日本の経験から見たグローバル金融危機の行方
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2008年9月中旬のリーマン・ブラザーズの破綻を機に世界の金融市場は未曾有の混乱に陥り、折からの景気悪化と相まって、実体経済との負の連鎖が拡大しつつあります。米国・欧州をはじめ各国政府は、金融機関への資本注入や債務保証など公的資金の投入によって金融システムの安定化と機能回復を図り、市場は何とか小康状態を保っているものの、混乱終息への道筋は未だはっきりとは見えて来ません。本稿では、日本の金融危機との共通点・相違点を踏まえつつ、グローバル金融危機の今後の行方と、日本への影響について考えてみたいと思います。
第1章 日本の教訓
日本の金融危機の経緯とその教訓については、前回のJapan Credit Perspectives (2008年8月号)で詳しく紹介しましたが、ここで今一度、今後のシナリオを考える上で役に立つと思われるポイントを整理しておきましょう。
教訓1:資産デフレを人工的に止めるのは難しい
資産(主として不動産)デフレが終息するためには、経済成長に対する期待や資産運用の採算性回復によって、不動産への需要が持ち直す必要があります。これは一種のトートロジーかも知れませんが、金融危機・景気後退が続く中、不動産に対する本源的需要が回復するためには、不動産保有のダウンサイド・リスクが軽減されるまで相当な価格下落が必要となるはずです。日本の場合、不動産価格は約15年かけてようやく底を打ちましたが(図表1)、もっと早い段階で何らかの政策を打っていればより高い水準で底入れできたかと言えば、それは疑問です。危機のプロセス・期間を短縮することはできても、価格下落自体を止めることはできなかったのではないでしょうか。政府や中央銀行による流動性供給や証券化商品等の買い入れによって、金融市場の混乱をある程度抑えることはできても、不動産価格そのものの下落を食い止めることには、自ずと限界があると考えられます。
教訓2: 資産デフレの次には景気悪化によって危機の「第2波」がやって来る
資産デフレの進行で景気後退が深刻化すると、金融危機と実体経済の負の連鎖が生じ、不良債権が増加します。日本の場合、1997~1999年の金融危機第1波(主として商業用不動産関連の不良債権によるもの)に対して大手銀行への資本注入が行われ、市場はいったん落ち着きましたが、途中ITバブルを挟んでおよそ1年後に、企業セクターの不良債権を中心とする金融危機の第2波(2001~2003年)を経験しました(図表2)。株価の推移で見ると、第2波の方が下落幅がより大きいものとなっています。今回のグローバル危機においても、同様に第2波がやって来る可能性が高いと考えられ、現在行われている資本注入の規模でこれを乗り切れるどうかは疑問が残ります。
教訓3:金融機関への資本注入は金融安定化への「必要条件の一つ」に過ぎない
現在、欧米各国で行われている金融機関への資本注入は、1999年に日本政府が行った大手銀行への資本注入に近い性格を持っていると考えられます。特に、資本注入をいち早く決定した英国の例を見ると、日本のモデルをそのまま踏襲しているのではないかと思える程、その内容は酷似しています。Japan Credit Perspectives 2008年8月号でに述べたとおり、日本における1999年の資本注入は、それが必要であったという点については疑いの余地はないものの、その規模・目的の不透明性から、金融危機を完全に解決するには十分なものではなく、その後の金融危機第2波で、再度、制度・政策の見直しを迫られた経緯があります。この経験を踏まえると、欧米諸国で現在行われている資本注入は、危機対応のプロセスの第一歩に過ぎず、金融機関のストレスが今後さらに増大するリスクに備え、政策的にも十分なシナリオ分析と対応の準備が必要と考えられます。
教訓5: 回復の真の立役者は「成長」である
日本の金融危機は概ね2003年央に底を打ち、2005年にほぼ終息しました。2002年以降、金融機関の不良債権処理が加速し、金融機関の財務の透明性と破綻回避のための資本注入がセットで実施されたことが金融システムに対する市場の信認回復につながったことが大きな転換点になったと考えられます。一方で、その後の急速な回復の真の原動力となったのは、好調な世界景気に支えられて日本の輸出が拡大して景気が急速に回復したこと、また海外からのリスク・マネーが日本の株式・不動産市場に流入して、資産価格が底打ちし、上昇に転じたことによるところが大きいと考えられます。こうして見ると、金融危機からの脱却の本当の立役者は、実は外需と海外のリスク・マネーだったということができるかも知れません。2003年以降の世界の好景気がなければ、日本はより長い期間、デフレと金融システムの混乱に悩まされたはずです。
教訓4:リフレ政策の効果は疑問である
金融政策によるリフレ効果でデフレを封じ込めることはできるのでしょうか。日本でもかつてインフレ・ターゲット論が盛んに論じられましたが、果たして、望ましいインフレ率を、望ましいタイミングで、必要な期間だけ創出することはできるのでしょうか? 金融危機対策の財政支出と景気後退による税収減で政府財政が悪化する中、むしろ将来悪性インフレが生じるリスクを心配するのが本筋ではないでしょうか。問題を解決するためには、リフレなどマネタリーな手法に頼るのではなく、中長期的な成長を促進するための経済政策に主眼を置く必要があると考えられます。
第2章 日本との共通点・相違点を踏まえた今後の課題
今回の金融危機は、日本の不良債権問題より複雑で、かつ世界経済に与える影響も桁違いに大きいと考えられます。その理由としては、次の3点が挙げられます。
(1)レバレッジ解消(デレバレッジ)のインパクトの大きさ
金融市場における「レバレッジの解消(デレバレッジ)」とは、借入れ(レバレッジ)を梃子として膨れ上がった金融バブルがはじけ、需給バランスが構造的に崩れて金融商品価格の下落を招いている状況のことです。今回の金融危機においては、証券化商品などの需給バランス悪化がまず起こり、それが金融商品全体に波及して金融システムの混乱を増幅しました。レバレッジ解消の動きは、金融機関の資本再構築が完了してリスク許容度が回復するまでは、なかなか終息しないと考えられます。景気の悪化によって市場参加者全体のリスク許容度がさらに低下すれば、レバレッジ解消による金融商品価格の下落は長期化する可能性が高くなります。米政府・米連邦準備理事会(FRB)は住宅ローン担保証券(RMBS)の購入など巨額の資金投入を行って需給バランスを支えようとしていますが、それが国債の増発など負の副産物をもたらすリスクをどうマネージするか、今後の政策運営の大きな課題となるでしょう。
(2)住宅ローン不良債権の最終処理における課題
商業用不動産や企業関連の不良債権については、ビジネスの論理に従った効率的な最終処理の手法やそれにファイナンスを行う市場が発達していますが、今回の金融危機の根源である住宅ローン不良債権については、状況は大きく異なります。多数の住宅ローン債務者に対してどのような形でバランスシート調整を行うか。また、多くの債権が証券化され金融機関以外の投資家にも保有されているため、そのプロセスは複雑かつ時間のかかるものとなります。また、債権者に一方的に不利な形で最終処理の枠組みが作られた場合、それがさらに証券化商品等の価格下落を招来する可能性もあり、今後の動向が注目されます。米国の金融安定化法で中心的役割を担う「不良資産救済プログラム(TARP)」については、現在、金融機関に対する資本注入が中心となっていますが、今後金融安定化のプロセスの進展とともに、今後不良資産の最終処理においても重要な役割を果たすことが期待されます。
(3)世界同時不況のリスク
危機が山を越えても、状況がそれ以前に戻るわけではありません。日本の金融危機を最終的に解決したのは、外需による景気回復と海外からのリスク・マネー流入でした。過去数年間の世界景気の拡大は、住宅価格上昇による資産効果をてことした米国の消費ブームによって牽引されて来ましたが、現在の世界経済の状況を見ると、先進国のみならず新興国においても景気減速が鮮明となりつつあり、米国の消費に代わって世界経済を牽引するドライバーとしては力不足でしょう。何がそれに代わって世界経済を牽引するのか、それが明らかになるまでは、危機の出口もなかなか見えて来ない可能性があります。
第3章 金融危機の現状分析と展望
それでは次に、第1章・第2章で整理したポイントを踏まえて、グローバル金融危機の現状を危機の構成要素である ①米国住宅市場(=資産デフレ)、②レバレッジの解消圧力、③景気悪化、という三つの角度から分析し、今後の展開を考えてみたいと思います。
深まる資産デフレと景気後退の悪循環
まず資産デフレ・不良債権について見てみましょう。今回の金融危機の発端となった米国の住宅価格は、S&P ケース・シラー住宅価格指数で見ると過去2年でピークから約20%下落し(図表3)、その影響はサブプライムばかりでなく一般の住宅ローン全体にも広がりつつあります。今後の動向については、市場のコンセンサスとしては向こう1~2年でさらに15~20%の下落と予想されていますが、今回の住宅価格下落は短期的な調整ではなく資産デフレの様相を深めていることから、1年程度で底入れするとは考えにくく、また景気悪化の影響でさらに下振れる可能性もあります。従って、リスク・シナリオとして30~40%程度の下落も想定しておく必要があり、その場合、住宅価格の底入れには数年かかると見るべきでしょう。大まかな見積もりとしては、資産デフレの終息には楽観的なシナリオで概ね2年程度、リスク・シナリオとしては3年以上の長期に及ぶと考えられます。
潜在損失の規模は倍増してGDPの10~15%に拡大
米国の住宅価格の下落を住宅ローン市場(総額1,200兆円)との関係で見ると、住宅価格が10%下落すると約120兆円(GDPの9%)もの裏付け資産の価値が失われることとなります。通常の住宅ローンの場合、資産価値が下落しても直ちに延滞につながるわけではありませんが、下落率が大きくなるに従って、潜在的不良債権は加速度的に増加する可能性があります。筆者は、金融市場における証券化商品等の損失額を、2008年の夏ごろまではおよそ100~120兆円程度(うち狭義のサブプライム・ローン関連損失は約50兆円)と推定していましたが、9月のリーマン破綻以降、急激な金融商品価格の下落と景気の悪化によって損失額はほぼ倍増し、200~250兆円規模に達すると見方を修正しました(図表4)。英国の中央銀行イングランド銀行の試算(Financial Stability Report 2008年10月号)を参考に、これを国・地域別に分けると、損失負担額は、概ね米国160兆円、英国10兆円、ユーロ圏80兆円程度と推定されます。
この推定によると、潜在損失の規模は米国の場合GDPの10%強となりますが、今後の景気悪化でさらに15%程度まで拡大する可能性があります。因みに、日本の金融危機における不良債権の損失規模は30%(約150兆円)でしたが、14年という時間をかけて損失処理を行ったため、その間の金融機関の利益を損失処理に充てることで、結果として、投入した公的資金の額(約50兆円=GDPの10%)は損失の規模との対比では比較的少なくて済みました(図表5)。現在の米国の金融危機においては、事態が極めて短期間で展開しており、金融機関の期間利益を損失処理の原資として活用する時間的余裕がないため、潜在損失に対する公的資金投入の規模は相対的に大きくなり、GDPの10%あるいはそれ以上となる可能性があると考えられます。
金融危機対策のの規模は未だ不十分
金融危機に対する政策対応の進捗はどうでしょうか。問題の中心である米国についてみると、FRBは実質ゼロ金利への利下げ、証券化商品やCP買い入れによる流動性の供給、など矢継ぎ早に対応策を打ち出しました。一方、米政府は10月はじめに成立した金融安定化法によって、金融機関への資本注入を開始しました。ただし、予算配分としてTARP全体の7,000億ドル(約70兆円)を使用したとしても米国GDPの約6%であり、、先に述べた推定潜在損失の規模(GDPの10%)と比較すると、十分な規模ではないと考えられます。因みに、日本が1999年に大手銀行に対して行った資本注入もGDPの1.6%でしたが、これが直ちに金融危機解決に結びつかなかったことは、前述したとおりです。このように見てくると、金融機能回復の政策的プロセスは、金額ベースで見ると未だ不十分であり、今後さらに法的枠組み・予算措置が強化される必要があるものと考えられます。
世界景気悪化で新興国のソブリン・リスクが浮上
次に、景気悪化との関係を見てみましょう。米国・欧州・日本など先進国の景気がこの数ヶ月で急速に悪化していることは周知のとおりですが、欧米向けの輸出の急減速によって、新興国経済に対する影響もここへ来て顕在化しつつあります。過去数年間、アジア新興国、中でも経済規模の大きい中国・インド・韓国などでは、高い成長を支えるために海外からの資金調達を活発に行って来ました。韓国・インドでは銀行部門が、中国では不動産開発(主として住宅用)部門の海外資金調達依存度が高くなっています。世界的金融市場の混乱により、昨年秋ぐらいからこれらのセクター資金調達が困難となり、各国の経済にも間接的な影響を与えてきましたが、これはあくまで個別金融機関・企業レベルの問題として位置づけられ、その影響は限定的なものに止まっていました。ところが、クレジット・デフォルト・スワップの保険料(プレミアム)の推移を見ますと、リーマン・ショック以降、欧米各国に続いて新興国の政府も民間銀行への支援を本格化した10月中旬頃から、折からの景気急減速と相まって、国の支払能力に関するリスク(ソブリン・リスク)へ対する関心が高まっていることがうかがえます(図表6)。新興国の成長率見通しが3~6ヶ月後に大幅下方修正される状況となれば、成長の下振れ→不良債権の増加→間接金融の機能低下という悪循環が発生するリスクも残っており、成長率が低下するに従って、ダウンサイドリスクは加速すると考えられます。10年前とは違って各国とも外貨準備の蓄えがあるため、アジア危機の再燃ということにはならないとしても、資金のスムーズな流れが阻害されるリスクはあり、金融市場におけるソブリン・リスクに対する認識変化は、リスク要因の一つとして注意しておく必要があるでしょう。
今後の展望
リーマン破綻後に危機的な状況に陥った金融市場は、米国・欧州で銀行への資本注入が実施されたことによって、とりあえずは小康状態を保っています。米国では金融機関に加えGMなど自動車業界に対する公的支援も導入されるなど、経済への政府サポートの裾野が広がっています。このような政府の関与によって、大手企業の破綻など短期的なショックを和らげることができれば、とりあえず「底割れ」のリスクは当面回避できるかも知れません。しかしながら、景気後退がまだ初期の段階にあり、米国住宅価格の下落も当面続くとすれば、実体経済悪化による負の連鎖はこれから本格化し、恐らく向こう6~12か月以内に金融システム危機の第2波がやって来る可能性があります。これを乗り越えるためには、世界各国で巨額の財政資金投入が必要となり、財政悪化による副作用の危険も増大するはずです。特に、純債務国である米国において、それは通貨の信認に関わる問題として、今後の世界経済の命運を握っていると言っても過言ではないでしょう。財政が一時的に悪化したとしても、その資金が有効に使われ経済が立ち直るのであれば、米ドルに対する信認は維持されるでしょう。逆に、政策が上手く機能しなかった場合、為替相場の変動を通じて世界経済の不確実性が一気に増大するリスクもあります。
第4章 日本への影響
今回の金融危機について、今まで、日本は比較的傷が浅いという見方が多かったようです。確かに、狭義のサブプライム関連損失については、それが金融機関の赤字決算に直結するには至っておらず、国内金融市場の流動性も、欧米と比較すればそれなりに保たれていたと言えるでしょう。この1年余りの間にレバレッジの高い部門、例えば不動産投資などの分野では、欧米の金融市場の混乱のあおりを受けて外国人の資金が引き揚げられ、不動産会社やREITの破綻、不動産価格の調整などをもたらしましたが、2008年夏頃までは日本経済全体にとって、こうした影響は何とか許容範囲に止まっていました。
株価下落で状況は激変
しかし、リーマン・ショック以降の株価急落によって、状況は一変しました。日本の株式相場について見ると、この半年で200兆円を超える時価総額が喪失し、金融機関・一般企業の保有株式の減損・評価損による収益や自己資本への影響、逆資産効果による家計消費の減少、などの負の連鎖がこれからが本格化すると考えられます。銀行にとっては、日経平均が9,000円を切ったあたりから保有株式が含み損に転じ、収益や自己資本比率への影響が大きくなっていると見られます(図表7)。
景気の急速な悪化で日本も危機モードへ突入
さらにこの数ヶ月間、景気悪化もかつてない急ピッチで進んでいます。10月以降の自動車輸出の落ち込みは、日本経済のバロメーターとして状況の悪化を端的に示していると言えるでしょう。過去数年間、日本の景気拡大は輸出に牽引されてきましたが、輸出企業の利益は数量に加え円安要因によって大幅に嵩上げされていました。企業収益が好調な割りには賃金上昇による個人消費拡大に結びつかなかった背景には、企業経営者が増益の中身の不安定性を認識していたため、安易なコスト・アップを極力回避しなければならなかったという経緯があると考えられます。景気拡大期において企業収益増加→賃金上昇→消費拡大→内需拡大という成長ドライバーの主役交代がうまく進まなかったため、日本経済の世界景気減速に対する感応度は極めて高く、景気後退は今後予想以上に加速する可能性があります。
これは、銀行にとっては不良債権の増加に直結し、信用収縮(クレジット・クランチ)がさらに深刻化する可能性があります。筆者の試算では、企業破綻(負債総額ベース)がGDPの1.5%を超えると金融機関の収益がクレジット・コストで吹き飛ぶ可能性が高くなりますが、足元は1.1~1.2%から急上昇中で、危険領域に近づきつつあると見られます(図表8)。商業用不動産や企業の過剰債務問題などかつての負の遺産・構造的問題は基本的に解決されているものの、金融機関の経営環境としては極めて厳しい状況であり、信用収縮は決算期の3月以降も加速するでしょう。こうした状況に対し、日銀は12月の金融政策決定会合で利下げに加えCPの買取による企業金融の支援策を打ち出し、財政面では金融機能強化法の予算枠が増額されました。しかし、中小企業を含めた経済全体の流動性対策としては、それだけで十分とは言えず、景気の動向によっては、貸し渋り対策として幅広く金融機関に資本注入を行うなど、さらに踏み込んだ対策を検討する必要がでてくると考えられます。
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