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アンドリュー・ボールズ | 2007年6月

出口を求めて

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米国のポールソン財務長官は最近の発言の中で、米中の経済関係には長期的視点が必要であるが、「短期主義が昨今の風潮である」ワシントンではそうした視点を持つことが難しいと嘆きました1 。中国は為替変動幅の拡大を容認する過程にあります。米国の圧力がこの歩みのスタートを後押ししたかもしれませんが、短期的にみると外部からの圧力はこの歩みを加速させる可能性がある一方で、遅らせる恐れもあると考えられます。

 

ワシントンから3,000マイル西のニューポート・ビーチでは、ワシントンとは対照的に、長期的視点を持つことがPIMCOの運用プロセスの基盤となっています2PIMCOは向こう35年間に、人民元の切り上げが、この2年間のほとんど感知できないほどの緩慢なペースから加速すると予想しています。短期的見通しに影を投じているのが、米国による保護主義的政策のリスクです。PIMCOは長期的には人民元の上昇率が、少なくとも現時点でオフショアのノン・デリバラブル・フォワード取引に織り込まれている年4のペースと等しくなり、後にこれを大幅に上回るペースになる可能性が高いと予想しています。そうすることが中国の国益に繋がるためです。為替レートを厳格に管理するためのコストは、そのメリットよりを超えました。そして、この調整は世界の金融市場とPIMCOのポートフォリオの構成に大きな影響を及ぼします。

 

20057月に中国が人民元の対米ドル連動制を正式に停止して以来、人民元は約6上昇しました3。この年3の上昇率を踏まえますと、この間に中国の生産性が9のペースで上昇したことは注目に値します。

 

人民元の緩やかな切り上げペースは、輸出依存を減らす一方で内需拡大を図ることによる均衡のとれた成長促進と、過剰投資抑制といった、中国政府が掲げた目標に相反するものです。事実、この調整を実現すべく当局が行った産業政策的な行政措置のほとんどは、為替レート固定の下では機能しませんでした。

 

輸出と投資が加速する一方で、経済活動に占める個人消費の割合は低下し続けており、GDP成長率は政府が持続不可能と認識している11のペースに達しています。今年の年初から5ヵ月間で、中国の貿易黒字は昨年の同時期に比べて80%増加しています。

 

2000年当初ほぼ均衡していた中国の経常収支は、IMFInternational Monetary Fundによると、昨年はGDP9%の黒字で、今年は同10に達する見込みですチャート1。人民元の上昇を抑制するために必要な為替介入の結果、巨額の外貨準備が蓄積されておりチャート2、中国が保有する外貨準備の総額は今年3月時点で約12,000億ドルに達しました。そして、為替レートの管理が中国人民銀行の最も重要な役割とされています。

 

 

 

 

国際金融のトリレンマ

中国は、エコノミストが言うところの「国際金融のトリレンマ」の状態に直面しています。理論的にいうと、それぞれの国家は固定為替制度、独自の金融政策、自由な資本移動の3つの中から2つを選択できます。中国は広範囲にわたり資本を規制しているため、原則的に為替レートを固定しつつ、独立した金融政策を実施することが可能です。しかし、実際には資本規制は抜け穴だらけのため、固定為替制度と独立した金融政策のいずれかを選択せざるを得なくなります。トリレンマではなく、不健全な二項対立というわけです。

 

人民元の対米ドルでの上昇を防止するには、中国人民銀行が貿易や投資の形で中国に流入するドルを買い上げなくてはならず、それは人民元の増発を意味します。今日まで人民銀行は、国内銀行に対して債券を発行して流動性を吸い上げ、それにより為替介入を不胎化して、マネーサプライの急増を巧みに回避してきました。しかし、経常黒字と流入する外貨の急増に伴い、国内の流動性に与える影響を制御することが以前にも増して困難になっています。そして、国内の銀行に不当に低い金利で不胎化債券を購入させることは、銀行セクターの健全性にとって何らプラスになりません。

 

公的な資金フローを吸い上げることは十分に困難ですが、将来的には中国の資本勘定規制をかいくぐろうとする「投機資金」のフローへの対処が難しくなります。貿易と投資のフローが増えるにつれ、長期的に通貨の上昇が避けられないことを予想する企業や投資家にとって、資本規制をかいくぐることが容易になります。そのため、前述のようにトリレンマが実際にはジレンマとなるのです。さらに多くの投機資金を呼び込むため、人民銀行はより積極的な利上げに対しては後ろ向きです。中国経済にとって中立の金利水準がどの程度かは全くもって定かではありませんが、現在の水準よりも大幅に高いと考えて間違いないでしょう。

 

これまで人民銀行は、商業銀行の預金準備率の引き上げを中心的な金融政策の手段としており、度重なる預金準備率引き上げによって、少なくとも人民銀行が真剣であることを知らせしめてきました。しかし、チャート3が示すように、商業銀行は全体として所要水準を超える準備預金を積み上げているため、準備率の引き上げの実効性はほとんどありません。2000年以降、実際の準備預金は一貫して所要水準を上回っています。実際の準備預金には明確な基調がみられず、人民銀行による預金準備率の引き上げがこれまでに何らかの影響を及ぼしたと主張することには困難です。

 

 

 

マクロデータから判断する限り、他の行政上の施策も同様に実効性の低いものであったと考えられます。これは、経済の規模と複雑性の発展に伴い、行政上の規制の効力が低下することを示しています。

 

中国政府の目標が輸出依存低下および国内消費促進であるならば、これまでよりも速いペースで人民元の上昇を容認すべきことは明らかです。これは金融システムの整備や資本勘定の兌換性の向上といった他の長期目標よりも、はるかに短期間で達成可能です。また、政府支出、特に社会的セーフティ・ネットの基盤となる社会保障給付を行う余裕が十分にあり、極めて高水準にある家計の予備的貯蓄を削減して消費拡大を促します。

 

インフレは大きな問題ではありませんが、確実に上昇しています。通貨の名目価値を固定し続けることと、インフレの明らかな上昇を容認することは、通貨の実質価値を上昇させる方法の一つでありますが、安定性の維持を重視する中国指導部がこの方法を通貨の名目価値上昇ペース引き上げよりも好ましいと考えている理由は不明です。そして、現時点で消費者物価上昇は問題となっていませんが、資産価格上昇は明らかに問題であります。チャート4は株式市場が驚異的な高騰によりバブルの領域に至ってしてしまったことを示しています。中央銀行が金融政策の支配権を取り戻し金利を引き上げるメリットの一つは、商業銀行が預金者に高い金利を提供できるようになることです。

 

当局が経済成長と投資支出を制御する力を取り戻したいのであれば、中央銀行に対して為替レートの維持を命じるのではなく、国内経済に応じた金融政策運営を推進させる方が合理的でありましょう。

 

同じ方向を示唆

525日に中国は人民元の為替レートの日次変動幅を拡大すると発表しましたが、これはワシントンで開催される第2回米中戦略経済対話を控えての象徴的な動きと思えます。中国が20057月にドル連動制を公式に停止して以降、ドルに対する変動幅として認められた1日あたり上下0.3の枠外を人民元が試すことはほとんどありませんでした。そのため、日次変動幅を上下0.5に拡大するとの発表も、それが向こう6ヵ月間の人民元の動きを予想するにあたって、重要な意味を持つものだとは考えられません。

 

しかし、変動幅の拡大が新たな金融引き締め政策と同時に発表されたという事実は、少なからず象徴的な重要性を持つものです。為替レートの固定により、国が独立した金融政策を運営する能力は失われます。今回のケースでは、少なくとも象徴的にみて、為替政策と金融政策とが同じ方向を向いていました。

 

中国の発展モデルが驚異的な成功を遂げ、それに為替連動制と、外国直接投資の解放が寄与したことは間違いありません。中国当局者が指摘するように、為替制度がもたらす安定は、地方から都市経済に流入する労働者の吸収に寄与してきました。10年前のアジア金融危機を振り返ると、中国は為替連動制を維持することにより、悪化した状況のさらなる深刻化を防ぎ、世界的な安定に大きく貢献しました。しかし、巧みな固定為替制度にとって、おなじみの課題はその出口戦略です。歴史の教訓として、通貨が弱くなって連動制へ移行せざる得なくなるのではなく、強い立場で連動制から脱却することが重要です。

 

為替連動制がもたらす負の側面として、国内経済の過熱と資産市場のバブルのリスクがあります。長期的な人民元の上昇が不可避であるため、中国が保有する巨額の米ドルに多額の損失が発生することは避けられません。為替連動制を維持することは、たとえ米ドル以外の通貨や米国国債以外の資産に新規投資を分散しても、米ドル建資産の急激な増加を避けられないことを意味します。

 

さらに、通貨連動制により米国の保護主義が刺激される恐れもあります。中国の為替制度は米国の貿易赤字の原因ではありません。しかし、この為替制度と外貨準備の蓄積が世界的な不均衡に大きく寄与していることは明らかです。そして、他のアジア諸国が米ドルに対する自国通貨の上昇にきわめて消極的な理由の1つとして、人民元に対し自国通貨の価値を上昇させたくないことがあります。そのため、アジアは全体として、2002年以降の米ドルの下落にほとんど関わっていません。

 

来年の米大統領選挙へ向けての動きが加速する中、米国の政治家は貿易問題で中国を攻撃しても、有権者の支持を失う恐れはありません。為替介入と外貨準備の蓄積は闘牛の目前で振られる赤い布として機能します。

 

米国の戦略

ポールソン長官はワシントンにウォール街の手法を持ち込みましたが、それでも財務省の戦略に変化はありません。人民元が米国で注目を集める話題となったのと同じように、中国でも自国通貨の行方について中国指導部が主導権を握っていること示すことが政治において課されています。そのため、米国の圧力は人民元の上昇ペースを加速させることにならないのです。また、中国には独自の政治サイクルがあります。中国共産党第17回全国代表大会の前に、アプローチが大幅に変更される可能性はきわめて低いでしょう。

 

米国財務省の戦略は、為替レートを超越した米中の経済関係の重要性を強調することにより、雑音を最小限にとどめようとするものでした。これまでの人民元の切り上げが実際よりも速いペースで進んでいれば、それをワシントンで宣伝することが容易であったことは確かです。しかし、それが実現されなかったため、数々のWTO(World Trade Organization)への提訴を含め、米国政府は中国に対して若干攻撃的にならざるを得ませんでした。財務省は議会が定める半期為替報告書で、中国を「為替操作国」と名指しするまでには至りませんでした4。この報告書の重要性については意見が分かれるところですが(この報告書にはメリットよりも問題の方がはるかに多いと見る人も少なからずいます)、中国を為替操作国と認定することが為替面における加速へつながらないことは明らかです。

 

米国議会の保護主義的圧力は、向こう数年間を対象としたPIMCOのグローバル予測の中核を占める、秩序ある世界的な再均衡化に対し、リスクをもたらしかねない重大な要因となっています。米国経済の成長率が潜在成長率を下回る水準に落ち込むと、それに伴い失業率の上昇が予想され、議論が沸騰する恐れがあります5

 

しかし、明るい兆しもあります。ボーカス、グラスリー、シューマー、グレアムの4上院議員が提出した法案は大変な物議を醸していますが、実際の悪影響は予想されるほど深刻なものではありません。この法案は、その原型である、為替レートに大きな変動がない限り中国からの輸入品全てに制裁関税を課すことを求めたシューマー・グラム法案よりも、はるかに穏健なものです。実際に、この大幅な譲歩は、この法案もしくは似たような法案が上下両院で2/3以上の賛成多数で可決される可能性が高くなったことを意味します6

 

この法案は、議会に提出する為替報告書の中で、財務省が為替操作国と判定することを「不均衡」という概念と置き換えるものです。事実から判断した場合、財務省が人民元を不均衡ではないと結論づけることは、如何にしても困難であると思われます。しかし、結局のところ、この法案は政府に対して、きわめて長期的なプロセスとして中国に強硬な姿勢で臨むことを求めており、政府にとっては議会の勧告を拒絶する数多くの機会があります。

 

財務省には、多国間協議に移行して、米中二国間の緊張緩和を図る重要な役割をIMF International Monetary Fund)に委ねるという別の戦略もあります。定義上、世界的な不均等は二国間というより多国間の問題です。IMFが最近になって、世界の通貨問題に対してこれまでよりも積極的なアプローチを採ると発表したことは、きわめて歓迎すべき動きです。この発表を遅きに失したと冷笑すべきではありません7

 

IMFは中国や他のアジア諸国との交渉において強い影響力を持てません。こうした国々は外貨準備を積み上げており、そのため近い将来、IMFからの借入れが必要になる可能性がきわめて低いのです。IMFには豊富な経験と専門知識、技量がありますが、残念ながら時代遅れになった統治構造により、IMFが信頼に足る助言者としての役割を演じることがより難しくなっています。そして、米国やその他IMFの大口出資国の改革に対する姿勢は、大規模な改革が短期間で実行される望みは薄いことを物語っています。

 

長期見通し

PIMCOの長期見通しでは、世界の経済成長が緩やかに再均衡化に向かい、米国の個人消費への依存度が低下すると予想しています。このプロセスの一環として、アジアにおいてGDP全体の成長に占める国内需要の割合が上昇するでしょう。また、PIMCOは石油取引の黒字が国内投資に振り向けられ、産油国においても内需の伸びが高まると予想しています。人民元やアジア通貨の全体的な上昇がこの過程において重要な役割を担うと予想しています。

 

他のアジア諸国が対米ドルで自国通貨の上昇に難色を示すのは、中国からの競争圧力を反映していることも一理あるため、人民元の上昇加速は幅広いアジア通貨の上昇にもつながると考えられます。それに、為替レートの変動を厳しく制限して、米ドルの外貨準備を積み上げることに伴う負の側面がメリットを凌駕しているのは、中国だけではありません。PIMCOは、外貨準備の蓄積が突如として停止するのではなく、緩やかに減速していくと予想しています。また、余裕のある範囲においては、米国資産からよりリターンの高い資産への分散が進むと予想しています。

 

人民元のノン・デリバラブル・フォワード市場は、予想される人民元の上昇加速に備えたポジションをPIMCOのポートフォリオが取るための1つの手段です。ファンダメンタルズの改善と世界的に堅調な景気に基づいたエマージング市場通貨全体の明るい見通しの一環として、アジア地域の全体的な調整を想定し、中国以外のアジアのエマージング通貨に対するエクスポージャーを取っています。堅調な世界景気、アジアの公的機関による外貨準備蓄積ペースの減速、オイル・ダラー還流の減少といった要因は、米国や他の国における実質金利への「補助金」が削減されて最終的に消滅するに従い、世界の実質金利への上昇圧力になると予想されます。

 

人民元の上昇ペースを決めるのは中国政府です。中国指導部と米国議会の時間軸の違いから、米国の保護主義はこの見通しに対する重大なリスクであることに変わりありません。しかし、ポールソン長官の講演における「中国にとってリスクが高いのは、早すぎる動きではなく、遅すぎる動きである」という結論は、外部リスク同様中国の国内経済運営に対しても当てはまる&