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Global Perspectives
リチャード・クラリダ | 2008年6月

前回の世界金融危機以降の為替レート - 1998年には予測できなかったこと

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本稿はインターナショナル・エコノミー誌2008年春号に掲載された
「通貨体制に関する考察」に修正を加えたものです。

 今から10年前、アジア・ロシア・LTCM1危機の直後に、私は、元米連邦準備理事会議長のポール・ボルカー氏の依頼により、氏が当時議長を務めていた民間団体グループ・オブ・サーティ(G30)のために「G3為替相場の相互関係:歴史の検証と変革への提言」2に関する報告書を作成しました。読者の皆さんも覚えておられるでしょうが、当時金融市場の激動を目の当たりにし、全員とは言わないまでも多くの人々が、米国、ドイツ(現EMU3)、日本の、いわゆるG3による為替レートの管理変動相場制に対する不満を抱いていました。G3の為替レートは経済のファンダメンタルズを反映せず、過度に変動する傾向があるとの指摘が多くありました。その結果、ブレトンウッズ体制後のG3為替相場体制は、1990年代後半、世界の金融システムを安定化させるどころか、かえってその乱高下の原因になったと批判する声もあります。一般に、当時の体制を擁護する人々もG3の為替レートの相関関係が理想的だとは言いませんでした。むしろ、代表的な代替案、つまりターゲットゾーンを設定するという案(狭い変動幅を主張する厳格なものから広めの変動幅を想定する柔軟なものまで)が、どれも内容的に劣っているか、理論的には優れているが実際には実現不可能(技術的に時期尚早)かいずれかの可能性が高いと示唆していました。

 10年前には明確な予測や完全な評価のなされていなかったG3為替相場の関係ですが、それ以降、学んだことは数多くありました。今回のGlobal Perspectivesでは、そういった教訓について熟考したいと考えます。皆さんの予測は1998年当時、私のものよりも優れていたかもしれませんが、当時の私には予測できなかったこと、G3為替レートの関係についての教訓をここにご紹介しましょう。

現在は資本勘定が経常勘定に優先する G3為替相場と過剰貯蓄
世の中には決して変わらないものがあります。しかしその不変のものに関する人々の解釈は、事実関係や状況の変化に応じて変わりますし、また変わるべきです。米国は1980年代、1990年代、そして21世紀の現在に至るまで、大幅な経常赤字を記録してきました。1980年代と1990年代の大幅な経常赤字は、米国における高い実質金利と密接に関係していました。平均あるいはそれ以上に高い投資活動に比べ低い貯蓄率が経常収支の赤字を生み、高い金利が誘導する資本の流入が必要とされました。米国の経常赤字は、2000年の時点で既にGDPの4%という高い水準に達していましたが、ここ10年間にも拡大を続けています。これは主に世界的な過剰貯蓄4によるものです。世界的な過剰貯蓄は、グローバルに実質金利のスポットレートとフォワードレートの低下をもたらし、その結果米国ばかりでなく他諸国(英国やスペインなど)における消費と住宅投資の活発化につながりました。世界的な過剰貯蓄(より正確には、一定の世界金利水準における望ましい投資に対する望ましい貯蓄の超過額)の火付け役はアジアであり、カーター大統領時代から構造的な過剰貯蓄(またそれを示す経常黒字)を抱えていた日本に、中国をはじめとするアジアのエマージング諸国が加わりました。中国およびその新ブレトンウッズ体制5に基づく成長戦略にばかり注目が集まっているものの、つい最近の2003年まで中国の経常黒字はGDPの2%にすぎなかったという事実を忘れてはなりません。2003年以降のエマージング諸国における世界的な力強い経済成長はコモディティ価格の高騰を引き起こし、これがオイルマネーの還流を通じて第二の過剰貯蓄の源になりました。

世界的な過剰貯蓄と、それに伴う国際間の資金移動の爆発的な増加は、G3為替レートの相互関係にも非常に大きな影響を与えました。過剰貯蓄の結果拡大した米国の経常赤字(またその大半は民間資本流入ではなく、各国の中央銀行による外貨準備の蓄積によってファイナンスされたという事実)と、この過剰貯蓄が発生の一因となった米国住宅市場バブルの最終的な崩壊は、昨今のドル相場下落の原因となり、今後も下落圧力をかけ続けるでしょう。現在までのところ、大半の調整部分をユーロが、また、あわせて英ポンド、カナダドル、豪ドルも負担しています。2005年まで、日本はデフレを食い止めるために為替市場に大規模な介入(大部分は不胎化介入)を行い、円相場の急激な上昇を断固として阻止してきました。最近でも、円相場は、依然として為替相場のキャリートレードを指向する世界各地の投資家たちのきまぐれによって動かされています。円のキャリートレードで巨額の損失を被ってから10年経った現在もなお、相変わらずキャリートレードがドル円相場変動の中心的要因なのです。何が起こっても、「変わらないものは変わらない」6ということでしょうか。

世界の準備通貨としてのドルの地位とユーロの役割
10年前、ユーロの将来性に関しては、ドルに対抗しうる通貨として大きな期待があった反面、大きな不確実性もまた存在していました。EMUが果たして誕生するのかといった懐疑的な声もあり、私もその一人でした。懐疑派は主に米国勢が中心でしたが、おおむね欧州中央銀行(ECB)とユーロの創設を理論としては支持していました。しかし結局は、実力のある機関、中でもドイツの中央銀行ブンデスバンクが新体制の発足を遅らせるか、少なくとも参加国を少数の中心的な国々に限定しての発足となるだろうと判断していました。もちろん懐疑派は間違っており、疑いの余地もないことですが、21世紀最初の10年間にユーロとECBは、20世紀最後の10年間ドイツマルクとブンデスバンクが担った役割以上の成果を上げました。ドルに取って代わる可能性の高い、強い通貨(2月以降は1ユーロあたり1.50ドルに達しています)という最近のユーロの評判からすると、発足当初の3年間ユーロがドルに対して下落を続け、発足時1999年の1.18ドルから2001年の夏には0.82ドルまで大幅に下落したことを忘れがちになります。当時私は、この動きが発足したばかりのECBに対する市場の評価を反映するものとは考えず、むしろ米国のインターネットおよびIT産業の株式に関する世界市場の過熱状態に起因するものと考えていました7。私の学生によく言うことですが、国際金融の分野で研究に値する事柄は押し並べて、絶対価値ではなく相対価値によって決定します。ユーロの発足はたまたまインターネット・バブルのピークと時を同じくしていました(同時に、米国の「強いドル」発言が市場の最大の関心ごとであったという事実も見逃せません)。以降ユーロは、対ドルでほぼ一貫して上昇を続けてきました。これは前述した影響力だけでなく、インフレ期待の抑制や、域内一律の金融政策が少なくともこれまで欧州の経済成長をつまずかせてはいないことなど、ECBに対する信頼の高まりを反映するものです。

今後の10年間を見通す場合、果たしてユーロは世界的な決済通貨としてのドルに取って代わるでしょうか。私は個人的にはそうは思いません。もちろんここで決済通貨と言う場合、世界の中央銀行の外貨準備としての役割ばかりでなく、外国為替市場や金利デリバティブ市場における日常の取引通貨としての役割、世界の商品取引や物資・サービス取引の決済通貨としての役割も含まれます。2001年以降のドルの大幅な下落やEMUと比べやや高い米国のインフレ率にもかかわらず、今日に至るまで、ドルの決済通貨としての市場シェアが目に見えて下落したという決定的な証拠は見当たりません。確かに、IMFによる外貨準備高の通貨別内訳8データのように、世界の準備通貨としてのドルのシェアがピークを過ぎ、減少傾向にあるという事実もあります。私もこのような外貨準備の分散傾向は継続するものと考えますが、それはおそらく漸進的変化の道をたどり、決して事故着陸のような劇的な結末にはならないでしょう。外貨準備のポートフォリオに占めるドルのシェアと、為替、デリバティブ、コモディティ市場の決済通貨としてのドルの役割には、決定的な違いがあります。前者では分散が意味を成しますが、後者においては、経済の規模と範囲からして、今後も支配的な役割を担う決済通貨はただ一つに限られる可能性が高いからです。

長期的には、ユーロが、少なくとも世界の準備通貨としてドルに取って代わることが考えられます。この問題を最近最も良く分析しているのはジェフ・フランケル氏とメンジー・チン氏による論文で、私が編集したG7経常収支の不均衡に関する論文集の中で発表されています9。チン氏とフランケル氏は、金融の中心であるロンドンを擁する英国のEMU参加なくして、世界的な金融の中心地を持たないユーロが、世界の準備通貨としてドルに取って代わることは予想し難いと主張しています。しかし一方で両氏は、英国(およびロンドン)がEMUに参加した場合には、恒常的に下落を続けるドル(および推定される米国の高いインフレ率)が原因となり、徐々にではあるものの、世界の準備通貨がユーロに移行するという重大な可能性を示唆しています。私自身は、そうした移行があり得ないというわけではないものの、可能性は低いと考えています。

法外な特権:年間5,000億ドル、ドル安の根源

事実 12001年から2006年までの米国の累積経常赤字額は3.1兆ドル超。

事実 22001年から2006年にかけ、米国の対外純資産負債残高は改善し、対外純負債残高は2,000億ドル以上減少した。

米国の大幅な経常赤字にもかかわらず、対外純負債残高が同規模の増加とならないのは何故でしょうか。答えは、世界の準備通貨および決済通貨の供給国としての米国が享受している21世紀版「法外な特権」を反映しています10。現在では10年前より理解が進みましたが、この特権には二つの原因があります。実質的に米国の対外負債の総額がドル建て(2006年末時点で18兆ドル超)なのに対し、米国による外国資産の総保有高(2006年末時点で16兆ドル超)の大半が外貨建てです。自国通貨建てで巨額の借入れをすることが可能な結果、ドル相場がユーロ、円、その他通貨に対して下落すれば、米国の投資家はキャピタルゲインを享受することになります(ヨーロッパ、日本、他諸国の投資家はキャピタルロスを被ります)。米国投資家による外国資産の総保有高が巨額なため、秩序あるドルの下落によってさえ、米国投資家が手にする純キャピタルゲインは多額になり、ますます増額することになります。2002年から2006年までの間に米国投資家がドル安によって得た純キャピタルゲインは、合計で1.3兆ドル以上に達しました。法外な特権に関する第二の、さらに大きな原因は、対米投資を行う外国人投資家に比べて、米国投資家が全体としてリスクや平均収益率のより高いポートフォリオを保有しているという事実に基づいています。米商務省経済分析局の統計によれば、米国投資家の対外ポートフォリオが株式と対外直接投資11に偏っている一方で、外国からの対米投資は主に国債、政府機関発行債券また銀行預金が中心となっています。この結果近年では、米国による対外投資の(現地通貨建て)キャピタルゲインが、外国人投資家による対米投資のキャピタルゲインを大幅に上回ることとなりました。

このように記録的な経常収支の赤字を抱えながらも、米国の対外純資産負債残高は、ドルに換算すればおおむね安定的に推移しているばかりか、米国および世界のGDPに対する割合においても減少を示しています。もっとも、経常赤字が続いた場合、今後も永久にこのような安定した状態が続くとは限りません。しかし米国が法外な特権の恩恵を享受してきたことは明らかであり、対外純負債残高の再評価を受けてのドル安の動きは、21世紀における国際的な調整過程の一環であると言えるでしょう。最近に至るまで、近年のドル下落はほとんど輸入品価格の上昇につながらず、外国生産者の利ざや縮小によって吸収されてきました。しかしドル安による輸入価格上昇がさらに継続することになれば、結果として交易条件の悪化、さらには米国家計の実質収入低下につながるでしょう。このように、ドル下落は米国の対外投資家に一時的なキャピタルゲインをもたらす一方で、潜在的には米国の実質収入を永続的に減少させることにもなります。開かれた経済においても閉鎖的な経済同様、ドル下落の代償は確かに存在するのです。

今後の10年間
過去10年間、世界金融においてあまりにも多くの出来事が起こったため、今後10年間の出来事を少しでも正確に予測しようなどということは無謀なことかもしれません。しかしながら、中国や一次産品輸出国など、過剰貯蓄を抱える国々の金融面での影響力は今後も増大し、世界の資本市場やG3為替レートの相互関係の方向性にさまざまな点で影響を及ぼすことになるでしょう。おそらくは今後も世界の準備通貨としてのドルの地位に変化はないと思われますが、ドルの行く末はある意味で、こうした世界的な資本輸出国のグローバルな金融に関する予測や政策によって決定されるでしょう。ここ数ヶ月、債券市場において「フライト・トゥー・クオリティー(質への回帰)」の動きが見受けられ、ドル安と共に米国債の利回りが低下しています。本来のドル危機が発生すれば、債券利回りは資本流入を促進するためドル安と並行して上昇するはずですが、現状はそこまで悪化していないようです。その原因の一つには、ヨーロッパの通貨当局がドル暴落に伴うユーロの高騰を警戒していることが挙げられます。おそらく、今後の予測でもっとも難しいのは、現在の危機に対する米国の財政金融両面における政策対応によって、世界の準備通貨としてのドルの地位がどれだけ損なわれてしまうかという点でしょう。


 

1
Long-Term Capital Management(ロング・ターム・キャピタル・マネジメント)破綻した米国のヘッジファンド2http://www.columbia.edu/~rhc2/Spring2006/G6904/Papers/Clarida_99.pdf
3 European Monetary Union欧州通貨同盟
4 私は2003年の財務省次官補時代に省内でこの点を指摘し、公には20042月の国際経済研究所(IIE)での講演において、「米国の経常赤字は世界的な一般均衡現象であり、(中略)収益性を有する投資機会に対する、バブル後の世界的な貯蓄の過剰供給を反映している」と述べました。「過剰貯蓄(saving glut)」という言葉は、14ヶ月後、連邦準備制度理事会の当時理事長ベン・バーナンキ氏による講演のなかで紹介されています。私の講演内容については、「The Euro at Five(Posen編、20054月IIE出版)」を参照ください。
5  Bretton Woods II(BWII)新ブレトンウッズ体制
6 原文ではPlus ça change, plus c'est la même chose.
7鮮明に記憶に残っていますが、2001年7月フランクフルトでECB理事であったオットマー・イッシング氏と昼食を共にした際に、私は自分の計量経済分析をかいつまんで話し、当時0.85ドルだったユーロの公正価格は1.2ドルより高いところにあると説明しました。氏も私もこの公正価格に納得しつつ、通貨市場が常に公正価格に従うわけではないという点においても意見の一致を見ました。
8 Currency Composition of Official Foreign Exchange Reserves(外貨準備高の通貨別内訳)
9論文集「G7経常収支の不均衡:持続性と調整(クラリダ編、2007年シカゴ大学プレス出版)」におけるM・チン、J・フランケル共著論文「ユーロが国際準備通貨としてのドルに取って代わる日は来るか」
10ドゴール仏大統領が初めて使用したと言われていますが、実際には「法外な特権」は当時の財務大臣ジスカールデスタン氏が19652月に最初に使用した言葉です。
11Foreign Direct Investment(対外直接投資)
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