「私の主張は単純である。ほぼすべての企業年金基金は全額を収入が確定している投資に振り向けるべきである。年金基金は税制上の優遇措置を受けているが、この措置は年金基金が株式に投資されている場合、何の価値ももたない。一方、短期証券や長期債、長期保険契約に投資されている場合、年金基金に対する税制上の優遇措置には多大な価値がある。」
フィッシャー・ブラック1
年金基金はほぼ全額を確定利付証券(債券)への投資に振り向けるべきであるとフィッシャー・ブラック教授が初めて主張してから25年以上が経過しましたが、これに対する年金業界の反応は今も当時と変わりありません。「彼の主張はおかしい。長期的にみれば株式が債券をアウトパフォームすること、そして株式への投資は積立コストを低下させることは誰もが知っている。」もちろん、長期的にみた場合、株式がほぼ確実に債券をアウトパフォームすることはブラック教授も理解していました。しかし、オプションの価格形成に関する彼自身の先駆的研究から、彼は株式と債券のリスク調整後リターンが等しくなるはずであると考えていました。そうでなければ裁定機会が生じます。年金基金の資産と負債は法的に年金信託としてスポンサー企業から分離されているものの、経済的にはスポンサー企業の資産と負債であるとするジャック・トレイナー氏の考え と自らの主張を融合させた時、ブラック教授は何か別な要素が資産配分の最適化の鍵を握っていることに気づきました。
それよりも4年前に、ビル・シャープ教授は同じような疑問を起点に分析を進め 、独自の回答を得ていました。彼が注目したのは、当時設立されたばかりの年金給付保証公社(PBGC)の給付保険と、このプロテクションに対する政府の値付けが適切でないこと、すなわちスポンサー企業に対して過剰に安い価格でプット・オプションを与えていることでした。このプット・オプションが低すぎる水準で値付けされており、その水準が資産配分から独立しているとすると、オプション原資産のボラティリティの上昇に合わせて、オプションの価値も上昇するため、スポンサー企業は全額を株式に投資し、プットの価値の最大化を図ろうとするとシャープ氏は論じています。この論理に従うと、スポンサー企業はさらにボラティリティの高い、レバレッジをかけた株式戦略を活用すべきとなります。幸い、現実の世界にはこの理論に対する規制が存在し、スポンサー企業がこうしたアプローチを取ることを妨げています。その第一が受託者責任です。どのスポンサー企業もERISA(1974年従業員退職所得保障)法の規定に基づき「忠実義務違反」に問われる法的リスクをあえて負おうとはしません。そして、株式のみで構成されるポートフォリオ、もしくはそれよりもリスクの高いポートフォリオの構築は忠実義務を履行していないとみなされる可能性があります。第二の障害であり、おそらくはPBGC保険において、重要性が高まっている側面として、回収するためには、スポンサー企業による倒産の宣言がほぼ確実に必要になります。そのため、健全な企業の大部分の株主にとって、このオプションはほぼ価値のないものになると考えられます。
ブラック教授の主張の中核となるのが、冒頭で紹介した一節の第2行です。PBGCの創設に加え、ERISA法では年金基金に対する税制上の優遇措置が規定されました。基金内部の資産は非課税(資産が年金から引き出されるまで)とされますが、基金の外部にある資産は課税資産として、法人税と同じ税率が課せられます。株式と債券という2つの資産クラスに対する税制が異なる場合、年金基金は税率の高い資産クラスである債券を保有すべきと考えられます。また、ブラック教授は企業が活用できる税制上の優遇措置がもう1つあることを知っていました。それは、企業が負債に対して支払う利息は税控除が可能だということです。これに、株式は他の企業が発行する一種のレバレッジを活用した資産であるという直観を組み合わせると、次のブラック裁定を得ることができます。
1. 年金基金で保有する株式を売却し、その資金を債券に投資。
2. 基金の外部で、債券を売却し、株式を購入して、上記1の事実上の反対売買を行う。この場合、必須ではないが、債券の売却として自社債務を発行し、株式の購入として自社株を購入することが好ましい。
3. 企業債務に対する税控除がもたらす利益を享受。
ブラック教授がMITで論文を執筆していたのと同じ時期に、ハーバード・ビジネス・スクールのアーウィン・テッパー教授は同じ問題に対し、多少違った角度から取り組んでいました 。テッパー教授は株主の視点を採り入れました。テッパー教授が考案した税裁定戦略はテッパー裁定と呼ばれます。株主にとって株式と債券に対する税率が異なり、債券の税率が高い場合、ブラック裁定と同じ論理が働きます。しかし、株主の最適資産配分に株式と債券双方が含まれている限り、企業は負債を発行しなくても、この裁定は機能します。株主は最も税率の低い方法で債券を保有すべきであり、具体的には企業年金基金を通して間接的に保有すべきとなります。その場合、株主にとっては、保有する債券に対し、高水準の一般所得税率が適用されるのではなく、長期的キャピタルゲイン税が適用されるという効果が得られます。そして、課税勘定で株式の保有額を増やします。年金基金に対する税制優遇措置は企業にとっての資産であり、最終的には株主にとっての資産でもあります。次の図表1は、ブラック裁定とテッパー裁定の手順をまとめたものです 。
図表1

ゴールドおよびハドソン両氏はブラック教授とテッパー教授の主張をもう一度検証し、両教授がこうした見解を発表した当初の分析の要点をまとめると共に、現行の税率をあてはめて、ブラック裁定およびテッパー裁定により生み出される価値を算定しました。両者の推計によると、現在の税率をあてはめた場合、株式から債券への入替えにより、株主に対し、入れ替え金額の27~32%に相当する利益が生み出されるとされています 。
ブラックおよびテッパー裁定を伝統的な資産負債管理(ALM)や負債主導の運用アプローチ(LDI – Liability Driven Investment)と分けて考えることは重要です。資産負債管理(ALM)とは、ステークホルダー(株主、債券保有者、基金の加入者)の代理人として行動する基金のスポンサー企業が許容可能なリスクとリターンのトレードオフを決定するものであるといえます。ブラックおよびテッパー裁定は株主のために価値を創出する手段であり、年金基金が享受できる税負担の引き下げ戦略を有効活用することにより、債券保有者や基金の加入者に対しても価値を創出すると考えられるものです。ここで生み出される利益は税率格差に起因するものであり、追加的なリスク・テイクがもたらすものではありません。
最近になって施行された年金保護法(Pension Protection Act)で、拠出金の税控除可能な上限額が引き上げられたことで、ブラックおよびテッパー裁定によって株主のために創出される価値はさらに大きくなりました。それでも、確定給付年金基金の中で、全額、もしくは大半を債券に投資しているケースはほとんどなく、ましてや税裁定を核として、企業の資本再構成と資産配分を結び付けようとするケースはさらに少ないのが現状です。その理由はどこにあるのでしょうか。企業はこれまでも、他の戦略を活用して税負担の軽減に積極的に取り組んでおり、税連動型の資本構成戦略の妥当性はモジリアーニ・ミラー定理 が実際には機能しなかった現実社会の理由の一部として、十分に浸透しているためだと考えられます。こうした税連動型戦略の採用に対する主要な障害としては、ERISA法の他の規定、現在の年金会計(FAS 87号)、実行された税裁定を基金の明示的な資産として計上することができないこと、格付機関による不透明な対応、古典的な平均分散化による有効フロンティアの最適化パラダイムとそこから派生した考え方に対する歴史的な依存度の高さなどの要因が考えられます(順不同)。
原型とパラダイムの微調整
古典的な資産配分はマーコウィッツ教授の主張を源としており、取引された資産に常時注目しています。最近の年金に関する分析では、このフレームワークが拡大され、債務をショート・ポジションとして明示的に組み込まれています。この拡張フレームワークにおける有効フロンティアは、ヘッジ手段として債券がもたらすリスクの低下と、リスクの高い資産が生み出すと予想される超過リターンの間のトレードオフを示すものとなります。テッパー教授とブラック教授の主張は1つの問題をコーポレート・ファイナンスと税の最適化という異なる観点から注目したものです。取引されない(しかし価値のある)税金資産を有効フロンティアに組み込んだ場合、どういった事態が想定されるでしょうか。
図表2はブラック裁定を実行することによって得られる1年間の節税額を使って、この拡張フレームワークに税資産を持ち込んだ効果を示したものです 。このグラフは既存の債務に対して資産ポートフォリオが生み出すと予想される超過リターンと、超過リターンの1年間のトラッキング・エラーの関係を示したものです。実線は市場全体を示すインデックス、もしくはデュレーションをマッチさせたポートフォリオ のいずれかを利用し、債券と株式とで構成される単純な資産配分の選択集合について、税効果を考慮しない場合のトレードオフを示したものです。この2つのフロンティアが馴染みのある右肩上がりの傾斜を示していることは、株式への配分を増やすことによる追加的な予想超過リターンと、債務に対する追加的トラッキング・エラーの間にトレードオフの関係があることを意味しています。この2つを比較すると、特定の超過リターン水準に対するトラッキング・エラーが低くなるため、デュレーションをマッチさせたフロンティアの方が優れたリスク・リターンを示しているといえます。
仮想例は、説明のみを目的としたものです。本稿に含まれるチャート、および表中の情報は、PIMCOの商品の過去あるいは将来の運用成果を示すものではありません。
図表2

出所:本文中に記載の想定条件に基づき、PIMCOが算定
太い破線はブラック裁定を組み込んだ場合の効果を示しています。最初に、株式に70%、債券に30%を配分していると仮定します。債券に対する配分の増加に応じて、スポンサー企業はブラック戦略を基金の外部で実行します。債務のコストを6.5%、州および連邦法人税率を合わせて40%と仮定すると、スポンサー企業にとって、債券に対する配分を100ドル増やすことで得られる効果は年間2.60ドルになります(6.5%X40%=2.6%)。この効果を基金に移転させると、想定される株式リスク・プレミアム(債券に対して3%)の大部分が相殺され、有効フロンティアが平坦化することになります。つまり、株式の超過的なトラッキング・エラーを負担することにより得られる正味リターンは40bpと比較的わずかなものとなるわけです。この例をブラック教授が論文を発表した当時の高い金利と税率を使って再度計算すると、株式のリスクを負担することにより、予想される株式のリスク・プレミアムは上昇するものの、それにより得られる正味のリターンはマイナスになります。
細い破線は、株式への配分が30%に低下すると税効果が消滅する制約を想定した例を示したものです。これは制約のあるいくつかの起こり得るケースを示していると考えることができます。この地点に到達すると、企業にとっての税効果は消滅し、限界的な税制上のメリットがなくなると考えることができます 。一方、企業、もしくは格付機関は、この地点を超えて債券発行と自社株買いを行うことにより、高いレバレッジのかかかった個別企業固有のリスクが株式のシステミック・リスクよりも強くなるため、有効性が低いと考える可能性があります 。
ではなぜブラック裁定であって、テッパー裁定ではないのでしょうか。ブラック教授のアプローチはスポンサー企業の内部で自己完結させることが可能であり、株主レベルでの動きがなくても、その効果が生じるものです。概念的にいうと、ブラック裁定は企業内ローンに近いものと考えることができます。年金「子会社」は税効果の価値を親会社に貸し付けています。グラフに示されるように、この貸付により1年間に得られる価値は基金に還流されます。
問題はないのか
理論は優れており、経済性に問題はありません。問題があるのは規則と計測です。株式の認識されるコストが低いことに加え、FAS 87号では予想リターンが損益計算書に反映される一方、リスクが反映されず、それが超過的リスクを取ることを後押ししています。証券として組成されない限り、年金費用の算定において、税裁定の効果を反映することは難しくなる可能性があります 。これは逆説的な状況を生み出しています。すなわち、税裁定により、年金基金に帰属可能な低リスクの収益が基金に帰属されず、別の項目に計上される一方、リスクの高い予想リターンはそのリスクが調整されることなく所得に反映されています。
第2の問題点は、ERISA法が求める分散の解釈に論理的な欠陥があることです。基金の加入者に対する法的拘束力のある負債のリスク特性とマッチした米国債投資は分散されていると考えることができるでしょうか。ERISA法を厳格に解釈すると、こうした投資は分散されたものとみなされません。しかし、こうした形の投資は、米国株、外国株、流動性のないプライベート・エクイティ、ヘッジファンドの混成にわずかな債券を加えたものよりも安全であることはほぼ確実です。
確かにブラック裁定の場合、企業がこの取引から価値を引き出すためには納税者でなくてはなりません。ここでテッパー裁定が意味をもつことになります。税金を納めていない企業には直接的に活用できる優位性はないかもしれませんが、企業側でのリバランスは課税対象となるこうした企業の株主に対して利益をもたらすものであるといえます。このプロセスが望ましい資産配分を維持するためのものであると適切に伝達されていれば、株主は課税債を売却し、株式を購入してリバランスを実行します。これは収益に対して、さほど強い追い風となるものではありませんが、賢明なCFOおよびIR担当者は株主にそう主張することができることは確かです。
もう1つの問題は資産配分に大規模なシフトが生じることにより、株式および債券市場の大きな混乱を巻き起こす可能性があることです。株式市場は巨大であり、さまざまな参加者が存在します。確定給付企業年金基金が保有する資産は絶対金額ベースでみると大規模であるといえますが、株式市場の時価総額からすると、相対的にわずかな一部を占めるに過ぎません。ブラックおよびテッパー裁定が実行されると、年金基金が売却する株式の大半はスポンサー企業、もしくは株主が買うことになります。また、論理的に考えて、ブラック裁定を実行する企業が購入する債務の大半は、債券市場の価格のひずみを最小化させる他の参加者が売却すると考えることが妥当でしょう。長期的にみると、収益の本来の質が向上し、株式のPERはさらに上昇することになると考えることができます。そうした事態が生じると、最終的に米国財務省は法人税収の落ち込みを補うため、キャピタルゲイン税の引き上げを検討することになるでしょう。
おそらく、100%を債券に配分すべきという主張に対する最良の反論は、年金債務の特性は他の資産クラスよりも債券に近いものではあっても、債券が完全なヘッジになるわけではないというものでしょう。年金数理人は死亡率や回転期間、退職時期、給付形態の選択を完璧に見通すことはできません。ポートフォリオに組み込んだ分散リスク資産はリターンの探求と資産負債管理、価値の創出の間の最適なトレードオフにつながる可能性があります。しかし、この不透明性は株式70%、債券30%のありふれた配分を正当化するには十分ではありません。各種の要素をバランスさせたより現実的なミックスは、リスク資産における分散が大幅に高まる株式30%、債券70%程度の配分になると思われます。
まとめ
確定給付年金の世界は急速に変貌しつつあります。最近流行の略語であるLDI(債務主導型投資)について、数多くの会議が開かれ、記事が掲載され、質問が寄せられています。多くのスポンサー企業は資産配分に対する自社のスタンスを見直している最中です。その第一歩として、債務を考慮の対象にすることがありますが、さらにはブラック教授とテッパー教授に敬意を表し、その研究成果を現代の運用者の精神的な枠組みと資産配分に取り込むべきだと考えられます。それにより、最終的に基金の加入者、株主、そして社会がより豊かになるでしょう。
1 フィッシャー・ブラック著『The Tax Consequences of Long-Run Pension Policy』、Financial Analysts Journal誌1980年7/8月号
2 ジャック・トレイナー(ウォルター・ベイジホット)著『Risk in Corporate Pension Funds』Financial Analysts Journal誌1972年1/2月号
3 ウィリアム・シャープ著『Corporate Pension Funding Policy』Journal of Financial Economics誌1976年6月号.
4 アーウィン・テッパー著『Taxation and Corporate Pension Policy』Journal of Finance誌1981年3月号。
どちらが先であったかについては多少の争いもある。論文の発表はブラック教授が先んじたものの、それは実務家向けのFAJ誌上であり、編集プロセスはAmerican Finance Associationの機関紙と位置づけられ、学術性が高く、より権威のあるJoF誌よりも短期間で完了。両教授とも、互いの論文を引用。
5 原典はジェレミー・ゴールド、ニック・ハドソン共著『Creating Value in Pension Plans – Gentlemen Prefer Bonds』Journal of Applied Corporate Finance誌 2003年。
6 ゴールド氏は市場リスクと企業のデフォルト・リスクの結び付きについて触れ、創出された価値をさらに高めることが可能であると主張。「企業固有のベータが倒産リスクと金融破たんコストを押し上げている。こうしたベータ・エクスポージャーを排除することにより、株主価値の向上が可能である」。年金基金にポータブル・アルファ戦略を採用している企業はこの主張の背景にある論理に共感できる部分があろう。株式市場のベータを取ることやヘッジすることは容易であるため、その価値はベータを取ることに伴って負担するリスクに応じたものとなる。不必要なベータを取ることで生まれる価値はなく、ベータをアルファから切り離すことで、企業レベル、もしくはポートフォリオ・レベルでマネージャーのスキルが活かされ、生み出されるアルファを相応に評価することが可能になる。大きく持続性の強い場合には高く評価され、マイナスや小規模で安定性に欠ける場合には低く評価される。
7 モジリアーニ・ミラー定理は基本的に企業の価値はその資金調達構造と無関係であると主張(すなわち、債務の発行による調達か株式の発行による調達かは重要ではない)。税や潜在的な倒産コストといった外部要因が導入された場合のみ、最適な資本構成を判定可能。
8 このグラフでは次のような想定条件を利用。基金の積み立ては現金ベースで適正(資産=債務の現在価値)。予想リターンおよびボラティリティは次の通り。
9 超過リターンや余剰フロンティアについての解説は以下を参照されたい。『Changing Paradigms in Asset Allocation for Pension Plans』http://www2.pimco.com/pdf/Changing_Paradigms-Moore.pdf
10 この場合、知的財産を基盤とする企業が国内での利益を最小化する一方、国外の税負担の低い地域における資産の価値を最大化することを目標に財務を構成しているなどのケースが考えられる。
11 ブラック教授はこれを1つの可能性と考え、この時点でスポンサー企業は自社株ではなく、株式市場全般を購入することが可能であると主張した。しかし、企業がこうした動きをとることは想像しにくい。市場での利益と損失を損益計算書に反映する必要がある場合には特に難しい。
12 実際には、年金収益に含めた場合、二重計上を防止するため、税資産を含めた線が示す節税額から税裁定の効果を差し引くことが必要。