1年前、金融市場の「スマートマネー(先見の明がある投資家)」は、米連邦準備制度理事会(FRB)は量的緩和を終了した後、2015年に利上げサイクルに着手する結果、政策金利はいずれ4%近辺という「オールド・ノーマル」の水準に上昇すると予想していました。その後、金利先物価格に織り込まれたFRBの数年後の政策金利の予想水準は3%未満まで下落しました(図表1)。その間GDP(国内総生産)成長率は大きく伸び、雇用者数は堅調に増加し、量的緩和政策は終了したにもかかわらずです。いったいなぜでしょうか。

その大きな理由は、この先少なくとも3~5年間は、FRBを始めとする世界中の主要な中央銀行は、平均的な政策金利が金融危機前の水準を大きく下回るニュー・ニュートラルの世界で政策運営を行うという認識が高まったことであるとPIMCOではみています。

それでは、なぜこのような状況になり、そして現在の状況は投資家にとってどのような意味を持つのでしょうか。

過去15年以上にわたって、グローバル経済は2つの異なる成長モデルの下で発展してきました。1999年から2007年にかけては、経常黒字を拡大させたエマージング諸国およびコモディティ輸出国と、経常赤字を拡大させた米国を筆頭とする富裕国の間の貿易不均衡の拡大、という図式が成長モデルを構成していました。

グローバルな不均衡は一部では問題視されていたものの、これは総需要と総供給がグローバルに偏った結果でした。貯蓄率の高いエマージング諸国では供給が過剰な状態、一部の貯蓄率の低い富裕国では需要が過剰な状態にあり、この両者にエネルギーを輸出する国の経常収支は良好でした。このような需要と供給、貯蓄と投資の不均衡を背景に、グローバルな需要と豊富な商品供給を世界的に完全雇用に近い状態で均衡させるような大規模な国際資本フローが発生していました。

このような成長モデルが、2007~2009年の金融危機に際してグローバルな不均衡が世界の総需要と足並みを揃えて縮小したことを受けて、崩壊に至ったことは明らかです。その後、グローバル経済は2009年から2014年にかけて、ゼロ金利政策や大規模な量的緩和による中央銀行のバランスシートの大規模な拡大政策などの「非伝統的な」金融政策による刺激策に下支えされてきました。また、金融危機の最中およびその後の数年間にわたって、世界中の政策当局は「ケインズ主義に傾倒」し、大規模な財政刺激策を導入しました。

その結果、グローバル経済が不況や(これまでのところ)デフレを回避するという好ましい成果が実現したのですが、成果はこれに限定され、また、これが合理的に実現可能な最大の成果だったと言えるでしょう。現実を直視すると、グローバル金融危機という最悪期から6年が経過した現在、グローバル経済の平均成長率は低水準であり、世界のGDPの水準は依然として潜在成長率を下回っています。現時点では、世界の豊富な財とコモディティの総供給を十分吸収する総需要を創出してこれを分散させるようなグローバル経済の成長モデルは確認されていません。これが見つからない限り、そして見つかるまでは、各国の趨勢的な潜在成長率が歴史的な低水準に落ち着く多速度の世界が続く見通しです。

グローバル経済にレバレッジがかけられていなかったとしたら、潜在成長率が低いことはそれ自体喜ばしいことではないにせよ、悲劇的なことでもありません。しかし、それが2014年の現実ではないことは明らかです。図表2で示したように、グローバル経済における公的、民間債務の総残高(米ドル換算)は過去最高水準にあります(世界のGDPに占める割合は2007年よりも上昇)。このため、民間セクターと政府(特に欧州)のレバレッジが過大であることがグローバルな金融危機に影響したものの、グローバル規模で見るとレバレッジは低下していません。少なくともグローバル規模では、民間セクターが削減してきたレバレッジを公的セクターが肩代わりする形となっています。そして言うまでもなく中国は、レバレッジの非常に高い影の銀行システムの急激な拡大を抑制するという国内の課題に直面しています。

レバレッジがグローバルに拡大し、主要国の趨勢的な潜在成長率が低い水準に収斂しつつあることの直接的な帰結として、世界中の主要な中央銀行は「ニュー・ニュートラル」という新しいグローバルな政策金利のパラダイムに移行することになったとPIMCOではみています。ニュー・ニュートラルの世界では、中立的な政策金利は金融危機前の水準、米国であれば平均してインフレ率よりも2%程度高い水準を大きく下回る見通しです。完全雇用と整合的な失業率の水準(インフレを加速させない失業率、NAIRU)と同じように、中立的な政策金利は直接観察することができないため、推測には不確実性が伴います。とはいえ、3~5年というPIMCOの長期的な予測の時間軸の大部分の期間、場合によっては全ての期間において、米国の中立的な実質政策金利は金融危機前の水準である2%よりも0%に近い水準で推移する可能性が高いとPIMCOでは考えています。

ニュー・ニュートラルとは、ニュー・ノーマルから自然な進化を経た概念です。ニュー・ノーマルは、2008年のグローバルな金融危機から回復して2010~2012年の欧州ソブリン債務危機に直面する、二速度の世界を表します。当初は、エマージング市場の急成長と先進国市場の成長鈍化が対比され、先進国では政策金利がゼロ近辺にとどめ置かれました。ニュー・ノーマルはその後、エマージング諸国の急成長と先進諸国の低成長という二速度の世界から、各国の成長率が「オールド・ノーマル」の時期を(一部の国では大きく)下回る趨勢的な水準に収斂する多速度の世界へと変化しました。趨勢的な水準に収斂する過程で、一部の国では金融政策が正常化に向かうことになりますが、そのペースは遅く、平均的な政策金利は金融危機前の水準を大きく下回ります。

中立的な政策金利の定義

現代の中央銀行の政策において、中立的な政策金利という概念は非常に限定的であり、以下の要素と整合的な短期金利を意味します。

  • 完全雇用
  • 中央銀行のインフレ・ターゲットと等しいインフレ率
  • インフレ・ターゲットに「しっかりと固定化された」インフレ期待

中立的な政策金利は、以下の式が示すように中立的な実質政策金利と関係があります。

中立的な政策金利= 中立的な実質政策金利+ インフレ・ターゲット

重要な点として、中立的な実質政策金利は、NAIRUと同じように直接観察することができず、また、経済理論では、時間と共に変化し、国内外のマクロ経済要因に依存する可能性があると想定されています。FRBの高官ら自身も、数年後の中立的な実質政策金利が金融危機前に適切だった中立的な政策金利を下回る可能性がある理由として、以下を含む数多くの要因を指摘しています。

  • 潜在成長率の鈍化
  • 人口動態の変化
  • 予備的貯蓄の増加
  • グローバルな貯蓄の増加
  • 信用拡大の鈍化

サンフランシスコ連銀のジョン・ウィリアムズ総裁とFRBのエコノミストであるトーマス・ローバック氏は、中立的な実質政策金利の実証的な推計値を算出し、これを更新しています(図表3)。これによると、推計値は過去10年あまりにわたって大きく低下し、近年ではマイナス領域で推移しています。中立的な実質政策金利がマイナスということは、名目政策金利がゼロだったとしても、インフレ率がターゲットを下回り、失業率がNAIRUを上回ることを意味します。

中立的な実質政策金利は、PIMCOのサーミル・パリークが導入した「長期実質政策金利」という概念と密接に関連します(2013年3月付「 ニュー・ノーマルにおける債券リターンを予測する 」を参照)。長期実質政策金利は、実質政策金利の実現値の10年間の移動平均として推計されます。図表4で示したように、1910年から2010年までの100年間の米国の長期実質政策金利の平均は0.39%でした。国際通貨基金(IMF)の最近の推計によると、グローバル経済の中立的な実質政策金利の平均は、2017年までマイナス領域で推移した後、2019年までに1%まで緩やかに上昇する見通しです。

中立的な政策金利:基準であって上限や下限ではない

中立的な政策金利は、異なる資産クラスの長期的なバリュエーションを評価する上で重要です。なぜならば、中立的な政策金利が長期的な政策金利の平均の予想の基準になるとPIMCOでは考えているからですが、それが実際の政策金利の上限や下限になるというわけではありません。中央銀行が長期にわたって実際の政策金利を中立的な政策金利を上回る水準に設定する理由は、以下を含めて数多くあります。

  • 失業率がNAIRUを下回っていること
  • インフレ率がターゲットを上回っていること
  • インフレ期待がインフレ・ターゲットを上回っていること
  • 中央銀行によるタカ派寄りの失策

図表5は、中立的な実質政策金利が2%、名目政策金利が4%で変動しないとするテイラー・ルールが採用された1992年から、金融危機の最中に政策金利が初めてゼロの下限に達した2008年までの期間における、フェデラル・ファンド金利の推移を示したものです。ここからは、名目政策金利の17年間の平均がテイラー・ルールにおける中立的な名目政策金利の前提(4%)に等しいことがわかります。

FRBはなぜこのように中立的な水準から逸脱したのでしょうか。図表6は、金融危機前の数年間にテイラー・ルールの中立的な水準から逸脱した原因は、失業率の動向(逆目盛)によってうまく説明できることを示しています。FRBの政策金利は、失業率が低い時期にはテイラー・ルールの中立的な水準を上回り、失業率が高い時期にはこれを下回っていました。

直近の経済情勢予測(SEP)からは、連邦公開市場委員会(FOMC)による2017年の失業率の大勢見通しがNAIRUの大勢見通し(5.3%、FOMCとブルームバーグのコンセンサス予想では2016年に実現する水準)を下回っていることが確認されます。数年後において、景気が実際に「ホット」であり、イエレン議長率いるFRBの政策反応関数がグリーンスパン・バーナンキ時代(図表6)と同様であれば、フェデラル・ファンド金利はいずれニュー・ニュートラルの政策金利を上回るとPIMCOでは予想しています。

対照的に、景気が下振れした場合には、フェデラル・ファンド金利は数年後にニュー・ニュートラルの水準に達しない可能性があります。このように、中立的な政策金利は実際の政策金利の上限でも下限でもなく、また、景気サイクルに起因して中立的な水準から逸脱し続けることがあるため、ニュー・ニュートラルの環境下での投資には、景気サイクルと中立的な政策金利を適切に見極めることが求められます。

PIMCOが毎年3回開催する短期経済予測会議(シクリカル・フォーラム)では、PIMCOのグローバルなマクロ景気サイクルの短期的な見通しが見直され、それに応じて、政策金利が中立的な水準から短期的に逸脱することについての見解が形成されます。また、毎年1回開催する長期経済予測会議(セキュラー・フォーラム)では、向こう3~5年間の中立的かつ長期的な実質政策金利についてのPIMCOの見解が見直され、精緻化されます。

FRBのメッセージがどの程度市場価格に織り込まれているのか

イエレン議長が着任した2014年3月以降のFOMCの声明文には、「FOMCは現在、雇用とインフレがFRBの使命と整合的な水準に近づいた後にも、経済情勢は当面の間、フェデラル・ファンド金利のターゲットをFOMCが長期的に正常と考える水準よりも低く据え置くことを正当化する可能性があると予想している。」という文言が含まれています。

FOMCの参加者の大勢見通しによると、FOMCは現在、米国経済は2016年末までには雇用とインフレの「使命と整合的な水準」になると予想しており、その時点では、フェデラル・ファンド金利の適正水準は2.85%となり、オールド・ニュートラルのテイラー・ルールによる中立的な名目政策金利の推計値(4%)を大きく下回ることを予想の中央値は示唆しています。FRBの声明文と大勢見通しは、ニュー・ニュートラルの見方と整合的です。

図表7は、2016年末時点におけるFRBの中立的な政策金利の予想を表す5つの指標を比較したものです。5つの指標はいずれも、オールド・ニュートラルの中立的な名目政策金利の推計値(4%)を大きく下回り、また、2016年の中立的な実質政策金利はテイラー・ルールによる中立的な実質政策金利の推計値(2%)よりもゼロに近いことを示唆しています。

ユーロドル先物とOIS(オーバーナイト・インデックス・スワップ)は、将来におけるオーバーナイトの資金運用のリターンについての市場の予想を表すものであり、現在、2016年末時点についてはいずれも2%を下回ります。3年先1年の実質利回りの予想にFRBのインフレ・ターゲットである2%を加えた数字は、現在、2%をやや上回ります。また、FRBの調査によると、FOMCの参加者による将来のフェデラル・ファンド金利予想を示すブルー・ドットの「中央値」が3%に近いのに対して、FOMCの主要参加者の見解を表すと広く認識されているいわゆる「最低水準から4番目のブルー・ドット」は、プライマリー・ディーラーのチーフ・エコノミストの予想と同じように、2%に近い水準となっています。

図表8は、PIMCOの長期的な予測の時間軸の終点である2018年におけるFRBの中立的な政策金利の予想を表す5つの指標を比較したものです。ここでは、中立的な政策金利は長期的には3.75%に上昇するというFRBの予想を示す「ブルー・ドット」と市場価格の間に、乖離が確認されます。正解はその時になってみないとわかりませんが、本レポートの執筆時点では、市場の予想はFRBの予想と異なります。

投資における意味合い

以下では、このようなニュー・ニュートラルの環境下において投資家が考慮すべき長期的なテーマをいくつか紹介します。

グローバルな債券市場における投資機会: 過去は参考にはならない
潜在成長率が鈍化し、ニュー・ニュートラルがグローバルな政策金利の基準となる世界では、オールド・ニュートラルの中央銀行の政策反応関数モデルに基づいて債券の市場価格が下落したタイミングにおいて、ハード・デュレーション や金利に対する直接的なエクスポージャーに投資機会が生じるでしょう。

グローバルな株式市場における投資機会: ニュー・ニュートラルはバリュエーションの下支えとなる見通し
資産のバリュエーションを算出する上で、将来の予想キャッシュフローを割り引くことが大きな役割を果たすことから、ニュー・ニュートラルのリスクフリー金利は全ての資産クラスに影響します。なかでも、株価収益率が高い銘柄にプラスに作用します。債券利回りが先物価格の妥当性を示唆するのであれば、株価収益率も同様であり、ニュー・ニュートラルの金利水準によってキャッシュフローを割り引くことを考慮しない場合、割高な印象を受ける可能性があります。

グローバルなクレジット市場における投資機会: 長期的な勝者を1社ずつ見出す
多速度の世界では、長期的な勝者と敗者に分かれます。実際、どの国も平均的な水準で成長しないシナリオも考えられます。ボトムアップのリサーチに基づいて個別の証券、セクター、企業、国に投資する投資家にとっては、多速度の世界には収益機会が潤沢に存在するでしょう。市場平均、すなわちベンチマーク並みのポートフォリオで満足する投資家は、収益機会を逃してしまうかもしれません。

エマージング市場における投資機会: 略語にとらわれず、調査に集中すべき
あまりにも多くの投資家が、あまりにも多くの期間にわたって、BRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)諸国のエクスポージャーを均等に積み上げることで満足していました。過去においてそれが正しい判断だったとしても、多速度の世界では通用しません。ここでも、企業や国に対するボトムアップのリサーチが収益機会をもたらす可能性があります。

外国為替市場における投資機会: 米ドルに注目
PIMCOでは基本シナリオとして、米国経済はニュー・ニュートラルではあるもののプラスの名目政策金利において完全雇用を達成するとみています。残念ながら、ユーロ圏と日本の経済見通しに関しては米国ほど楽観的ではなく、欧州中央銀行(ECB)と日本銀行は政策を総動員して量的緩和を推進し、利上げを急ぐことはないでしょう。このようなシナリオでは、投資家は米ドルや長期的な勝者になる可能性が高い国の通貨をロングすることを検討するべきでしょう。

アセットアロケーションに関連する投資機会: 逆相関の魅力
金融危機を乗り切る上で効果的だった数少ない金融資産の相関関係は、株式リスクと金利リスクの逆相関でした。幅広いアセットアロケーション戦略において、債券に対するアロケーションは無理なく効率的な分散効果を発揮しており、今後もそうした役割を果たし続けるでしょう。分散することによって確実に損失を回避できるわけではありませんが、債券のクーポンと株式の配当を比較することのみに注力する投資家は、最適な投資機会の1つを逃す公算が大きく、その結果、比較的高いリスク調整後リターンを達成できない可能性があります。

著者

Richard Clarida

グローバル戦略アドバイザー

プロフィールを見る

Latest Insights

PIMCOの視点

国連の持続可能な開発目標:影響度によるパフォーマンスの測定

PIMCOのESG(環境・社会・ガバナンス)への取り組みの重要な目的の一つは、国連の持続可能な開発目標(SDGs)を対話に取り入れることです。PIMCOがESGへの取り組みを進めていく際、どこに重点を置き、どう説明責任を果たすのか、そして最終的には影響度合いを測る際の枠組みの一つになりうるからです。

ご留意事項

ピムコジャパンリミテッド
105-0001
東京都港区虎ノ門4-1-28
虎ノ門タワーズオフィス18階
金融商品取引業者 関東財務局長(金商) 第382号
加入協会/ 一般社団法人日本投資顧問業協会、一般社団法人投資信託協会

ピムコジャパンリミテッドが提供する投資信託商品やサービスは、日本の居住者であり、かつ法律による制約のない方に対して提供するものであり、かかる商品やサービスが許可されていない国・地域の方に提供するものではありません。

過去の実績は将来の運用成果を保証または示唆するものではありません。本資料には、本資料作成時点での著者の見解が含まれていますが、これは必ずしもPIMCOグループの見解ではありません。著者の見解は、予告なしに変更される場合があります。本資料は情報提供を目的として配布されるものであり、投資助言や特定の証券、戦略、もしくは投資商品の推奨を目的としたものではありません。本資料に記載されている情報は、信頼に足ると判断した情報源から得たものですが、その信頼性について保証するものではありません。

運用を行う資産の評価額は、組入有価証券等の価格、デリバティブ取引等の価値、金融市場の相場や金利等の変動、及び組入有価証券の発行体の財務状況や信用力等の影響を受けて変動します。また、外貨建資産に投資する場合は為替変動による影響も受けます。したがって投資元本や一定の運用成果が保証されているものではなく、損失をこうむることがあります。運用によって生じた損益は、全て投資家の皆様に帰属します。弊社が行う金融商品取引業に関してお客様にご負担頂く手数料等には、弊社に対する報酬及び有価証券等の売買手数料や保管費用等の諸費用がありますが、それらの報酬及び諸費用の種類ごと及び合計の金額・上限額・計算方法は、投資戦略や運用の状況、期間、残高等により異なるため表示することができません。