当レポートは、原文「BOJ: Rethinking the Mandate」をもとに翻訳されたものです。

誰が日銀の次期総裁に就任するのか?黒田東彦現総裁の任期満了を来年4月に控え、今後数カ月は総裁人事が重要な注目点となります。

黒田総裁自身も候補者の1人ですが安倍首相が誰に打診するにせよ、次期総裁は「自分に課されるマンデートが何か」を問うべきです。向こう数年間のマンデートは、これまでと同じではありえません。日銀が4年にわたる未曾有の金融緩和で物価押し上げに腐心してきたにもかかわらず十分には成果が出でていないなか、少なくとも近い将来、2%の物価安定目標が達成できると想定するのは無理があります。

日銀の次なる目標を理解することが、投資家にとって重要になります。

日銀のマンデート

日銀に課されている法的なマンデートが「物価の安定と金融システムの安定」であることは、1997年改正日本銀行法に明記されています。この法律を補完する形で、政府と日銀は2013年1月に「政策連携」で合意し、その3カ月後に黒田総裁が就任しました。そして、消費者物価指数(CPI)の前年同月比2%の上昇を物価安定目標として掲げたのです。

黒田総裁率いる日銀は、法的責任を文字通り受け止め、物価の安定というマンデートを遂行すべく「あらゆる政策手段を総動員(“whatever it takes”)」してきましたが、いまだ目標達成には成功していません(それどころか目標に近づいてもいない状況で、7月のCPI上昇率は前年同月比で0.4%にとどまり、変動の激しい生鮮食品及びエネルギーを除く総合指数は0.1%でした)。日銀は7月、バツが悪いことに2%の目標達成時期を2019年に再延期しました。(この予想も楽観的過ぎると、PIMCOを含めた大方のエコノミストはみています)。確かに、低インフレは現在の世界に共通する現象ですが、未曾有の金融緩和にインフレ率が反応しない日本の現状は特筆すべきでしょう。

来年4月に任命される次期総裁(黒田総裁が再任される可能性が高いとみられます)のもとで、日銀のマンデートは、明示的ではないにせよ微妙に修正されるでしょう。

2%の物価安定目標:信頼性のない目標

日銀の2%という物価安定目標は非現実であることが明らかになり、最早、信頼性がなくなっています。日銀が公式に目標を引き下げることはないとしても、2%を下回るCPI上昇率を容認するなど、より柔軟に対応していくことになる可能性が高いとみています。

世界最速で高齢化が進む経済において、2%の物価安定目標が経済的にも政治的にも実現が難しいのは、人口動態に主因があります。

第1に、長寿化に伴い、退職者がパートタイマーとして労働市場に復帰していますが、こうした人たちは、柔軟な勤務形態と引き換えに賃金カットや低賃金労働を受け入れる傾向があります(図表1)。これが重しになり、雇用が伸びているにもかかわらず、賃金の伸びが抑えられています。また、寿命が延びる一方で社会保障給付の見通しが暗いことから、若年労働者すら、賃上げを要求したり、より高い賃金を求めて転職するリスクを冒したりするよりも、雇用の安定と引き換えに賃金の伸び悩みを受け入れているようです。こうした安定雇用志向は、供給サイドで雇用の流動化を阻む要因になっています。かたや需要サイドでは、解雇に対する厳格な労働法規制が雇用の流動化を阻んでいます。

第2に、寿命が延びるなかで社会保障給付の見通しが暗いことから、予備的貯蓄が増えています。この10年あまり、家計貯蓄率はほとんどの世代で上昇していますが、とりわけ(29歳以下の)若年層で上昇しています(図表2)。高齢化社会で少数派になりつつある若年層は、自分たちが支払う保険料よりも生涯に受け取る年金受給額が少なくなることを認識していることの表れでしょう。

第3に、世代効果によって、長期にわたるゼロ・インフレ(場合によってはデフレ)予想が強固になりつつあります。過去25年、インフレは起きていないため、いまやインフレを経験したことのない日本人が多くを占めています。この点は重要です。というのは日銀自身が、昨年9月の金融緩和の総括的検証で、民間部門のインフレ予想が「適合的」である、つまり、インフレ予想は(日銀の物価目標のようなターゲットが錨(アンカー)になる)「合理的」なものではなく、過去のデフレや現在のゼロ・インフレの経験に影響されると認めているからです。

一般に人口動態は、経済の総需要と総供給の両面に影響を与えるため、インフレ的にもデフレ的にもなり得ますが、日本では差し引きで構造的なデフレ要因になっているようです。図表3に示したように、経済の需給ギャップとインフレの相関関係を示すフィリップス曲線は、この10年あまりで大幅にフラット化し、下方にシフトしています。フィリップス曲線のフラット化の背景には、賃金カットやパートタイマーとして低賃金の職を甘受している高齢者の存在があり、雇用の流動性が乏しいことも、もう1つの要因です。またフィリップス曲線の下方シフトは(すべてではないにせよ)インフレ期待の重しとなる人口動態の世代効果で説明できます。そして、若年層ですら予備的貯蓄を増やしていることで、金利引き下げによる金融緩和効果は減殺されています。

人口動態のトレンドは、日銀が掲げる2%の物価目標に、経済面だけでなく政治面からも疑問を投げかけています。一般にインフレは貯蓄者の購買力を毀損しますが、日本において最も打撃を受けるのが高齢者層です。日本では家計の金融資産の約半分が、年齢別では60歳以上によって、また資産別では銀行預金の形で保有されています(図表4)。前回の総選挙で投票者の3分の2を50歳以上が占めた日本では、こうした高齢者層の政治的影響力が最も強くなっています。それを浮き彫りにする出来事が2015年にありました。増税の影響を除いたCPIの上昇率が1.5%に達すると(ほとんどが円安と、それに伴う輸入物価の上昇によるものでしたが)、政治家は、年金生活者の購買力への懸念を表明して、為替市場への口先介入を始めたのです。

強まる「財政主導(fiscal dominance)」の政策

日銀がインフレ予想は(合理的なものではなく)適合的なものであるとの結論に達したのは、妥当ですが皮肉と言わざるをえません。現代のマクロ経済理論は合理的期待を前提としており、これが黒田総裁の下での日銀の積極的な金融緩和の根拠となってきたからです。すなわち、日銀の政策が限界に達した今、新たな経済理論が台頭するか、政府と連携しない限り、日銀は物価の安定という法的なマンデートを果たすことができないと言えます。

理想的には、政府が供給サイドの健全な改革を実施すべきです。世代間の富の移転の負担を軽減しつつ、若年層が安心感を持てるように社会保障制度を改革すべきです。雇用の流動性を高め、ひいては資源の配分が改善されるよう、労働法規を改正することも考えられます。しかしながら、長期的にはプラスとなるこうした改革も、短期的には景気を悪化させるため、安倍首相の政権基盤が弱体化した今、実現の可能性は低くなっています。

このため現実には、金融政策と連携する形で、需要サイドの財政政策が取られる可能性が高いと考えられます。日銀のイールドカーブ・コントロール(イールドカーブの短期部分では当座預金の超過準備を、長期部分では10年物国債の金利を対象)は、政治家に財政のヒモを緩ませるのに賢明な手段です。超低金利での新規国債の発行を日銀が援護するからです。実際、政府は6月に財政健全化の目標基準として、債務残高の対GDP比の引き下げを加え、マネタリーファイナンスによる財政出動の用意があるとのシグナルを発しました。既存のプライマリーバランス(基礎的財政収支)ではなく、債務残高の対GDP比に焦点をあてることで、日銀が国債の利回りを人為的に低水準に抑えている間に、政府はより柔軟に財政政策を活用できます。

日本の経済政策が、どの程度、金融主導から財政主導(ヘリコプターマネー)にシフトするかは現段階では定かではありませんが、少なくとも方向性ははっきりしています。日銀がこれ以上、政策をリードすることはないとみられます。景気がもたつく中、財政出動は望ましい政策対応であるとみられ、日銀は金利を低水準に抑えてこれを援護することになります。将来、出口戦略を模索するとしても、巨額の債務が積み上がるなかで政府の債務管理を支援するため、拙速には動かないとみられます。そうすることが、日銀のもう1つのマンデートである金融システムの安定と合致します。

調整が必要なイールドカーブ・コントロール

日銀のイールドカーブ・コントロールは、政策の寿命を延ばす手段としては賢明です。しかしながら、なんらかの調整なしに、長期にわたって継続することはできないとみられます。

確かにオペレーション上は、イールドカーブ・コントロールは意図したとおりに機能しています。短期金利、10年物国債の利回りは、いずれも日銀の目標近辺で十分にコントロールされています。イールドカーブ・コントロールが導入されて以降、日銀による月間の国債買い入れ額は減少しており、これにより、いわゆる「量的緩和プログラムのステルス・テーパリング(隠密裏の緩和縮小)」が可能になっています(図表5)。日銀は既にかなりのデュレーション・リスクを市場から吸収していることから、国債の買い入れ額を減額するなかでも、イールドカーブをコントロールすることが可能です。

オペレーション上、イールドカーブのコントロールがうまくいっていることは別にして、イールドカーブの現在の目標は適切ではないとPIMCOではみています。日銀は昨年の総括的検証で、利回りを引き下げ、利回り曲線を極端にフラット化することには副作用が伴うこと、とりわけ金融機関への悪影響が大きいことを認めています。加えて、構造的に家計の予備的貯蓄が増えている現状を踏まえると、利回り曲線がフラット化するのではなくスティープ化する方が、日本経済にとって望ましいと考えられます。

政策の見通しと投資へのインプリケーション

以上の議論をまとめましょう。日銀の次期総裁に誰が就任するにしろ、政策面で日銀がリードすることはなくなります。イールドカーブの目標を引き上げる機会を模索し、2%の物価安定目標にはより柔軟に対応していくことになるとみられます。いずれにせよ調整のプロセスは緩慢なものになり、CPIの上昇率が1%に達するまで開始されることはないでしょう。従って、また日銀の流動性は引き続き世界市場の限界的な支援材料になるとみられます。とはいえ、油断は禁物です。10年物国債の目標金利の調整は前代未聞であり、円滑には進まない可能性があるからです。

世界の中央銀行動向についてのより詳しい見解は、「FRBのバランスシートとまだ起きていないテーパリング癇癪」 をご覧ください。

著者

Tomoya Masanao

アジア太平洋共同運用統括責任者

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