PIMCOではかつて、低水準ながらも安定した成長と、中央銀行の目標を下回り続けるインフレ率を特徴とする世界を「ニュー・ノーマル」と名付けましたが、こうした世界は確実に過去のものになったと考えています。多くの投資家は、ニュー・ノーマル時代には中央銀行の行動を、新型コロナのパンデミック期間中にはリスク資産に対する財政政策支援を見込んで「利回りを追求」し、「押し目で買う」ことで報われてきました。しかしながら、長期経済展望の対象である今後5年超の期間では、各国の中央銀行が市場ボラティリティを抑え、金融資産市場のリターンを下支えする余地は狭まっているとみています。
レジリエンスの構築
今後はポートフォリオの構築において、投資家は利回りよりもレジリエンスを求めるものとみています。マクロ・ボラティリティ、市場ボラティリティ、中央銀行の支援をめぐる不確実性が増す中、より強靭な資産配分の構築を目指すことになるでしょう。PIMCOとしては、お客様に代わって運用するポートフォリオにレジリエンスを構築するとともに、市場ボラティリティが高まる時期には利益を確保できるよう努めます。
分散にはより詳細な検討が必要になります。企業の意思決定者がサプライチェーンの分散を模索するのと同じように、投資家は地政学的要因とリスクに照らし、ポートフォリオの分散を模索するかもしれません。そうした中で予想外の結果が起こりうることは、ロシアの国際金融システムからの急速な孤立で目の当たりにした通りです。地政学的な分裂が進む中、政府や企業はどちらの側に立つのか立場を明確にするよう圧力を受けることになり、制裁、資本規制、最終的には資産没収のリスクにさらされる可能性があります。資産クラス間の分散だけでなく、こうした地政学的な要素を考慮に入れることが、投資判断や必要なリスクプレミアムに影響を与えると考えられます。
低リターンの世界
ここ数ヵ月、資産市場には弱さが見られましたが、開始時点のバリュエーションと、マクロ経済と市場環境の不安定さが増すとの予想を踏まえると、今後5年間における資産市場のリターンは、現実的に低めに見積もっておくことが必要でしょう。景気サイクルが短期化し、不確実性が増しているとの予想や、インフレ環境の変化から包括的な政策対応があまり見込めないことも、利回り追求よりポートフォリオのレジリエンスに重点を置くことを促しています。向こう2年間に、米国をはじめとする先進国で景気後退が起きる確率が高まったとみています。このことも同様に、潜在的な資産市場のリターンの正確な評価と元本保全の重視を促しているといえます。
とはいえ、コア債券のベンチマークの利回りは、コロナ禍の安値から回復しており、PIMCOの基本シナリオでは、先物市場は予想した各国の政策金利の長期の上限を織り込んでいるか、織り込みつつあるとみています。インフレ圧力が管理可能とみなされ、市場金利が近年の下限を上回った場合は、中央銀行が伝統的な金融政策を発動し、利下げする余地が出てくるはずです。そうなれば、景気後退の環境下の債券市場では魅力的なパフォーマンスを発揮できる可能性があります。
今後5年間で、ほとんどの債券ベンチマークでプラスのリターンが見込まれます。債券は、より高い利回り水準となり、分散型ポートフォリオにレジリエンスを構築する上で重要な役割を果たすとみています。
中央銀行の金利は抑えられ、債券のリスクプレミアムは上昇
今世紀の10年あまりの「ニュー・ノーマル」期は過去のものになりましたが、実質政策金利が低い「ニュー・ニュートラル」は、インフレへの短期的な対応する期間以上に存続する可能性が高いと考えています。中立的な政策金利を引き下げてきた長期的要因である、人口動態、世界的な貯蓄過剰、高い債務レベルは、引き続き、政策金利を低水準に抑える可能性が高いでしょう。ただし限界的には、脱グローバル化や強靭なサプライチェーン構築などインフレ要因の増加から、上昇圧力がかかる可能性があります。
金融支配、 マクロ経済変数による影響に加えて、金融政策引き締めが金融市場に与える直接的影響は、政策金利が先物市場に織り込まれた水準を大幅に上回って上昇する可能性に歯止めをかけるとみられます。ただし、インフレのオーバーシュートが続き、インフレ期待が上昇して、中央銀行が景気後退を副産物ではなく目標として利上げを余儀なくされるリスク・シナリオの場合は除きます。
マクロ経済見通しの不確実性が高まり、とりわけインフレの先行きを巡る不確実性が高まる中、金融市場は、長期の債券の保有に際してより多くのターム・プレミアム、つまり債券のリスクへの対価を求めると予想しています。景気下振れリスクに対する対価がインフレ懸念を上回り、リスクプレミアムが抑えられていた時期は、過去のものになりつつあります。全体として、今後はターム・プレミアムの上昇を予想しています。
市場が今後発表されるインフレ・データを検証し、インフレ・リスクと景気後退リスクのバランスを見極める中で、短期的には利回り曲線がフラット化する可能性があります。しかしながら今後5年間は、インフレ・リスクが中央銀行の目標水準付近でせめぎ合い、ニュー・ノーマルの世界と比較してインフレ圧力が持続する可能性の高い環境では、利回り曲線が再びスティープ化し、それが定着すると予想しています。
市場金利に目を向けると、中央銀行の低金利(少なくとも2000年代初頭に比べて低い金利)が、引き続き重要なアンカーになるとみています。PIMCOの基本シナリオの見通しでは、10年物米国債の利回りをベンチマークとしており、2020年のコロナ禍の期間を除く過去10年間に主流であったレンジと同等か若干高めになると予想しています。これは約1.5%から4%のレンジに相当します。レンジの上限は、過去10年と比べて若干引き上げられる可能性を示唆しています。過去10年で10年物米国債の利回りが3%を超えたのはごく短期間しかありません。このレンジには、中央銀行がインフレ目標を下回った過去10年に比べてインフレ率が上昇するという予想と、短期的にも長期的にもインフレの上振れリスクが高まっているという予想が反映されています。そして、もちろんリスク・シナリオが存在し、利回りはこの基本シナリオ予想よりも高くなる可能性もあれば、逆に低くなる可能性もあります。
株式のリスクプレミアムの上昇
景気サイクルの短縮化とマクロ経済のボラティリティ上昇を受けて、株式のリスクプレミアムも上昇する可能性があります(つまり投資家は、債券よりも株式を保有するためにプレミアムの上乗せを要求する可能性があります)。高インフレ環境は、名目の利益の伸びを棄損し、利益率を低下させ、より不安定にする傾向があります。
在庫水準の上昇、サプライチェーンの効率低下、労働コストの上昇、投資ニーズの拡大などの様々なインフレ要因に加えて、利益率は金利上昇と納税負担で圧迫される可能性があります。過去10年にわたる企業の自己資本利益率の改善のかなりの部分は、(事業費用、税金、利息の支払いなど)本業外の費用の減少傾向に起因するものです。今後5年間で、こうした企業費用の減少傾向が続くとは考えにくくなっています。
そのため、株式市場の予想リターンは、世界金融危機後に投資家が経験したリターンを下回ると予想しています。成長と収益性が見えにくくなっていることを考えると、投資家は株式のリスクプレミアムの上乗せを求め、信頼できる収益源を優先する可能性が高いとみています。こうした見通しは、質の高さと慎重な銘柄の選択を重視するPIMCOの方針を裏付けています。ベータ(市場全体)の収益が低下する世界で、アルファ(超過収益)を確保するには、長期テーマを認識し、新たな環境で恩恵を受ける銘柄を特定することが不可欠です。
インフレ・ヘッジを求めて
向こう5年にわたってインフレ圧力が高まる可能性を考慮し、米物価連動国債(TIPS)および厳選したグローバルのインフレ連動型投資が、インフレ上振れリスクに対して妥当なヘッジ手段になるとみています。足元のTIPSには、米国のインフレ率が今後12ヵ月~18ヵ月でFRBの目標値の2%に戻るとの予想が織り込まれています。これは、PIMCOの基本シナリオの予想に沿っていますが、結果は保証されるものではありません。
コモディティ市場も、特に予想外のインフレに対して貴重なヘッジ手段になります。予想外のインフレに対するヒストリカル・ベータ(すなわち高い正の感応度)は、TIPSのそれをはるかに凌いでいます。2022年にかけて、コモディティ市場は概ね上昇軌道に乗っていました。需要が回復する一方、特にエネルギー・セクターで数年にわたり投資が過小で供給が滞ったことが背景です。ウクライナ侵攻はこのトレンドを加速させ、将来のエネルギー需要を充足させ、気候変動や安全保障の懸念に対処するには莫大な投資サイクルに着手する必要性を明らかにしたに過ぎません。したがって、資本を動機づけ、エネルギー市場に十分な投資を呼び込むには、少なくとも向こう5年は持続的な高値となると予想しています。
不動産もインフレ・ヘッジ手段として機能します。特にリース期間が一般的に1年未満の集合住宅や個人向け保管スペース・セクターが魅力的です。欧州では、オフィスや産業向けリースですら、しばしばインフレ指数と連動されています。さらに不動産のほとんどのセクターでは、ファンダメンタルズが引き続き健全です。入居率は依然として高く、建設コストの上昇によって新規供給は抑えられる見通しです。
企業クレジットについての注意点:質を重視
パブリック・クレジット市場における全般的な流動性の低迷、加えて、マクロ経済のボラティリティの高まり、中期的な景気後退リスク、中央銀行や財政政策の支援の確実性の低下という見通しをもとに、企業クレジット投資については、質の高い銘柄を選好する方針を維持します。押し目買いが優勢だった過去10年に比べて、金融・財政支援が薄くなる次の景気後退期には、デフォルトが発生し、信用損失が拡大する可能性があります。新型コロナの緊急事態の間には、企業の発行体に広範な政策支援が実施されましたが、これが新たなベンチマークになるとは考えていません。中央銀行はインフレに重点を置き、政府は国家安全保障と環境安全保障に重点を置いたことから、目標とするレジリエンスの追求に不可欠なセクター以外の企業を支援することには、かなり消極的になるとみられます。
PIMCOでは、企業クレジットのオーバーウエイトとアンダーウエイトの選別にあたり、クレジット担当のポートフォリオ・マネジャーとリサーチ・アナリストから成るグローバル・チームの知見を活かしています。担保付き投資を選好するとともに、無担保のクレジット投資については、有利な条件の確保と明確な文書化を求めています。PIMCOでは、持続的なクレジット・デフォルト・サイクルにおいて重大なデフォルト・リスクにさらされる可能性のあるポジションを回避するととともに、クレジット市場で緊張が高まった時期には、流動性を要求する側ではなく、流動性を提供する側になることを目指しています。
プライベート・クレジットの機会とリスク
プライベート・クレジット戦略は、パブリック・クレジットの配分先の補完手段になりえます。パブリック・クレジットにとってより厳しい環境においては、長期志向とリスク許容度の高いポートフォリオには優良な投資機会が見つかることを期待しています。
とはいえ、過去数年のプライベート・クレジット市場には、パブリック・クレジット市場で見られたのと同じ過剰感があります。特に、近年一般的になったレバレッジを最大限に効かせた企業融資案件において顕著です。プライベート・クレジット市場における過剰感は、レバレッジが過剰なバランスシートが調整され、バリュエーションと成長見通しがより現実的なものになるにつれて、厳選されたプライベート・ファイナンス・ソリューションにとっては、豊富な投資機会を提供するでしょう。プライベート企業クレジットのレガシー負債については、より困難な時期が予想されます。一方、競争があまり激しくないプライベート・レンディング(融資)市場の一部では、相対的にパフォーマンスの向上が期待できると予想しています。例えば、消費者信用と住宅信用におけるプライベート・レンディングは、今後数年は特に魅力的なパフォーマンスが期待できる好位置にあると考えられます。(企業が再びレバレッジを増やしているのに対して)家計のバランスシートは、10年以上にわたりレバレッジを解消してきたことがその理由です。プライベート・クレジットのその他の多様なセクターでは、全般に健全な初期条件とバリュエーションを勘案すると、航空機ファイナンス、不動産融資、機器リース、ロイヤルティ・ファイナンスが、一般的な企業のプライベート・デット・セクターをアウトパフォームする可能性があるとみています。
エマージング市場:勝者と敗者
エマージング市場は優れた投資機会を提供するとみていますが、困難な投資環境においては、勝者と敗者を峻別するアクティブ運用の重要性を強調しておきたいと思います。一部の国は資本財需要の恩恵を受け、コモディティ輸出国は交易条件の改善から恩恵を受けるとみられます。一方で、ファンダメンタルズや政策の枠組みが弱い他のエマージング諸国は、景気サイクルの短縮化とマクロのボラティリティの高まりに一段と翻弄される可能性があります。コモディティ輸入国も、大きな困難に直面する可能性があります。
既に述べたように、軍事的・戦略的な分断線に細心の注意を払わねばならない分裂した世界では、エマージング投資において、適切な分散と適切なリスクプレミアムに重点を置くことが、とりわけ重要になると考えられます。これは、制裁と資産没収のリスクがあり、国内の政情不安だけでなく、地域および世界的な政治要因で突発的な事態が起こりかねない中で、アクティブ運用とアクティブな意思決定が重要であることを裏付けるものだと言えるでしょう。
通貨:嵐の中の逃避先としての米ドル
米ドルは標準的なバリュエーション指標では過大評価されているように見えますが、中期的な景気後退リスクとマクロ経済のボラティリティの上昇が見込まれることを勘案すると、引き続き”嵐の中の港”になる、つまりマクロと市場ボラティリティが高まる時期に、相対的に安全な逃避先として恩恵を受けると予想しています。その意味合いの一つは、例えば、割安なエマージング通貨やG10のコモディティ通貨を通じて価値を求める際には、米ドルとのクロスを重視するのではなく、各国に分散した資金調達バスケットを検討するほうが理に適っている、ということです。
グローバルへの投資機会
今後5年間、資産クラスのリターンが全体的に低下するだけでなく、リターンのボラティリティが高まると予想される中、地政学的に不安定でテールリスクが肥大化した環境では、各国間の違いが大きくなると予想しています。ボラティリティが上昇し、マクロのリターンと市場リターンの違いが大きくなる中では、リスクと機会の両方がもたらされます。PIMCOでは強靭なポートフォリオの維持を目指していますが、同時にグローバルなアプローチを追求し、機会を最大化して好機を活かすとともに、脆弱な部分のリスク軽減を目指しています。市場参加者のホームバイアス(自国市場への投資偏重)の拡大、脱グローバル化の加速、資本市場の分裂が進む世界は、好機をもたらす可能性があります。グローバルなマインドを持つ投資家や運用チームには、こうした好機を見い出し活用できる機会があると考えています。