2021年6月に開催された前回の米連邦公開市場委員会(FOMC)の会合以降、新型コロナウイルスに対する不安の再燃によるサプライチェーンの混乱を背景に、当初の予想以上に米国の経済活動が減速していることを示唆する、新たなデータが発表されました。しかし、FOMCの9月の会合では、債券購入の月次ペースの減額(テーパリング開始)を、早ければ11月の会合で発表する意向を示しました。また米連邦準備制度理事会(FRB)が新たに公表した経済見通し(SEP)では、2021年のコア・インフレ率予想が大幅に上方修正されると共に、2023年までの予想政策金利の中央値も同様に大幅に引き上げられました。 FRBの新たな予測では、現在加速しているインフレのペースは2022年には、FRBの長期目標である2%に下がることが引き続き示唆されています。しかしながら、目標を上回る物価上昇が当初の大方の予想以上に続いていることから、FOMCのメンバーは引き締めのペースを速めることが必要だと考えているようです。足元の長期インフレ期待はFRBの目標の2%と一致しているように見えますが、物価上昇が長引けば、インフレ期待が一段と加速するリスクが高まり、FRBによる更に積極的な引き締めが必要になる可能性があります。9月の予測の修正は、こうしたリスクを管理するためのFRBの取り組みを反映したものと見られます。 債券購入については、FOMCは11月からのテーパリング(量的緩和縮小)を強く示唆しましたが、PIMCOでは12月までずれ込むリスクがあると見ています。米国の債務上限は11月のFOMC会合前後に確定する可能性が高く、FRBはボラティリティが高まるこの時期に、これ以上拍車をかけたくないと考えている可能性があるからです。とはいえ、パウエル議長が記者会見で示したように、FRBはテーパリングのペースを容易に調整し、「2022年半ば頃」にテーパリングを終えることができるでしょう。 新型コロナウイルスのデルタ株とハリケーンの経済的影響 2021年6月のFOMC以降、感染力の強いデルタ株により新型コロナウイルスの感染者数が再び増加に転じたことを受け、サービス業の活動が鈍化しました。また、エマージング諸国でも同様の感染再拡大がサプライヤーにさらなる問題を引き起こし、特に自動車産業の生産減につながりました。ハリケーン・アイダによる生産中断も、物流問題をさらに悪化させた可能性があります。また、自動車を中心とした損害については、特に自動車の在庫が依然として少ないことから、今後数四半期にわたって需要と価格が押し上げられる可能性があります。 こうした問題を受けて、PIMCOでは2021年の米国の成長率の予想を引き下げ、インフレ率の予想を引き上げました。現在のインフレは、来年になれば解消される一過性の要因によるものと引き続き見ていますが、長期的なインフレ期待が一段と加速することへの懸念も若干強めています。FRBの共通インフレ期待指数(CIE)によると、インフレ期待はFRBの長期目標である2%近辺で推移しているようです。しかしながら、最近のハリケーンのような一過性の要因が相次ぎ、インフレ率の上昇が長引いた場合はインフレ期待がさらに高まるリスクがあり、そうなればFRBはより積極的に対応する必要が出てきます。長期的なインフレ期待は、今のところそうした動きは見せていませんが、FRBが軽減したいと考えているリスクです。 9月のFOMCにおける成長率およびインフレ率の見通し FRBが2021年の成長率とインフレ率の予想を大幅に修正したことに伴い、2023年までの金利経路の予測の中央値も大幅に引き上げられました。現在上昇しているインフレ率は2022年には低下するとの予想は変わりませんが、FOMC委員は予測期間中、より速いペースでの利上げを予測しています。9月時点の実質GDP成長率の予測の中央値は、2021年については5.9%と、6月時点の7.0%から下方修正される一方、2022年については3.8%で、6月の3.3%から上方修正されています。コアPCEインフレ率の予測の中央値は、2021年については3.7%に上方修正されています。また2022年と2023年についてもそれぞれ0.2~0.1ポイント上昇し、2.3%、2.2%となっています。(PCE(個人消費支出)はFRBが重視するインフレ指標で、通常はCPIよりも0.2~0.3%低い値となります。) こうした予測の修正を受けて、FOMCは金利経路の予測も引き上げました。これにはハト派(景気重視)のメンバーも含まれ、利上げの開始時期を2023年に変更しました。またタカ派(インフレ重視)寄りのメンバーは、2022年の利上げ回数を増やしています。その結果、政策金利の予測の中央値は、2022年は0.25%、2023年は1.0%となっています。また9月のSEPでは、2024年の金利予測の中央値を1.8%とし、2022年から2024年にかけて0.25%の利上げを年三回のペースで行う見通しが示されています。 FRBのバランスシート こうした成長とインフレを背景に、パウエル議長は、次回11月のFOMC会合で債券購入の月次ペースの縮小(テーパリング)開始を決定する意向であると表明しました。しかしながら、10月下旬から11月上旬は、米債務の上限が確定するタイミングにあたることから、FRBのテーパリング開始の表明は制約を受けることになるとPIMCOでは見ています。過去には、債務上限の期限が到来する直前は市場ボラティリティが上昇したことがあり、FRBは財務省のクーポン支払いの遅延、最悪の場合、財務省の入札が失敗するシナリオを想定していると考えられます。このため、PIMCOではテーパリング開始の公表は12月の会合までずれ込むリスクがあると見ています。とはいえ、FRBがこれまで議論してきた月額約1.66兆円(150億ドル)の削減よりも速いペースでのテーパリングを発表する可能性も考えられます。テーパリングの開始時期が11月か12月かにかかわらず、FRBはテーパリングのペースを容易に調整し、2022年半ばまでに債券買い入れプログラムを終了させることができるとみられます。これによりFRBは、インフレ期待が加速し、インフレが長引くことが判明した場合に、より早く利上げに動ける機動性を手にすることになります。 結論 インフレ期待の上昇リスクが高まったことを踏まえ、FRBは利上げ予想を上方修正したとみられます。これまでハト派だったメンバーが利上げの開始時期を2023年に修正する一方、タカ派のメンバーは追加利上げを織り込んだことから、タカ派寄りの結果となりました。 ティファニー・ウィルディングは、PIMCOの北米担当エコノミスト。PIMCOブログの定期的寄稿者。 (2021年9月22日発行)
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