金融業界の常識と照らし合わせると、私が投資の世界に入ったのは遅かった。国際金融基金(IMF)の職員としてそれなりに確実で安定したキャリアを歩んでいたが、一九九七年末にIMFを辞め、ロンドンで米系投資銀行ソロモン・スミス・バーニーに就職した。三十九歳にして、荒々しくてめちゃくちゃな世界に足を踏み入れたわけだ。そこから、刺激的な旅が始まった。世界経済と金融市場の秩序が徐々にだが確実に大転換しつつあることを間近で目撃するという、特権を得たのである。
最初のうち、大転換の影響は、投資と政策の世界の比較的小さな領域に限定されていた。一つは新興市場への投資という専門分野、もう一つは新興市場への投資以上に専門的で複雑怪奇な分野、すなわちデリバティブ(金融派生商品)投資とリスク移転である。しかし、大転換を示す現象が相次ぐようになると、良いことも、悪いことも、醜いことも同時に増え、今では投資家、各国政府、国際機関を含め広範な世界に影響が及ぶようになっている。
本書では、大転換に絡んだ現象を深く分析していく。われわれの世界が現在どのように変わりつつあり、将来どのように変わっていくのかに光を当てるのが狙いだ。世界が変貌している背景には、現在進行中の経済上・構造上の変遷、すなわち私が本書全体を通じて使っている表現「大転換(transformation)」がある。
一説では、われわれは現在、異常なほど流動的な環境下に置かれている。この環境の基本構造を見極めるため、本書は必要な分析道具を用意した。投資家は本来ならば合理的に行動し、必要な情報を十分に入手しているはずなのに、重要な転換点を見逃し、結果的にミスを犯すことがある。本書では、それがなぜなのかを明らかにしていく。投資家がミスを犯してきたことで、これまでも市場の混乱、流動性の突然の枯渇、金融機関の破綻、緊急政策発動といった問題が起きることがあったし、今後も同様の問題が繰り返し起きるだろう。
本書には、投資戦略やビジネス手法、政策決定に欠かせない実践的な情報が含まれている。いかにして新しい機会をとらえて利益を確保しつつ、さまざまなリスクの表面化を最小限に抑えることができるのか、ヒントを提供したい。統計用語を使えば、データの分布上で左側に伸びるテール(望ましくない結果)を最小化しつつ、同時に右側に伸びるテール(望ましい結果)を最大化することが本書の目的である。
世界経済や金融市場を取り巻く新時代では、左側のテールも右側のテールも太いのである。
市場崩壊のリスクを伴う大転換
大転換を認識するのも難しいし、乗り越えるのも難しい。予想外に急進展する場合は特にそうだ。大転換は従来の常識を覆し、歴史的に引き継がれてきた既得権益の見直しを迫る。同時に、必然的に複雑で、時に予測不可能なダイナミズムを生み出す。だれもが知っているような長期的変化(永続的変化)と向き合うときでも、人々は難しい問題を抱える。それだけに、簡単には認識できない大転換に直面すると、それよりも格段に難しい問題を背負い込む。大転換がどんなタイミングで起きて、混乱を招かずに進むかどうか見極めようとしても、一筋縄ではいかないのだ。変化の速度や既存システムとの整合性を考慮する必要性がない長期的変化もある。だが、大転換の場合は次元が異なるのである。
個々の市場で大転換に弾みがつくと、市場・政策インフラが新たな現実に十分に対応できていないことが明らかになる。国内的な次元でも、国際的な次元でも、である。大転換が起きると、新たな金融取引が可能になり、既存システムの能力を凌駕して膨張する傾向がある。既存システムではそのような取引を吸収・維持できない。結果として、システム内に張りめぐらされたパイプがあちこちで詰まり、“配管”問題が生じる。最初のうちは当惑したり、混乱したり、非難合戦を始めたりする人もいるが、最後には「ある種の変化が必要」という認識が広がる。
配管問題解決のために必要な処置が施されている最中でも、投資家、各国政府、国際機関といった市場参加者は不安になり、さらなる激動が控えているのではないかとやきもきする。二〇〇七年の夏にサブプライムローン(信用度の低い個人向け住宅融資)問題が表面化し、それに端を発して金融不安が起きた。この種の行き過ぎと混乱は当分おさまりそうにない。サブプライムローン問題は、国際金融システムの土台を揺るがすといっても過言ではない。当初は、アメリカの住宅ローン市場の一分野に限定された問題にすぎなかった。にもかかわらず、一連の金融破綻を引き起こし、ウォールストリート(金融街)のみならずメーンストリート(大衆街)にも激震が走るほどの影響をもたらした。
投資家と政策担当者の反応はおそまつだった。彼らは当初、今回の混乱の原因と結果をきちんと理解できていなかった。サブプライムローン問題を「一時的な現象」と一蹴し、影響についても「限定的」と断じたのだ。投資家はこの問題を個別限定的な事件と見なし、世界的な株安連鎖などに発展するとは思いもしなかった。特に株式投資家がそうだった。政策担当者もしばらくは模様眺めだった。貪欲な借り手や無節操な貸し手が相応のしっぺ返しを受けるべきだという、それなりにまっとうな考え方があったためだ。
しかしながら、状況が一変するのにそれほど時間はかからなかった。というのも、金融業界の一角が崩れ、経済全体がドスンと大きな音をたてて地に落ちたからだ。事態の深刻さに気づいた政策当局は後手に回りながらも金融対策を打ち出し、世界中の中央銀行が大規模な流動性供給に乗り出した。このような資金供給でも市場の混乱が鎮まらず、アメリカ政府はついに大規模な財政出動と住宅部門の直接的なテコ入れを強いられた。そんななかで、欧米系主要投資銀行の経営幹部はアジアと中東へ足を運び、大規模な資本増強キャンペーンを開始した。主要経済紙の一面を見ると、ウォールストリート・ジャーナル紙が「ライフライン(命綱)」、フィナンシャル・タイムズ紙が「ベイルアウト(救済)」、エコノミスト誌が「政府系ファンドの侵略」と書いていた。
二〇〇七年夏に始まった金融危機は、世界経済の永続的な大転換を映し出していると考えられる。現在、世界経済の根底では重大な変革が進行中であり、最終的に国際経済・金融システムに多大な影響を及ぼすと予想されている。にもかかわらず、既存の市場・政策インフラはその影響を十分に吸収できるほどの能力を備えていない。ということは、世界経済は長期的には大転換の恩恵を受けるにしても、短期的には市場崩壊などのリスクも同時に高まってしまうのである。本書の重要なメッセージの一つは「現在の混乱は、大転換局面の起点でもないし終点でもない」なのである。
本書で詳述する一連の矛盾や異常は、国際経済・金融システム内の緊張増大を示す初期シグナルだ。緊張が増大しているのは、市場の変化に既存インフラの能力が追いついていないためだ。グローバル市場で新しい金融取引が膨張しているというのに、既存インフラは現実にうまく適応できず、混乱のリスク最小化に失敗したのである。国境を越えた富の移転を追い風に、新興勢力がグローバル市場で存在感を高めたことも、緊張増大の一因である。
今回の金融危機の背後にある構造変化は依然として進行している。この事実を踏まえて本書を読んでいただきたい。世界経済の大転換は大きな影響力を伴って、今後何年にもわたって投資や政策の世界を特徴づけていくであろう。
「ノイズ」に隠れた重大な情報を見逃すな
激動を伴う旅路は、市場の衝突そのものである。ここで「昨日の市場」が「明日の市場」と衝突するのである。市場参加者、政策手段、金融商品、金融機関という次元それぞれで衝突が発生し、新旧入れ替わりが進む。これこそが根底にあるダイナミズムである。こうした環境下での基本課題は、新旧入れ替わりは必然的に荒っぽいプロセスになることを認識し、「新たな行き先」の特徴や意味合いを見失わずにうまく対処することである。
市場参加者は、「ノイズ(雑音)」を耳にして大転換に気づく。このノイズが初めて現れるのは、広く受け入れられている長年の経験則と矛盾する異常が突如として発生するときだ。人間は一般に、異常に直面すると「これは一時的な現象でいずれ元に戻る」と反応する。「意味ある情報が含まれているはずはない」としてノイズを軽視する傾向がある。結果として、ノイズの長期的な意味合いを考える必要性を感じない。そこに投資戦略、事業モデル、各国政府・国際機関の政策に多大な影響を与えるシグナルが含まれている可能性を否定するのである。しかし、歴史や理論を注意深く調べると、ノイズには軽視すべきでない側面があることがわかる。ノイズが根本的な変化を示すシグナルを含み、その根本的な変化を従来の監視手段が認識していない場合には、ノイズは大きな意味を持つのである。
一九九〇年代の後半、私はロンドンにあるソロモン・スミス・バーニーのトレーディングフロアでアナリストとして働き始めた。その一年目に市場のノイズをどのようにとらえればよいのかについて、単純だが貴重な教訓を得た。機械的にノイズを無視するのではなく、ノイズの中にシグナルがあるかを見極めるべきだ、ということだ。この教訓は、ある人物の観察を通じて得た。その人物は、当時二十代前半で、新興市場債券部で働いていた同僚、エドワード・カウエン。私の記憶では、彼は優秀なトレーダーであるとともに、イギリスのサッカーリーグに所属するアーセナルの熱烈なファンだった。
エドワードは、ファンドマネジャーが必要とする三つの資質のうちの一つに非常に恵まれていた。三つの資質とは、債券運用会社パシフィック・インベストメント・マネジメント・カンパニー(ピムコ)の創業者で「債券王」として尊敬されているビル・グロースが「理想的なファンドマネジャーに欠かせない資質」と呼んでいるものだ。現実には「理想的なファンドマネジャー」というよりも「理想的な資産運用チーム」に欠かせない資質でもある。
エドワードが優れていたのは三つのうちの「ストリートスマート(抜け目なさ)」という資質だ。彼は市場を生き抜くための処世術を身につけており、それを誇りにしているフシもあった。入社当初、毎朝自分の机に向かって歩いて行く時は、フィナンシャル・タイムズ紙やウォールストリート・ジャーナル紙ではなくタブロイド紙(イギリス版スポーツ紙)を脇に抱えていたらしい。
エドワードのストリートスマート、つまり「市場の勘」ともいえる資質はあまりに鋭く、ビル・グロースが挙げていた残りの二つの資質を補って余りあるほどだった。残りの二つの資質のうち、一つは「経済学的な思考訓練を十分に積んでいること」、もう一つは「金融工学を駆使する能力を身につけていること」だ。ストリートスマートの資質があったおかげで、エドワードは若くしてソロモンの稼ぎ頭になった。彼の実績は当時、行動ファイナンスや脳神経科学の分野での研究で裏づけられていた。すなわち、市場の混乱時には直観が重要であることを、である。
このことは、私のようなアナリストとの接し方からも明白だった。彼はしばしば市場から一歩身を引いて、われわれアナリストの見解に耳を傾けるばかりか、積極的にわれわれの見解を聞き出そうとした。その過程で、「市場の混乱がファンダメンタルズ(基礎的条件)の潜在的な変革を示しているのかどうかはっきりした見解を示してくれ」などと言い、われわれをせき立てた。また、われわれを邪魔者扱いし、追い払うこともあった。大抵は丁重に「ちょっと今は忙しいから」などと言ったものだが、いつも丁重であるとは限らなかった。エドワードはなぜ邪魔されたくなかったのか。アナリストが提供するファンダメンタル分析で混乱したくなかったからだ。彼にしてみれば、ファンダメンタル分析はその日の市場の動きという現実とはあまり関係がないのであった。
この教訓を私はずっと肝に銘じていた。市場分析を担当するソロモンから、直接の資産運用を担当するピムコへ転職し、さらにハーバード大学基金へ転職しても、忘れなかった。なかでも、「市場のノイズについては潜在的に異なる解釈が存在する」と考える習性を身につけたことが大きい。それから何年にもわたって、私はこの手法の有効性を確認できた。不完全で非対称の情報、市場機能の停止、行動ファイナンスなどについて、思慮に富んだ学術的な研究があったからである。
私はこの教訓を個別の投資戦略や取引によく適用した。投資の世界に足を踏み入れた初期のころ、幸運にも、本質的にノイズがあふれ、投資家の過剰反応を招きやすい資産(新興市場債)へ投資する職場へ配属された。ノイズに事欠かなかったのは、新興国の債券市場が成熟化の初期段階にあったためだ。新しい職場での課題は、ノイズの原因を割り出し、その意味合いを探ることだった。結果として、しばしば的確に予測できた。ピムコは二〇〇〇年から二〇〇一年にかけてのアルゼンチン債暴落や、二〇〇二年夏以降のブラジル債急騰で利益を得た。小さな動きをとらえて逆張りのポジションを築き、成功することもあった。たとえば、アルゼンチンの債務不履行がメキシコに与える影響や、ジンバブエの政情不安が南アフリカに与える影響について、二〇〇二年初めの市場の動きからその後の展開を推測できた。
方法は簡単なものだった。要点は、①ノイズの底流にある原因を観察し、分析する②経済学、経済のファンダメンタルズ、市場の需給に基づいて価格が割高か割安かを別途分析する③当初の調査結果を市場の専門家の見解と比べてみる④影響を受けた金融資産(及び投資家の共同保有などで価格連動性を持つ金融資産)の価格が適正かどうか短期・長期の観点から調べる――であった。
多くの場合、正しい答えはノイズの音を下げること、つまり「フェードする(弱める)」ことだ。ノイズを耳にしたら「一時的な異常値にすぎず、いずれ正常化する」と見なすわけだ。しかし、単なる雑音として見過ごせない場合もあり、そんなときはノイズが重要なシグナルを内包していると解釈するのが正しい。つまり、特定の市場で価格の絶対値や相対値を決定するパラメーターが意味深い変化を示している、と判断しなければならない。どんな場合でも、単にノイズを無視しようという当初の誘惑に屈しないこと――これが正しい姿勢である。
あるころから、私は何気なしにノイズのことを書きとめ、ピムコ発行の定期刊行物のほか、フィナンシャル・タイムズ紙やニューズウイーク誌の論説面へ寄稿するようになった。目的は単純だった。最近の市場動向を題材として取り上げ、今後の投資戦略や政策にどんな影響が出てくるかについて解説することだった。その過程で大量の事実を集めた。世界経済や金融市場に大きな影響を与えるほどの奥深い変化が起きているのに、その変化はまだ一般には理解されていない――そのことを示す事実を集めたのである。
その後、事実は裏づけされた。二〇〇四年から二〇〇五年にかけて、市場が発するノイズの性格が変わったからだ。「異常現象が連続する世界」が「異常現象が同時多発する世界」へ切り替わったと言い換えてもいい。時とともに矛盾や不整合を示す異常現象が増えるのではなく、次第に大きな音を発するシグナルがさまざまな市場から現れ、それらが同時並行でますます大きな異常を示すようになるのである。
「金利のなぞ」がもたらした混乱
市場をめぐる異常現象は最近でも多数ある。そのうちのいくつかは第一章でも詳述するが、最も生々しく、世間の大きな注目を集めた例は二〇〇五年の初めに起きた。アメリカで短期金利(最重要の政策金利であるフェデラルファンド金利)が継続的に、しかも大幅に上昇しているなかで、長期金利が低下傾向にあったのだ。この現象について、当時の連邦準備理事会(FRB)議長、アラン・グリーンスパンは「なぞ(conundrum )」と表現した。実は、投資家にとっては永遠と思えるほどの長期間(多くの投資家は一週間を長期間と感じる)、アメリカの債券市場は異常なシグナルを発し続けた。非常に流動性が高いもう一つの市場、つまり株式市場が発するシグナルと矛盾するシグナルを、である。
「金利のなぞ」現象をめぐり、「フェドウォッチャー」の中に奇妙な状況が出現した。フェドウォッチャーとは、世界で最も影響力が大きい金利であるフェデラルファンド(FF)金利の動向を予測することで生計をたてている、ウォール街のエコノミストやアナリストのことである。FF金利が五・二五%の水準にあった二〇〇六年の半ば、彼らのほとんどは二つのグループに分かれた。第一グループは自信たっぷりに六%への利上げを予測し、第二グループはやはり自信たっぷりに四%への利下げを予測した。私は当時、「信頼できるエコノミストやアナリストによる予測にこれほどの格差が生じたのは初めてではないか」と何度か指摘したのを覚えている。
一方で、市場のボラティリティー(変動性)と不確実性(あるいは市場の不安)を示す指標は過去最低を更新し続けていた。世界で最も流動性が高い二つの市場が矛盾したシグナルを発し、専門家の意見が真っ二つに分かれているというのに、である。ボラティリティーの低下を見て、多くの市場参加者は「市場全体のリスクが低下し始めた」と結論した。その結果、一段と大きなリスクを取って取引するようになった。首をかしげたくなるようなローンを組成し、レバレッジ(テコの原理)によってバランスシート(貸借対照表)上の負債を大幅に積み増した(アメリカの住宅所有者も負債を積み増した)。レバレッジを使う際には、過剰に複雑な投資手段や金融商品を活用した。
私は当時、ピムコとハーバード大学基金の同僚とともに経済上・金融上の異常現象の解明に取り組み、市場の土台を揺るがす三つの底流を発見した。これらの底流が勢いを増すと、異常なシグナルが単独で現れたばかりか、相互に絡み合っても現れた。その過程で、それまで使われてきたモデルとともに、当然視されてきた経験則の有効性に疑問符がついた。三つの底流が金融システム全体を規定しているわけではなかったが、投資家と政策担当者を当惑させるにはそれだけで十分だった。
シグナルを無視して走り続ける
異常なシグナルが増えているのに、市場参加者は取るべき対応を怠っていた。多くの投資家は以前と同じように全力で走り続けた。シグナルの理解に不可欠な最新式分析・運用手法を活用しようとはせず、昔の手法を使いながら一段と大きなリスクを取り、目新しい投資に深入りしていった。政策担当者は一定の不快感を示したものの、行動を起こしたくなかったのか、それとも行動を起こせなかったのか、対策を取ることはなかった。長年使用されてそれなりに機能してきたモデルでは、現実をうまく説明できなかったからだ。そのうち「データ依存症」に陥った。洪水のように送られてくる経済・金融データは必然的に生煮えで、事後的に大幅修正される傾向があるというのに、である。
このような状況は、金融取引を逆回転させるような混乱を起こす。優れた分析手法を持たないままで市場の中へ飛び込むとしよう。その場合、刻々と送られてくるデータや相場動向が急変すると、潜在的にとんでもないしっぺ返しを受けかねない。言うまでもないが、象徴的な例が二〇〇七年夏に表面化したサブプライムローン問題だ。その後も緊張した状況が続き、金融システムが途方もない打撃を受けた。全体を覆っていた煙が消え始めると、大銀行による損失計上額は当初の推定値百八十億ドルから大幅に上方修正され、ドイツ銀行の推定では最終的に四千億ドルに達した。
まずはメリルリンチが八十億ドルの損失を処理し、最高経営責任者(CEO)のスタン・オニールが辞任した。続いてシティグループのCEOチャック・プリンスが八十億―百十億ドルに上る追加損失を被って辞任。ウォール街を襲った余波はこれにとどまらなかった。数週間後、メリルとシティはさらなる損失を発表してウォール街を仰天させた。その数週間後、またも多額の損失計上が表面化した。サブプライムローン問題で揺さぶられたのはメリルとシティだけではなかったのである。
スイス系の大銀行UBSは当初こそ楽観的な見通しを持っていたものの、結局はサブプライムローン絡みで数十億ドルの損失を抱え、通年で赤字転落した。モルガン・スタンレーなどほかの欧米系投資銀行も同様だった。金融市場の大混乱にどうにかうまく対処している大手投資銀行はゴールドマン・サックスだけとみられていた。ゴールドマンはまた、バランスシート補強に向けた資本増強キャンペーンを行う必要がない数少ない大手金融機関の一つとして目立っていた。
銀行システムの動揺は、金融市場全体を襲ったショックの一部でしかなかった。住宅ローン専業の金融機関数社は経営破綻した。信用力で最上級の格付けトリプルAを維持し、自治体などが発行する債券の保証業務を営む金融保証会社は、大幅な損失計上を強いられ、格下げの危機に直面した。そのため、緊急の資本増強策を打ち出さざるをえなくなった。
金融市場が大打撃を受けたことで、各国の中央政府と中央銀行は危機管理体制に入った。これを端的に示したのがFRBによる劇的な利下げとアメリカ連邦政府による緊急財政出動だ。しかしながら、政府や中央銀行、市場監督機関などの公的部門の信用力は傷ついた。イングランド銀行は政策転換を強いられ、批判を浴びた。実際、主要国のあらゆる監督機関が何らかの批判を浴び、格付け機関も攻撃にさらされた。
ウォールストリートからメーンストリートへの波及も忘れてはならない。金融市場の混乱を背景に経済全体が二次災害を受けるのではないかという、もっともな懸念が広がった。「クレジットクランチ(信用収縮)」への言及がうなぎ上りに増えるなかで、政治家の関心が高まり、アメリカの議会を中心に多数の公聴会が開かれた。政治家が関心を寄せていたのは、直接の問題(つまりサブプライムローン市場の崩壊)やその潜在的な影響(現在及び将来の物件差し押さえの増大)にとどまらなかった。消費者保護と金融行政の失敗、詐欺の横行、短期金融市場の麻痺状態、銀行間取引市場の脆弱性、格付け機関の利益相反――こんな分野にまで関心が及んでいた。また、金融システムの安定化には金融機関による長期資本の新規調達が欠かせず、資本の出し手として新興国の政府系ファンド(SWF)に期待が集まった。だが、動機が不透明であるとして、SWFを歓迎するというよりもむしろ警戒する政治家もいた。
サブプライムローンをめぐる金融危機の長期的な影響について専門家が疑問を抱き始めたのも当然だった。景気循環のように定期的に訪れる相場下落局面とは違い、グローバル化の進展をストップさせる重大事件だ――こんな認識を示す専門家も出てきた。放っておけば、国や商品の境界線を越えて金融市場が統合するという流れが一気に逆流しかねない、と懸念された。
グローバル市場における「三つの底流」
金融市場のグローバル化構想を熱心に提唱していながら、今ではその構想を喜んで葬り去ろうとしている専門家がいる。彼らの反応を見ると、五歳から七歳の子どもがプレーするサッカーを連想する。両チームのプレーヤー全員が騒々しい家畜の群れのように、ひたすらボールを追いかける。全面的にデータに依存している状態といえる。対照的に年上の少年たちのサッカーは、ゲームの理解と戦略的な思考方法に基づいている。そのため、各プレーヤーがフィールド上でいたずらにボールを追いかけずに、それぞれの位置を維持しようと努める。もっとボールに動いてもらうのである。
となると、次のような疑問がわいてくるだろう。ノイズの解明に役立つ構造的な要因は何か? 市場参加者が適切な分析手法を開発するのに、なぜこれほど悪戦苦闘してきたのか?
読者のみなさんは以下に挙げる三つの底流のことはご存じだろう。
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経済力や影響力の点で国際的な力関係が変わった。以前は経済・金融システムにほとんど影響を与えていなかった国々がグローバルな舞台で徐々に台頭し、無視できない存在になった。
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一部の国が膨大な金融資産を積み上げた。そのなかには、資本不足の債務国という立場に長らく置かれ、最近になってようやく資本余剰の債権国へ転じた新興国も含まれる。債権国へ転じた新興国では、金融資産の運用を担うSWFが国際分散投資に乗り出し、経済・金融システムに大きな影響を与える存在になった。先進国の資産を大量保有するようになり、先進国の政治家に警戒されるようになった。
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新型金融商品が普及した結果、住宅市場をはじめ多くの市場へ投資家が容易に参入できるようになった。グリーンスパンら一部の関係者は「新型金融商品はリスクの移転・多様化に不可欠である」と考えた。しかし、割安株投資で有名な投資家ウォーレン・バフェットは金融版大量破壊兵器と同じ「時限爆弾」であると警告した。
これらの底流が相互に絡み合い、グローバルな経済・金融環境の基礎的条件を大きく変えたばかりか、これからも大きく変えていくだろう。市場参加者、政策手段、金融商品、金融機関それぞれの次元で新旧交代が進む。国際金融・経済システム上でより大きな重要な役割を担う新興勢力は、昔ながらのやり方を踏襲するわけではない。「昨日の市場」が「明日の市場」と衝突するわけだ。だからこそ、市場参加者が新環境にすばやく、効果的に適応しようとしても、一筋縄ではいかなかったのである。
以上の現象は、少し昔までは想像もできなかったような構造変化として確認されつつある。この構造変化によってグローバルな経済成長、貿易、価格形成、資本移動という基本的な四つの変数が影響を受けている。この事実を投資家は重く受け止めなければならない。これらの変数は、適切な投資戦略、事業モデル、政策を決めるうえで決定的に重要だからだ。新しい変化にすばやく適応している金融機関もあるとはいえ、それまで業界の覇権を握っていた金融機関の多くは困難に直面している。市場間の相互関係が変化しつつあり、それも確認しておく必要がある。その結果、安全な資産運用手法といわれてきた分散投資が、以前ほどの安心感を投資家にもたらさなくなった。そんな状況下で、複雑な「仕組み債」など新型金融商品が人気を集めている。新型金融商品の過剰生産と過剰消費が続くと、その反動で損失処理の最終コストは多大になる。
金融市場の「配管」が詰まっている
根本的な構造変化に対処するのは容易ではない。リスクの認識が遅れ、リスクの構造が異なっているためだ。歴史を振り返ると、別の理由も浮かんでくる。金融市場のパイプやインフラをはじめ、構造変化への対応に不可欠の機能が未整備だということだ。それにもかかわらず、多くの投資家は自らの意思かどうかはともかく、ただ突っ走らなければならないと思っている。
インフラ整備の遅れと投資家の無謀さが組み合わさると、典型的な配管問題が起きる。金融市場内に張りめぐらされた従来のパイプでは、新旧の取引の流れにまるで対応できないのだ。個々の金融機関の次元にも当てはまる。ファンドマネジャーが新しい投資戦略を活用しようとしても、必要な取引をスムーズに執行し、維持する事務処理部門の能力が追いつかない。金融システム全体の次元でも同様で、基本的なパラメーターが正常に作動しなくなる。基本的なパラメーターとは、価格指標、裁定取引、透明性、厳格な市場監督などだ。当局の政策決定の次元でも、伝統的な政策手段が通用しなくなる。
家庭で水道の流れが悪くなった場合と同様に、最後は大掃除が必要になり、それは不愉快なものだ。コストもばかにならない。というのは、問題は水道管そのもののトラブルにとどまらず、二次災害の可能性もあるからだ。投資家が抱える問題も同様である。投資家は「新たな行き先」(いわゆる「定常状態」)を理解し、それが金融機関や国際機関の組織構造などに与える影響を見極める必要がある。同時に、行き先にたどり着くまでの道中を理解しなければならない。道中は必然的に険しく、まっすぐには進めない。「市場の事故」や「政策ミス」に遭遇する恐れもある。
複数の構造変化をすばやく見極め、新たな現実に適応していくのは難しい。だからこそ、一部の投資家(それまで成功していた投資家も含めて)は必ず失敗し、一部の金融機関は必ず経営危機に陥り、一部の有能な政策担当者は必ず対応に遅れ、一部の国際機関は必ず存在意義を疑われる。道中に遭遇する問題の数が限定されていれば、すべては活気にあふれる大転換に向けた「擦り傷」にすぎない。しかし、問題の数が多くなれば、世界は無秩序な調整局面に入り、経済成長の鈍化、失業率の上昇、貧困層の増大、貿易紛争、資本規制、金融不安などに直面する。
「新たな現実」を理解する枠組み
以上のような問題意識を持って、現在進行中の根本的構造変化を記録し、解説することが本書の目的だ。個々の構造変化を取り上げるのはもちろん、複数の構造変化が一体化して「新たな行き先」の全貌が明らかになる過程にも注目する。そうすることで、旅の道中に光を放ち、読者のみなさんに必要な分析道具(あるいは知的モデル)を提供できる。これらの分析道具は、経済上・金融上の大変革の時代に投資戦略を練り上げ、実行するうえで役立つだろう。
世界経済という舞台で今、大転換に伴う新しい現実の幕が開きつつある。みなさんが本書を読んで、その性格や意味合いをよりよく理解できるようになったとしたら、本書はその目的を果たせたといえる。そのためにも、本書では、市場参加者が直面する難題を詳述し、解決方法を提示する。焦点は、発生確率が高い結末(データ分布上の中央部で腹のように膨らんでいる「ベリー」の部分)とともに、発生確率は低くても潜在的に大混乱を引き起こしかねない結末(データ分布上の左端で尾のように伸びている「テール」の部分)を見極める能力にある。
その一方で、金融業界と政策当局を取り巻く変化(二〇〇七年の夏に始まった金融市場の混乱や流動性の枯渇も含む)を説明する枠組みも用意した。これらの変化が共通の原因に根ざしていることを示したかったからだ。構造的な大転換が起きると、既存システムの能力では手に負えない取引が出現し、野放図に膨らんでいく――これが共通の原因である。大転換の影響力が既存システムの能力を凌駕する「ミスマッチ」は今後も続く。個別金融機関、各国政府、国際機関それぞれの次元で、新しい現実に適応するための調整局面が訪れる。その間、ミスマッチは解消されず、混乱を引き起こす原因になるだろう。
本書の分析は以下の現実に光を当てている。第一に、従来型の規制・監督機関の守備範囲を超えて、金融取引が最近になって大規模に膨らみ、既存システムに負担をかけている。第二に、システム上の大混乱で加害者と被害者の立場が入れ替わってしまう。第三に、一部の金融商品の価値評価には困難さが伴う。第四に、「ストラクチャード・インベストメント・ビークル(SIV)」を筆頭にバランスシートに載らない「オフバランス」取引が急速に増えている。第五に、SWF、つまり政府系ファンドの影響力が増大している。
最後にもう一つある。世界で最も高度な銀行システムが多大な圧力にさらされるという、異常な現象を浮き彫りにすることだ。たとえばコマーシャルペーパー(CP)市場の機能停止。非常に取引が活発なCP市場が機能停止に陥るなどというのは、従来の感覚でいえばまずありえない展開だし、一部の人たちにとっては想像を絶する事態だったことだろう。また、預金に近い投資信託マネー・マーケット・ファンド(MMF)や長い歴史を持つ金融機関の安全性をめぐり、投資家が突如として不安を抱くようになった。一方で、非常に高度な市場監視機能を持つ国々の当局が危機管理モードに入り、緊急金融対策を打ち出さざるをえなくなった。これらの事例についても本書は詳しく分析する。