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8月末に行われた第45回衆院選では、民主党が絶対安定多数を大幅に上回る議席を獲得し、短期間の非自民政権を除いては1955年から継続して政権の座にあった自民党に圧勝し、政権交代を実現させました。ここではPIMCOの日本のポートフォリオ・マネジメント統括責任者を務める正直知哉から、日本の新政権とそれが日本経済と金融市場に及ぼす影響について、さらに今後の投資戦略についてお話しいたします。
問:メディアは今回の結果を日本の政治における歴史的瞬間と報道していますが、民主新政権は日本経済にも大きな変化をもたらすことができるでしょうか。
正直:もちろん可能性はありますが、かなり課題が多いようです。有権者は、民主党の政策に将来への期待を見出したというよりは、自民党による旧態依然の政治を終わらせるという選択をしたのだと思います。人口の高齢化が進み、財政的にも制約されたこの国では、長期的に低迷する経済への特効薬は残念ながらすぐには見つかりません。しかし、日本で民主主義により政権交代が実現したということは、歴史的な出来事と言えるでしょう。
今回は民主党のポピュリズムが勝つこととなりました。小泉総裁による自民党勝利から4年が経ち、小泉氏の後に続いた自民党のリーダー達は、長期的な経済成長を促進させるような構造改革を推進することができず、日本が直面する財政状況の悪化を含む経済的課題や、社会保障や年金などの問題に対し、明確な対策を打ち出せませんでした。また、その評価が正しいか否かは別として、資本主義を促進した小泉氏の政策が経済格差や所得格差を拡大させているといった批判もあります。すなわち、マクロ経済的な環境からは、ポピュリズムが勝利する地盤が出来上がっていたと言えるでしょう。「痛みなくして改革なし、改革なくして成長なし」が小泉氏の構造改革スローガンでしたが、日本国民はここに来て「痛み止め」を選んだのです。
ですが、ポピュリズムや、資本と労働における富の再配分の勝利は、日本だけの事例ではありません。危機後の世界で拡がったグローバルな現象です。
問:民主党の政策の主なポイントはどのようなことでしょうか。また、それら政策が日本経済に及ぼす影響にはどのようなものがありますか。
正直:第一に、民主党の包括的政策では富を家計へ再分配するのが目的ですが、おそらくこの政策は長期的な経済成長の犠牲の上に成り立つものと考えられます。 民主党は2010年から2013年にかけて、家計への所得補償を中心とした、GDPの3.4%にあたる総額16兆8千億円の景気対策を行うとしています。これには、5兆5千億円の子育て支援、そして3兆円の農家支援が含まれており、その恩恵をもっとも受けるのが低所得者層となるようです。これらの政策の実施にあたり、民主党はすでに成立している補正予算の執行停止、将来の公共投資等の削減、税控除の廃止(つまり増税)、そして特別会計の剰余金などを財源とするとしています。
第二に、民主党は、自民党に比べ、中国を始めとしたアジア諸国との関係を強化し、市場中心の米国資本主義と一定の距離を置く考えをみせ、さらには日米同盟関係の見直しをしたい考えです。中国およびアジアとの関係強化は、今後地域的な経済統合がさらに進展することはあっても、後退することはないと考えられることから、当然必要とされることです。それでも、新しい政権にとって、日米同盟関係、および経済関係を損なうことなく外交政策上の重要な転換に成功することは、容易ではないでしょう。
短期的に見て、新政権の経済政策は、2010年から2011年を通してGDPを押し上げる効果を持っていると考えられます。これは、家計への所得補償を給付するタイミングと、その財源として計画される財政支出の削減や増税のタイミングに不一致があるためです。一時的には経済の二番底を防ぐことができるかもしれませんが、2012年から2014年にかけて、同じ程度の幅で経済が失速してしまう可能性は否定できません。
さらに長い目で見た場合、PIMCOでは民主党の政策が日本経済の潜在成長率を高めるような効果をあまり持つとは考えていません。
PIMCOではまず、産業界にとって、民主党の政策が自民党のそれに比べてより厳しいものとなるとみられることを懸念しています。新政権は派遣雇用に関する規制再強化や、最低賃金の引き上げを公約に掲げており、これらは労働市場の柔軟性を削ぎ、日本企業にとって人件費を増加させることになるでしょう。また、新政権は、温室効果ガス排出量を2020年までに25%削減するという壮大な目標を提示していますが、他国がこれに続かなければ、国内産業の競争力が低下しかねません。したがって輸出企業にとって生産を海外へと移すインセンティブがこれまで以上に高まることも考えられます。
次に、民主党の子育て支援制度により、子どもを欲しいと思う人が増えて日本の少子高齢化対策として効果を現すと考える楽観的な見方をする人もいます。しかし、PIMCOでは、もちろんその可能性はあるとしても、そこまで楽観的には考えていません。日本では、合計特殊出生率、つまり一人の女性が一生に産む子供の数は趨勢的に低下傾向にあり、2008年時点で1.37と、人口置換水準である2以上を大幅に下回っています。ですが、既婚女性に限れば出生率は過去10年間でさほど下がっておらず、日本の出生率の低下は、未婚女性の増加に起因する部分もあるようです。子育て支援制度がこの状況を大きく変えられるでしょうか。
問:これらの民主党の政策に対するリスクにはどのようなものが挙げられるでしょうか。また、日本経済にはどのような影響が考えられますか。
正直:アップサイドよりはダウンサイドリスクのほうが多く想定されると考えています。
第一に、党が政策公約として掲げている所得補償制度が公約通りには実現できない可能性もあります。その場合には、2010年に経済の二番底というシナリオに陥るリスクが高くなり、また政治的にも不安定な環境となるでしょう。所得補償の財源に対する国民の懸念が高まる、あるいは他の連立与党との妥協がある場合にこのようなシナリオが浮上します。
二つ目のリスクとしては、所得補償は公約通り支給されるけれども、その財源が問題となって、財政リスクプレミアムが上昇し、政策による経済刺激効果にクラウディング・アウトを起こしてしまうことです。また、もう1つのリスクには、景気が不安定な中で、低所得層が所得補償を消費ではなく貯蓄に回してしまう可能性もあります。
三つ目は、新政権が日米のパートナーシップにおいて対応を誤るリスクです。これは日本の輸出産業にダメージを与えるだけでなく、東アジア圏における地政学的リスクの高まりを引き起こす可能性を秘めています。民主党は外交政策においては、自民党に比べて、よりタカ派的な要素を持っています。また、連立政権の他の与党の関与は、民主党の対米政策をさらに複雑にしてしまうおそれがあります。日本経済とアジア諸国との関係は近年強くなってきていることは事実ですが、日本の主要輸出品は高級消費財や資本財ですから、依然として日本はその経済の大部分をG2経済に頼っているのです。
四番目に、現在提案されている、銀行の中小企業向け融資の返済猶予制度(モラトリアム)は、そのままの形では実現しないと思われますが、この提案は新政権の経済政策の焦点が、弱い産業に対する補助に向けられているということを示す一例に過ぎません。このような政府の介入は、経済における誤った資本と労働の配分を継続させることにつながりかねません。
一方、アップサイドリスクを挙げるとすれば、それは日本と中国および他のアジア諸国の経済関係が強化されることでしょう。
問:日本銀行の金融政策は新政権によって変わるでしょうか。特に、日銀の出口政策にはどのような影響を及ぼすでしょうか。
正直:政権交代や、政策の変化が、日銀の政策に“直接”影響を及ぼすことはないと考えます。日銀にとって重要なのは、物価の安定と、金融システムおよび市場の健全性です。2010年から2011年にかけては民主政権の政策により成長が促進される可能性がありますが、拡大した需給ギャップは依然として残り、デフレ圧力が継続すると思われます。PIMCOは、金融システムと市場が今後さらに落ち着きを取り戻すなら、日銀は企業金融支援策の一部を解除すると考えています。一方、低金利政策については、今後相当の期間において維持されると見ており、先ほどお話したような経済へのダウンサイドリスクが高まる場合には特にそうなるであろうと考えられます。
問:民主党連立政権の政策は、日本市場に投資する投資家にとってはどのような影響をもたらすでしょうか。
正直:新政権の政策が企業に対してやや不利に働くことから、日本のクレジット市場では全般的にはやや慎重姿勢を取るべきかもしれません。現在のクレジット市場におけるバリュエーションを考慮すれば、なおのことです。PIMCOは、足元のマクロ経済環境を理由に日本の企業クレジットに関して慎重に見てきました。新政権の政策は、日本企業にとって中長期的な懸念をもたらす可能性があり、投資家のポートフォリオにおきましてはボトムアップ・リサーチによる発行体および銘柄選択の重要性が今後さらに増すでしょう。
国債については、日銀の相当期間にわたる低金利政策、および経済の潜在的な下方リスクが、中期債の下支え要因となるでしょう。その一方、PIMCOでは新政権の政策により財政プレミアムが高まりやすいと考えており、イールドカーブの超長期ゾーンに関しては慎重に見ています。
米国から距離を置くアジア寄りの外交政策と、企業より家計に焦点を置いた経済政策は、中長期的な円高の容認を意味していると思われます。これはアジア諸国が自国通貨高を徐々に容認しつつある姿勢にも通じます。ですが、PIMCOでは、日本を除く一部アジア諸国によりバリュエーション上の魅力を感じており、これらの通貨を選好する戦略を継続します。