ーロ圏の統一通貨の将来はどうなるのでしょうか。可能性は低いとはいえ、リデノミネーション (通貨単位の変更)のリスクが再燃しています。一部の国では、ユーロの見直しを求める政治的動きが加速しています。ユーロが存続の危機にさらされているわけではないものの、リデノミネーションのリスクが存在するだけで、欧州中央銀行(ECB)の量的緩和(QE)プログラムからの脱却は難しいものになるとPIMCOでは考えています。

ユーロ圏の恒久的な通貨としてのユーロ存続のリスクが初めて表面化したのは2010年から2011年にかけてでした。ギリシャ、次いでアイルランド、ポルトガル、キプロスが債券市場へのアクセスを失い、債務の延長が困難になりました。その余波はイタリアやスペインなどにも波及し、 ユーロ圏のソブリン債の金利は全期間にわたって上昇し、ドイツ国債との利回り格差が拡大しました。

2012年半ば時点で、ユーロ圏は危機的状況にありました。投資家は通貨同盟が分裂して単一通貨制から固定相場制に転換するリスクを織り込み始めました。予想される差し迫った為替リスクの補償として、短期債にすらより高い金利を要求するようになり、ドイツ国債に対する周縁国国債のスプレッドは、長短が逆転する逆イールドの状態になりました(図表1)。ECBのマリオ・ドラギ総裁が「あらゆる手段を取る用意がある」(2012年7月)と表明してようやく危機は収束しました。

2015年、ギリシャ政府が、海外債権団から課された厳格な条件に国民を従わせるのではなく、一方的にユー ロからの離脱を検討し始めたことで、リデノミネーションのリスクは一時的に再燃し、ギリシャ債の利回りは一時15%にまで急上昇しました。その後、政府はドラクマの再導入による不確実性よりもユーロ圏にとどまることを決めました。

足元ではリデノミネーション・リスクのかすかな兆候が見られ、周縁国のソブリン債とドイツ国債の利回り格差は拡大しています。今回のスプレッド拡大の背景には、総選挙や大統領選、議会選挙を控えるフランス、ドイツ、イタリア、オランダで、野党が自国通貨の再導入を訴えていることがあります。今回のリデノミネーション・リスクは、2つの重要な点で過去のそれとは異なっています。

第1に、過去のリスク浮上時にユーロ離脱の可能性を主導したのは市場ですが、今回、自国通貨への回帰を 盛んに主張しているのは一部の野党であり、その規模と数が増えています。ただし、これら政党がユーロ離脱の影響を十分に理解しているとは思えません。第2に、市場価格の動向からうかがえることですが、これら政党が当選する可能性が低いことを反映して、投資家は彼らが主張するほど深刻にユーロ離脱のリスクを織り込んでいません。ただ、市場に織り込まれた確率が低いとはいえ、投資家、政策立案者双方に重大な影響をもたらすと考えられることから、リデノミネーションがユーロ圏全般の共通テーマとなったという事実を無視することはできないと考えています。

投資家にしてみれば、確率がきわめて低いとしても、ユーロ離脱国が引き起こす大幅な為替変動の可能性 を無視するわけにはいきません。それが、長期のクロスボーダー投資への意欲を減退させ、資本市場同盟の 体制を阻害する要因になります。ECBにとっては、潜在的なリデノミネーション・リスクですら、リスクプレ ミアムを上昇させて金融状況を引き締め、ユーロ圏内への金融政策の波及効果が鈍ることになります。リデノミネーション・リスクの震源である政治が、ECBをジレンマに陥れています。ユーロ離脱を求める政党によって引き起こされた金融状況の引き締まりに、ECBはどのように対処すべきなのでしょうか。

不満の根源
ユーロに対する有権者の不満がもっぱら経済的なものだとすれば、際立っているのはイタリアです(図表2)。ユーロを導入した1999年から2016年にかけてのイタリアの1人あたりの累積実質経済成長率は、0.3%のマイナスです。これはインフレ率と人口の変化を調整した後の現在の1人あたり所得が、1998年の水準を下回っていることを意味します。失業率は1998年とほぼ同水準の11.9%で高止まりしており、若年層の失業率に いたっては1998年の29%から40%に上昇しています。また銀行貸出の不良債権比率は16%に上っています。

自国にとってユーロ導入は間違いだったと考える人の割合が良かったと考える人を上回っているのは、イタ リアとキプロスだけですが、当然とも言えます。2016年12月に発表された欧州委員会の最新の世論調査ユー ロバロメーターでは、イタリアの回答者のうち、ユーロが良いと答えた人が41%だったのに対し、悪いと答 えた割合は47%に上りました(判断できない、わからないと答えた割合は12%)。イタリア経済が低迷している原因は、ユーロを導入したこと自体にあるのか、構造改革が進展しないことにあるのかは議論が分かれるところですが、経済不振という現実は、2018年5月の総選挙を控えて、資産価格が政治に大きく左右されることを意味します。

ECBのQEからの脱却がどのような経過を辿るのかを検討するにあたって、懸念材料となるのは、イタリアの政治情勢ばかりではありません。極右の国民戦線が新フランの導入を主張しているフランスの政治情勢も懸念されますし、通貨同盟で経済成長を謳歌してきたドイツやオランダといった国でも、各政党がユーロにどう対応するかが懸念材料になります。中央銀行家は独立性とインフレ目標に重きを置いていますが、有権者を無視することはできません。ユーロ圏の多様な有権者は、ECBの超緩和金融政策だけでなく、ユーロの統治構造への批判を強めています。このことによって、ECBのQEからの脱却は難しいものになります。政治情勢を背景に、インフレ率が確実に2%に達する前に、ECBはQEの段階的縮小に向かうのではないか、あるいは過去と同じ程度に周縁国の金融状況の引き締まりを緩和することはできないのではないか、とPIMCOではみています。

テーパリング(緩和縮小)の根拠
年内のECBの金融政策は単純なものになるはずです。超低水準にある金利をこれ以上引き下げる余地はなく、ECBは少なくとも今年12月まで資産買い入れの継続を表明しています。月間の買い入れ額は、3月が800億ユーロ、4月以降は600億ユーロになる予定です。ECBは直近の予想で、インフレ率(ユーロ圏CPI、前年比)を2017年1.3%、2018年1.5%、2019年1.7%と予想していますが、純粋にこの予想に基づけば、ECBは現在の超緩和策を来年以降も継続すべきということになります。というのは、2019年の予想ですら、ECBが掲げる物価安定の定義に辛うじて適う水準であり、中期的なインフレ率は目標の2%に近いものの下回っており、コア・インフレ率は弱いままだからです。

しかしながら、金融政策は、財政政策、構造政策と共存しており、金融の安定性を考慮する必要があります。欧州が金融危機から回復するうえで金融政策が果たした役割は大きく、最近は財政政策や構造政策が弱体化するなか、金融政策の寄与度が一段と高まっています。とはいえ、その有効性は低下しており、誤った資源配分により金融の安定性が脅かされるリスクが高まっています。また、コア・インフレ率が目標を下回っているにもかかわらず、現行の形態の金融政策が長期化するにつれて、ユーロ圏の生産の伸び率は潜在成長率に近づきつつあります。

不確実な基本シナリオ
PIMCOの基本シナリオでは、今年選挙が実施されるフランス、ドイツ、オランダで、ユーロ離脱を訴えている 野党が政権を獲得することはないとみています。たとえ、こうした政党が勝利したとしても、通貨などの重要事項を変更するには、議会で圧倒的多数の承認を得たり、国民投票を実施したりする必要があります。ユーロ離脱のハードルは単に選挙に勝利するよりも高いのです。

基本シナリオでは、年内に成長率やインフレ率に対するショックはないとの想定のもと、ECBが今年9月にQE の一段の段階的縮小を決め、来年には完全に解消すると予想しています。さらに先を見通すと、ECBは2019年末にかけて金利の正常化を始め、2020年以降、QE政策のもとで買い入れた債券の再投資を打ち切ると予想しています。しかしながら、こうした基本シナリオを含む確率分布はフラットで、ネガティブ・テールもかなり意識しています。その理由は3つあります。

第1に、ブレグジット(英国のEU離脱)や米大統領戦の結果から、あらゆる地域の有権者が現状に異議を唱 えている、という教訓が得られました。こうした海外の出来事によって、秩序だったユーロ離脱を容認するメカニズムの創設を求める声が強まりましたが、一方で、構造改革と結束という、欧州委員会の「欧州の未来白書」で示されたシナリオの推進を掲げる、ユーロ支持の政党が選出される蓋然性も同じだけ存在します。

第2に、ECBがソブリン債の買い入れの指針となるルールに従えば、2018年初めには、国債の買い入れを段階 的に縮小する以外に選択肢はなくなると考えられます。実は、買い入れ額の上限を発行総額の33%とする ルールを尊重するのであれば、規模の小さい一部の国は、2018年第1四半期に国債の買い入れを完全に停 止しなければならなくなる見通しです。こうした上限規制や、購入額をECBへの出資比率に基づいて決める ルールが緩和される場合にのみ、2018年第2四半期以降もQEを延長することが可能になるとみられます。 PIMCOでは、ECBが33%ルールや出資比率ルールを尊重するとの想定のもと、2018年第1四半期には月 間の買い入れ額を400億ユーロに、第2 四半期には200億ユーロに縮小し、最終的に2018年6月にQEを 解消すると予想しています。債務ダイナミクスがより厳しい周縁国の債券市場は脆弱で、こうしたQE解消の影響を受けやすいとみられます。

第3に、QEはユーロ圏各国に均等に及ぶデフレショックのリスクに対処するために立案された政策です。均等 性を重視することから、各加盟国の経済規模を反映して、ECBはQEのもとで出資比率に応じた公的部門の資産の買い入れを実施します。

一方、個々の国に影響を与える一様でないショックについては、ECBはいわゆるアウトライト・マネタリー・トランザクションズ(OMT)を活用する意向です。OMTの適用国には、欧州通貨メカニズム(ESM)の完全なマクロ経済調整プログラムまたは予防的プログラムの順守が求められ、これを前提にECBが当該国の国債を買 い入れます。流通市場での買い入れ対象は、利回り曲線の短期部分に集中することになります。したがって OMTは、QEとは全くの別物です。

QEからの脱却を進める過程で、債券利回りが上昇を続け、ドイツ国債との利回り格差が年初来並みのペース で拡大した場合、ECBや加盟各国はどう対応するのでしょうか。対応は利回り上昇をもたらした要因次第にな るとみられますが、QEは万能薬ではありません。各国の均等性の要件により、出資比率ルールからの「限定的かつ一時的な逸脱」のみが容認され、買い入れ上限を発行額の33%とするルールに従えば、QEは来年初 めに自然に終了することになります。選挙で選ばれた政府は主権を重んじ、主権を放棄するのは、たとえ ば市場アクセスを失うか、その瀬戸際にあるなどやむをえない場合に限られます。ユーロ離脱を決めた国の 政権が、ESMの支援を要請する可能性はきわめて低いと考えられます。ただし、その行動によって重大なリスクが他国に波及しかねず、それらの国にESMの支援が必要になる可能性があります。過去のマクロ経済調整プログラムは、アイルランド、ポルトガル、キプロスの国債にかなりのリターンをもたらしましたが(ギリシャは国債のヘアカットを実施)、一方で、当時の政権の民主的な正当性を損ないました。これにより、将来のESMの支援要請のハードルが上がりました。しかもESMは小さすぎて、イタリアほどの経済規模の国を支えきることはできません。

それゆえECBは、QEからの脱却で周縁国の債券市場を動揺させかねないという難しさに直面しています。 ECBが買い入れの上限を発行総額の33%とするルールを遵守する場合、将来の対称的ショックにはQEで対応し、さらに非対称的なショックにはOMTで対応するとしても限界があります。対称的ショックには、銀行債 や株式、金利スワップなど、国債以外の資産を買い入れることで対応できます。しかしながら、こうした手段はこれら資産の価格に影響をあたえますが、周縁国の実体経済を下支えし、重債務国のソブリンを支えるとは考えられません。

ユーロは、2012年夏のような存続の危機に瀕しているわけではありません。実際、今年の選挙で反ユーロ を掲げる政党が政権に就くことはないでしょう。しかしながら、景気の低迷が続くようであれば、これら政党の地位が高まり、ユーロに対する有権者の不満が高じる恐れがあります。イタリアを懸念する理由は、この点にあります。資産買い入れ上限の33%を引き上げることは、欧州条約123条で規定されたマネタリー・ファイナンスの禁止によって強力に阻害されていますが、ECBがこの引き上げを容認しなければ、来年にはQEは終了せざるをえず、その時点で残された選択肢は、OMTの適用以外にはない状態になります。ECBのバランスシートが膨張し、政策金利がゼロ金利制約に張りつくなか、いずれ訪れる次の景気後退局面でECBが打てる手は限られています。それゆえPIMCOでは、ユーロ圏への投資、とりわけ周縁国への投資については、きわめて 慎重な姿勢を維持します。

著者

Andrew Bosomworth

ドイツ債券ポートフォリオ・マネジメント統括責任者

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