PIMCOは年に一度、世界に配置した投資プロフェッショナルを招集し、向こう3~5年間の経済見通しと運用戦略を策定する長期経済予測会議を開催しています。外部からお招きした専門家に講演いただき、さまざまな問題について活発な議論が行なわれます。最終的に得られた長期経済見通しは、運用戦略、商品設計、顧客サービス、ビジネス・マネジメントの指針となります。今回のインタビューでは、今年の長期経済予測会議で得られた結論について、モハメド・エラリアンがご説明いたします。
問:2008年のPIMCO長期経済予測会議から、実にさまざまな出来事がありました。ここ1年間の市場、経済、そして政策の動向を受けて、2009年のPIMCOの会議における議論は、どのように進んだのでしょうか?
エラリアン:今年の長期経済予測会議を取り巻く状況は、次の3つの個別の要因により定義されました。第一に、PIMCOは2008年の長期経済予測会議において、グローバル・システムが「袋小路」に入ったと評しました。これは債務が飽和状態に達したことと経済活動における資本不足とにより、近年歩んできた道を先に進むことができなくなる一方、暴力的に進むレバレッジ削減により、破壊的なオーバーシュートと二次的被害が生じるため、これまでと異なる道にスムーズに移行することもままならない状況を一言で言い表したものです。
第二に、前回の長期経済予測会議以降、9月中旬に発生したリーマン・ブラザーズ破綻に伴う混乱を経て、世界の経済と市場は「心停止」に見舞われたとの認識です。この深刻な事態は必然的に基礎的な被害の根深さとその持続期間に関する疑問を呼ぶことになりました。
第三として、最近のさまざまな出来事により、債務削減の動きは長期的な影響を持つ、広範囲にわたる現象に拡大したとの判断があります。この現象を、ビル・グロースは先日発表したInvestment OutlookでDDRと称しました。これはレバレッジ削減(De-leveraging)、ディグローバリゼーション(De-globalization、グローバル化の後退)、規制強化(Re-regulation)の融合が自己増強していくことを意味した言葉であり、この強力な組み合わせは必然的に、経済面と政治面から、市場と世界経済の正常な機能に障害をもたらすことになります。
こうした諸要因が一体となり、ほぼすべての経済の根幹に予期せぬ強力な一撃を加えたといえるでしょう。そしてダメージを受けた経済のほとんどは現在でも呼吸を整えようと床に横たわったままです。
PIMCOの長期経済予測会議において参加者の知恵を集約して分析すべき最大の課題は、この「床から起き上がる」プロセス、つまり経済の底入れと回復の過程が長期的にどのように進行するのかを見出すことでした。これは同時多発的に起きるのでしょうか、それとも逐次的に起きるのでしょうか。底入れを果たした国は他国の底入れと回復を助けるのでしょうか、それとも、他国の状況を一層悪化させることになるのでしょうか。そして、底入れを果たした経済が再起するにはどれだけの時間が必要になるのでしょうか。
問:起点とする市場の状況、つまり初期環境は混沌としていますが、世界経済全体としてみると、どのような予測ができるのでしょうか。
エラリアン:世界は新たな目的地に向かう厳しい道を進んでいる最中といえますがPIMCOはこの新たな目的地を「ニュー・ノーマル」と名付けています。これまでの出来事を受け、この考え方も、政策当局や市場参加者の間で徐々に市民権を得つつあります。
PIMCOの分析では、市場や家計、制度、公共政策における最近の急激な変化は、向こう数年間で全てが元の状態に戻る訳ではないとする認識の高まりがみられます。世界経済はしばらくの間、低調な状態が続き、失業は高水準になり、複数のセクターで、政府の強い影響力が顕著になることでしょう。グローバル・システムの中核は以前ほどの密接性はなくなり、アングロ・サクソン・モデルの求心力が低下するに伴い、金融がかつてのように、脱工業化経済において傑出した役割を担うことは期待できなくなります。さらに、時間経過と共に、ソブリン・リスクとインフレ期待の上昇、そしてスタグフレーション方向にリスク・バランスは傾くことになるでしょう。
問:米国、そして世界各国でこれまでに取られた政策は、あらゆる点でスケールの大きなものでした。これらは妥当な政策といえるのでしょうか。そして最悪の事態を避けるために効果的であったといえるでしょうか。
エラリアン:世界経済の状態をそのまま放置したとしたら、より苦痛を伴う浄化プロセスが起きていたことでしょう。失業は現在よりも高水準となり、破綻する企業や機関は増え、国内的にも国際的にも、より多くの市場セグメントが機能を停止していたことでしょう。
民主的に選出された政府は、公共の福祉に対する被害が拡大するような状況に有権者である国民が直面すると、それを黙って見過ごすことができません。そうしたわけで、米国、英国、中国、ヨーロッパ本土などで、各国政府は従来とは異なる対応に踏み切ったのです。
しかし、そうした対応は定義上、有効性が証明されておらず、いくつかの長期的な関係に障害を生じさせることになります。これを膨大な数の患者に対して実施される経済的治験と考えると、この薬品を使う根拠はあるものの、その効果や効果を発現するまでの時間や、副作用については依然としてかなり不透明です。
問:今回の会議では長期経済予測について議論したわけですが、システムの機能停止とかつてない政府対応の2つの点は、長期にわたりどのような影響を及ぼすと判断しましたか。
エラリアン:向こう数年間のうちに反転する見込みが低いと考えられる形で、世界は変化しました。別の言い方をすると、市場は実際に負った循環的ダメージよりもはるかに強いショックからの回復途上にあるということです。
これは単に、金融システムの大規模な再編成や、市場の機能不全を補完するための政府による介入の大きさだけについての判断ではありません。また、システム上、重要なほぼ全ての国において、財政赤字と政府債務の大幅な増加が見込まれることに留まるものでもありません。これは国内的および国際的な貯蓄の活用と配分における構造変化に関する問題でもあります。また、公的部門と民間部門のバランス・シフトの問題でもあります。さらに、契約義務や財産権の尊厳、法の支配、資本構造の安定性など、市場システムの基礎的なパラメーターに対する信頼低下の影響が、長期間持続する可能性についても無視することはできません。信頼を失うことは容易ですが、その回復には長い時間が必要になります。
結果的に、市場では当然と考えられてきた特定の概念が長期にわたり通用しなくなり、場合によっては劇的に反転することになります。会議ではこれを、民間レバレッジ、資産と信用を基盤とした権利、自己規制、政策の軽減、政府の直接的関与の縮小に彩られた「偉大なる時代」の終焉と呼びました。私物化された利益と社会化されつつある損失の規模からすると、この終焉が大衆の怒りと困惑、そしてゲストの一人が世界中の議会における「道徳劇」と呼ぶ事態が進行する中で起きていることに、意外性はありません。
但し、世界経済に防御手段がないと言っている訳ではありません。大規模な政府対応については先ほど申し上げました。また、長期的な生産性上昇をもたらす力と企業家精神にあふれたダイナミズムは消えません。そして、経済面、社会面での高い柔軟性と高度な自家保険、そして世界的な政策協調も見られます。
こうした要因がデフレ的な恐慌に陥るリスクの軽減に寄与することは間違いありません。しかし、2002年から2007年に見られたような高成長・低インフレ局面への回帰を実現させられるだけの力はありません。単純にいうと、世界経済が同時に持続性のある回復を実現させるには、需要のバッファーと即効性のある構造改革が不足しているということです。
問:PIMCOの長期的見通しについて、もう少し詳しく説明してください。
エラリアン:はい。向こう3~5年について、PIMCOは経済成長が低調となる中、G3から、中国を始めとするシステム上、重要なエマージング諸国へのシフトが続くと予想しています。また、公的部門が民間部門に属する財の提供者として、長く居座ることになります。また、中央銀行と財務省にとっては最近導入した緊急的手段の一部を円滑に解除することが困難になるでしょう。これは短期的な政策的要請が中期的な目標と著しく相反する英国や米国で特に問題になります。
銀行システムは見る影もなくなり、形態と範囲、双方の点で規制が強化されるため、銀行セクターではリスクとレバレッジが引き下げられ、さらに多くの負担共有が求められることになります。統合と縮小の力は銀行の垣根を越えて拡がり、銀行以外の金融機関や資産運用業界の多くに影響を与えるでしょう。
問:インフレの見通しについてはどのようにみていますか。
エラリアン:世界的需要の深刻な落ち込みと、その結果として発生した大規模な需給ギャップを考えると、インフレが近い将来、急激に上昇する可能性は現時点では低いでしょう。世界的需要のうち、民需部分が短期間で完全に回復することはありません。但し、視点を短期から長期へと変えると、注目すべき対象は需要だけではなく、供給も重要になります。
向こう数年間、潜在成長率の伸びが従来のペースを達成できないいくつもの要因が浮上することでしょう。過剰な規制、増税、政府による介入は、(非インフレ的な)潜在成長率の伸びを圧迫する代表的要因となります。
もう一点、興味深い論点があります。それは、米国当局が実施したきわめて大規模な財政面および金融面での景気刺激により、米国が諸外国に提供してきた公共財、すなわち、世界唯一の準備通貨としてのドルに対する信頼と、過剰貯蓄を仲介できる厚みと高い予測可能性を併せ持った金融市場に対する信頼が損なわれるかどうかです。この信頼が失われるような事態になれば、ニュー・ノーマルにおけるインフレの動きに悪影響を与えかねません。
問:この最後の点について、さらに詳しく話していただけませんか。
エラリアン:米国の力は弱まっており、ドルや金融市場といった公共財を提供することで手にしてきた「暗黙の地代」ともいえる利益の減少を受け入れる余裕はありません。これは、インフレ動向だけの問題ではありません。油断していると、米国は長期的に経済面および金融面の先行きを制御する力を失うことになり、経済学者の言う「小規模開放経済」の特徴を徐々に備えることになります。
米国だけでなく、その他のほとんどの国にとって、こうした可能性は根本的に歓迎できないものです。地域機関や多国籍機関はもちろんのこと、こうした国々にはグローバル・システムの中心で責任を果たす能力はなく、その意思もありません。
問:世界各国の経済を見渡すと、各地域にはどのような長期的見通しが想定できますか。
エラリアン:脱産業化局面の繁栄を膨張し続ける金融システムに依存し、自由化と規制緩和により構成される神秘的なアングロ・サクソン・モデルの求心力は低下しました。しかし、現段階で、これに代わる他のモデルはありません。そのために発生する部分的な空洞により、各国の状況は近年の姿とは異なったものになることでしょう。
先進国では、基本的に2000年代前半で見られたような潜在成長よりも低い経済成長が見込まれますが、それぞれの地域では異なるシナリオを予想しています。
低成長と最終的なインフレ・バイアスに向かう中、米国では金融再生が起きると予想されます。英国も低成長から抜け出せず、さらに国内および国外の金融の不安定さに対する脆弱性が一層高くなるでしょう。欧州主要国も歴史的なインフレ恐怖症とEUの統合性に対する懸念に対する懸念が影響し、低成長となるでしょう。そして日本は財政面と人口面で大きな問題を抱えているために、引き続き経済成長に対して逆風が吹くでしょう。
エマージング諸国は、引き続きグローバル経済を牽引すると思われますが、はっきりと2つのグループに分かれることになります。一方のグループは初期環境が脆弱で、緊縮政策と金融不安が交互に入れ替わる旧来の新興市場パラダイムに回帰することになります。これに対し、初期環境が良好なグループは近年に比べて若干減速するものの、急激な発展段階が持続することでしょう。
問:これらの予測に対するリスク・シナリオにはどのようなものを想定していますか。
エラリアン:長期的に見た場合、グローバル経済の低成長、インフレの影響、政府対応、そして市場での低調な民間企業のアニマル・スピリット(投資意欲)は、総合的に考えると「リスク・バランス」を下ぶれ方向に傾けさせているといえるでしょう。
まず、政治がきわめて重要になります。向こう数ヵ月間、経済的な望ましさよりも政治的な実現性が経済政策対応をほぼ決定づけることになります。グローバル・システムの脆弱性を考えると、世界は新たな政策的失敗と政治的な視界不良を容認することができません。そしてその先には、緊急流動性をシステムから吸収するために政治的なコミットメントが必要になります。
第二のリスク要因として、市場(そして社会全体)の健全な機能が一連の暗黙の契約に左右されることがあげられます。緊急事態では珍しいことではありませんが、こうした契約は重大なショックに晒されています。常態を回復するまでに要する時間が長くなるほど、金融不安が繰り返されるリスクも高まります。
第三に、先進国において公的債務管理が細心の注意を要するようになるでしょう。公的債務の金額は今後、ストック、フロー双方ともきわめて巨額になります。現在の債務状況もすでに楽観を許さないものです。
第四に、FRBなどの主要経済機関の独立と使命がさらに損なわれることがあれば、それは深刻な問題となります。政府はこうした機関に対し、透明性の不十分な財政活動を課して予算プロセスに組み込み、政府の支配を強めようとする誘惑を断ち切らなくてはなりません。
第五として、PIMCOの控えめな世界景気予想の上でも、本質的に困難であり、時間的不調和である大きな課題に直面するであろういくつかの重要なバトンタッチが想定されています。前述の通り、PIMCOは一部の主要新興国、特にブラジル、中国、インドで堅調な経済成長が持続し、それがG3および英国の低成長を部分的に相殺する役目を果たすと仮定しています。また、こうした国々の成長は、拡大するミドルクラスによる消費の大幅な拡大によって、牽引されると想定しています。
問:PIMCOの長期見通しは運用にどのように影響するのでしょうか。
エラリアン:今回も例にもれず、長期経済予測会議では、投資の長期的な位置づけを始め、商品設計や顧客サービス、ビジネス・マネジメントにわたるまで、数多くの戦略的なアイデアが生み出されました。
長期的な運用の基本指針としては、各国当局がマイナス実質金利を長く維持するとみているため、PIMCOは、基調として多くの国のイールドカーブの短期セクターを選好しています。さらに、インカムを生み出す商品は純粋な株式プレミアムに勝ると見ており、そして米国はソブリン・リスクの水準変更が見込まれる上、高水準のインフレ期待が復活すると予想されるため、脱米国に象徴されるような、よりグローバルな投資指向が有利であると考えます。
向こう数週間、世界各地に配置されたPIMCOのスペシャリスト・デスクは個別の戦略や資産クラス、商品にとって、こうした要素がどのような意味を持つか、評価する作業を進めることになります。