小関広洋の略歴はこちらをクリックしてください。
世界経済の牽引力として、中国をはじめとするアジアの新興国はますますその重要性を増しており、各国銀行セクターも大きな役割を担っています。今回は、昨年来の世界的金融・経済危機を経て、アジア地域の金融セクターが現在抱えている課題、また今後の展望について、PIMCOのクレジット・アナリストである小関より解説をさせていただきます。
問:今回の危機を経て、アジア地域の経済とクレジット市場は現在どのような状態にあるのでしょうか。
小関:金融危機発生時点において、アジア各国の経済の初期条件は比較的良好だったと言えます。過去数年の力強い経済成長によって、企業セクターのファンダメンタルズは、10年前のアジア通貨危機当時と較べて格段に改善し、また各国の外貨準備も増加していました。銀行セクターも、貸出先全般の信用力の改善に加え、当局による規制や銀行自身のリスク管理態勢の強化によって、健全性を向上させていました(図表1)。

しかし、昨年秋のリーマン・ショック以降の世界的な金融市場の混乱は、アジア諸国のクレジット市場にも深刻な影響を及ぼしました。10月以降、アジア各国の政府・金融当局は、欧米諸国にならって銀行システムに対する流動性支援や資本強化などの緊急支援策を導入しましたが、世界的な流動性危機の高まりによって、市場の関心は個別銀行や企業のクレジット・リスクから、ソブリン・リスクにシフトしたのです。政府のサポートも、究極的にはその国の外貨準備の制約を受けざるを得ないからです。そのため、銀行の対外債務残高が比較的大きい韓国などは、その履行能力に限界があるとの懸念から、クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)のプレミアムが大きく拡大しました(図表2)。こうして、債券価格のボラティリティーが上昇し、さらに発行市場が閉ざされるなど、オフショアの社債市場は機能不全に陥ったのです。

こうした状況が好転したのは、今年初め、韓国の政府系銀行が債券発行を成功させたことによるところが大きいと考えられます。投資家にとって魅力的なプライシングで発行が行われたため、グローバルな投資家のアジア市場に対する関心が高まり、その後の市場の流動性回復の素地をつくったと言えるでしょう。その後、2月から3月にかけては、欧米の金融機関の損失拡大によって世界の金融市場は再びストレスに晒されましたが、4月以降の市場環境改善によって、アジア市場も急速に回復することができました。
問:PIMCOの長期経済予測をふまえ、アジアの金融セクターに対してどのような見方をしていますか。
小関: 5月に行われたPIMCOの長期経済予測会議では、中心的テーマのひとつとして、世界経済が全体として低成長にとどまる中、中国を牽引役としてエマージング経済諸国は先進国経済を上回るパフォーマンスを達成するとの見方を確認しました。従って、アジア新興国の金融セクターに関しても、中長期的な視点からはさらなる成長が期待されます。
また、アジアの債券のバリュエーションについて見ると、昨年9月以来の市場のストレスを経て、リターンはリスク対比でかなり良好な水準に修正され、金融セクター投資の魅力は増してきたと言えるでしょう(図表3)。しかしながら、短期的には、マクロ経済環境に関するリスク要因が依然として残っており、また過去数年の急速な融資拡大の結果として、潜在的不良債権が増加する可能性があるなど、注意すべきポイントも数多く残っています。

問:全体的にポジティブな見方の中、注意すべきポイント、リスク要因としては、具体的にとのようなことが想定されるのでしょうか。
小関: アジアの経済圏全域に共通するリスクとしては、まず実体経済が再び失速してしまうリスクが挙げられます。特に外需の落ち込みによる企業セクターの収益悪化や、早計な金融引き締めが行われた場合の景気失速リスクには注意が必要です。その場合、信用スプレッド上昇による企業の資金調達コストの上昇が、不良債権の増加へ、そして信用スプレッドのさらなる増加へつながっていく悪循環に陥るリスクが考えられます。また現在、各国とも総じて景気は回復基調にあるものの、景気動向と不良債権発生との間にはタイムラグがあることから、金融機関のファンダメンタルズの動向には細心の注意を払う必要があるでしょう。
金融政策については、拙速な利上げによって景気が再び失速するリスクがある一方で、低金利の持続によって、資産バブルが生じる可能性もあります。将来、バブルの崩壊によって生じうる金融システムのストレスに関しても、あらかじめ注意を払う必要があります。
また、こうしたストレス・シナリオが回避できたとしても、中長期的には、競争による利ざやの低下や、M&Aによる財務体質の悪化などのリスクは趨勢として残るでしょう。また国境を越えた業務展開、例えば香港の銀行の中国進出、マレーシアの銀行のインドネシア進出など、リスクの地域的多様化も進んでおり、リスク分析にはより広範な視野と知識が求められるようになると考えられます。
問:各国の銀行セクターにおけるリスクの注目ポイントはどのようなことでしょうか。
小関:アジア諸国の銀行の中でも、国外から外貨建て(即ち米ドル建て、その他)の資金調達を活発に行っているのが韓国とインドです。韓国の場合、預貸率(貸出金の預金に対する比率)が100%を超えており、そのため市場調達に対する依存度が高くなっています(図表4)。インドでは、海外で活動するインド企業の資金ニーズに応えるため、銀行が活発に外貨建債券の起債による外貨資金調達を行っていました。

金融セクターに影響をあたえる要因としては、まず、韓国では中小企業セクターに注目しています。既に地方の不動産開発プロジェクトなどは2年ほど前から状況が悪化し不良債権化していますが、昨年来の景気後退によって、製造業やサービス業における企業破綻も増加しつつあります。政策金融によってある程度ショックは緩和されているものの、長い目で見ると弱い企業の淘汰が先送りされ、長期的にアセットクオリティーを低下させる懸念も払拭できません。
インドでは、企業セクターのほか、近年の経済成長に伴って拡大した消費者ローンの動向に注意が必要です。銀行システムの近代化から未だ日が浅く、本格的な景気循環をあまり経験していないことから、今後どのようなパターンで不良債権が発生するのか注目されます。金融機関のリスク管理態勢強化の真価が問われることになるでしょう。
中国の銀行は海外での起債を行っていませんが、その国内における融資方針は不動産デベロッパーなど他のセクターの外貨資金調達行動に間接的に大きな影響を及ぼします。また、中国では政府系の4大銀行が市場全体の50%を超える大きなシェアを有しており、政府の政策を反映し今年に入って大幅な融資拡大が続いていますが(図表5)、急激なマネーサプライの拡大による資産バブルの発生や、業績の悪化した企業に対する貸出し拡大が起こった場合には、潜在的な不良債権が増加する可能性があります。

問:PIMCOのアジア債券投資のプロセスについて教えてください。
小関:PIMCOでは、長期および短期経済予測会議におけるマクロ経済の見方を基にしたトップダウンの投資戦略と、ボトムアップ・リサーチによる銘柄選択の双方を重視しています。ボトムアップ・リサーチでは、定量的分析に加え、発行体との個別ミーティングを頻繁に行うなど、定性面での評価にも力を入れています。
金融セクターの分析においては、ファンダメンタルズ分析のほか、各国の規制環境やシステミック・サポートの仕組みなどに対する理解が重要です。歴史的な背景や政治的環境、また規制の方向性などに関して、状況の把握と将来のシナリオ分析等を行っています。また、各国の当局者と積極的に対話を行い、投資家の立場から行政面へのアドバイスを行うなどの活動にも努めています。
今回のソブリン・プレミアムの拡大で明らかになったとおり、金融セクターの分析にとって、外貨準備などマクロ的な視野も極めて重要です。また、為替レートの変動によって、銀行やその貸出先企業のリスクが拡大する可能性もあります。一方、過度なソブリン・リスク・プレミアムの拡大は、民間セクターの社債にとっても絶好の投資機会を提供する可能性もあります。従って、リスクと投資機会の両面から、ソブリン・リスクと金融機関のクレジット・リスクを分析する必要があり、ソブリン・チームとの密接な連携の下で投資判断を行っています。
また、市場環境に影響を与える要素として、需給要因の分析も重要です。特に、発行の増加による供給圧力によってスプレッドが拡大するリスクには注意が必要で、個別発行体および市場全体における借換えや新規調達ニーズの分析を行っています。
問:アジアの金融機関に対する今後の投資方針を教えてください。
小関:2005年から2007年にかけて、アジア金融機関は普通社債のみでなく、劣後債や優先出資証券などの資本性証券も活発に発行しました。これらの債券は、折からのグローバルなクレジット・ブームの中で、投資家の強い需要を集め、非常にタイトなスプレッドで発行されました。PIMCOは、この時期の投資には非常に慎重なスタンスで臨みました。昨年9月から今年3月にかけて、金融危機によって信用リスク・プレミアム全体の調整が進み、リスク・リターンの関係から見た信用スプレッドが、中長期的に魅力的な水準に達したことは先程述べたとおりです。今年前半、PIMCOは、ソブリン・リスク・プレミアムの拡大の中で、中長期的に信用力が安定していると考えられる優良銘柄に、積極的な投資を行ってきました。
今後の展望ですが、信用リスク・プレミアムの水準は、アジア市場において自己完結的に決定されるわけではなく、欧米を中心とするグローバル市場の影響を強く受け続けるでしょう。4月以降の市場環境の改善によって、アジア金融機関のスプレッドは急速にタイト化しました。一方で、欧米のクレジット・スプレッドの縮小が既に一段落したとすれば、実体経済の動向次第では、今後は市場環境反転のリスクも視野に入れる必要があり、慎重な銘柄選択が求められると考えます。