口ひげを剃ってでも、信頼の回復を
「マーケットは一体、どこまで下がるんだ」。先日、PIMCOのスタッフ会議で、そう声を上げた社員に対して、私は咄嗟に「どのマーケットのことだい」と聞き返しました。話はそれで終わってしまいましたが、まともな答えになっていたとは言いがたいでしょう。私は、事実、金融レバレッジの削減は、大半の市場に同じように影響を与えており、多くの市場が同じような値動きを示していると言うべきでした。政府資金の投入をもってしても、レバレッジ清算の影響を緩和できなければ、リスク資産の価格は下落します。底堅い資産、すなわち、今回の場合であれば、信用力が最も高い資産だけが難を逃れることができます。そのため、リスク資産が底入れする水準は、政府が保証する資産とは完全に異なり、明確な一線が引かれることになります。冒頭に紹介したスタッフは「マーケットはどこまで下がり、どこまで上がるのか」と問うべきだったかもしれません。もちろん、その答えは誰にも分かりませんが、PIMCOでは、経験を基にそれを推定し、興味をお持ちの多くの方にお伝えすることを心がけています。私共の意見に耳を傾けてくださる人々や800万人を超える個人投資家のお客様のご要望にお応えするのがPIMCOの流儀です。ところで、私はこれまで、米議会の小委員会における参考人質疑というものを経験したことがありません。ここニューポートビーチは、ウォール街ほどの権威を持ち得ないのかもしれませんし、私のスタイルに常に不遜なところがあるのかもしれません。あるいは、私の考え方が見当違いなのかもしれません。その理由はともかく、今回は仮想的に委員会証言の形を取り、足元の金融危機の複雑さに切り込みたいと思います。2月の参考人質疑に私が出席していたとしたら、次のようなやりとりになったことでしょう。質問:グロースさん、この足元の状況は景気後退でしょうか、それとも恐慌でしょうか。グロース:現時点でどちらかを断定することはできません。景気後退とは、循環的な悪化局面であり、持続期間が比較的短く、在庫調整が特徴的にみられ、低金利と若干の財政刺激により対応可能です。一方、恐慌とは失業率が2桁に達するような極端な悪化局面を指しますが、重要な点は、信用収縮と債務の清算が明確にみられることです。多くの場合、恐慌に伴ってデフレが発生します。このデフレは危険です。それは物価が下落するからではなく、資本主義経済が機能するために不可欠の信用(クレジット)市場で「投げ売り」を引き起こすからです。現在、あなた方政策当局はそれを回避しようとされている訳です。今後の成り行きを見守りましょう。質問:これほどまでに動きが急な展開となった理由はどこにあるのでしょうか。グロース:過去12ヵ月間で金融システムからは数兆ドルもの信用が失われました。銀行は融資を続けているかもしれませんが、銀行を上回る規模となった影の銀行システムが機能しなくなっています。かつて信用を創出してきたSIVやクレジット・デフォルト・スワップなどは現在、いずれも縮小過程にあり、実体経済がその道連れになっています。例えば、何らかの理由により、数リットルの出血があれば、大至急、輸血が必要になりますが、現在はそれと同じ状況にあります。これを解決するには、全血であれ、血漿であれ、利用できる血液を直ぐに輸血できるよう、政府による財政支出が必要です。質問:最悪の事態としては、どのような状況が考えられるでしょうか。グロース:確たることは誰にも分かりません。ただ、一般常識を働かせればある程度の目安は得られます。民間から失われつつあるのと同じ規模の信用を政府が代わりに供給できなければ、米国経済と世界経済は収縮します。経済を水(信用)の張られたバスタブとお考えください。かつてバスタブ一杯に張られていた水が抜かれ、水位が下がると、それに応じて、経済活動も落ち込むことになります。債務(信用)の清算が進み、2003年の合計水準まで減少すれば、経済活動(GDP)も2003年の水準まで落ち込む可能性があります。これは由々しき事態であり、経済が10%以上縮小し、失業率が2桁に近づくことを意味します。バスタブの水位は維持しなければなりません。質問:そのためにはどういった手を打つべきでしょうか。グロース:バスタブ一杯に十分な水を張っておくということは、内容においても、規模においても、ルーズベルト時代以降、これまで検討すらされなかった政策を推進することを意味します。米国と世界の金融システムが必要としているのは、信用創出と差押えの回避であり、現在、一部の方が検討されている銀行国有化ではありません。米国だけでみても、数兆ドルが必要です。そして、世界中の国々が参加する高度な政策協調を実現し、1930年代の失策を思い起こさせる保護主義的政策を回避することがきわめて重要になります。PIMCOのモハメド・エラリアンはイラク戦争の作戦名さながらに「衝撃と畏怖」が求められると主張しましたが、これまでの政府の対応は「分かっている、今やっているところだ」とでも言わんばかりのものです。前に進まなくてはなりません。政府は物事を大胆に進めるリスクを取るべきです。質問:「衝撃と畏怖」による悪影響はないのでしょうか。こうした政策は資本主義を救うことを目指しながら、資本主義を破壊しかねないのではありませんか。グロース:鋭いご指摘です。政府の慈悲に満ちた拳がアダム・スミスの見えざる手に取って代わることに、全くリスクがないわけではありません。民間システムは資本主義の根幹であり、資本主義の生産性の大半を生み出すものです。そのため、通常は政府の関与が大きくなるほど経済的な繁栄が抑制され、インフレ率が上昇します。しかし、ここで考え方を180度転換し、最後の手段として政府の力を使うことをPIMCOはお奨めします。現在、信頼される小切手を切ることができるのは政府だけです。そうした小切手はインフレを生み出すかもしれません。しかし、長期にわたり、低水準で安定しているなら、むしろインフレは歓迎されるべきです。政策当局は経済のリフレーションを図る姿勢を明確に打ち出していますが、これは事実上、名目GDPを5~6%の水準に回復させることに他なりません。そして、この大部分は生産の増加ではなく、物価上昇の形で実現されると考えられます。インフレよりも危険なデフレ的な債務清算の様相を見せる現在の事態を落ち着かせるためであれば、このファウスト的な取引も受け入れることができます。質問:米国は諸外国からの制約を受けずに、希望する政策を実行できると考えられる理由はどこにあるのでしょうか。グロース:米国は世界最強の軍事力を保有していますが、それと同様に、今回の危機が幕を開けた時点で、米国は経済面と金融面でも世界最強の力を持っていました。その力の最大の源泉は、米ドルが世界の基軸通貨の地位にあることです。つまり、米国は米ドルを際限なく発行することができ、それはアメリカン・エクスプレスのトラベラーズ・チェックと同様に、世界中で通用します。しかし、この特権は濫用される可能性があり、実際に誤った形で利用されています。トラベラーズ・チェックを利用できるのは、1米ドルのチェックに対し、現金100セントが支払われる場合に限られます。最近では、トリプルA格のCDO、社債、そして大手銀行株など、ドルに準じる資産の価格が、額面よりもゼロに近い水準に低迷しています。海外では米国政府機関債ですら、元利金の支払いが滞る可能性があり、さらには米国財務省証券自体も、以前と同じように「レポ」に出しても、カウンターパーティー・リスク(取引相手の破綻などで取引ができなくなるリスク)の影響を受けるのではないかと懸念されています。つまり、世界でどれだけ米ドルが通用するかが試されているということです。確かに、米ドルはこの危機が始まって以来、他の通貨に対し、概ね大幅に上昇しています。しかし、その最大の原因は質への逃避ではなく、テクニカルなショートカバーになると考えることもできます。米ドルの動向を見守る必要があります。米ドルが大幅に下落すれば、その結果として起きる金融の混乱修復のために政策当局ができることはありません。質問:銀行国有化についてはどのようにお考えでしょうか。グロース:ルービーニ氏やドッド氏、グリーンスパン氏はこの問題についてすべてを網羅した分析を行わなかったのではないでしょうか。米国とスウェーデンでは状況が異なります。北欧の人々と違って、米国民の髪が生まれつきブロンドではないからという訳ではありません。スウェーデンが銀行の国有化を成功させることができたのは、銀行の数が少なかったからに他なりません。これに対し、米国では7500行もの銀行に加え、多数の貯蓄組合や信用組合があり、膨大な数の金融機関が一気に政府の手に委ねられることになります。現在でも状況は既に当局の手に余るものとなっています。もしリーマン・ブラザーズの処理が誤りであったとお考えであれば、シティグループやバンク・オブ・アメリカを国有化した場合にどういった事態になるか、想像されるとよいでしょう。過去の北欧の銀行とは異なり、米国の銀行は依然として国内と世界で金融取引や日々の決済の中核に位置しています。政府が転換社債を保有し、金融システムにとって重要な銀行の資本増強を図ることが必要だとの考えに異論を差し挟むつもりは毛頭なく、株主の持ち分が希薄化されることも仕方ないことであると考えます。しかし、さらに踏み込んで、優先債、もしくはTARPを通じて発行されたような既発の優先株についても、「ヘアカット」、すなわち一律債務削減することは、政策当局にとって、出来る限り排除したいはずの不安定さを高めることになります。そして、債権者にヘアカットを強要することは、保険会社や信用組合など、他の金融セクターにも悪影響を与えます。今後の政策が目指すべきはクレジット市場の基礎的なインフラを維持しながら、融資機関の資本増強を図ることです。銀行の直接的な国有化と債権者のヘアカットはそれと正反対の手法です。質問:なおも分かりにくい今回の危機に関する質問はここで一旦打ち切りとします。ところで、今この状況で、自分の資金をどのように運用すべきでしょうか。グロース:もしご都合がよろしければ、来月、PIMCOがニューポートビーチでお客様向けに開催する会議に委員をご招待しましょう。この会議のテーマは「進化か革命か――運用の将来」です。但し、ゴルフ・コースに出る予定はなく、ビンテージ・ワインもご用意していません。ご用意できるのはチーズバーガー、そして、興味深い議論です。ご興味がありましたら、是非お越し下さい。PIMCOは現在のテーマである「政府との握手」、すなわち政府系モーゲージ債の購入やクレジット市場において、政策支援が確立されつつある分野への投資をお奨めすることになるでしょう。しかし、株式の将来についてもお話することになるでしょうし、レバレッジの拡大と清算、グローバリゼーションとディグローバリゼーション、そして、この経済金融危機の中、より安全とされる資産クラスから安定したインカム収入を得ることが最も望ましい投資手段であると考えられる理由についても、取り上げることになります。もしご都合が悪いようであれば、このInvestment Outlookの来月号でその内容を取り上げますので、お知らせください。質問:ありがとうございます、グロースさん。最後に1つお伺いします。あなたの口ひげはどうなさったのですか。グロース:私の母は「口ひげのある男はどうも信用できない」とよく言ったものです。まあ、母はモハメド・エラリアンやポール・マカリーとは会ったことがありませんし、彼らの母親なら息子たちのひげをきっと誇りに思っているでしょうが。私の母は昔、チャーリー・チャンの探偵映画を見過ぎたのかもしれせん。しかし、PIMCOは経済に関して、同じように考えています。つまり、政策当局に全幅の信頼を置くことが難しくなっているのです。政策には一貫性がなく、大胆さに欠け、政治的な駆け引きが目に余ります。是非、信頼できる対応をお願いしたいものです。何でしたら、念のため男性議員の方々も口ひげを剃られてはいかがでしょうか。ウィリアム・H・グロースマネージング・ディレクター
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