8%と既に低水準にあり、さらに失業率を引き下げるための財政政策が必要だとは明確に言えない現状で、トランプ政権が景気を加速させる政策をとろうとしていることに、多くの投資家が懸念を抱いています。失業率のさらなる低下圧力は、賃金を押し上げ、雇用主の経営資源を圧迫し、インフレを加速させかねません。(図表1)

こうしたインフレ加速への懸念が、FRBがタカ派になる――短期的に市場の予想以上に政策金利を引き上げる可能性があるとFRBが警告する――ことが、結局は債券市場にプラスになりうると考えられる理由です。FRBがタカ派の姿勢を明確にすることが、景気過熱への懸念を沈静化させ、それによって政策金利であるFF金利の長期経路に対する債券投資家の見方を誘導できる可能性があります。

足元の市場の水準から判断すると、投資家はFF金利が2020年時点で2%に上昇するだろうと予想していますが、過去の利上げサイクルの終了時点の金利水準が、2006年5.25%、2000年6.5%、1995年6.0%だったのに比べると、これはかなり低い水準です。しかし、市場金利が大幅に上昇した場合に引き起こしかねない金融不安のリスクを最小限に抑えるためには、FRB は「この経路を守る」――政策金利は2020年まで、そしてその後もしばらくは低水準にとどまるとの市場の見方を守る――方針をとるべきだと言えます。

しかし、米経済が完全雇用水準に達した兆候が見られるにもかかわらず、FRBがハト派(景気重視)の方針を とり、最大限の雇用と物価安定という2つの使命のうち、物価に焦点を移すのが遅れるとすれば、結局、債券市場にとってマイナスになるでしょう。債券市場の「自警団」(である投資家)が市場金利を押し上げ、ボラティリティを生み出すことになるからです。FRBが債券市場の敵であるインフレの封じ込めに再び乗り出すことでようやく、この(自律的な)取り締まりは緩和されます。

過去を振り返ると、FRBはタカ派的な姿勢をとることで、首尾よくインフレを封じ込めて来ました。たとえば 1994年11月、アラン・グリーンスパン議長の下で、FRBは0.75%もの大幅な利上げを発表し、断固とした姿勢でインフレ懸念の払拭に乗り出しました。これが市場では驚きをもって受け止められ、債券相場はむしろ大幅に上昇しました。債券市場では、多少の愛の鞭が役に立つことがあるのです。

イエレン議長がコンスタンザを真似る時
米国の人気コメディドラマ「となりのサインフェルド」に、不運なジョージ・コンスタンザが、普段とは逆の行動をとれば自分が欲しいものを手に入れられることに気づく、有名なエピソードがあります。

FRBが最大限の雇用と物価安定という欲しいものを手に入れるには、金融危機後とは逆の行動を取ることで、FF金利の上昇幅に対する市場の見方を抑えられる可能性があります。

具体的に言えば、FRBはここ数年、金利はしばらく低水準にとどまるとのハト派的な姿勢で、繰り返し投資 家を安心させてきました。タカ派的な発言や行動をとっていれば、もたつく景気や市場に打撃を与えていたでしょう。しかし、今はタカ派的な姿勢が求められているのかもしれません。FRBの政策の照準がインフレ の緩和に移らなければ、債券市場の自警団が利回りを押し上げ、FRBに代わって実質的に金融政策を引き締め、自分たちでインフレに対処することになりますが、将来の金利の方向性に不確実性を生み出すことに もなりかねないのです。

債券市場のボラティリティ:長期的な視点で考える
米大統領選の結果が投資に及ぼす最大の影響は、ほぼ間違いなく、中央銀行主導から財政主導への大転換だと言えるでしょう。景気の推進役がFRBから財政当局に移行することで、米国の成長率、インフレ率、債券利回りには上方バイアスがかかります。

既に債券市場は「トランポノミクス癇癪」を起こしており、米国債10年物の利回りは、大統領選以降、1. 85%から2.6%前後に上昇しています。(図表2)

足元での債券利回りの上昇は、見通しがどの程度変わるのか読み切れないという不確実性の表れでもあり ます。投資家は再び債券市場にリスクプレミアム――不確実性を補償する上乗せ金利― ―を求め始めてい ます。ここ数年、リスクプレミアムがきわめて低い水準で推移してきたのは、財政が機能せず、FRBだけが注目されてきたことも一因でした。

では、米国債市場、さらに債券市場全般は今後どうなるのでしょうか。

その答えは、政府が米国の成長軌道を恒久的に変えられるかどうかにあります。そのためには、人口の高齢化と高水準の債務というマイナス要因を克服し、伸び悩む生産性を高める必要があります。生産性は、一国の生活水準を左右する重要な指標です。これは大きな挑戦であり、教育や投資といった成長を促す長期要因に照準を合わせることが必要となります。生産性が上昇した場合に限って、債券利回りが明確に動き、持続的に上昇を続けることになりますが、今のところ市場はやや懐疑的な見方で、2020年時点のFF金利は2%前後の予想にとどまっています。

投資家は、今後、打ち出される財政政策の質に注目する必要があります。たとえばトランプ政権は、アイゼンハワー政権時代の州間高速道路のような大胆な大型プロジェクトを選択するのでしょうか。このプロジェクトでは5万マイルの高速道路網が整備され、アメリカ国民はいまだにその恩恵を享受しています(図表3)。あるいは、2009年アメリカ復興・再投資法で策定されたプロジェクト並みの付加価値の低いプロジェクトを選択するのでしょうか。

さしあたって、「様子見」の姿勢になるのは致し方ないでしょう。

世界的な影響
米国だけでなく世界全体で構造的な要因が深く影響しているため、トランポノミクス単独では、債券利回りの大幅な上昇を持続することはできず、FRBの利上げ幅には限界があるとみられます。

PIMCOでは、2020年までは米国外の要因が米国の債券利回りの上昇を阻む方向にはたらくとみており、特に 日銀が10年物国債の利回りを0%程度に誘導すると標榜し、欧州はゼロ金利およびそれに近い政策をとっている影響が大きいと考えています。そのほか利回りの重石となる世界的な要因としては、強力かつ不可逆な人口の高齢化、世界的に低迷する信用創造、慎重な消費者行動、中国の消費主導経済への転換が挙げられ ます。これらを背景に、世界経済の再浮揚には時間がかかり、限定的なものになるでしょう。

ニュー・ノーマルは依然として有効
財政刺激策は米経済の短期見通しにプラスに働く可能性がありますが、長続きさせるには、生産性の伸びを阻害している根本的な国内要因に働きかける必要があります。とりわけ重要なのが、低迷している人材への投資や、工場設備、ソフトウエア、インフラ等の「モノ」への投資のテコ入れです。設備投資は、人的資本とスキルの活用、材やサービスを生む資本ストックと並び、生産性の伸びをもたらす3つの主要な要因の1つです。

労働1単位あたりの資本量である資本集約度は昨年、前年比で低下しましたが、これは1953年以来のことです。(図表4)。例えて言えば、1年前に従業員100人に対し、コンピュータが50台あった企業が、従業員100人にコンピュータ48台になったようなもので、生産性や景気にマイナスとなるのは明らかです。

イエレン議長が8月26日のワイオミング州ジャクソンホールでの講演で、米国の生産性の伸びの加速は、「金利の平均水準を引き上げる」と述べたことは特筆すべきです。おそらくここに、米国の金利の長期見通しの最大のカギがあります。生産性の伸びが所得の伸びの加速と総支出の水準の押し上げにつながり、物価と金利を押し上げる可能性があることを、債券投資家同様、イエレン議長も認識しています。

米国が抱える高水準の債務、急速に増大する社会保障負担、政治家が自らの政治生命を越えるほど長期にわたって便益をもたらす事業に国家の財源を費やすことの難しさを踏まえれば、生産性の伸びを加速させるのは、そう簡単なことではありません。

だとすれば、様々な要因から、経済成長のニュー・ノーマル――成長率が長期平均を下回る期間が続くとの見方――は依然として有効だと言えるでしょう。それゆえ、債券市場のFF金利に対する足元での控えめな見通しは合理的だと言えます。

要約しましょう。次の3つのうち1つが起こらない限り、金利見通しが大きく変わることはないと考えられます。第1に、FRBがタイムリーにインフレへ照準を移すことができず、FF金利に対する債券市場の見通しが変わること。第2に、財政政策によって米国の成長軌道が恒久的に変わったと債券市場が納得できること。第3に、(可能性は低いですが)世界の政策金利の見通しが変わることです。

投資へのインプリケーション
先行きが不透明な現在、ポートフォリオの分散が重要ですが、その実現に際し、債券市場の動揺を捉えるタイミングを慎重に選ぶ必要があると考えられます。投資家は長期的なスタンスに立って、利回りの上昇を歓迎すべきでしょう。長期的には利回りの上昇はリターンを押し上げ、価格がファンダメンタルズから乖離した時に市場のボラティリティをうまく利用できる機会が生じます。 

著者

Tony Crescenzi

マーケット・ストラテジスト

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