してECBは円滑なデレバレッジを主導することができるのか――これは欧州の投資家にとって重大な問題です。持続不可能な債務負担を軽減するうえで、今後、ベイルイン(債権者負担による救済)とヘアカット(一部債権放棄)の役割が大きくなるのは間違いないとみられます。これはECBがマネタイゼーションを検討するという意味ではなく、金融政策の限界効用が低下していることは認識しつつも、金融政策は尽きたとする見方に対抗するものです。

重要な点として指摘しておきたいのは、ベイルインとヘアカットがどの程度行われるかは、景気とインフレの動向次第だということです。適度な成長とインフレがなければ、過酷なデレバレッジが行われかねません。デレバレッジが円滑に行なわれるのは、十分な名目成長が確保され、過剰債務が持続可能な水準にまで低下する場合です。実質成長は担保価値を支え、債務返済のためのキャッシュフローを生み出し、インフレは債務の実質負担を軽減します。債券投資家にとってきわめて重要なのは、円滑なデレバレッジを進めるための適度なインフレの実現です。インフレ率が高過ぎると債権者の購買力が損なわれる一方、インフレ率が低過ぎると債務者がデフォルトに陥る可能性が高まります。

流動性の罠
欧州のデレバレッジは円滑に行われているようには見えません。リーマン・ショック後の政策対応によってデフレは回避されたものの、その後は経済成長率、インフレ率とも満足できる水準にはありません。国内総生産(GDP)で測った実質国民所得はようやく2008年の水準に戻りましたが、インフレ率を含めた名目GDPの伸びは累計でも8%に過ぎず、年平均でわずか1.1%にとどまっています(図表1)。その結果、債務水準は高止まりしており、公的部門および非金融企業の債務の対GDP比は上昇しています(図表2)。

社会の高齢化、過剰債務、生産性の伸び悩みは、多くの先進国で経済成長を妨げる共通の要因ですが、金融政策の統合が不完全なユーロ圏では、景気回復を妨げる特殊な要因が存在します。

統一的な連邦予算が存在せず、各国政府が高水準の債務を抱えていることから、財政出動の余地は狭まっています。また、連邦預金保険がないことから、ECBの金融政策が加盟各国に完全に浸透するわけではありません。景気が低迷し、政策金利が底に貼りつくなかで、ユーロ圏は流動性の罠に陥っています。ECBが最近導入した一連の景気刺激策が、この苦境から脱出させるのに十分なのか、それとも実効性に乏しい策に過ぎないのかは、時間の経過と共に明らかになるでしょう。ECBの正式なインフレ予想が2016年0.1%、2017年1.3%、2018年1.6%にとどまっていることは追加緩和の必要性を示唆していますが、ECBにはどんな政策が残されていて、その政策には効果があるのでしょうか。

金融政策のフェーズ
ECBに残された政策を検討する前に、出発点はどこなのか、歴史が示唆する最終到達点はどこなのかを確認しておくことが有用だと思われます。そのため金融政策を、伝統的、非伝統的、マネタイゼーションの連続した3つのフェーズに分けて考えます。

 

  • 伝統的政策:政策金利の変更、流動性の供給、法定準備

  • 非伝統的政策:マイナス金利、大規模な資産買い入れ

  • マネタイゼーション:財政政策への完全な追従、ヘリコプター・マネー

 

  

言うまでもありませんが、ECBは目下、非伝統的政策のフェーズにあります。3月10日の記者会見で追加の利下げ余地は限られているとした、ECBのマリオ・ドラギ総裁の発言にはPIMCOも同意します。マイナス金利幅の拡大の効果は低下しており、コストが上昇しつつあります。ドラギ総裁は「銀行システムに重大な影響を及ぼすことなく、望むだけマイナス幅を拡大できるかといえば、答えはノーだ」と述べました。政策金利を-0.5%よりも引き下げることは副作用が大きいとPIMCOではみていますが、その理由は3つあります。

金融の安定性
マイナス金利下では、金利の純収入が減るため、銀行の収益性は低下します。金利収入が減るのは、リテールの預金者に支払う金利はゼロですが、中央銀行に対して超過準備分の金利を支払うため、融資残高に対する金利収入が減るためです。中央銀行のマイナス金利政策は、商業銀行をジレンマに立たせることになり、手を拱いていれば収益性は低下し、株式資本とホールセール資金の調達コストの上昇を招くことになります。しかしながら、リテールの預金者にマイナス金利を転嫁することはできません。預金者は利息を生まない預金の払い戻しを要求しかねず、そうなると取り付け騒ぎの引き金を引いてしまうことになるからです。

銀行の利幅
マイナス金利下では、銀行は存続のために、コスト削減や収益拡大などの方法を見つけることを迫られます。方法の1つは、融資や住宅ローン金利の引き上げで、逆説的ですが、マイナス金利政策で消費者や企業の借り入れコストが高くなりうるのです。スウェーデン国立銀行のリクスバンクは-0.5%に、スイス国立銀行は-0.75%に政策金利を引き下げましたが、これらの国の銀行は収益改善のため住宅ローン金利を逆に引き上げています。

通貨引き下げ
マイナス金利は形を変えた為替介入ともいえる働きをするため、各国が相次いでマイナス金利を導入すればゼロサム・ゲームの様相を呈します。銀行はマイナス金利をリテールの預金者に転嫁しないことで、金利を払ってでも貯蓄するインセンティブから、家計の貯蓄および消費行動を守ることになります。一方で銀行はホールセールの貸し手にはマイナス金利を転嫁しますが、ホールセールの貸し手は巨額のノート(貸出証)を抱えておくことはできません。ホールセールの短期金融市場の金利がマイナスになると、通貨の対外価値に下押し圧力がかかります。大規模な開放経済においてマイナス金利は、通貨の引き下げを通して中央銀行が直面するデフレの問題を海外に輸出することになります。

預金ファシリティーの金利が-0.4%である現状を踏まえれば、ECBの金利政策は事実上、後がなくなったと言えるでしょう。足元で0%の主要リファイナンス・オペの金利を小幅に下げることは可能ですが、それよりも資産買い入れ額を増やす必要があるとPIMCOではみています。

やむをえない非伝統的政策:信用緩和
ECBは購入対象の資産に、国債、政府系機関債、カバード・ボンド、資産担保証券と並んで社債を加えることで、信用緩和を確固たるものにしています。国債を使った量的緩和と民間の社債を使った信用緩和という大規模な資産買い入れの経験を重ねるにつれ、これらの政策もまた限界効用が低下しつつあることを示唆する2つの側面が見えてきました。

第1は、金融危機以降の投資の弱さです。大規模な資産購入がなかった場合に最も起こりえた事態はデフレだと考えられますが、大規模な資産購入は、実物経済に投資するのではなく、金融投資を刺激することで次のバブルの下地を作っただけだ、とも言えます。ソシエテ・ジェネラルのアンドリュー・ラプソーンは、特に2011年以降、米国企業は実体経済への投資ではなく自社株の買戻しのために借り入れを増やしたと指摘しています(図表3)。金融政策による刺激がなくなれば、株式市場は軟化する可能性があります。

  

第2に、年初から2カ月の経験が示唆しているとおり、ファンダメンタルズや市場のテクニカルな動きが優勢になれば、大規模な資産購入を行なってもリスクプレミアムが上昇し続ける可能性があります。国債の買い入れ等を通じた、大規模資産購入によるクレジットおよび株式のリスクプレミアムの抑制効果には限界があり、それは高格付けのいわゆる安全な資産に対する需要の硬直性に関係しています。多くのお客様がご存知のとおり、期間リスクにせよクレジットおよび株式のリスクにせよ、投資家が取りうるリスクには限度があります。

利回りの低下に対応して、多くの投資家はリスク許容度を拡大しましたが、それでもリスク・バジェットは存在します。予算枠に達すれば、損失が出るのか利益が出るのかわからないリスクの高い資産よりも、利回りが低いかマイナスでも損失が明確にわかる国債が一部の投資家に選好される可能性があります。中央銀行の買い入れによって資産価値が適正水準から乖離する場合は特にそう言えます。言い換えれば、最も弾力性の高い投資家が中央銀行に資産を売却し終わると、大規模な資産購入もまた効果のない政策になってしまう可能性があるのです。

PIMCOでは、金融政策の限界効用が低下しつつあるとの認識は持っていますが、ECBの万策は尽きたとの見方には与しません。理論上、ECBが購入することのできる資産の残高は依然として莫大です。そして、非金融企業の社債の買い取りが始まった今、優良株が買い取られる可能性はそう遠くないとみられます。

しかしながら、クレジットおよび株式のリスクプレミアムを持続的に抑えるには、ECBはこれまで買い入れた国債と同程度の大量の社債と株式を買い入れる必要があると考えます。PIMCOがそう予想しているわけでない点はお断りしておきますが、将来、一段の緩和が必要となるとすれば、非伝統的金融政策はこの経路を辿ることになるとみています。

基本的に、購入した資産の非不胎化は、貨幣を改鋳して価値を貶めた昔の為政者の現代版と言えます。国債を大規模購入の対象とすることで、政府は財政赤字を穴埋めすることができます。中央銀行が新規に発行された国債を流通市場で買い取ることと、政府から直接買い取ることの差は、マネタイゼーションか否かという点では非常に重要ですが、実はごく僅かな差です。極端に言えば、国債の大規模購入が流通市場で起きているかどうか、果たしてそれは本当に重要なのでしょうか。

踏み入れたくない領域:マネタイゼーション
非伝統的な金融政策で流動性の罠から脱出させることができないとすれば、各国政府が中央銀行の独立性を奪い、金融政策を使って財政赤字を直接穴埋めするリスクを過小評価すべきではありません。

たとえば各国が流動性の罠に陥ったままであれば、2%のインフレ目標を達成するために必要な資産の購入額は莫大なものになり、財政赤字の穴埋めが間接的か直接的かの境目は曖昧なものになります。そして、いったんその滑りやすい坂に乗ってしまえば、中央銀行が政府に直接の信用枠を設定するといった明らかなマネタイゼーションも、そう遠いことではなくなるでしょう。

高齢化が進み、高水準の債務負担にあえぎ、生産性が伸び悩む社会では、とりわけマネタイズの誘惑が強いものです。こうした社会は厳しい選択を迫られています。司法制度や教育制度を時代に合わせ、市場を自由化するなどの構造改革を進めるのか、中央銀行の独立性を剥奪するのか、という選択です。構造改革は、長期的な潜在成長率を高めるには不可欠ですが、短期的には競争を激化させる傾向があり、インフレ率を目標水準に押し上げる効果は期待できません。政府が改革を受け入れたとしても、中央銀行はインフレ目標の達成という使命から、何らかの行動を起こさざるをえません。一方、改革に消極的で、内生的な成長を生み出せない社会では、中央銀行の独立性が脅かされることになります。

マネタイゼーションは、投資家が望むべきものではありません。「ほんのわずかな」マネタイゼーションで「大幅な」インフレを引き起こさなかった国は見当たりません。インフレという魔法の精をいったん外に出してしまうと、元の瓶に戻すのは容易ではないのです。1795年のフランスから2007年のジンバブエまで、金融史上、金融当局が財政赤字を穴埋めしたことでハイパーインフレを引き起こした事例は56にのぼります。安定した物価からハイパーインフレへの転換は、往々にして急激で非連続的なものであり(図表4)、いったんハイパーインフレに転じれば、鎮静化させるのはきわめて難しいことがうかがえます。たとえばドイツの消費者物価の上昇率は、1900年から1914年まで年平均1.9%で推移していましたが、1915年から1922年にかけて169%に跳ね上がっています。

欧州の現状はどうなっているでしょうか。欧州連合(EU)機能規約123条では、マネタイゼーションが禁止されています。また、ドイツでは批判があるものの、ドラギ総裁は3月10日の記者会見で「(ECB)は紙幣をヘリコプターからばらまくような策を考えたことも議論したこともない」と発言しています。少なくとも欧州の投資家は、インフレの再来を恐れるべきではありません。

投資へのインプリケーション
ユーロ圏の経済成長率やインフレ率は今後も低水準にとどまる見通しです。各国政府が本腰を入れて構造改革に取り組み、長期的に成長を阻害する要因を取り除く兆しは見当たりません。金融政策の限界効用は低下しつつあります。ECBの利下げはおそらく打ち止めですが、必要とあれば大規模資産購入の対象を社債から株式に広げるものとみられます。また、債券利回りも低水準にとどまる見通しです。現時点で利回りが0.25%前後の10年物ドイツ国債は今後、株式などのリスク資産のヘッジとして適度な利回りを確保できない見通しです。リスク分散目的で高格付けの国債を物色する投資家は、為替ヘッジ付きの米国債等に注目する必要があるかもしれません。

投資家が目標のリターンを達成するには、高利回りの社債やエマージング債の組み入れ比率そのものを高める必要があるかもしれません。とはいえ、フリーランチ(無料の昼食)は存在しません。成長率が低水準にとどまり、インフレ率が非伝統的政策に反応しないかぎり、持続不可能な過剰債務を軽減するため、今後はベイルインとヘアカットの果たす役割が大きくなると見込まれます。欧州の銀行再建・破綻処理指令(BRRD)は、あくまでこのプロセスを制度化したものです。したがって、積極的な銘柄選択がこれまで以上に重要になります。ECBの信用緩和は債務負担の軽減を助けていますが、各国政府がECBを助けて景気を回復させなければ、デレバレッジは過酷なものになるでしょう。

著者

Andrew Bosomworth

ドイツ債券ポートフォリオ・マネジメント統括責任者

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